「はじめはパン屋になろうとは考えていませんでした。」

と話す井上さん。パン屋に勤めるようになったきっかけは、テコンドー。夜、道場に通う時間を確保するため、朝が早いパン屋を選んだという変り種だ。

「軽い気持ちで勤め始めましたが、半年ほどするとパン作りが楽しくなってきました。せっかくだから本格的に勉強しようと思い、個人店から中村屋「ファリーヌ」へ。道場に通いながらパン屋に勤める日々を過ごしました。」

この頃は自分で作ったパンが美味しく焼きあがることが素直に嬉しかったという。

当初は菓子パンが好きだったという井上さん。それがあるきっかけでハード系の美味しさに目覚めるようになった。

「中村屋で勤めた後、1ヶ月ほどフランスやドイツでパンを食べてまわったんです。自分の中で意識革命が起こりましたね。今まで自分が食べ慣れてきたものとは全く違いましたから。」

帰国後はビゴの店へ。現地で触れてきたようなパンを扱う店に入りたかったからだ。

「ビゴの店では藤森さんの下で随分しごかれました。この世界の厳しさを教えてもらいましたね。また、いろいろなタイプのパンに触れる機会を与えてもらったので視野が広がったように思います。さすがにテコンドーを続ける余裕はなくなりましたけれど(笑)。」

その後入社したドンクではチーフを3年務めた。この間、ベーカリーコンテストに積極的に参加。'99年カリフォルニア・ウォルナッツ・コンテスト グランプリ他数々の受賞歴を持ち、またクープ・ド・モンド最終選考会出場などの快挙を成し遂げた。

「コンテストに自由に参加させてもらえるのがドンクのいいところ。またコンテスト以外に社内コンペにも積極的にチャレンジするようにしていました。仕事が終わった後が自分の勉強の時間。毎日遅くまで粉と格闘していたことで粉の理解が随分深まりました。全てはドンク時代の恩師である岡田さんのおかげです。」

よい指導者に恵まれ、自分の目標に向かって地道に一歩一歩前進していく様子がうかがえる。


そんな井上さんが自分の店を持ちたいと思うようになったきっかけは?

「30代半ばという年齢的なことに加え、会社的な立場や家庭環境が一段落ついたころだったから。場所は地元の葛飾を選びました。友人が気軽に足を運びにきてくれるので良かったと思います。気に入っているのは目の前に広がる桜並木。おかげさまでお花見の時期は大盛況。桜祭りの時には徹夜で作りつづけた程です。」

店内にはハード系からヴィエノワズリ、惣菜パンなどが幅広く並んでいる。ドンク時代に粉の理解を深めたおかげで粉の使い分けやブレンドする技も覚えた。

「全部で90種類のパンを用意しています。
中でも力を入れているのはフランスパンとクロワッサン。ドンク出身だからでしょう。ドンクではこの2つは美味しいことが大前提という考えが定着していましたから。」




「個人的には"クロワッサンが美味しい店"と言われたいですね。フランス粉と発酵バターを使用したこだわりのクロワッサン。これを100円で売っているのは正直言って原価割れしてしまうほど。それでも、お客様にこの美味しさを知ってもらいたいという思いからこの価格設定にしました。」

今後の展開は、と尋ねると、

「できる範囲で個性を出していきたいと思っています。フランスパンなど基本形のパンはあくまでも基本に忠実に、それ以外のところでアレンジできればいい。でも、何より意識しているのはお客様あってのパン屋だということです。」

飾らず流されず黙々とパンを作りつづけているさまが感じとれた。実直で質実剛健、井上さんにはそんな言葉がぴったりくる。長い目で温かく見守っていきたい、そんな気持ちにさせる人柄だ。近い将来オーヴェルニュが地域に根ざした店になるのは間違いないだろう。


ディスプレイにも遊び心が。

活気あふれる厨房。


住所東京都葛飾区立石6−5−7
TEL&FAX03−3691−5102
営業時間7:00〜19:00
定休日
アクセス京成押上線 立石駅 徒歩15分
京成本線 お花茶屋駅 徒歩15分