ヒサモト 久本恭永さん  


1942年に祖父が渋谷で洋菓子店をはじめてから、自分で3代目になります。一時は都内に数店舗ありましたが、1986年からはここだけ。1店になったのを機に、大幅リニューアルしたんです。
自分は、学校を出てすぐ、当時の西ドイツのお菓子屋に、住みこみで丁稚奉公に行きました。普通の、街のお菓子屋です。今まで店のケーキしか知らなかったから、甘さと大きさにびっくりしましたね。でも、もっとショッキングだったのは、日本に戻ったとき。初めてお菓子を作ったのが西ドイツだったから、戻って厨房に立ったとき、素材や機材、技術の違いに驚いてしまったんです。向こうと同じお菓子や味を作ろうとした訳ではありませんが、使っていたチョコレートが入らないとか、型がないとか、それはかなりの驚きでしたね。

そんな中で、冷静に自分でできることを模索し始めました。自分は、有名店で修業をした訳でもなければ、コンクールで賞をとった訳でもない。だから技術だけで勝負できないと思ったんです。それならどうしたら特徴が出せるかと日々悩みました。そこで出た結論が"素材"。



それまで業者任せで「卵お願い」「イチゴお願い」と言えば持って来てくれたものを自分でやってみようと思ったんです。実行したのは築地での仕入れ。幸い、子供の頃から父親に築地に連れて行ってもらうことがあったので、築地という場所に抵抗はなかった。仲買いに信頼してもらい、いいものを売ってもらうまでには時間がかかりましたが、やっと今から5年ほど前に、確立してきたなという手応えを感じました。今は週に3回築地に通っています。

技術がない分、人よりちょっと早起きして、いい素材を入れている、というところでしょうか。業者のときと違って、自分の目で見て、気に入らなかったら買わないことができるのが何よりいいです。ツケで買うことは絶対しません。毎回現金です。だから店との変な義理も生まれない。今、主に2軒の店と付き合っていますが、「いいものが手に入らなければ明日からでも切り替えるよ」という、お互いが毎回真剣勝負なんです。

そして何より店のショーケースに季節感が出るようになりました。状態が悪かったときは仕入れないフルーツがあるから、例えばお客さんに「あれ?昨日あった柿のタルトないの?」といわれたら「今日はいい柿がはいらなかったから」と言います。これがお客さんの安心感にもつながっているみたいなんです。フルーツは食べごろがあるから、たくさんは仕入れられない。築地のフルーツを大胆に使うのはタルトですが、うたってはいないものの、おのずと限定販売になっていて、夕方はなくなっていることが多いです。



フルーツ以外で、素材を替えて味が劇的に変わったのは、カスタードクリーム。ジャージー乳と、茨城の地卵を使っていて、これは本当に美味しいです。タルトに敷いたりもしていますが、一番分かるのはシュークリームを食べたときですね。これは凄いですよ。

3代目として、昔ながらの味を捨てることに抵抗はなかったです。お客様の味覚はどんどん変わっているのだから、それにあわせていかなければならないから。でも、形を守っているものはあるんですよ。ショートケーキです。昔から使っている丸い型で作っているんです。ただ、ひとつのケーキとしてはちょっと大きいので、最近ホールを切った三角の普通のサイズも出しちゃったんですけれどもね。

ヒサモト
世田谷区太子堂4-24-15
03-3421-3903

久本さんの秘密