レ・ザンジュ

三輪 壽人男 氏

実家が和菓子屋。おじさんのやっている和菓子店に修行にいったが、コックもやってみたいなと思っていた。「コックよりお菓子のほうが皿洗いが少ない」と気がついたらコック志願の洋菓子専門になっていたという。名古屋で1軒、東京でや小川軒をはじめ数軒の洋菓子店で修行。3年ほどお菓子作りを離れたが、お菓子に対する夢を語っていたら「じゃあやってみたら」と今の店を任されることになり82年、オープンとなる。西鎌倉、横浜高島屋に支店あり。


「食事の後に食べるお菓子。お腹がいっぱいでも食べる、っていうのは考えてみれば凄いこと。美味しさがなければありえないことでしょう」確かにおっしゃるとおりである。「それに、お菓子というのは場を和やかにして会話を弾ませてくれるでしょう」お菓子の魅力をこんなふうに語るのは三輪シェフ、鎌倉の線路沿いにある別荘風の店構え「レ・ザンジュ」で腕を振るうシェフである。
 


自分が食べたいと思う味、美味しいと思ったものは必ずお客様も美味しいと思うのではというシェフの、美味しいものを追求する心はどこまでも貪欲だ。定番のケーキはほとんどなく、同じ素材を使っても年によって味が変わる。「食べたいと思う味は毎年同じではないから」。そしてこんなシェフの辞書に「面倒くさい」「大変だ」という言葉はない。
何かに甘んじることなく新しい美味しさを求めていく。
  
日本人の好きなしっとり感を出すため、そして人とは違ったことがしたいという気持ちはシェフに「洋酒」を使わせた。しかし洋酒といっても、あの鼻に抜けるような感じ、大人の味と表現されるようなストレートなブランデーの香りではない。「お酒はアルコールという部分を取り除くと天然の香料。そのものの味を引き立てたり、時には消したりする」と、言葉にすると非常にシンプルなのだが、そこにはシェフが研究し続ける奥深い相性の妙があるのである。
棚には30種類以上の洋酒が並ぶ。そしてなんと、一つのケーキに8種類もの違うお酒が使われていることもあるという。そのブレンドはシェフ自身の舌で何度も何度も試され生まれたものであり、それらのお酒は素材と一体になってそれぞれの役割、例えばオレンジの香りを引き立てたり苦みを抑えたりという役割をしっかり果たすのである。素材を、そして洋酒を知り尽くしていなければ出来ない技だ。
そうしてできあがったケーキは、重いわけではないのに、どこまでもどこまでも深みのある忘れられない味となるのである。
 
当然、この洋酒マジックにかかったファンは多い。鎌倉のお店を訪れる人は地元の人ばかりではないし、鎌倉から地方に行ってしまった人もここの味が忘れられず、誕生日などには「無理だ」といっても「どうしても!」と宅急便で生ケーキを注文する。こんな味のケーキを、というリクエストにもできる範囲で応えているシェフだ。「味にうるさいお客さんが多くて困っちゃう」というが、作ることに、美味しいものを提供することに、大きな楽しみと喜びを感じている遊び心あるシェフの顔は笑顔である。
遊び心といえばもう一つ。シェフはショーケースに並べるお菓子の配置を日々変えている。「いつも決まったところに買いたいケーキがあるとそこしか目がいかないでしょ。色々なケーキを見て選ぶ楽しみもあるわけだから」。



常に、いつが一番美味しい食べ頃か、ということを考えながらお菓子を作り、提供していく。出来立てイコール一番美味しいというのは全てには当てはまらないから、というシェフは「本当はお客様がいつケーキを食べるか、それに合わせて逆算してケーキを作れたら」という。「とても難しいことだけど」というが、そんな心を常に持ってお菓子作りをしているなんて、なんだかとっても嬉しいではないか!
「遊び心」と「他人とは違うものを」のシェフが今開発中なのは新しいブリュレ。「焼くのではなく、何か出来ないかなと思っている」、とっても楽しみである。
取材日 1998年



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