オーストリア菓子 サイラー

アドルフ・サイラー 氏

実家はオーストリアで1913年から続く老舗のパン屋さん。アドルフ・サイラー氏は15歳でパン職人の道に入り、パンとケーキの両方のマイスターを取得。1984年来日。6年間食品メーカーで働いた後、いったん帰国。その後1994年に福岡に「サイラー」をオープンさせる。

この仕事を始めたのは、ふるさと問題からね。家がパン屋だったから。若い時は嫌だったりもしたね。オーストリアはパン屋の朝が日本より早いから。1時から働くよ。日本は朝パンを買う人が少ないから、そこまで早起きする必要はない。早くから焼いても古くなっちゃうだけ、ピークにあわせて焼いたほうがいいよね。

オーストリア、日本とパン屋をやって、それぞれいいところ、悪いところはあるね。オーストリアでマイスターの資格を取ったけれど、あれは、勉強することが多すぎるかなと思う。人間関係や、経営者として大切なことを学べるのはいいけれど、日本のように、美味しいものを作りたい人が美味しいものを作れるというのはいいシステムだと思う。だけど、日本のパン屋は労働時間とかちょっと長すぎるかな。そのあたりは、これから改善していくことだと思うよ。向こうになくて、日本独特で日本人に合っていると思ったのは、好きなパンを自分で取るというシステム。シャイな日本人には、オーストリアでポピュラーな対面式より合っていると思う。パンは、絶対に崩さず、オーストリアの味を伝えようと思うけれど、こういう、日本に合ったいい点は受け入れていきたいよね。

オーストリアそのもののパンはね、日本の食品会社の中でやろうと思っても「絶対売れないからだめだ」と言われる。作りたいパンを作るには自分で店を開かなくてはと思って、ここに店を出した。ちょうど、福岡で今の奥さんと知り合ったこともあって、この場所に店を出したけど、福岡は自分にとってちょうどいい大きさ。ウイーンと同じくらいの街の大きさだからね。東京や大阪は大きすぎるよ。
「売れない」と言われていたパンも、オーストリアそのままでちゃんと売れる。変にアレンジすると、今はお客さんのほうもよく知っているから「本場の味はこうじゃない」と言われてしまうよね。日本人は、基本はご飯食。だから、ご飯をパンに替えてもらおうとは思っていない。自分も本場の味を崩さない、だから、これを本当のオーストリアのパンとして食べてもらえればね。

「このパンは薄く切ったほうが美味しい」「トーストしないほうがいい」とかアドバイスもします。イースターの時にはイースターにしか焼かないパンを出しています。クリスマスの飾りは、日本みたいにすぐに片づけない。1月7日までが向こうでのお約束。だからそれにしたがっています。日本の鏡開きみたいなものね。コマーシャルが多すぎると疲れるでしょ。あまり疲れるのは嫌ね。店だけ成長していって、お客さんだけ増えていってもどっちもダメ。時間をかけながら一緒に大きくなっていかないとね。

パンを焼くことは自分の仕事。ずっと日本にいるつもりです。でも、年に一度、夏に数週間オーストリアに行ってリフレッシュするよ。ザルツブルグの近くにある弟の店にいって、パン屋としてお互いに刺激しあうこともするね。本当は1年に3ヵ月くらい向こうに行きたいよ。でも、今はまだそういう時じゃないからね、まだお店をはじめて6年だから。今はこの店だけで精一杯だよね。

取材日 2000年5月


アドルフ・サイラーさんの秘密