トントン・ビゴ

藤森 二郎 氏

僕の性格はラテン系ですよ。なんといっても、ムッシュ(フィリップ・ビゴ氏)に20数年ついて来ているくらいですから。ムッシュはわがままなんです。毎年フランスに一緒に行っているけれど、
「・・に行くぞ!」
「ウイ・ムッシュ!」
っていう絶対服従の旅で、どんな強行スケジュールでも「ウイ・ムッシュ!」が返事のお約束なんですよ。それについていかれなくて、旅半ばで鞄をぽーんと車から放り投げられちゃったこともあります。なんて言うと、ムッシュのことをとんでもない人だと思うかもしれないですが、ただわがままなだけじゃないんですね。とても茶目っ気があって、僕から見ると憎めない。

一緒に仕事をしていたころを振り返ると、技術なんかはほとんど教えてくれなかった気がします。でも、こちらが本気でパンについてを学んでやろうという気になると最高の先生。ムッシュがブツブツって仕事をしながら何か言うんです。僕はそれを聞いて覚えたり、さらに先を考えたり、みんなに伝えたり。ムッシュと僕は、ヤクルトにいたころの野村監督とキャッチャーの古田みたいな関係だなと思うことがあります。一緒の時代にパンを作れたことはとても幸せなことですよね。

パンだけでなく、食べ物のエスプリを本当にたくさん教わりました。フランス人であるムッシュにとって当たり前のことも、僕ら日本人には珍しかったり日常ではないことってたくさんありますよね。ムッシュに教わったことをお客さんにつたえる、その架け橋を自分ができたらと思います。この店も、いわばその延長なんです。

自分の店はたくさんはいらないと思っていたから、田園調布の「エスプリ・ド・ビゴ」の後は特別出店の予定はなかったのですが、「トントン・ビゴ」をやってみようと思ったのは、デパートのパン屋さんは地下が常なのに1階でできるということがきっかけ。それならパンを美味しく食べるための食材を総合的に扱うグランブティックを一軒作ろうと、こうなりました。
フランス人にとっては当たり前のパンの美味しい食べ方など、いろいろ提案できる場になればいいなあと思っています。ずっとお米を主食にしてきた日本人にとって、ごくごくわずかの人を除くと、やっぱりパンは毎日の主食にはならないと思うんです。でも、パンの好きな人はたくさんいる。そういう人が訪れてくれ、もっともっとパンのある食卓を楽しくできるような店にしたいですね。

パンの材料も、置いているデリなども、安全性は前提の上で、美味しいこと、そして生産者の顔が見えるものを取り扱っています。だから、店で売っているワインはフランス産ではないんです。日本産。生産者の姿勢をきちんと見たものです。アンチョビの瓶はスペインのですが、現地の工場まで見に行きましたよ。パンの素材も自分の理想に近いものを選びます。でも、そんな僕を見たらムッシュはきっと「(美味しいパンは)あんたらの腕や」って関西弁で言うことでしょう。そこまで言えるのはムッシュだからだと思います。

僕自身は、ここに至るまでたくさん失敗をしてきました。失敗の数は人に負けていない。成功の方法は分からないけれど、「これをやると失敗する」というのはわかります。だから今は、パン作りでも経営でも、失敗を避けるようにやっているだけなんです。

自分が上の立場になって思うことは、知っている知識を全部教えたいということ。僕がムッシュに教わったようにね。上の人間は、下を引っ張らなくちゃいけない。そしてある程度の時期が来たら、ぐーんと、自分より上に引き上げてあげなきゃいけないんです。押さえたら絶対駄目。そんなことをしては、いつまでたっても業界全体があがっていかないでしょう。フランスでも、"士農工商、料理、ショコラ、菓子、パン"って言われて、パン職人は一番下なんです。少しでもその差を縮めていかなくちゃ。

店の若い子には「自分で作ったものは自分で売れ」って口を酸っぱくして言っています。作っておしまいじゃだめ。口に入るまで責任をとるという気持ちでやらないと。そしてこれからは"作って売れるパン屋さん"になってほしいですね。エンターテイナーなビゴさんを見習ってね。僕もそれを目指していますよ。

取材日 2002年2月














トントン・ビゴ
横浜市港南区港南台3-1-3高島屋港南台1階
TEL:045-832-7803

藤森さんの秘密