アン・プチ・パケ

及川 太平 氏
1960年東京都に生まれる。1983年より渡欧しルクセンブルクの「オーバー・ワイス」、アルザスの「ジャック」などで3年の修業後、代官山「ピエール・ドオル」(現在閉店)のシェフを8年間務める。その後独立して昨年10月に現在のお店「アン・プチ・パケ」を開く。1989年アルパジョン・コンクール(フランス大会)金賞、1995年、1997年のクープ・ド・モンド(洋菓子のワールドカップ)で2回とも個人優勝。


お菓子作りにそもそも興味を抱いたきっかけは、と伺うと、育った家庭環境にさかのぼると及川氏は言う。もともと食に興味のある家に育ち、友達の家で食べたものを「自分でも作ってみたい」と思ったのが自ら料理を作り始めたきっかけで、料理やケーキを作っては友達を呼び、今で言うホームパーティーのようなものを開いていたという。家のオーブンを使ってクロカンブッシュを作ってしまう小学生、それが及川氏であった。

持って生まれた勘の良さや技術を修業で磨きながら、昨年、横浜の青葉区に、喫茶も併設したお店「アン・プチ・パケ」をオープンさせて大繁盛させている。ショーケースの前は常にお客さんがいて、真剣な迷いの目をしてケーキを選んでいる。若者の集る街代官山からこちらに及川氏のお菓子を作る場は移ったものの、「特別味を変えることはしていない」という姿勢が正しかったことは一目瞭然である。


及川氏のお菓子は素材の味をしっかり活かした味。しっかり熟してから摘み取られることの多いフランスに比べ、日本では完熟する前に摘み取られることがほとんどである、素材となるフルーツであるが、これをいかに美味しくするのかが腕の見せ所だとも言う。お店で売られているケーキをいくつか食べてみると、氏の目指すところの味がすぐに分かる。フルーツなどの素材をキチンと活かせば、甘みもしっかりついてくるという言葉通り、どれもしっかりピンボケのない味なのだ。素材の色もまた美しい。
しっかりした素材で、正直な及川氏のお菓子。「人まねする時期」を超え、オリジナリティーを出したお菓子たちには及川氏が現在たどり着いた思想と技術の賜物である。
バターや粉などの素材にについてお伺いしても「あえて"こんな材料を使っています"なんていうことはお客さんに知らせることではない」と教えてはいただけないが、及川氏自身の舌で確かめた確かなものしか使われていないのだから、私たちはそんなことを気にしないで美味しいお菓子だけを堪能すればいいのである。

夕方4時である。ガラス越しに見える厨房の中では、まだオーブンに火が入り、ケーキのデコレーションがせわしなく続いていた。人気も伺えるが、それ以上に、「アン・プチ・パケ」の味を求める人を大切に思っている気持ちが伝わる。郊外型のお店はシェフの人柄が表れ、どこか暖かくて、お客さんを大切にしてくれる気がするのだが、ここもまた例に漏れない一軒であった。

取材日 1999年


及川さんの秘密