「まずこれを食べてみてください。バニラジャリジャリという感じですけど」
場所はリスドォル・ミツの2F事務所。廣瀬満雄氏に出していただいたのは、遠目にもバニラビーンズが確認できる、見たこともないほどバニラビーンズのたっぷり入ったババロア。
口に入れると、野性的なまでのバニラの香りとビーンズのジャリジャリ感に圧倒された。「これはゼラチンも寒天も使わないで固めているんですよ。奈良県産の吉野の本葛を使っているんです」
常に無添加を心がける廣瀬さんらしいババロアだ。
「では現物をお見せしましょう」
なんと!金庫から出てきたのは、ビニールに包まれた大量のバニラビーンズ。"3weeks"、"4weeks"、"5weeks"の表示が見える。一瞬のうちに部屋中がバニラの甘い香りに包まれた。
「まず膨らんだ青いバニラを収穫して茹で、殺菌をします。それから、毛布のような厚手のもので包んで、冷暗所に3日間くらい寝かせる。そして天日干しをするのですが、ここにあるのは干してから3,4,5週間というものなんですよ。届いたときには3週間のものが一番良い香りだったんですが、熱を通してみると5週間ものが一番よかった。干ししいたけと同じで、時間が経っている分表面の香りは飛んでしまっているんですが、熱を通した場合の味とは違うんです」
部屋に飾られたバニラプランテーションでの写真、大きなインゲンのようなバニラを手にした廣瀬氏が写っている。









これにはもちろん理由があった。2000年にマダガスカルを襲ったサイクロン(台風)。このためバニラ生産の世界的中心地アンタラハのプランテーションは8割が被害を受け、マダガスカル全体でも収穫量は半分以下に激減した。また、元の状態に戻すには3年ほどかかると言われていたが、価格の高騰は収まるどころかますます加速しているという状況だ。
これに悲鳴を上げているのはケーキ屋ばかりではない、クリームパンなどにバニラビーンズを使うパン屋も大きな打撃を受けているのだ。

怪談でも話すように廣瀬氏が話し始める。
「実は不思議なことがありましてね」
時は6月初めのある日、廣瀬氏が5月の連休を最後に一時休みになったクリームパンのことを考えていた時のことだった。
「10月からクリームパンを再開したいのに、その時点でバニラビーンズの値段が1kgあたり3万5千円から4万円に値上がりしていた。困ったな、困ったな、と思いながら寝たら、亡くなった親父が枕元に立ったんです。それで『フィジーだ!フィジーだ!』って言うんですよ。生前親父は『何でこんなことも分からないかなぁ』という時に、肩をゆするようにしてしゃべる癖があったんですが、ちょうどそんな感じで言うんですよ。
"いやーフィジーはないよな"とは思ったんですが、最近忙しかったし南国で1人のんびりするのもいいかなとすぐにフィジーに行く段取りをつけたんです」
天からのお告げ?ちょっと聞くとうそのような話しだが、不思議な縁がつながっていく。
「その後の6月9日、ある講演会があり講師として出席しました。ちょうど父親の話だったもんですから、その夢の話しをして、『しょうがない、来週から行ってきます』と言ったんです」
講演会が終わると1人の参加者が廣瀬氏の元へやってきた。
「洋菓子屋さんなんですが、トライアスロンをやられていて一度フィジーに行ったことがあるそうなんです。で、『さっきの話しを聞くと廣瀬さんは右も左もわからないまま行くようだから』と、知人を通して大室さんという方を紹介してくれたんです」
さっそくフィジーの大室さんに連絡を取り、バニラについて問合せる。しかし返ってきたのは「11年間住んでいるが、フィジーでバニラをやっているなんて全く聞いたことがない」との残念な返事だった。
「実は、その夢の中で親父は『空港から180kmだよ』とも言ってたんですよ。でも、そのまま大室さんに言う訳にはいかないので、『空港のある町から180kmだと、伝え聞いたんですが』とさりげなくメールに書いておいたんです」




そしていよいよフィジーへ。
「空港で会うなり、大室さんが『あったんですよ!』と言うんです。聞くと、ナンディという空港から180kmのところに代表的なバニラ農家が1件あり、他にも4件ほど実験的にやっている生産農家があるということ。大室さんに『何で場所をご存知なんですか?』と聞かれたんですが、『いやー、あの世からの情報です』とは言えないでしょう(笑)」
2つの島から成り立つフィジーは全体で四国くらいの大きさがあり、簡単に見て回れる大きさではない。また廣瀬氏はフィジーへ行くまでの間、ネットなど色々な手段を使って調べたがバニラに関する情報は全然出てこなかったという。

「これもまた不思議なんですが、そのバニラ農家は、電話なし、電気なし、水道、ガスもなし。だからメールなんてとんでもない。フィジーは14〜16の部族に分かれていてそれを統一する酋長がいるんですが、そのコリカタ酋長が『バニラをやってるところはないか?』と周りに聞いてくれたそうなんです」
コリカタ酋長の話は伝令のように伝わり、その1件のほか3,4人の売れるんだったらやりたいという数名が集まった。
「『とにかく作ってほしい』と頼みました。『バニラの価格は世界の相場に影響されることもあるので、あなたがこのくらいの値段で売れたらいいという値段を言ってほしい』と話したんです。すると、もじもじしながら『90フィジードル(日本円で約6210円)』だと言いました。『わかりました。じゃあ100フィジードル出しましょう』とその場で20kg分の14万円を払いました。そうしたら、その人がポロポロ涙を流しはじめたんです。『実はふっかけて高く言ってしまった。本当はいくらでもかまわない、自分の子供が学校に行かれさえすれば良いんだ』って言うんです。聞くと、フィジーではその14万円で4〜5年2人子供を学校に行かせられるとのこと。なんだか胸がじーんとしてしまって、気がつくと『それだったら私に任せなさい!』と言っていた。海外へ行くとどうしてだかこういい男になっちゃうんですよね」
すっかり胸を打たれた廣瀬氏はその場で買い付けを決めた。





現在NPO法人として申請中なのですが、この売上のいくらかをフィジーチルドレンの学資援助会に寄付します。そうすればバニラが100kg売れたら援助会に30万入るようになる。これでいったい何人の子供が何年間学校に行かれるようになるでしょう!」
コリカタ酋長の信任を得た廣瀬氏、コリカタ酋長がタヒチとニュージーランドを除く島々を抑える代わりにその分を責任を持って売るように頼まれる事態にまで発展した。もはや一介のパン屋の域を越えた世界規模の大きな展開である。

つい最近のマダガスカル産バニラの価格はなんと1kgあたり7万円。今後どこかの商社がフィジーに目をつけて『1万円出すからうちでやってくれ』と生産者に持ちかける事態も予想される。
「今までフィジーではバニラは雑草扱い。全部刈って焼いて、その後にタロイモを植えていたんですよ。生産者の方はとにかく売れるならやりたいと言っています。でも相場物というのは価格が下がってしまった時、人の心が乱れ、元の生活に戻れないということが起きるんです。生産者の方を集めて『バニラは値段の相場の激しいものだから、だんだんとステップアップした方がいい。おいしい話に乗ってはまずい』ということは説明しました。アフリカ系にはそのせいでギャンブル、酒におぼれてしまう人も多いと言います。今のうちにしっかりと生産者組合を作りNPOで売るというルートを形をしっかり作っておかないといけない。外国系の資本が入らないようにコリカタさんにもがんばってもらってるんです」




買い付けに慎重になる理由は他にもある。実は約28年前、廣瀬氏はサイパン〜日本間で第1回目の定期航空便をチャーターした人物。その後サイパンは観光地化され、日本でも人気のリゾートへと変貌を遂げた。
「多分自分がやらなくてもそうなったんでしょう。でも、去年サイパンへ行ったら、若い人が麻薬はやる、街中に売春婦はいる、とにかく治安が非常に悪くなっていた」
と現状を愁う。
「当時は自分のいきさつもあり、若さもあってやって事でした。でも、自分がバニラをやることによって、フィジーの素朴な笑顔がすばらしい純朴な人たちがおかしくなったらどうしよう、と慎重になります」

バニラの価格がこれ以上高騰すれば、さすがに値上げや代替品に踏み切る店は多いだろう。それが今までのような価格で買えるとなれば、頭を抱えている製菓製パン業界には嬉しい話に違いない。
さらに、その売上の一部がフィジーの子供たちのためになるとは夢のような話だ。
うまい話の陰には、見えない所に悲しみが生まれることも多い。だが、きっと廣瀬氏ならバニラを囲む幸せの輪を作りだしてくれることだろう。



ちなみに廣瀬さんのバニラの内訳は・・・

(1キロ)
現地買い取り価格:7000円
現地買取代行者経費:7000円
航空便代金、関税、通関手数料:7000円
フィジーチルドレン学資援助会:3500円
食材卸業者様手数料:3500円
            総計28000円



参照:Africa Today
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/5502/islands/030.html









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