“こんなにおいしいオーガニックチョコレートがあったなんて・・・!”

これは去年の10月、パリのサロン・ド・ショコラにてフランス・KAOKA(以下カオカ)のチョコレートを試食した時のひとコマ。カオカは1993年に設立された世界でも数少ないオーガニック専門のチョコレートメーカー。日本ではまだまだマイナーな存在ですが、本国フランスでは大手スーパーのカルフールやテスコに原料チョコレートを卸すなど、多くのシェアを占めています。オーガニックチョコレートと聞くと、以前は“高い”“おいしくない”というのが通説でした。ところが、口にしたチョコレートはこれまでの既成概念を大きく覆すようなもの。例えばクーヴェルチュールの「ラ・ペパ・ドゥ・オロ80%」。華やかに広がるアロマと酸味や苦みの力強い風味が長く持続し、そして驚くほどピュアでキレの良い味わいが心に響きます。一般的なクーヴェルチュールに全く引けを取らないレベルの高さです。


確実に進化しているオーガニックチョコレート。その魅力について取材したい、そう思っていた矢先、カオカのDEBERDT社長が来日するというニュースが飛び込んできました。早速取材を申し込み、チョコレートについて語っていただこうと話を切り出すと・・・。

「具体的なチョコレートの話に入る前に、どうしても言っておきたいことがあります」

取材を始めた途端、熱く真剣な眼差しを向けるDEBERDT氏。どうやら、チョコレートの製法や味わいの話だけでは済まされないような事情がありそうです。

「今では電話一本で簡単に商品を調達することができますが、ここに至るまでの道のりはそう簡単なものではありませんでした。オーガニック・チョコレートを商品化するにあたって一番大切なことは、きちんとしたシステムを確立することなんです。そのためにはカカオの栽培からチョコレートの製造までを一貫して行わなければなりません。私達は常にカカオを取り巻く環境に配慮しながらカカオ生産者と一緒になって栽培に携ってきました」

一般的なチョコレートとの大きな違いもここにあると語るDEBERDT氏。徹底した管理が欠かせないそのわけとは何なのでしょうか?

「仮に何種類ものカカオ豆を手に入れようとした場合、カカオ生産者たちが果たして本当の有機カカオ豆を作っているのかどうかという問題が生じます。何故なら、原則として農薬や化学肥料を使わずに作る有機栽培は、生産者側にとっては非常に手間もコストもかかるものだから。この問題を解決するには自分の目でひとつひとつ確かめていくしかないのです。何よりも生産者たちとの信頼関係を築くこと、これ以上に大切なことはありません。 生産者を育て、そしてきちんとした流通のシステムを作る、このために私は10年もの歳月を費やしてきました」

更に、確立したシステムを持続させていくために行っていること、それは、

「カカオ生産者たちに財政的なサポートをしたり、長期的な取引を約束すること。こうすることで安心して生産を行えるような仕組みを整えています。また、定期的に話し合いの場を設けるなど、カカオ生産者と密接な関係を保つことも忘れません。現在ではカカオ生産者たちは協同組合を組織しており、徹底的な管理の下で効率的に作業を進めています。こうした中で、安定した品質のカカオ豆を確保できるのです」

カカオの育成や発酵方法を指導するため、カカオの木が生息しているジャングルの中で、1ヶ月近くも生活を共にするといった経験もあると言います。こうした活動から、DEBERDT氏のオーガニック・チョコレートにかける並々ならぬ決意が感じられます。





地道な努力を重ねることでようやく出来上がるカオカのチョコレートとはいったいどんなものなのでしょう。

「厳選された最高品質の有機カカオ豆に、ブラジルで作った有機砂糖や有機ナチュラルバニラエッセンスなどを使って、カカオ本来の風味や香りを活かしたチョコレートを作っています。もうひとつ、クーヴェルチュールを製造する時に添加するレシチンも有機でなくてはなりません。一般的には大豆を使用していますが、これは有機のサフラワーから抽出したレシチンを使っているんです。カオカを設立した’93にECOSERT(ヨーロッパで規定する有機栽培法に適合した製品を検査、認定する機関)を、そして’04には有機JASの認可を受けました」

当然のことながら、オーガニックとして販売するためには、材料全てがオーガニックでなければなりません。また、生産方法や製造工程において非常に細かい規定があるオーガニックの認証を取るのはとても大変なこと。特に、無農薬が原則の有機栽培では、病虫害対策に対する苦労話は耐えないそう。

「私たちの農園では、虫の雌のフェロモンを入れた小さな籠を置くという方法をとっています。すると、雄が籠に寄ってくる効果で雌も集まり、カカオの木から虫を遠ざけることができるのです。しかし、農薬を使わないということは、つまりは虫がつきやすくなるということ。有機栽培を追求すればするほどリスクも高くなってしまう。結局この問題をクリアにする為には相当の手間もコストもかかるというわけなのです。オーガニック・チョコレートとの人生は日々戦いですね」

そして検査段階での苦労談も、その戦いぶりを物語っていました。

「現地から届いたカカオ豆のコンテナについては、全ての品質を厳しくチェックしています。実は検査費用だけで5万ユーロものコストがかかってしまう。でも、オーガニックだと自信を持って提供する為には欠かせない作業なのです。カオカのチョコレートは生菌数が300/g以下。これは日本のチョコレートと同レベルの低さなので、安心して使ってもらえると思いますよ」

自然環境に配慮することで、人と自然に優しくなるオーガニック。それは本来ごくナチュラルでシンプルな行いのように感じられます。しかし、そんなナチュラルさを実現する為にクリアしなければならない工程がどれだけ多いことか。科学技術が発達した結果、安くて便利な食品が蔓延している現代において、自然と共生するということがいかに難しいことなのか、改めて教えられたような気がしました。



ショコラ・ノワール
「三大陸61%」

ショコラ・ノワール
「三大陸70%」

ショコラ・ノワール
「エクアドル70%」
ショコラ・ノワール
「ラ・ペパ・ドゥ・オロ80%」


安全・安心が魅力のカオカのオーガニック・チョコレート。しかし一番の魅力は味へのこだわりにあります。

「現在、4種類のクーヴェルチュールを用意しています。芳香豊かなエクアドル、力強いマダガスカル、フルーティーなバヌアツの3種をブレンドした「三大陸61%」「三大陸70%」、エクアドル産のナシオナール種を使用した繊細な芳香の「エクアドル70%」、そして エクアドルで採れる限定品種から作られる「ラ・ペパ・ドゥ・オロ80%」です。中でも「ラ・ペパ・ドゥ・オロ80%」はカカオバターを追油していませんので、カカオ豆本来のおいしさを味わっていただけると思いますよ」

クーヴェルチュールに加工する際には、なめらかさを出したり作業性を良くする為、カカオ豆本来が持っているカカオバターに、更に10〜15%のカカオバターを添加することが一般的※。しかし、余分なカカオバターを加えることなく作られた「ラ・ペパ・ドゥ・オロ80%」は、これまでにないカカオのナチュラルな風味とシャープな口どけに驚かされます。このクーヴェルチュールを菓子作りに活かせば、ピュアでキレのあるおいしさを表現することができそうです。







最後に、オーガニックに携ることになったきっかけについてうかがってみると、

「母親のお腹の中にいるときから決まっていました」

そう言って悪戯っぽく笑うDEBERDT氏。

「’75頃から生物化学の勉強を始めたことがきっかけになっています。その頃から、ヨーロッパでは化学肥料や農薬を大量に使用した農業化が進み、結果として環境汚染が深刻な問題となってしまいました。しかしこのままでは私たちの子孫の未来がなくなってしまう、そうならないためにも私たちの手で自然をケアし、綺麗にしていかなければならないのです」

安全だからという人間側の都合だけではなく、地球のことを考えた環境保全という大きなテーマに取り組もうとするDEBERDT氏。その姿勢は、オーガニック先進国であるヨーロッパの意識の高さを思わせます。  



日本ではTVのドキュメンタリーやグルメ番組などにも紹介されたこともあり、カオカのブランドは徐々に浸透しつつあります。また、パティシエ御用達のフランス・ヴァローナ社でも「カオグランデ」という商品名で大々的に取り上げるなど、オーガニック・チョコレートの注目度は確実に高まっているようす。パナデリアでも今後熱い視線を注いでいきたい素材になりそうです。





※最近、カカオ〇%と表示されているチョコレートを目にします。 元々、カカオ豆をすりつぶしたものをカカオマスと呼びますが、この中には約45%のカカオエキスと55%のカカオバターが含まれています。つまり、カカオエキスとカカオバターを加えた%なのです。しかしカカオマスだけでクーヴェルチュールを作るとコストがかかる上、作業性が悪くなります。そこでほとんどのチョコレートメーカーは、追油といって、カカオバターを10〜15%程度混入しているのです。