ブルトン

清水 忠明 氏

昨年秋、千駄ヶ谷近くの交差点に、ガラス張りのレストランがオープンした。神楽坂にあるフレンチの名店「ラ・トゥーエル」の清水シェフの、2軒目の店がここ「ブルトン」である。窓に面した、曲線を描くカウンター席には明るい光が射し込み、テーブル席は広々とゆったりくつろげる空間。程よくカジュアルで、夜も23時まで営業と、使い勝手のいいレストランである。だが、何をさて置いても、パナデリアの心を捉えた最大の特徴は、となりにベーカリーが併設されていること! 当然のことながら、レストランの厨房から独立した厨房である。パン専門の職人がキチンと常駐して朝からパンを焼き続けているのだ。

フランスに憧れ、フランス料理の世界に飛び込んだ清水シェフ。本場の地では、さぞや多くのレストランを見て歩いたことだろう。しかし、"パン屋を併設したレストラン"には巡り合わなかったという。それならばと、自分で始めたのがこの店。レストランを訪れた人に焼き立てのパンを出すため、「Breton」と刻印のあるレストラン用の小型山食パンを"予約人数+2"だけ、昼と夕に焼く。

食事と共に饗されるこのパンの開発にかけた時間は1ヵ月。清水シェフが、パン職人福士氏に出した注文は、5つある。そのまま食べても美味しいパン、サンドイッチにしても美味しいパン、料理にばっちり合ってソースをよくすくうパン、次の日の朝トーストにしても美味しいパン、そして完全なオリジナルのパンであること。リッチすぎず、なめらかすぎず、しかし、ハードよりも口当たりがよく食べやすい。テーブルを汚したりソースをすくいにくいという、ハードの特徴とも欠点とも言える点をうまくカバーしたパンだ。



ランチタイムの2000円の食事であっても、メインの料理には3ツ星レストランで働いていたシェフの、気合いの入ったソースがたっぷりかかる。「ホウボウのソテー」にはピンク色をしたトマトのソース、「仔牛のソテー」には赤ワインを使ったソース。ソースをぬぐって食べて欲しいという気持ちを長年持ち続けるシェフであるが、そんなシェフの気持ちを知らずとも、客は皆、気づけば山形パンで、皿から一滴残らずソースをぬぐっている。料理の皿にもう一言ふれるなら、付け合わせの野菜が絶品なこと。ブイヨンで軽く煮込んだ野菜は、野菜本来の甘みと食感を残す。肉や魚、ソース、そして野菜と、どれが主役とておかしくない存在感の集結は、メインの皿を迫力あるものに完成させる。そこに、料理をじゃませず、しかし、これまた存在感あるパンが傍らについたなら、客に訪れるのは満足感以外のなにものでもない。

ベーカリーにパンを買いに、レストランで食事をしに。どちらの目的でもいい、是非訪れて味わいたい店である。片方訪れたら、もう片方に行かずにはいられなくなってしまう魔性の店だけれども。

取材日 2000年2月

ブルトン
東京都渋谷区千駄ヶ谷2-33-8
TEL:03-5775-3453