マノワール・ダスティン
五十嵐 安雄 氏

山形県生まれ 関西、西宮、宝塚で青年時代を過ごす。物を作る楽しみを覚えたのもこの頃。
大阪の調理師学校を卒業後上京、東京神田のロシア料理店「バラライカ」でギャルソンを勤め、その後、小田急電鉄の経営する箱根ハイランドホテルで8年間シェフを勤める。
その後、フランス、ノルマンディー地方にある「マノアール・ダスティン」で四季のメニューをすべて経験され帰国。
六本木の「オーシザーブル」、勝ちどきの「クラブニュクス」を経て、表参道「アンフォール」のオーナーシェフとなる。
96年7月、銀座に「マノアール・ダスティン」をオープン、98年6月には同じ銀座にワインの店「カーブ・デ・ヴィーニュ」を開店。



セロリのシャーベット。
トマトのジュレ。
耳にすると誰もが好奇心をくすぶられる。想像も膨らむことと思う。疑問もたくさん出てくるだろう。一体どんな味?ちゃんと美味しいの?色はやっぱり緑と赤?何処で食べられるの?…等々。そして一度は口にしてみたいと思うのではないだろうか。
コースで食べたフランス料理を締めくくるデザートとしてこれらは私たちの目の前に表われた。
しかし白いお皿にボルドー色のチェリーソースと共に盛られた緑色のシャーベットを見て「セロリのシャーベット」と思う人は誰もいないだろう。透明の器の中、白いソースの下に隠れる薄黄緑のジュレを「トマトのジュレ」と想像する人もまずいないであろう。


銀座の第一ホテルの裏手にあるフランス料理店「マノワール・ダスティン」のオーナー五十嵐氏は、国内だけでなくフランス・ノルマンディーのレストランでも腕を振るったことのある名シェフである。日本の四季や旬を大切にするだけでなくフランスの素材にも敏感で、フランスで通年過ごした経験をもとにフランスの旬のものも多く取り寄せ取り入れている。
「人の個性が表れるような皿」「勢いのある皿」を作っていきたいという五十嵐シェフの生み出す数々のメニュー。上記のデザートに行き着くまでにどんな料理が出てきたか、まずはそのいくつかを紹介しようと思う。



背の高いグラスで出てきた前菜は「人参のムースとコンソメジュレ、ウニ添え」、その名の通りコンソメのゼリー(と一言で片づけるには申し訳ないほど奥深い味)、甘みのある人参のムース、程よい量のウニという3つのオレンジ色で構成された柔らかい味だ。同じく前菜の「サーモンマリネのミルフィーユ」はパイに挟まれたサーモンにサワークリームが隠されている、見た目もきれいな一品だ。ぱりっとしたパイの食感とふんわりしたサーモンとのバランスがまた良い。
メインのイサキのポワレ、やけに肉厚だと思いながら口に含むと、中にはなんとぷりぷりした海老が丸め込まれていた。普通の白身魚と思って噛んだ瞬間の意外な食感、あの驚きは忘れられない。付け合わせのルッコラもピンッとしていて威勢がいい。同じくメインの魚料理、アマダイの「フリットに添えられたムール貝にも海老のすり身が挟み込まれていた。塩加減がとても良く、メインの魚の味を引き立てていたように思う。ジューシーな鴨のローストに添えられた一口サイズの野菜は約10種類、それぞれ素材本来がもつ味と歯ざわりを残しつつもブイヨンの味が染み、丁寧に調理されていた。


どの皿を見ても食べても非常に手が込んでいるのを感じる。一皿一皿すべてに「へー!」と言いたくなるような驚きがある。そしてなんと言ってもその驚きの極みは、そう、冒頭に書いたデザートである。


「ここでしか食べられないものを料理と同レベルで作っていきたい」「好きな素材を使いたい」デザートに対してこんな考えを持つシェフが「セロリのシャーベット」や「フロマージュブランのスープ、トマトのジュレと共に」を考案する。
ミキサーにかけたトマトを一晩かけてぽたぽたとこす。薄黄緑色のその液体にゼラチンを加えてできるのが赤くない「トマトのジュレ」だ。「料理と同レベルで」という言葉がきちんと皿に表れている。白いソースと共に口に運ぶとトマトの青くささは全くなく、爽やかな甘みが広がる。フレッシュフロマージュのスープは適度な重さでゼリーとのバランスがとても良い。一人で味わうのがもったいなくなり、思わず「食べて食べて!」と皿を回してしまう。もちろんみんなびっくりしたような顔で「美味しい」と言う。
ゼリーは確かにトマトの味で、その味からはちゃんとあの赤いトマトが頭に浮かぶのだが、逆にあの赤いトマトからこのゼリーが浮かぶ人は五十嵐シェフ一人しかいないだろう。
セロリのシャーベットは温かいチェリーソースと不思議なほど良く合う。セロリの独特の癖がちょっと残りつつ程よく甘い。ソースに転がる大粒のチェリーも、シャーベットだけでは単調になってしまう食感にアクセントを加えている。
旬のものとして「桃のコンポートと桃のグラニテ」も出てきた。立体的に盛り付けられた立派な桃は、口一杯にその甘みを広げる。すーっと入ってくるバニラアイスとの相性も抜群である。


「いずれ専門のベーカリーを作りたい。そうすればそれぞれの皿に合うパンを焼くこともできる」という五十嵐シェフ、「人に依存しないで料理を組み立てたい」という姿勢から現在も1種類ではあるが昼夜2回パンを焼いている。焼きあがりは11時と4時。テーブルに出すときに更に一度温め直して水分を飛ばす。ピンポン玉大の表面がかなり堅いパンだ。しかし堅い表面に守られていたかのように中はもちっとしている。どの料理にも合う美味しいパンで満足ではあるが、将来それぞれの皿に合うパンが日変わりで焼かれて出てくるなんで、なんとも魅力的な話ではないか。実現を心待ちにしてしまう。

子供の頃からものを作ることが大好きだったというシェフは、労を惜しまず一つの食材からいくつもの味を作り出していく。このような創造性に優れた料理の数々を生み出したシェフのことだ。小麦粉という材料からも料理に合う面白いパンを、また生み出してくれるかもしれない。料理とパンの組み合わせに今まで何処にもなかった新たな試みをしてくれるのではないだろうか。勝手ながらそんなことをこちらが考えてしまうほど、五十嵐シェフからはまだまだ色々な形や味が飛び出して来そうな勢いと奥深さが感じられた。

取材日 1998年

マノワール・ダスティン
東京都中央区銀座8−12−15
TEL:03-3248-6776