2003年も残すところあとわずかになりました。今年のクリスマス、皆さんはどんなふうに過ごしましたか? 街のライトアップ、きれいでしたね。ここ数年住宅街でも素敵なライトアップを見かけるようになりました。とはいえ、日本では25日を過ぎると、街やお店のディスプレイが、とたんにお正月っぽく、純和風に変わるのがおもしろいですね。
でも、ヨーロッパではクリスマスムードはまだまだ続きます。1月6日の公現節の日に、東方の三博士が木の上の星を目印にキリストを見つけたということで、その日までクリスマスツリーのトップに星をつけて飾るのが本来の意味なのだそうです。そんなヨーロッパのクリスマスケーキの様子を、今年もパリ在住のライター加納雪乃さんが送ってくれました。今年はどんなケーキがパリジャン、パリジェンヌの心をとらえたのでしょうか。




                                                               文・写真  加納雪乃
この夏には広い空間の2号店をオープンさせ、続いて「ギャルリー・ラファイエット」のグルメ館「ラファイエット・グルメ」にも店舗を出した「サダハル・アオキ」。オープン以来、その人気は高まるばかり。しゃれたサロン・ド・テなどでは、"アオキのパティスリーを出しています"が謳い文句になっている。
フランスのパティスリーに日本の味覚を加減よくアレンジした青木さんのお菓子は、どれも彼独特のセンスが光っていて個性的。人と違ったものが好きなフランス人に、そんな点も受けているのだろう。
ビュッシュ・ドゥ・ノエルは、抹茶ロールやヴァランシア(オレンジ風味)、マロン、ジャポン(ショートケーキ風)など、青木さんの従来からのスタンダードものに、今年は、この夏の新作「バンブー」のビュッシュが仲間入り。"抹茶風味のオペラ"と説明されたお菓子は、確かにオペラが緑に色を変えたもの。表面の、竹をイメージしたデザインがゼン(禅)を感じさせて美しい。このお菓子を目にしたフランス人がため息をつきながら「なんてきれいなんだ!」感嘆の声を上げるのを何度聞いたことだろう。
フランス人になじみのあるオペラというクラシック菓子を、抹茶を使って青木風にアレンジした。パリでは既にお菓子の味として位置を獲得した感のある抹茶だが、青木さんの手にかかるとそのよさが一段と光る。ジェノワーズやクリーム、ムースのしっとりと確かな舌触りがこのお菓子がクラシックなものであることを実感させてくれると同時に、柔らかな抹茶の風味がこのお菓子がクリエイティヴ性に富んでいるものだと主張する。
西洋と東洋、伝統と革新が小気味よく同化した、青木さんの面目躍如といえるお菓子。今年のノエルは、この「バンブー」とマロンのものが売れ筋。トータルで1000個あまりのビュッシュを出す、という青木さん。ここ数日は夜を徹してビュッシュ製作に向かっている、と言う。青木さんの素敵なビュッシュを囲んで多くのパリジャンがノエルを迎えるのだ。


コンフィズリー特集の時にも紹介した「シュクレカカオ」。優秀な街角パティスリーの今年のノエルのお菓子は、ビュッシュ7種、アントルメ2種、アイスビュッシュ2種、アイスアントルメ2種、とヴァリエーション豊かなラインナップ。今回は、ビュッシュ2点を紹介。

まずはフルーツ系から「デリス」。アーモンドマカロン生地に、パッションフルーツクリーム、ヌガークリーム、グリオットのジュレを重ねたものを、アーモンド入りショコラ・ブランでグラサージュした。クリーム色と赤の見た目も美しいが、ナイフを入れた断面の美しさに目を見張る。シェフ、ジェームス・ベルティエの作り出すお菓子はどれをとってもきめの細かい丁寧な作業が施されているが、この「デリス」も例外ではない。各パーツの薄い層がそれはきれいに重なり、見た目でまず、仕事の丁寧さを感じ、その味を期待させてくれる。
ふんわり軽く焼きあがったマカロン生地の上品な味に、パッションフルーツとグリオットの香り高い酸味が見事にマッチ。この2つの果物を合わせるなんて、かなり味が濃くなり酸味も強くなるのでは、という危惧は杞憂に終わる。ヌガーとマカロンのふくよかな甘みに、はじけるような2つの果物のキャラクターが絶妙にマッチ。素材同士のハーモニーのよさをしみじみ感じる。甘くなりがちなショコラ・ブランのクーヴェルチュールもきっちりおいしく、ちりばめられたアーモンドのカリカリ感が興を添え、いくらだって食べられそうな味。"デリス"(=悦楽、史上の喜び)という名にふさわしい、絶品ビュッシュだ。

ショコラ系からは、「エトワール」を。「デリス」同様、ショコラタブレットを模した表面の仕上がりが美しいビュッシュだ。
構成素材は、ビスキュイショコラ、ガナッシュ、オレンジとオレンジマーマレードを加えた生クリーム。これを9層にも重ねて、周りはアーモンド入りショコラでグラサージュしてある。
「デリス」に増して、断面の美しいお菓子である。10センチにも満たない高さに幅の違う9層がきれいにかっちり整列。内側がここまできれいなお菓子もなかなかない。内側の美しさは、「シュクレカカオ」のお菓子の特徴だ。
しっとりと焼きあがったビスキュイの香りは高くともくどくない味に、品のよい甘みのあるガナッシュが上手く重なっている。柔らかな生クリームがショコラの味を際立たせ、時折香るオレンジがいいアクセントになっている。味の完成度の高い、どこまでも上品で美しいビュッシュに仕上がっている。

この1週間で、トータル800〜900個のノエル関係のお菓子を作るという。単独店でのこの数の販売数はかなりのものだが、店の前に出来る長い行列を見れば、それだけ売れるのも納得。店のある20区の住民だけでなく、パリ中からおいしいお菓子を愛する人々が買いに来ている。


2002年のノエルには、全身金箔で包まれた輝かしいビュッシュ・ドゥ・ノエルで注目を集めた「ボワシエ」。老舗ショコラティエに数年前から新風を吹き込んでいるのは、シェフのクリスチャン・ゴーチエと、パッケージなどのコンセプトを担当しているニコラ・サンデス。彼らが今年創作したビュッシュは、いたってシンプルなスタイルだが、芸の細かい内容。
ごくごく薄いクーヴェルチュールで覆われたビュッシュの表面全体に、「ボワシエ」オリジナルのノエル物語がプリントされている。このアルファベットだけが、ビュッシュを飾る要素になっている。ビスキュイショコラ、ムースオショコラ、キャラメルで構成された内部は外見同様シンプルに。ナイフを入れるとキャラメルがトロ〜リおいしそうに顔を見せる。
あくまでも高品質な素材を使って作り上げたムースとビスキュイは、ショコラのかぐわしい香りも食感も抜群。さすがはショコラティエの作品だ。そんなエレガントなショコラの中からはじけるのが、様々なエピス(スパイス)の香り。シナモン、ナツメグ、コショウ、クローヴ、いわゆるエピス・ドゥ・ノエル(クリスマス・スパイス)が仕込まれている。どのエピスも香りが際立ち、その存在をしっかりと主張している。生半可なショコラでは、このエピスの香りに負けてしまうだろう。「ボワシエ」ならではのこだわりによる高品質ショコラがあるからこそ、エピス・ドゥ・ノエルが引き立っている。キャラメルの甘みがエピスに溶けるような感覚にもうっとりする。
一歩間違えれば、エピス香が強すぎたり、ショコラとの相性がちぐはぐになりかねない、難しい味の組み合わせ。高度な技術とセンス、高品質な素材が合わさってはじめて可能な、優秀ビュッシュだ。