昨年のサロン・ド・ショコラ東京で、販売後あっという間に完売、日本のメディアでも大きく取り上げられていたファブリス・ジロット氏。今ではM.O.F(フランス国家最高職人)というと、日本でも食通の方たちには馴染みのある言葉となってきましたが、その称号を26歳という若さで得たのがジロット氏なのです。M.O.Fと言ってもパティシエ、ブーランジェ、チーズ熟成士…などいろいろありますが、フランスでも数少ないのがショコラティエのM.O.F。そんなことからも、チョコレートの祭典であるサロン・ド・ショコラには欠かせない存在であることは言うまでもありません。
今年のセミナー会場は、新宿伊勢丹7Fにあるバンケットルーム。各回定員50名、今までと異なり立ち見ができないという、チケットを持つ者のみに入場が許される贅沢な1時間。そんなプラチナチケットとも言える整理券を目当てに、平日でも朝7時前から並ぶ人が続出!そんな状況の中、セミナー当日、ジロット氏のセミナーの整理券が一番に終了したことからも、みなさんの注目、期待が大きなものであることを改めて実感しました。


長い待ち時間中も、みなさんの話題はもちろんショコラ

すべてはこのチケットのため!

今年のサロン・ド・ショコラ東京のブースで



黒いコックコートに身を包み、優しい笑顔でカトリーヌ夫人と登場したジロット氏。

「私は1980年からこの仕事に就いていますが、始めの頃に、人から『いつか東京で君のショコラが紹介される日が来るかもしれないね』と言われたことがあったんです。その時はこんな日が来るとは思っていなかったので、こうしてみなさんとお会いできて嬉しいです」

そう話す口調はとても穏やか。

ファブリス・ジロット氏と、よきパートナー・カトリーヌ夫人



フランス・ブルゴーニュ地方、ディジョンにお店を構え、地元ブルゴーニュの素材をふんだんに活かす、それがジロット氏のショコラの魅力。特に、氏の代名詞とも言えるのが、ブルゴーニュの豊かな風土に育まれた果実のみを用いた「テロワール ド ブルゴーニュ」。デモンストレーションの前に、まずその内の一粒、フランボワーズを試食。

「まず半分かじって味わってください。そして、その後断面を見てみてください」

ジロット氏の言葉に従ってボンボンをかじると、滑らかなフランボワーズのガナッシュと、間に挟まれた柔らかいフランボワーズジュレにすっと歯が通り、口の中でショコラが溶けるに従ってフランボワーズの爽やかな酸味が口いっぱいに広がります。特にジュレは瑞々しく、果汁がギュッと濃縮された濃い味わいには驚くほど。そして、わずかに感じるフランボワーズの種のプチプチとした食感が心地よい。

「フランボワーズのジュレは自家製なんです。種を全部残さずに3分の1だけ残す、だからこの微妙な食感が生まれるんです。そして、この、ガナッシュの間にジュレを挟むという技術は、6、7年前に完成した、私にしかできないものなのです」

温かい雰囲気を持つジロット氏ですが、これらの言葉からは確固たる自信が強く伝わってきました。確かに、ガナッシュの上にジュレを流し込んだものはよくありますが、この滑らかなガナッシュで口溶けのよいジュレをサンドするには、どんな秘密があるのか?きっとみなさんも気になっているはず。しかし残念なことに、

「これを作るにはかなり複雑で、みなさんの手には負えないと思います。それに、何と言っても大事な企業秘密ですから教えるわけにはいかないんです(笑)」

でも、がっかりするのはまだ早い!なんと、このボンボンをイメージしたデザートを作ってくれるとのこと。これは貴重です。どんなデザートが出来上がるのでしょうか?



「テロワール ド ブルゴーニュ」

この一粒にブルゴーニュの香りがぎゅっと詰まっています



まず取り掛かったのはフランボワーズのジュレ。ジロット氏と同じくブルゴーニュ出身のエマニュエル・バイヤードさんという女性が作ったクーリー・ド・フランボワーズを使用。余談ですが、伊勢丹の地下食品売り場でも販売されているこの商品、この講習会が終わった後には、売り場からすっかり姿を消していたようです。

「このピューレは加糖10%のものです。私は酸味にまろやかさを出すために、さらに少量の砂糖を加えます」

あまりお酒は好きではないというジロット氏ですが、香り付け程度にわずかな量のフランボワーズリキュールも。そしてここに水でふやかした板ゼラチンを溶かすのですが、

「よく、たっぷりの水の中に板ゼラチンを入れてふやかした後、手で絞って使う方もいますが、このようにすると、その時の絞り方によってゼラチンの水分量にばらつきがでてしまいます。私は水分量を統一させたいので、5gの板ゼラチンに対して15gの水を計ってやるようにしています」

エマニュエル・バイヤードさんの「クーリー・ド・フランボワーズ」



そして、次に取り掛かったショコラムースでも、細かいコツをいろいろと教えてくれます。

「卵黄が焼けてしまう(固まってしまう)ので、グラニュー糖は雨が降るように入れてください」
「煮立てた牛乳と生クリームを火にかけたまま卵黄とグラニュー糖をいれると、火が入りすぎて駄目になってしまうことが多いので、一度火から下ろしてくださいね」


そして再び火にかける際には

「殺菌効果があるのは80〜82℃なので、80℃まで温度を上げます。余熱のことを考慮して、79℃くらいで火から下ろします」

面倒だから、とついつい見過ごしてしまいそうな事ですが、一つ一つの作業を丁寧に行うことで、本当においしいものが作られていくのだと再認識。

作業は丁寧に手際よく進められていきます



そしていよいよチョコレートの登場。細かく刻んだチョコレートを3回に分けて合わせます。これは、1度にチョコレートを加えてしまうと、乳化が完全にできないため。

「これはドミニカ共和国のカカオ豆から作られたものです。とてもフルーティーな味わいで、今回のフランボワーズなどのフルーツとよく合うんですよ」

先ほどのように温度が重要となるチョコレートですが、ここでもう一つ重要なポイントが。

「今回のムースにはカカオ分70%のチョコレートを使っています。チョコレートの成分の一つであるカカオバターは固まるととても固く、チョコレートの形成にかかわるものです。カカオ分の含有量が変わるとムースの固さも違ってくるので、ここでカカオ分の%が大事になるんです」

そう説明してくれながらもホイッパーを握る手はずっと動いたまま。しっかりと空気を含ませることで、チョコレートが乳化されていきます。では、乳化の見分け方は?

「チョコレートに艶がでてきます。そして、表面に余分な油脂がでていなければ成功です」

チョコレートはすごくデリケートなだけに、乳化までの手順、手際、その見極め、すべてにおいて難しそうですが、ジロット氏の手にかかると、自分にも簡単にできそうに思えてしまいます。

こうやって出来上がったショコラムースをガラスの容器に流し入れ、冷蔵庫で30分。そして、その上にフランボワーズのジュレを流し、再びショコラムースを流します。この際、まわりにフランボワーズの輪ができるように…と見た目も綺麗。実は、このガラスの容器、なんと本人がフランスからこのために持って来たものなんだそう!こんなところにも、細部までこだわる妥協しない姿があります。

徐々に形になっていくデザートにワクワクします



ここで完成かと思えば、いえいえ、まだあるのです。さっきまではあくまでも本体。これから取り掛かるのは、飾りに添えるサブレ・ノワゼット。氏自ら「これ以上シンプルなものはない」と言うルセットは、材料はノワゼット、カソナード、小麦粉、バターのみ、そしてどれも同分量。しかし、それでさえもジロット流にアレンジ。

「この場合、たいていバターは最初に入れますが、私は必ず最後です。私はシンプルなものは好きですが、他の人と一緒なのは嫌いなんです」

そう茶目っ気たっぷりに笑う姿には、職人としての気質と少年のような無邪気さが入り混じり、ファブリス・ジロットというショコラティエを少し身近に感じさせてくれました。

サブレを焼くのはこの黒いフレキシパンで



「このデザートは15℃に冷やして食べてもらいたいので、みなさんに食べてもらうのは早朝から仕込んだものです」

ショコラの茶とフランボワーズの深紅、この2色のコントラストが美しいデザートは、見た目は違えども、なるほど「テロワール ド ブルゴーニュ」を思い起こさせる味の構成。滑らかで口溶けのよいショコラムースはスキッとほろ苦く、まるで味噌のような濃い味わい。そこにフランボワーズジュレの酸味が合わさり、ジュレはトロリと濃厚なのにまるでジュースのようにさら〜っとのどを通っていきます。キレがいいのに後の余韻も豊かで、大人のデザートといった感じです。そして、ザクザクとした食感、バターの風味、ノワゼットの丸みのあるコク、噛むほどに広がる甘み…飾りと言うにはもったいないサブレ・ノワゼット。会場のブースでは決して味わうことのできない贅沢なひと時、このためなら、寒い中、早朝から並ぶ気持ちもみなさん分かってくれますよね?

これを独り占めできるなんて幸せ!



そして最後に、日本のファンの方たちにとってうれしい事実が。

「今回、会場で売られている『サンテュール』は、まだディジョンのお店にも置いていない、『サロン・ド・ショコラ東京』のために作った新作です。実は、まさに去年のサロン・ド・ショコラの帰りの飛行機の中で思いついたものなんです」

ローズ、ジャスミン、イランイラン、オレンジの花のガナッシュにそれぞれ合わせるのは、フランボワーズ、アプリコット、マンゴー、オレンジのジュレ。これらの繊細な味わいも、ジロット氏の繊細な感性と丁寧な仕事からきているものなのだと今回のセミナーで実感することができました。花とフルーツ、そしてアロマとチョコレートのマリアージュが、また「ファブリス・ジロット」の新たな一面を見せてくれるに違いありません。



新作「サンテュール」



セミナー後、この「サンテュール」があっという間に完売してしまったのは、言うまでもありませんよね。





←目次ページにもどる