ショコラ色に染まるサロン・ド・ショコラの会場で、遠くからでもすぐ発見できるのがフェルベールさんのブース。優しい色合いのピンクの空間は、明らかに他とは異なり、ふんわりと温かく穏やかな空気に包まれています。しかも新作のモチーフはハート。ますますファンタジックな空間へとなっていたのです。そしてそこで出会えるのはフェルベールさんの優しい笑顔。そう、彼女から感じられるのは、母性にも似たおおらかで包み込んでくれるような包容力。そんな彼女の魅力に吸い寄せられるように、客足は途絶えることがありません。たくさん並べられたコンフィチュールやショコラにワクワクし、ブースを後にする頃には心が癒されている…そんな気持ちになれるのは、きっと私たちだけではないはず。


ブースには本やトーションも揃います

サクサクのサブレでパッションフルーツのガナッシュを挟んだこのプチガトーも今回の新作の一つ

仲良しのエヴァン氏はもちろん、
いろいろなシェフたちもフェルベールさんのもとへ集まります




もちろん、毎年セミナーも大人気。大きな拍手に迎えられて登場したフェルベールさんは、今回は義理の妹のカトリーヌさん、同郷の友人ピエール・エルメ氏のインターネットビジネスの開発を担当しているというオリビエさんと一緒。このセミナー、限られた空間でフェルベールさんの人柄に存分に触れられるということ以外に、人気の理由はまだ他にもあるようです。

「みなさんにたくさん食べてもらいたくて、今回は6種類のデギュスタシオンを用意しています」

そうなんです、フェルベールさんのセミナーに参加したことのある方ならご存知だと思いますが、とにかく試食の数が多いのです!

「毎回みなさんに違うものを食べてもらうのを楽しみにしているので、毎日厨房に入って新しいお菓子を試作しているんです」



コンフィチュールを主に、焼き菓子などのレシピ本も数多く執筆しているフェルベールさん、今回もアルザスのイラストレーターであるギー・ウンタライネ氏とコラボレーションしたレシピ本が出版されたばかり。アルザスの四季おりおりの果実をたっぷり使ったコンフィチュールとそれらを使ったお菓子の数々、そこにギー氏のイラストが合わさって、ページを開くごとにアルザスの純朴な空気とそこから生み出されるスイートな世界が広がります。

「本を書く時に気をつけているのは、レシピを分かりやすく簡単にすることです。仕事や家事で忙しい女性も簡単に作れるようなものを心掛けているんです。これから作るお菓子たちも、材料さえ揃えば本当に簡単に作れるものばかり。手を動かすのはほんの少しでいいんですよ」

フェルベールさんが教えてくれるのは、特別な材料を使ったり高度な技を必要とするような、いわゆるパティシエの洗練されたガトーではなく、気軽に家庭でも作ることができる素朴なおやつ。

ギー・ウンタライネ氏も穏やかな雰囲気をもった素敵な方 

コンフィチュールと、それをイメージしたギー氏のイラストが並びます

ギー氏の描くフェルベールさんのコンフィチュール



まず一つ目は、ビスキュイ風のパン・デピス。

「シンプルに紅茶に合わせて食べても、アングレーズソースと一緒に食べてもおいしいんです」

このパン・デピスには、たっぷりのハチミツに数種類のスパイス、ノワゼットにレーズン、そしてオレンジのコンフィが入ります。

「私はハチミツとスパイスの生地にオレンジが加わったものが好きです。お菓子に爽やかな清涼感を与えてくれるんです。アニスやクローブ、他に胡椒を加えてもいいですね。このお菓子はおいしいだけではなく、このスパイスのお陰で病気からも守ってくれるんですよ」

そして、ふっくらと焼き上げるために必ず入れるのが少量のベーキングパウダー。入れすぎると舌を刺すような味わいになってしまうのでご注意を!実はこのパン・デピスは、カトリーヌさんが娘のサロメちゃんと一緒によく作るものだそうです。子供のためのレシピ本も出している彼女にとって、忙しい女性のためだけでなく、「子供にも簡単に作れるお菓子」というのもポイントなのかもしれません。

次に続くのも、素朴な家庭のおやつといった感じのミニサブレ。刻みチョコレートを合わせた生地を棒状に伸ばし包丁で均等にカット、その上にローストノワゼットをトッピングして10〜15分も焼き上げれば、ガレットブルトンのようにサクサクした食感のサブレの出来上がり。

カトリーヌさん(左)とオリビエさん(右)



そして、デモンストレーションは一気にショコラモードに突入していきます。

「次はガナッシュを作ります。このレシピでパレドールでもトリュフでも何でも作れるんですよ」

材料は牛乳、バター、チョコレートの3つのみ。細かく刻んだチョコレートに煮立てた牛乳を加えて溶かし、室温に戻したバターを加えれば、あっという間に完成。この手際の良さについては、

「伊勢丹が用意してくれる器具は、綺麗でとてもいいものばかり。材料の計量もちゃんとしてくれてあるので、作業がスムーズに進むんです。だからみなさんにたくさんのお菓子を作ることができるんです」

そう言って、伊勢丹や会場裏でアシスタントをしているスタッフたちへの気遣いも忘れません。その方たちのお陰で、フェルベールさんが作ったばかりのお菓子をたくさん食べることができるのだから、私たちもこの感謝の気持ちは忘れてはいけませんよね。

「毎年新しいお菓子を用意するので時間をおしてしまい、伊勢丹の方から『もう終わって下さい』と言われるのが一番怖いんです」

と少しいたずらっぽく笑います。そして

「た・す・け・て」

と日本語で言い、場内を湧かせるという場面も。



この時点で既に3種類のお菓子のデモンストレーションが終了。でも、まだ続くんです。トリは、やっぱりコンフィチュール!フェルベールさんと言えばやっぱりこれですよね。内容は、この時期にうれしいショコラとバナナのコンフィチュール。薄く輪切りにしたバナナ800gに対して砂糖400g、そして各200gのショコラとオレンジ果汁が入ります。レシピ本を見ていても砂糖の多さに改めて驚きますが、この日は少し少なめにしているとのこと。

「バナナは必ずよく熟れたものを使ってくださいね。まだ青いものは苦みが出てしまうんです。そして、バナナだけだと油っぽく重い口当たりになってしまうので、フレッシュ感を与えるためにオレンジの果汁を入れます。バナナは酸味のあるフルーツとよく合うんですよ」

フルーツのフレッシュな味わいとともに果肉も一緒に楽しめるものが多いフェルベールさんのコンフィチュールですが、

「今日はバナナの形が残るように作りますが、ミキサーにかけることをお勧めします。もし分厚い輪切りのものが混ざってしまってそれが熟れていなかった場合、保存すると粉っぽくなってしまうからなんです」



コンフィチュールを煮ている間を利用して、スライドにはフランスで放映されたというテレビ番組が映し出されます。そこには、アルザスの果樹園でフルーツを手に取るフェルベールさんの姿や、幼い頃の写真が。そうすると、フェルベールさんが10歳の時に父親とクリスマスの配達に行った時の思い出を語ってくれました。

「クリスマスに父親の車に乗って一緒に配達に行くのですが、外にはとても綺麗なツリーが飾られていたんです。でも、私の家にはツリーがありませんでした。ツリーが欲しいとも言えずにただ泣いているばかりの私の気持ちを察して、父親は『みんなに喜びや幸せを与えたい、だからクリスマスも働くんだよ』と私に言ったんです。それ以来、私はクリスマスツリーが欲しいと思ったことはありません」

そんな少し切なくも心温まるエピソードに、私たちも気持ちを改めさせられる思いでした。そしてフェルベールさんは言葉を続けます。

「お菓子を作ることはまるでマジックのよう。『これを入れたらどうか?こうしたらどうだろう?』と考えながら作り上げていくんです。自分が好きなものが受け入れられるか不安もありますが、私の思いはきっとみんなに伝わると信じています。だからいつもドアを開いてオープンな状態でありたいんです。体力的に大変ではありますが、私はこの仕事が大好きなんです。他の仕事に就きたいと思ったことはありません」

フェルベールさんの口調はゆっくりと穏やかだけれど、その言葉はとても強くて頼もしいもの。故郷ニーデルモルシュヴィルでずっとお店を守り続けてきた彼女だからこそ、その一言一言に重みを感じます。

スライドにはメゾン・フェルベールの店内も

ノエルの飾り付けがされたお店にも訪れる価値あり! 



しばらくすると、チョコレートとバナナの甘くふくよかな香りが会場内を満たしてきました。と、ここでサプライズが!!

「実は今日この会場に、私の大好きな女性が来てくれています。その方はフランスまで私に会いに来てくれました。とても美しくてとても優しい方です」

花束を手に持ったフェルベールさんが突然紹介したのは、なんと黒柳徹子さん!実はこの4日前、黒柳さんがパリとアルザスを旅行するという番組をテレビで放送していたばかり。ここで黒柳さんはフェルベールさんのお店も訪れていたのです。日本での再会を喜び抱き合うフェルベールさんの目には涙が…。もちろん私たちもテレビの前でその番組に見入っていたので、思わぬ出来事にびっくり。さらに話は、黒柳さんのためのコンフィチュールを作るとの方向に。

「ピエール・エルメ氏やアラン・デュカス氏のためのコンフィチュールも手がけているのですが、その場合には、いつも本人に好きな食べ物を聞いて、その人をイメージして作ります。レシピを立てるのはとても大変な作業で、一番良いハーモニーを探し出すまで何度も何度も試作を重ねます。黒柳さんはずっと仕事を長くやってこられていろんな経験を積んでいますから、その分コンフィチュールを作るのも時間がかかってしまいそうです」

黒柳さんが好きなざくろを使った、「若さのフィルター」と名付けられたまだ見ぬコンフィチュール、私たちもいつか目にすることができるのでしょうか?とても気になるところです。

まるで長年の友人のようなお二人

フェルベールさんへの質問タイムには黒柳さんも参加



そして、この間に配られた試食用のお菓子は6種類。先ほど作られたパン・デピス、ミニサブレ、ガナッシュ、コンフィチュールに加え、レ・キャリと今回の新作であるキャラメルとカシスのボンボンショコラ。

「日本のみなさんに試食してもらうことは、本当にとても嬉しいことです。みなさん、まずはいろんな角度から見て、次に写真を撮って、最後にゆっくり味わってくれます。そうやって大切に扱ってくれるのは、私たち職人に対しての敬意も感じますし、私にとっては大きな喜びなんです」

今までそれが当たり前のようになっていたけれど、改めてそう指摘され、私たちもハッと気付きました。確かに、配られてすぐ口に入れる人は少ないのです。そう言われて嬉しいような、恥ずかしいような…。そういえば以前、ルルー氏も同じようなことを言っていたのを思い出します。この日本人の行動は、海外のシェフの目には奇妙に映るのでしょうか??でも、おいしいお菓子は五感でしっかりと感じ取りたい、そしていつまでも記憶に留めておきたい、その気持ちは大事ですよね。日本人であることが、少し誇らしく思った瞬間でもありました。

(左から)オレンジコンフィを添えたガナッシュ、
スパイシーなレ・キャリ、
まだほんのり温かいパン・デピス


ミニサブレと新作のボンボンショコラ

ねっとりした口あたりの、バナナとショコラのコンフィチュール



毎回思うことですが、セミナーの1時間はなんて過ぎて行くのが早いのでしょうか。しかし、たくさんの内容が盛り込まれたこの凝縮された1時間は、2時間にも3時間にも値するほど。フェルベールさんのセミナーは、今回も私たちのお腹だけではなく、心も満たしてくれました。







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