2006.1.26


サロン・ド・ショコラ東京の数あるセミナーの中でも、伊勢丹アイカード会員のみが参加できるスペシャル・セミナーがいくつかあります。それも希望者の中から抽選で選ばれた35名だけが参加できるという狭き門。今回、そのセミナーの一つに参加できるという幸運が巡ってきました。しかも「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」の創始者ロベール・ランクス氏とクリエイティブディレクターのパスカル・ル・ガック氏によるもの。

今や世界的なショコラブランドとなった「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」。“ブランド“と言うにふさわしいその落ち着いた堂々たる店構えは、パリでも日本でも同じこと。日本でもファンが多いのは言うまでもありませんが、本場フランスでもその人気、評価たるや絶大なものです。フランスのショコラガイドブック「Le guide du Club des Croqueurs de Chocolat」では早くから最高評価の5タブレットを獲得し、エルメス、シャネル、ルイ・ヴィトンなども所属する「コルベール委員会」にも名を連ねているほど。「コルベール委員会」の理念が“質と創造力のフランス伝統の中から最良のものを保存し、より多くの人々にその喜びを伝える”ということを考えると、まさにフランスが認めたショコラトリーだと言えます。

さて、今回会場となったのは、サロン・ド・ショコラ会場内で行われる一般セミナーとは一線を画す、7階のバンケットルーム。当選通知のハガキを持った人が、開場前から列を作ります。
会場内には、映画「アメリ」のサントラが流れ、優雅でありながらどこか幻想的な雰囲気。その雰囲気は、セピア色の「アメリ」の世界と老舗ショコラトリー、そして人々を魅了する「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」のショコラが持つ魔力のようなものとリンクし、会場に流れる音楽が心地良く耳に入ってきます。
目の前ではパスカル・ル・ガック氏が、これから始まるデモンストレーションの準備として、レモンの皮を馴れた手つきで削っていました。



(開始前から黙々と準備を進めるル・ガック氏)



氏は「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」で18年以上もレシピ開発に携わり、ランクス氏と25年来一緒に仕事をしてきたという人物。ランクス氏に「今まで彼ほど有能で真面目で誠実、そして寛大な男を見たことがない」と評価される、いわばランクス氏の右腕として氏の信頼も絶大なるものです。まだ内容が分からないだけに、レモンの爽やかな香りがセミナーへの期待を高めます。


一度控え室に戻って行ったル・ガック氏とともに、穏やかに微笑みながら登場したランクス氏。





1977年、パリのフォブール・サントノレ通りに1号店を構えた当時のことをこう話してくれました。

「私がお店を開いた当時は、ショコラを取り巻く環境は今とは全く違っていました。その頃は、クリスマスに売れ残ったショコラを、再びイースターで販売するという状況だったのです。そんな中、私が本当に作りたいショコラが作れる場所を運良くパリに見つけたのです。それが1号店となったサントノレ店です。この物件は地下にワインセラーを持っており、そこにアトリエを構えました。その温度がショコラの作業に適していたからです。7〜8年は私一人でお店をやっていました。当時、「ショコラティエ」と呼ばれる人は存在せず、私も「師匠」という意味の「メートル」と呼ばれていたのです。それまでは型抜きのものなど工業的なものしかなかったのですが、私の作るショコラが段々と人気を博してき、後に「ショコラティエ」と呼ばれる人々が出現してきたというわけです」

確かに、この二十数年で私たち消費者のショコラに対する興味、認識などを含めた、ショコラを取り巻く環境は大きく変化しました。しかし、それを一番身に染みて感じているのは、その間ショコラと真剣に向き合ってきたランクス氏に違いありません。 




ここで、すでに各自に配られていたボンボンショコラ3種のデギュスタシオンが始まりました。

「まず半分を口に入れて、上あごの熱でショコラが溶けてくる時に広がる風味を楽しんでください。また、テイスティングには食べる順序が大切です」

と、ランクス氏の説明を聞きながら、順番にゆっくり時間をかけて一つずつ味わっていく贅沢さ。まずは、カカオの苦みが強すぎず上品な味わいの「キト」。非常に貴重なカカオ豆を使用しているため、量産はできないとのこと。次に「リゴレット・レ」。甘さ控えめのショコラ・オ・レの中にはブールキャラメルのガナッシュ。パナデリアでも大人気のこのボンボン、スイス時代に学校で賞をもらった時のものだというのですから、そのおいしさは30年近く経った今でも色褪せることがありません。氏自ら「すばらしいショコラ」と評価するほど。そして最後は「ザゴラ」。ランクス氏がモロッコ旅行中に飲んだおいしいミントティーにヒントを得たといいます。ショコラを口に含めば、まるで生のミントをかじったかのようにフレッシュな香りが口中に広がります。ランクス氏はもともとミントは得意ではないとのことですが、ショコラでありながらこのミントの瑞々しさには、ただただ驚くばかり。3種3様の全く違った味わいのショコラ。一粒食べるごとに会場のあらゆる所から感嘆の声が聞こえてきます。この3粒でさらに参加者たちは「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」の世界に引き込まれてしまったようです。


哲学者ジャン=ポール・アロンにより「ガナッシュの魔術師」と称されたランクス氏。続いてル・ガック氏にマイクを渡し、師ランクス氏の得意とするガナッシュを作ります。この日披露されたのは「アンダルシア」というレモンガナッシュ。


(ここではランクス氏がサポート役に)



「『ラ・メゾン・デュ・ショコラ』のガナッシュは、生クリームとクーベルチュールのみで作られています。生クリームは乳脂肪分30%ほどのなるべく低いものがいいでしょう。レモンの皮は、一番良い香りが詰まっている黄色い部分(ゼスト)のみを削ってください。白い部分は苦みがありますから…」

と説明しながら作業を続けるル・ガック氏。



「ガナッシュは短時間で簡単にできるもの」

始めにル・ガック氏が言っていたとおり、あっという間に出来立てガナッシュが目の前に運ばれてきました。


(デギュスタシオンの際のガナッシュの温度は人肌で)



「アンダルシア」とはランクス氏が名づけたもの。スペインの燦々と照り輝く太陽を思わすような名前です。名づけの経緯をこう語るランクス氏。

「私はスペインの近くバスク地方に生まれましたので、子供の頃はよくスペインに遊びに行く事が多かったのです。そこに住む人々は生き生きとしていて生命力に溢れていました。明るい雰囲気、恵まれた気候、美しい景色…。そこには無農薬のレモンがたわわになっていたのです」

昔は現在のように下ろし金のようなものがなく、角砂糖で皮をすり下ろしていたといいます。非常に滑らかでつやつやと輝くガナッシュは、レモンの風味が非常にフレッシュで爽やか!細かく削られたゼストがシャキシャキと心地よい。クドさが無くのど越しのよいガナッシュに、参加者たちは廻ってきた2杯目にも手を伸ばします。


すっかり「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」の魅力に取り付かれた参加者たち。
この後の質問コーナーでは、ランクス氏を驚かすような出来事が!参加者の一人が持参してきたのは、なんと1998年のノエルにパリの店舗で購入したという型取りしたショコラ。それを手に取ったランクス氏は、

「感動しました。お客様のお目の高さに感謝します」

と、10年近くも経った久々の再会に満面の笑み。


(参加者の持参したショコラを手に感慨深げな様子)



ショコラは購入してからすぐ新鮮なうちに食べるのがベストですが、ここでランクス氏が有効なショコラの保存方法を指南してくれました。

「ショコラをラップに何重にも包んで冷蔵庫または冷たい場所に保管します。そして、食べる48時間前にショコラを冷蔵庫から出し、ラップを外して涼しい場所に移します。食べる時に適温となるように低い温度から段階を踏むことがポイントです」

さすがに10年前のショコラは無理ですが、この方法なら2〜3週間はおいしく食べられるとのこと。


また、「新商品はどのように生まれるのか?」という質問に対しては、

「私の周りには素晴らしい舌を持つ友人、知人、料理人などアドバイスをくれる人がいます。私自身の今までの経験もありますし、レストランを食べ歩いたりすることで舌を鍛えてもいます。何か新商品のアイデアが浮かべば、私とパスカル(ル・ガック氏)、そして20年来一緒に働いている者の3人で、それが実現可能か話し合い、実験します。言えることは、私一人ではなくスタッフみんなで創作するということです」

あくまでも自分一人の力でショコラを作り上げているのではないと語るランクス氏。しかし、1年以上かけても商品とならずに終わってしまうものがあるのも事実。例えばカシス。 化学分析をした結果、カシスの成分の中に、ショコラと一緒になると分離してしまうものが含まれているとのこと。そういった場合、諦めざるを得ないと言います。しかし、

「ショコラ作りにおいて妥協はない」

とも断言。現在に至るまで、ショコラに対するクレームは一度も受けたことがないと言うのですから、決してそれが一人よがりでないランクス氏の信念を物語っていると言えるでしょう。


(話す言葉にも自然と力が入ります)



普段は穏やかで柔らかな印象が強いランクス氏ですが、ショコラの話をするその姿は、非常に力強く快活。

「年を重ねるごとに積まれる経験値と元々備わっている味覚、そしてもし批判されたらもっともっといいものを作ろうと奮起する気持ちが今の私を支えています」

現在の自分への自信と、世界のトップショコラティエでありながら現状に甘んじない飽くなき向上心。

「もっとおいしくできる」

ランクス氏のこの言葉に、今後もさらに進化し続ける「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」の姿が見えた気がしました。






(セミナー後、参加者のサインや撮影に応じる二人。
始終、和やかな雰囲気で進められたセミナーでした)



(おみやげとして、参加者に配られた
「グレン・ドゥ・カフェ」。
コーヒー豆を模したかわいい一粒は、
コーヒーの苦味、味わいともにしっかり。)