2006.1.29


現在の日本におけるショコラブームの先駆的存在とも言える「ミッシェル・ショーダン」。今やショコラ界の大御所ショーダン氏は、フランス・ロワール地方の出身。スイス人のショコラティエに師事した後、1986年にパリ7区の高級住宅街にお店を構えました。エッフェル塔やブルボン宮にほど近い、チョコレート色のシックな外観でありながら、お店のウインドーには動物を模したチョコレートがかわいらしくディスプレイ。見入っていると、まるでメルヘンの世界に迷い込んだような錯覚に陥ってしまいます。今や日本にも数店舗を構え、老舗の感が漂う「ミッシェル・ショーダン」。毎年この時期になると、ショーダン氏が来日するのもファンにとってはうれしい限りです。

そして、今年のサロン・ド・ショコラ東京で行われたのは、ショーダン氏によるデモンストレーション。トークショーとは違い実際に氏の見事な技を目にすることができるのですから、参加は必至。開演までにまだ時間があるにもかかわらず、デモンストレーションを心待ちにする人々が会場前に集まっており、日本での人気の高さを改めて感じました。




18時。しかし、デモンストレーション開始時間になってもまだ始まる気配がありません。予定より10分遅れてのスタート。その理由はというと…

「会場の温度が高すぎて、大理石の作業台が温まってしまったのです。いつもは、常に17℃に保たれた部屋で作業をしているので、こんなことはないのですが…」

と申し訳なさそうに理由を説明するショーダン氏。チョコレートは温度が命。開始早々、氏の職人としてのこだわりを感じることができました。

この日ショーダン氏が作ったのは、ゴマを使用したボンボンショコラ「セリバ」。パリでは1年前から販売しているこのショコラ、日本ではこの時が先行紹介となります(デモンストレーション後には販売も行われていました)。しかも、現在お店で唯一とり入れているアジアの食材は、このゴマだけとのこと。まずは溶かしたミルククーベルチュールを、空気を含ませないように大理石の上で28℃まで下げます。

「1つのパレットで十分」

と、まるで生き物を扱うように愛情のこもった鮮やかな手つき。それに応えるようにクーベルチュールもつやつやと輝きを増していきます。





この後、クーベルチュールと白ゴマペーストを合わせるのですが、両方とも油脂分のあるものなのでしっかりと混ぜ合わせ、カードに薄く付けて固まり具合をチェックします。


(カードに付けたチョコレートが膜を張って固まってきたらOK)



それから煎った白ゴマを加えるのですが、この時ペーストもゴマも約17℃とのこと。丁寧に一つ一つの材料の温度まで解説してくれます。
このセンターとなるゴマ入りガナッシュ、しかしここでも室温の高さが障害となってしまいました。

「カバーの艶がでなくなってしまうため、センターにするものは本来なら冷やしてはいけないのですが、せっかくですから皆さんに全工程を見ていただきたいので」

と、止むなく冷蔵庫で冷やすことに。


(セロハンを張ったボードに高さ1.5cmの木の棒を両端に置いて、
ここにガナッシュを流します)



(同じく木の棒で平らにならし、高さを揃えます)



それにしても、この大きなガナッシュの板、どうやって一つ一つ綺麗なボンボンの形にカットするんだろう?こんな疑問を持った人も多いはず。そこでショーダン氏が出したものとは…



「これはギターカッターと言って、スイス時代の私の師匠が始めたものです。フランスでも1965年から使われ始め、後にプチフールにも使われるようになりました。17時間労働から8時間労働になった今、作業のスピードアップにも役立っています」

まるで巨大なゆで卵の輪切りカッター。楽器のギターと綴りも同じとのことで、「ポロン」と弦を掻き鳴らすユーモラスな一面も。


ここで、ガナッシュを冷蔵庫で冷やしている時間を利用しての試食タイム。


(こんなに小さくてもゴマを十分に堪能できます)



白ゴマがたっぷり入り、噛むとゴマがプチプチと弾ける。そして、時間が経つほどにゴマの香ばしい風味が口いっぱいに広がります。
おいしい!と感激していると、先ほどのガナッシュが冷蔵庫から出され、その表面にL字パレットで溶かしたショコラノワールを延ばし始めました。薄く、そして均一に。


(職人・ショーダン氏の真剣な眼差し)



その後は、いよいよ先ほどのギターカッターの出番。


(ショーダン氏によると、ギターカッターの重さは約7〜8kg程度とのこと)



あっという間に小さくカットされたガナッシュに、カバーを付ければ出来上がりです。このとき、すでに終了時間は過ぎていたのですが、

「普通は、ボンボンショコラ完成まで少なくとも3日をかけます。今日は温度の問題でベストな状態ではありませんが、せっかくですから皆さんに今作っているものを食べてもらいたいので、終了時間が遅くなってしまうことをお許しください」

と、常にお客さんへの心配りも忘れません。会場に集まっている人は、ざっと数えただけでも80人はいます。その全員にボンボンショコラを配ろうと、鮮やかな手つきでトランペを始めるショーダン氏。


(溶かしたクーベルチュールの中にボンボンを一つ一つ丁寧にくぐらせます))



「80個なんてたいしたことないですよ。職人は8時間労働で5600個作れないと駄目ですから」

一定のリズムに乗って、軽やかな動きで次々と仕上げていきます。



「本来は、ボンボンショコラが出来上がってから商品として店頭に出すまで、少し時間を置きます。ですから、これは少し油っぽいように感じるかもしれません」

ショーダン氏の説明を聞きながら食べる、出来立てのボンボンショコラ。まだ完全には固まっていないガナッシュは、口の中に入れた瞬間にとろ〜りとろけ、白ゴマは少し水分を含みパフのような食感。ショーダン氏の言うように、ボンボンショコラとしてはベストな状態ではないかもしれない。しかし、目の前で氏が作ってくれたばかりのショコラを口にできるというのは本当に贅沢なこと。そして、作業中のキリッとした職人の表情と、お客さんの質問に答えている時のふんわり柔らかな笑顔、このギャップもショーダン氏の魅力なのかもしれません。「ミッシェル・ショーダン」の日本での人気の秘密がまた一つ分かった気がしたデモンストレーションでした。