2006.1.30


「コンフィチュール」、数年前には聞き慣れなかったこの言葉も、今では多くの所で目にするようになりました。日本でも専門店がオープンし、パティスリーに行けばその店オリジナルの商品が置かれていたり、人々の「コンフィチュール」への注目度が年々熱くなっているのを感じます。「コンフィチュール」すなわち日本で言う「ジャム」。今まで、多くの日本人にとっての「ジャム」とは、パンに塗って食べる“保存食”の印象が強かったはず。しかし、そんな私たちの概念を見事に打ち砕いてくれたのが、フランス人パティシエール、クリスティーヌ・フェルベールさんです。彼女のコンフィチュールを口にすると、「今まで食べてきた『ジャム』はいったい何だったんだろう…」そんな風にさえ思ってしまいます。あくまで脇役でしかなかった存在の「ジャム」が、主役にさえなってしまうのが彼女のコンフィチュールなのです。艶やかなジュレに、たっぷり入ったフレッシュな果実。ハーブやスパイス、数種のフルーツをブレンドした豊富なコンフィチュールはなんと275種類にも及ぶとか。





コンフィチュールで有名な「メゾン・フェルベール」ですが、扱っているのはそれだけではありません。ケーキ、ヴィエノワズリーに焼き菓子、そしてもちろんショコラも。ショコラトリーではないものの、毎年「サロン・ド・ショコラ東京」でも1、2を争う人気ぶり。今回も例にもれず、常にブースは多くの人であふれていました。もちろん、フェルベールさんによるセミナー受講の競争率も高く、私たちも朝8時半から整理券配布の行列に加わり臨んだほど。



無事に整理券を手に入れて数時間後、待ちに待ったセミナーが始まりました!
開始直前、3種類のショコラが配られました。




(最初からこんなに試食が出てきてうれしい悲鳴!)


ダージリン風味のキャラメルガナッシュのボンボンショコラ、表面にバラの花びらが飾られたアールグレイ風味のものに加え、まわりにショコラが上掛けされたパン・デ・ピス。この、ローストしたアーモンドグリエが入ったパン・デ・ピスは、アルザス地方の伝統的なパン・デ・ピスの一つだそう。コンフィチュールにバラの花を使ったものはいくつかあるけれど、こんな風にさりげなく上品にバラの花を使えてしまうのは、フェルベールさんならでは。


春の陽だまりのように温かい笑顔で登場したフェルベールさん。アルザスのお店でも一緒に働いているという助手の方二人の紹介の後、さっそくデモンストレーションが始まりました。




まず最初は、先ほど試食に配られたものとは違うパン・デピス。ブルゴーニュ地方ディジョンの銘菓ですが、アルザスにも専門店があるほど有名なお菓子。

「今から紹介するものはとても簡単にできるものです。母から娘へ、そしてそのまた娘へと受け継がれていくようなもの。ケーキのようなパンのような食感が特徴的です」

その言葉通り、粉類を最後のほうに入れること以外は、順序を気にせずどんどん材料を加えていくだけ。アルザスでは伝統的に、クリスマスにはどの家庭でも作るというパン・デピス、中には50kg分ものお菓子を作る家庭もあるのだとか。

「パン・デピスはもともとハチミツと粉類を合わせて作るものです。そして、そこにスパイスが入ります。ハチミツの糖分が体にエネルギーを与え、スパイスは病気を防ぐ働きがあります。寒さが厳しいアルザス地方で古くから食べられてきた理由はそういうところにあるのです」

こんな効能があったパン・デピス。後で試食に配られたのは、作りたてでまだほのかに温かいもの。香りはとても豊かなのに、口にすると驚くほど優しいスパイスの風味。以前アルザスのお店で実際に購入した別のパン・デピスも、同じように優しい味わいだったのを思い出します。
季節を問わず気軽に作れそうなので、ぜひトライしてみてください。



(パン・デピス。 
もっちりした食感はまるで蒸しパンのよう)




そして次にとりかかったのは、フェルベールさんがお父様に初めて教えてもらったという、サクランボを使ったチョコレート菓子。

「このお菓子は、各段階を経ながらきっちり作っていかなければならないもの。そのためとても時間がかかります。ですが、子供の頃の父との思い出を大切にしたいので、毎年10月〜11月頃、少量ですが店頭に並べているんです」




あらかじめ用意されていたキルシュ漬けのグリオットの水分をしっかり取り、一つ一つフォンダンの中にくぐらせていくフェルベールさん。これが乾くとさらにまわりをショコラで覆って出来上がりです。半分かじってみると、黒にも近い深紅を中心に、フォンダンの白、ショコラの深い茶色が織りなす美しい層が現れます。グリオットにたっぷり染み込んだキルシュの風味と、ショコラノワールの苦みが大人の味わい。それを和らげるかのようなフォンダンの甘み。口の中でも見事なハーモニーを生み出します。



(グリオットのチョコレート菓子と一緒に
ボンボンショコラも付いてきました)




そして、デモンストレーションはまだ続きます。最後にとりかかるのは、「洋ナシとショコラのコンフィチュール」。やはり「メゾン・フェルベール」と言えばコンフィチュール!ショコラを使ったものもバリエーション豊かです。

「普段コンフィチュールを作る時には、2段階を踏みます。1日目、銅鍋に材料を入れて沸騰させ、ボールに空けてラップをして置いておきます。1日寝かすことで果肉の煮崩れを防ぐのです。2日目、再びそれを火にかけて煮あげていき、瓶詰めすれば出来上がりです」

フェルベールさんの作るコンフィチュールは、どれも果実そのものの食感や味わいを楽しめるものばかりですが、その美味しさの理由が分かったような気がしました。
この日は時間がないため一晩寝かすことはできませんでしたが、作りたてのコンフィチュールは温かく、ショコラの香りの中に洋ナシのフルーティーな甘い香りが顔を覗かせ、改めてこの二つの相性の良さを再確認。






「デザートだけではなく、ジビエのソースにもこのようなショコラのソースが非常によく合います。野性の旨味を引き出してくれるんです」

とフェルベ−ルさん。
コンフィチュールにはレモンの果汁も入っているのですが、その理由もいくつか教えてくれました。

「イチゴ、洋ナシ、リンゴ、サクランボなどの酸味のあるものはペクチンの働きがよくなり、ほどよくとろみが出てゼリー状になります。また、黄色いフルーツは色が良くなりますし、フルーツ本来の味わいを高める効果があります。その上、レモンの酸がコンフィチュールの保存性を高めてくれます」



デモンストレーションの最中、作業の様子が映されていたモニターに、フェルベールさんの故郷ニーデルモルシュヴィルの風景が映し出されました。



(冬の早朝6時頃の風景。なんと−10℃…。)


隣町のチュルクハイムからひたすらブドウ畑を歩いて40分あまり、決して交通の便が良いとは言えない場所。人口わずか約400名のその小さな村は、実際に訪れると、子供の頃に憧れたおとぎ話の世界にタイムスリップしたよう。ピンクやブルーのかわいらしい家が立ち並び、木々の緑や色とりどりの花々で溢れかえっています。この村には“ジャムの妖精”だけでなく、きっと他にも様々な妖精がいるはず、と思わずにいられません。ノエルの時期にオーナメントで飾られた店内には、マジパン細工やヘキセンハウスが並べられ、全てが幸せに満ち溢れているよう。「メゾン・フェルベール」で働いているスタッフたちの表情もとてもいきいきしています。



(色鮮やかなマジパン細工は見ているだけで楽しい気分に)



「食材を扱うお店は、村で私のお店一軒だけなので、村の人々の交流の場となっているんです。また、日本などの海外からもたくさんの方が来てくれます。ですから、人の出会いの場となる自分のお店が大好きなんです」

そう言って微笑むフェルベールさん。自然を愛し、故郷を愛し、人を愛する彼女。そんな彼女の想いがお菓子に伝わり、あんなに優しい味になるのでしょう。そのお菓子を食べることで幸せになれる私たち。まだ彼女のお店を訪れていない方は、さらなる幸せを求めてアルザスを訪れてみてはいかがですか?



(セミナー終了間際、大親友のエヴァン氏が登場。
思いがけない大物ゲストにみんな大喜び!)