今回の香りのテーマについて


香りの会も回を重ねるたびにその深層にある謎が深まっていく。食の中に存在する味と深くかかわる香りの要素は、 言葉で表現することの限界を突き付けてくる。 単純にこれはレモンの香り、これはバニラの香りと 言っても、その香りを経験してきた人それぞれの経験値によって表現が複層化していく。例えば、これは 広島産のレモンか、これはタヒチのライアテアのバニラかなど、細分化するとともに言葉の中に経験値が加わっていく。

最近の食の表現の中で発酵スイーツとか発酵食品とスイーツのコラボレーションとか発酵をテーマにしたものが多く 見られるようになってきた。単純に味噌とチョコレートとか、麹とバターの組合せとか、素材そのものを組合せて その味を表現しているものが多い。しかし本質はもっと違う側面にあるような気がする。旨みというものが 、発酵の旨みということで表現されることが多い。これは発酵の過程でタンパクが酵素分解されて出てくるもの がその根幹をなすが、それとは別に香りが重要な作用をしていることを見逃してはならない。発酵の過程で 産出される酵素がその香りを生産している。しかもその香りとともに味が作られている。人間の数千年の営みの 中でこの仕組みは化学的な解明なしに、ほとんど経験値で語られてきた。そしてその仕組みそのものが人間の遺伝子 に組み込まれてきた。民族によってこの香りが言葉によって定義され、食の文化の中で表現されてきたといえる。

今回のテーマに至るには、まず発酵の味の表現を香りの組合せで表現できないかということが根底にあった。 チョコレートにおいては、カカオの発酵過程で産出される香りが、わかるだけでも100種以上はある、人によっては 6種ぐらいかもしれない。花の香り、フルーティな香り、スモーキーな香り。これがぶどうの花の香り、すみれの花の 香り、ライチ―の香り、パッションフルーツの香り、オーク樽の香りとその表現が変わってくる。しかし 味という側面から表現すると、苦み、甘味、酸味、塩味、旨みの5味があり、補足的な表現として渋みや、辛み など刺激を表現する要素がある。この5味に乗ってくるものが香りである。発酵という味を表現するときには、まず そこに存在する香りを組合せ、そこに味蕾が感じる味を乗せることで表現できるのではないかと思われる。 発酵の香りとは、いままでの「香りの会」で取り上げてきた単一的な香りを表現するのと異なり、すべての香りを 併せ持ったものであり、そこに存在する味とともに様々な香りを表現することができる。 いつか取り組みたいと 思いながら、あまりにも壮大なテーマに至ってしまった。

漠然としていてはデセールを組み立てるには難しいため、事前に佐藤シェフはじめスタッフとともに調査へ向かった 自然派のワイナリー、味噌屋、酒造蔵、麹屋、パン屋など身近に発酵生産物を使った職人を訪ねた。そしてそこで 香りを体験してきた。ワインからはバラの香りがしたり、味噌蔵からは懐かしい味とともに麹の香りがした。 一つの生産物から様々な香りがする、それを他の素材を組み合わせることで、体験した生産物の味と香りを表現できたら すごいことだと思った。 香りの根源を表現することで、あらたなスイーツの表現が見つかることをひそかに 願っている。 そこには、色彩、食感、温感、味、そして交錯する様々な香りが一つのデセールの皿に表現されて いることだろう。

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