高い建物の少ない富山の街並みに、スッと溶け込むような瓦屋根の一軒家。
ふと見ると、大きく飾られた看板に描かれた「フランス菓子 オーボン スーヴニール」の文字が目に入る。

小さく書かれたAUX BONSの文字。SOUVENIRSはフランス語で思い出、贈り物を意味する



“あれっ?もしかして・・・”
菓子好きなら、きっとピンと来るはずだ。

「そうなんです。『オーボンヴュータン』では約6年間お世話になりました」
と、照れ笑いを浮かべるシェフの荻原一弘さん。生まれ育った富山に店をオープンしたのは2年前のことだ。

和とフランスのエスプリが不思議と調和したような佇まいは、なぜか懐かしい気持ちにさせてくれる



この辺りは富山でもケーキの激戦区と呼ばれるエリア。とはいえ、人気があるのは、フルーツやクリームたっぷりの軽くてやさしいケーキで、本格的なフランス菓子を出す店はまだまだ少数派だという。
「もしケーキが売れなかったら、きっと周りに流されていってしまう。だから、初心を忘れないように店名に“オーボン”という言葉をつけたんです」

店内は横に長い造り。奥のカウンター席でイートインができるようになっている



師匠の名に恥じないように。そんな意気込みは店内からもヒシヒシと伝わってくる。 決して広いとはいえないが、店内にはマカロンやコンフィチュール、ヴィエノワズリーとともに、郷土色豊かな焼菓子がずらりと並ぶ。なかには、東京でもそうそうお目にかかれない仏バスク地方の郷土菓子トゥルトーピレネーの姿も。夏にはソルベやアイスクリームも人気だという。

トゥルトーピレネー \1,200

クロワッサン・オ・ザマンド \300



フランス菓子に憧れて東京でパティシエの修業をしたのだろうか・・・。荻原さんに対して、そんな勝手なイメージを抱いていると、思いがけない返事が返ってきた。

「実は、パティシエになろうと思っていたわけではないんですよ」
東京に憧れて上京したことは間違いなかったが、その顛末はかなり違うもの。なんと、それまでパティシエやフランス菓子には特に何の興味もなかったのだという。

フランスを感じさせるディスプレイがあちこちに



「東京でケーキを配達する仕事をしていたんです。毎日ケーキを眺めて仕事をしているうちに、自分も作ってみたいと思うようになって。両親が喫茶店の仕事をしていたので、元々飲食が身近な存在だったことも大きいかもしれません」

“パティシエになろう!”と決めたとはいえ、ケーキを作ることに関しては知識も技術もゼロ。ところが、ラッキーなことに、当時、銀座の高級洋菓子店として名を馳せていた「エルドール」(1991年閉店)が、荻原さんを快く受け入れてくれた。
「そのときは嬉しかったですね。ところが、入ってすぐに閉店が決まってしまったんです」
これから!と言う矢先の閉店には、荻原さんも愕然としたことだろう。しかし、運命の神様は荻原さんを見放してはいなかった。

たくさんのフェーブ。1月にはガレット・デ・ロワも店に並ぶ



「次に行く店を紹介してもらえることになったんです。第三希望まで記入するようになっていたのですが、『オーボンヴュータン』としか書かずに提出しました」
東京に数あるパティスリーの中で、たったひとつだけとは、よほど思い入れが強かったのだろう。そして、やや強引とはいえ、その希望は叶えられることになった。
だが、「オーボンヴュータン」は修業が厳しいことでも有名なところ。実際には、まだパティシエとはいえない状態だった荻原さんは大丈夫だったのだろうか。

「あんまり大変で、3ヶ月目に辞めさせてくださいってお願いしました(笑)。周りにいるのは、製菓の専門学校を卒業した人やフランス帰りの人ばかり。レベルが高い人たちの中で、自分は何もできなかったので、本当に苦労しましたね」
一度はパティシエの道を諦めようと考えた荻原さんだったが、周りからの助言もあり、結局は続けることに。荻原さん自身の強さも当然あるが、厳しさの中にも、河田シェフの温かさが感じられたからかもしれない。

こんなところにも師匠の影響が?!



「『オーボンヴュータン』にいたのは約6年間。1年間1ポジションのペースで色々な作業を受け持ちました。焼菓子やコンフィズリーなど、当時から種類は多かったのですが、今はさらにコンフィチュールなど新しい技術を使ったものが増えていますよね。もう一度行って習いたいくらいです」
「オーボンヴュータン」では窯、仕込みなど様々なポジションを受け持つが、早く習得したい人は一度に2つを受け持つこともあるという。あらゆる面で真っ白な状態だった荻原さんは、自分のペースで、ゆっくりと着実に河田流ケーキ哲学と技術を吸収していった。

そんな環境のなか、次第に強くなっていたのがフランスへの憧れだった。
「河田シェフもああいう方だし、周りもみんなフランスへ行っていたので、いつか行ってみたいと思うようになりました」
フランスでは都会を避け、ディジョンのパティスリーで1年ほど学んだ。
「本場フランスのパティスリーも勉強になりましたが、実際には『オーボンヴュータン』の方がフランス菓子の種類も多いので、それほど驚きはなかったです」

フランスは今も富山の地で時を刻んでいる



そして、故郷富山へ。だが、これも計画通りというよりは、思いがけないことがきっかけだったそうだ。
「実は、ここには元々『ノリエット』出身の方のパティスリーがあったんです。ところが、ご病気で急に亡くなられて。僕はまだ東京にいたのですが、同じ富山出身ということで永井シェフがやらないかと声を掛けてくださって・・・」
荻原さんの心には、いずれは故郷でという想いもあったのだろう。見えないものに背中を押されるようにして、「オーボン スーヴニール」をオープンした。

ところで、ひとつ気になったのがシュー。「オーボンヴュータン」といえば、小ぶりのシュー生地にコクのあるクレームパティシエールを詰めた「シューパリゴー」が有名だが、ここに並ぶのは「シューパリジェンヌ」。シュー生地をカットしてクレームパティシエールとクレームシャンティをたっぷりと詰めたもので、サイズもやや大ぶりだ。

やわらかい表情の「シューパリジェンヌ」。下の部分にはトロリとなめらかなクレームパティシエールがたっぷり



「最初は、同じようにパリゴーを出していたんです。でも、ある時先輩に、『オーボンヴュータンじゃないんだから、同じじゃなくても良いんだよ』と言われて」
基本的な製法や技術はしっかりと守りながら、お客様の要望も受け入れていく。そんな柔軟な考えが段々ともてるようになっていったという。

シューパリジャンをいただいてみる。バリッと味の濃いシュー生地からは、たっぷりのクリームが溢れそうなほど。師匠譲りの力強さのなかに、ホッと力が抜けるようなやさしさが感じられた。

基本に忠実に、丁寧に。そんな想いが伝わってくるケーキたち



4席ほどのカウンターには、今日もご両親が立つ。ここには、東京とは違うのんびりとした時間が流れているようだ。
スーヴニール(SOUVENIRS)は、フランス語で思い出や贈り物を意味する言葉。
荻原さんの想いが加えられたその味は、これからもずっとこの地で愛されていくことだろう。




オーボン スーヴニール
住所 富山県富山市清水町2-6-8
Tel076-425-1137
営業時間10:00〜19:00
定休日木曜
アクセス 富山地鉄上滝線・不二越線 不二越駅より徒歩10分




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