「16区」オーナーシェフ

三嶋隆夫氏の語る福岡


僕自身、東京で仕事をしていましたが、福岡が地元です。戻って来て店を出しました。東京にいた時はね、ある意味でものすごい楽なんですよ。メディアがその店のチーズケーキならチーズケーキを取り上げれば、翌日からはそれを目指して長蛇の列です。だから雑誌やテレビに出てしばらくは、それを普段の何倍の量も作れば売り上げは伸びた。メディアに出れば当然そういうものだという感覚になっていましたよね。福岡に来てね、よしショコラがテレビで5分紹介されたぞ、なんていう翌日に、やっぱりショコラをたくさん作ったんですよ。でも、違うんです、東京と。もちろん、それを見て目指してくる方もいらっしゃいます。けど、極端に少ないんですよね。そういうことが何度かあって、なんでかなあ、おかしいおかしいと思っていたんですよ。

10年位前かな。福岡にいる僕の先輩にね、その話をしたんですよ。なんでかなあ、おかしいって、正直に。そうしたらね「そら、おまえ、福岡っていうものをどういう風に理解してるんだ」って言われました。先輩いわく、福岡いうのは遣唐使や遣随使以前から残された歴史がある訳で、大陸へ渡った人の出入り口だと言うんですよ。まず新しい文化を吸収した人が入って来るのが博多なわけです。文化っていうのは、外から運ばれてくれば何でも受入れるわけではないですよね。例えそれが進んだ国からのものでも、運ばれた土地に合っていなかったり合理的でないと判断されたら根づかないものです。受入れるか受入れないか、そのスクリーニングをするのがこの土地の人々で、そこから全国に文化が広まっていった訳ですよ。

つまり、福岡は紀元前からずっと、いいものかどうかを見極める土壌があったというんですよ。もともとそういう土壌である福岡と、人が色々なところから集って文化を作っている東京とではなにか根本が違うと。東京のように集ってできた文化の中の人々は、仕掛けや情報を与えて動くけれど、福岡は違うのではと。

うーん、なるほどなと思いましたよね。僕が仕掛けてものらない訳ですよ。考えると、福岡に進出してまもなく撤退した大手の会社は多いんです。東京から発信して各地に支店を出した会社の方で「福岡だけなぜかうまく行かない」と僕と同じ疑問を持っていた人もいました。やれ、みんなが黄色だ赤だといって流される土地じゃあないんですね。ケーキも100人が美味しいと言っても「私は別に」ってさらっと言うんです。「銀座・・」とか、「東京・・」なんていう店名やキャッチコピーはこちらではあまり価値がありません。それに頼ろうとすると絶対うまく行きませんよ。だからといってね、よそ者を全く受入れない土地ではない。いいモノ、いい情報、いい人はウエルカムなんです。実際目で舌で確かめてそのものがよければちゃんと評価されます。

僕はね、実は若い頃はガチガチに「フランス菓子」ってこだわってとがっていたんですよ。「クリームとイチゴのショートケーキなんてうちの店ではやっておりません」ってギンギンにデコレーションしたアントルメ作って。思えばひどいもんです。お菓子を作り続けていて、これだけはって思うのは、美味しさは「鮮度」しかないということ。それ以外全くないというくらい「鮮度」は大事。お菓子の美味しさは「鮮度」です。福岡は鮮度のいい生鮮素材がありますね。若い人が修業するのは、東京でもどこでも一緒。本人次第です。

今の若い人について少し言うなら、ちょっとワガママすぎるということかな。自分の価値観や考えを持てる時代になったのは非常に素晴らしい事だけどね。でも土台…本当の自信…がないから自己主張が単なるわがままになってしまう。注意されたことでも自分がその立場だったらどうかと考えたら、自分のことじゃなくても勉強になる。「私じゃありません。」とは言わなくていい。意見はね、例えばうちの店の場合、ミーティングや朝礼などいくらでも言う場を作っている。そういう時に言うべきなんです。上が「これでいくぞ」といったときに、自分の考えと違った方向でも素直に動くことの積み重ねが自信になります。

僕たちはね、お菓子を作っている事で社会のお役に立てている訳です。家族団らんのほっとする時間を演出しているかもしれないし、「ゴメンナサイ」と謝りに行った時に持っていった菓子折りが潤滑油になることもありますよね。社会に貢献しているということはやりがいにつながるんですよ。若い人含めみんなが、自分の内なる中にこの仕事に対するプライドを感じながら仕事をできればそれが一番いいなと思います。
取材日 2000年7月


三嶋さんの秘密