フランス国旗がはためく、赤を基調にした小さな間口のお店。高輪にできたこの店の、ドアの横にある小さなボードには、「フランスの有名店で修業したシェフの店です」との文字がある。きっと通りがかりの人も、これを見たら、思わず立ち寄ってしまうことだろう。実はここ、試しにいくつかパンを購入してみたら、ホップ種を使ったパンがとってもおいしかったのだ。「ホップ種をこんなに上手に使えるなんて、きっとただ者ではないはず」。 ドアを開けると、レジの奥に、横に大きな窯がみえる。日本では珍しい、本格的なフランスパンを焼く設備を備えている。そして迎えてくれたのは、想像以上に若くてカッコいい大物シェフの、朝倉誠二さんだ。 |
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赤を基調にした可愛い外観。切り取ったような パリの風景に、思わず足をとめてしまう |
「こんな小さな店ですけど、機械だけは、いいものをいろいろ入れているんですよ。今までの経験から、機械の限界が自分の限界になってイライラすることは分かっていたから」 窯もミキサーも、大きい。焼きあがって運ばれていくパンは、見るからに美味しそうな顔をしている。 「なんといっても、パリのフルート・ガナで、今は引退してしまった,MOFでもあるベルナール・ガナショー氏のもとでパンを習ったのが大きい。フランス人でもたくさんの研修待ちがいるところ、さっと入れてもらえたんです。もちろん、すんなりではありません。先方も、フランス語もしゃべれない日本人を前に、どう扱ったらいいかって困っていた。何かやらせてみようと思ったのでしょうか、こねていた生地を渡してくれたんです。"やった!"って思いましたね。生地を扱う僕の姿を見て、“明日から来い”と言ってくれました。それから3ヶ月、無給だけど、頑張って働きましたよ。そして無給の上に無休。休みがあっても、店のすべてを見たかったから、毎日通ったんです」 フルート・ガナといえば、客の絶えない超人気店だ。朝から、すべて手成型される1千本以上のフルート・ガナ(縦に一本細長くクープの入った、この店の一番人気のバゲット)が、石窯で焼かれて店頭に並べられては売れていくというから、日本とは桁違いだ。 |
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縦長の店内。商品が並び、その奥に レジが、そして作業場がある |
「だけど、無給だったので、さすがにお金がなくなってしまった。そんなとき、エリック・カイザー氏に話をもらったんです」 ちょうどメゾン・カイザーが新しい店の立ち上げをしているときに、そのスタッフとしてどうか、という話だったそう。想像以上に高い給料がもらえる上、ビザも取ってくれるという。それなら文句ないと、働き出したのだという。 「パン屋だからもちろん朝は早い。でも夜も大変だったんです。なぜなら、ビザ取得のために、語学学校に行かなくちゃならなかったから。そういう条件もあるんですね。授業を聞きに行くというよりも、座って、寝に行っていたという方が正しいかな(笑)。だけど、ビザが取れた時は、心の底から嬉しかった。認められたなあと言う気分でした」 そして働きながら、「いつかは自分もパリで店が開ける」という確信も生まれてきたというからすごい。 |
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壁には大事そうに修業時代の写真が飾られる。 今は亡き、ジャック・タピオ氏とともに |
その後、帰国。今度は、なぜか、不二製油という会社で商品開発に携わった。 「ここは全く違う世界です。だけど、勉強になることだらけでした。クリームやチョコレートといった素材の勉強にもなったし、客目線で商品を作らないといけないことも学びました。自社製品を使った商品を提案していくのですが、面白いもので、完成度が高いと思った商品は、やっぱり必ず反響があるんです」 |
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日本では珍しいこの窯をはじめ、機械はいいものを入れている。 機械の限界を自分の限界にしたくないという思いは強い |
本当にざっと、朝倉さんのこれまでの流れである。とても気になるのが、そもそも、なぜ、天然酵母を使った本格的なフランスパンに興味を持ったのかということ。 「僕は今、34歳ですけれど、22歳のときには、“パンで自分をたてていきたい”と決めていました。高校時代から、天然酵母のパンには興味があったんです。すごくおいしい天然酵母のパンに出会ったというわけではない。だけど、パンの成り立ちを考えた時に、天然酵母のパンがおいしくないはずがないだろうと思っていました。今、日本にあるものよりも、もっとおいしいものができるはずだと思ったんです。それがフランスとの文化の違いなのか、何か技術として足りないことがあるのか。現地に行って、見てみたかったですね。それで、少しまとまった時間が取れるとパリに行って、飛び込みで仕事をやりたいとお願いしていた時期も。言葉ができないから、紙に“仕事させてください”と書いて(笑)。やってみると、“ここまではできる” “これはまだ無理” “これは考え方が違うなあ”なんてことが、わかってくる。あとは、訪れるたび、自分はパリの街が好きだなあと思ったな。ここで仕事したいなあって」 |
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本格的なフランスパンの他、総菜パンや菓子パンもある。デニッシュ系などの菓子パンはしっかり甘く、どこか日本離れした印象も。フランス本場の味の好きな人には特に好まれそう
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そして、朝倉さんのホップ種を使ったパンが抜群においしい理由も、分かった。 「だって、ホップ種は食事パンの神様でしょ。そもそもパンのルーツはこれ。これがおいしかったから、パンが広まったということでしょう?」 なるほど。 この店がオープンしてちょうど1年が経ったところだ。新しい場所と、入ったばかりの機械のせいか、最初の3ヶ月は、パンの状態が安定しないこともあり、その原因が自分でも分からないということがあったそう。 「それも安定してきました。ただ、まだ1年です。自分の代りはいないし、だから、ベースの部分は自分でしっかりやらないといけない。平日は夜中の2時から、土曜日は1時から働いています。深夜のラジオを聴きながらね。好きでないとできない仕事です」 生地をこねながら、自分が“無”になるのを感じるそうだ。 「パンは自分にとって生きる手段。これしかないからね」 と、お茶目にいう。 これだけパリに思い入れもあるから、素材もフランス一辺倒かと思いきや、そうではなかった。 「日本のおいしいものでやる。日本のものを抵抗なく使う。これが自然だと思う」 だから、日本の小麦にも興味があるそうだ。小麦農家、製粉会社、パン屋がもっとうまく連携が取れればなあ、とも。 「ものを通して見えることはいろいろありますね。そんなことをいろいろ考えていても、明日また夜中の2時にはここで生地をこねている。僕はまずはパン職人だから」 |
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柚子の酵母を使った柚子ロール。ふんわり香る柚子の味と、程よいふんわり感。食べやすく、それでいて意外と他にはない味わい
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この場所でパンのおいしさをたくさんの人に広めたあとは、きっと、パリに出店するという夢も叶えるのだろう。もちろん、その日も楽しみだ。けれど、今は手に届く場所に朝倉さんのパンがあることが何より幸せ! どうか、まだしばらくは、日本にいてくださいね、朝倉さん。
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お店の外にも店内にも、黒板に書かれたさまざまなメッセー ジが。シェフのこだわりやパンに対する愛情が垣間見える |
(2009.11) |
BOULANGERIE SEIJI ASAKURA (ブーランジェリー セイジ アサクラ) |
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住所 |
東京都港区高輪2−6−20−104
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TEL | 03−3446−4619 |
営業時間 | 9:00〜18:30 |
定休日 | 木曜 |
アクセス | 都営浅草線高輪台駅より徒歩約7分 |
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