昨年4月にオープンした「パティスリー ル ガリュウM」。フランス語のような、それでいて日本語らしくも聞こえるような独特の響きを持つこの名は、シェフの丸山正勝さんが考え出したもの。

「ガリュウは“我流”、Mは僕のイニシャル、つまり“丸山流”という意味なんです。“ガリュウM”だけだとしっくりこないので、フランス語の定冠詞“ル”をつけてみました(笑)」

丸山さんは現在39歳。生年月日を尋ねたら、

「実は12月24日生まれなんですよ。クリスマス当日ではなくて、イヴっていうところがかっこいいでしょう?」

こんな答えが返ってきた。

初めて出会った時から何故か親しみを覚えるのは、軽快な話し振りと屈託のない笑顔のためだろう。“丸山流”の謎を紐解きたい、自然とそんな気持ちが高まっていく。



調理師学校に入り料理の道を目指していた丸山さん。卒業後は代官山のレストラン「小川軒」に就職した。キュイジニエ1年生として、皿洗いやサラダの仕込みなどに励む日々。
そんなある日、丸山さんの気持ちが一転する出来事があった。

「デセールを担当するパティシエが一人しかいなかったので、彼の休憩中にデセールの仕事を手伝うようになったんです。これが面白くて。バター、卵、粉、砂糖などの基本素材を使っているのに、製法次第で味わいや食感ががらりと変わっちゃう。すごいなと思いました。実は、バターが泡立つことすら知らなかったんです(笑)」

それまで料理の一部としかとらえていなかった菓子の世界に魅せられ、早速その想いを上司に告げることに。

「もちろん、怒られましたよ(笑)。でも、自分の真剣な気持ちを伝えて広尾の「シェ・リュイ」を紹介していただきました。理解を示してくれた上司にとても感謝しています」

結局、小川軒で働いた期間は1年間。それほど丸山さんと菓子との出会いは衝撃的だったに違いない。



パティシエとしての第一歩を踏み出す場所となったシェ・リュイでは、3年の間に、アントルメやプティガトーなどの仕込みから仕上げまでひととおりの技術を習得した。 


その後、渡仏。実は料理を習い始めた頃から、フランス行きを夢見ていたという。さぞかし長いこと準備を重ねていたのだろう。

「全然!とにかく大変でしたよ。勢いでフランスに行っちゃいましたから。当然スタージュ先も決まっていない。そこでいわゆる“飛び込み”でお店をまわったんです。でも、実はフランス語はもちろんのこと、英語も全く話せなかったんですよ。仕方ないから辞書で調べて働きたい旨を紙に書いたものを見せていました。今思えば、単語も文法もめちゃくちゃだっただろうなあ」

聞いているだけでも当時の苦労が偲ばれる。けれどもそんな苦労談も丸山さんの手に掛かると何故か楽しく聞えてしまう。きっと持ち前の行動力で乗り切ったのだろう、そう思わせる明るさがあるからなのかもしれない。


パティスリーを何軒も巡るうちに生まれたいろいろな人との出会い。中には日本人が働いている店を紹介してくれる人も。出会いが出会いを呼び、晴れてパリの「エル・グアッシュ」でスタージュを行うことになった。

「フランスと日本の違いですか?もちろん技術的なことや素材のことはありましたがそれだけではないんです。一番強く感じたのは風土の違いと、それから国民性の違い。フランス人って独特の雰囲気と感性を持っていますよね。彼等の考え方が基準になってフランス菓子ができている、そんな当たり前のことをしみじみと感じました」

生きたフランス菓子を本場で体感した丸山さんは、2年後にフランスを後にする。この時、丸山さんは25歳。渡仏前からフランス修業は2年と心に決めていたそうだ。

「30歳までには独立したい、そう思っていましたから。独立までにやりたいことを逆算していくと、フランス滞在は2年だったんです。でも、結局独立したのは38歳。だいぶ予定が狂っちゃいました(笑)」

   


帰国後は「ルコント」で3年、「トロワグロ」で10年、計13年を過ごした。

「いろいろなパティスリーで修業してきましたが、その都度新しい発見や出会いがある。それまで知らなかった素材や製法に驚かされたり、素晴らしいシェフに巡りあえたり。独立まで時間はかかりましたが、その分教えてもらったたくさんのこと、それを今の菓子作りに活かすことができています」

シェフとして(最終的にはグランシェフとして)就任したトロワグロでは、それまで培ってきたテクニックや感性を活かして生菓子、焼き菓子、ブライダル用商品などあらゆるものを入れ換えることにした。これが評判を呼び、当初8名で作業していたスタッフを18名に増やすまでに成長。また、ケーキ作りだけにとどまらない、スタッフの育成やマネージメントなどの業務も貴重な経験となったそうだ。

「トロワグロは百貨店の中に入っているため、“幅広い層に受け入れられる味”が大前提。その上で、自分なりの感性をプラスしていました。自由にやらせてもらっていましたが、それでもやっぱり自分の店で自分らしさを出したいと思うようになって。そういう流れの中から、自然と“我流”ということばが浮かんできたんです」

   


丸山さんの長年の経験と想いを込めてオープンしたパティスリー ル ガリュウM。大田区山王にある店は、ゆったりとした歩道があり、車がとめやすい通りに佇んでいる。一面ガラス張りの大きな窓に白いドレープのカーテン、コンクリート打ちっ放しの壁が印象的だ。店内は焦げ茶とシルバーを基調にしたモダンなインテリア。そんなシャープな美しさの中で、壁に掲げられたミュシャのリトグラフ、そしてケーキと焼き菓子が温かみを添えている。



「テーマはモダンアンティーク。これまで守られてきた菓子の伝統や基本的なことを踏まえながら、そこにちょっとしたアクセントをプラスしています」

スペシャリテというものはなく全部お薦め、と話す丸山さんに、あえていくつか挙げていただいた。

「例えば「ブランブリエ」。これはティラミスからヒントをもらったケーキ。マスカルポーネチーズとコーヒーという定番の組み合わせに、ブラッドオレンジを合わせたら面白そうだなとある時ひらめいて生まれました。チーズの白を活かして仕上げたんですよ」

他にも、デザインから出来上がったという「キュービック」。



「僕、東急ハンズが大好きでして。トロワグロ時代にさかのぼりますが、木材とか道具、工具を扱っているフロアを覗いたら、ある時アクリルでできた立方体の箱と出会ったんです。で、これは使えるなと。そのケースでチョコレートのアントルメを仕込んでみたんです。今は特注のセルクルで作ったものをプティ・ガトーとして出しています」

ひとつひとつの作品にこうしたストーリーが込められているから、聞いているだけでも楽しくなってしまう。

   


店を後にし、早速ブランブリエをいただいてみた。真っ白なマスカルポーネチーズのムースはホワイトチョコレートで作られた白い天使の羽を携えて清楚なイメージ。そしてひとたびフォークを入れると、中から鮮やかなブレッドオレンジのジュレが顔を覗かせるという演出だ。優しいチーズの風味とコーヒーの香りに、オレンジのキュッとした酸味が清々しい。

丸山さんが作り出すユニークな発想のお菓子たち。一見個性的なようで、それでいてどこかに居心地の良さが潜んでいるのは何故だろう。そう思いながら食べ進めていくうちに、驚きの味がいつしか親しみやすさに変わっていることに気がついた。親しみやすさと自分らしさと。“丸山流”の秘密は、そんなところにあるのかもしれない。(2006.01)








パティスリー ル ガリュウM
住所 東京都大田区山王1-32-6
TEL&FAX03-3774-3164
営業時間10:00〜20:00
定休日水曜
アクセスJR京浜東北線大森駅北口より徒歩8分