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今に残る韓国の菓子(韓菓・ハングァ)の原型を作ったのは高麗時代(918〜1392年)と言われていますが、なんと、その時代からほとんど変わらず今に残るという貴重な菓子がこの宮廷菓子なのです。今回、韓国宮廷料理の人間国宝である黄彗性さんの作るチファジャの宮廷菓子をいただいてみました。その味は菓子の領域を超えた、 歴史と伝統の粋を感じさせる典雅で滋味深い味でした。 ![]() その前に、韓国菓子の簡単な歴史を説明いたしましょう。 韓国の菓子もその発展を遂げたのは、日本の和菓子と同じように茶道の発達と共にでした。高麗時代に中国から仏教がもたらされ、それと供にお茶(緑茶)の文化が伝わったのです。宮中や寺の儀式に欠かせないお茶事には、菓子は切っても切り離せないものとして、その当時の贅沢な素材を集め、一つの形を作り上げていきました。 たとえ菓子であろうと、その根底には、韓国の食に欠かせない考え「薬食同源」、「陰陽五行説」があります。これは古代中国から伝わる思想に基づくものと言われますが、当時薬として珍重されていた胡麻油と蜂蜜を中心に、クコや松の実、高麗人参、生姜やシナモン、柚子に五味子、棗、大豆などをふんだんに使用し、甘い、辛い、苦い、酸味、塩味の5つの味覚に、赤青(緑)白黄黒といった体に良いとされる5つの色をとりそろえ、おまけに食材同士の相性にまで気を遣い成り立つものでした。和菓子が江戸時代になってのち南蛮渡来菓子の影響を受けたりしながら様々な変化を遂げ、庶民層にまで浸透したのに対し、韓国の宮廷菓子はその種類の多さと作り方の複雑さ、素材の贅沢さから一般庶民が口にできるものではありませんでした。のちに仏教に変わり儒教の時代が来て、全てのお茶事が衰退してしまった時にも、幸い宮廷菓子は貴族の間で外に持ち出されることなく、そのまま宮中に残り今日に原型をとどめることになったと言われています。その門外不出、鎖国状態に近かった宮廷菓子が、近年国内でもう一度伝統料理や菓子が見直されることになり、日の目を浴びることになったのです。今では国賓クラスのパーティーには必ず宮廷菓子が登場すると言われています。庶民が気軽に口にできるようになったのは案外最近のことなのですね。 高麗時代の、宮中に残った密かな楽しみが、今になっていただけるなんて実に興味深いことです。 さて、その中から何品か代表的なものを紹介しましょう。どの品もシンプルに見えますが、いずれもその作り方は手がこんだもので、かつての貴族の生活ぶりと菓子に対するこだわりが感じられます。 |
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![]() その名前からわかるように、当時薬として珍重されていた胡麻油や蜂蜜をたっぷり使用したもの。一見するとギリシャの揚げ菓子バクラヴァに良く似ています。小麦粉や米粉にお酒と生姜汁、胡麻油や蜂蜜を入れて練りこみ、それを木型で抜いた後、植物油(たぶん菜種油や米油と思われます)で揚げてから、さらに蜂蜜や生姜やシナモンの汁に漬け込んだもので、韓国風揚げパイと言った感じでしょうか。菓子の上には、棗の皮を花状に細工し、松の実や南瓜の種をトッピングたものが飾られ、愛らしい模様を作っています。その型は大小あり、また形も角型の他にさまざまな種類の花模様ありと目を楽しませてくれます。当時この菓子は高麗独自のものとして珍重され、最も高級な菓子として貴族の間で大流行し、中国の宮廷にも献上されていたそうです。揚げパイとはいえ、漬け込んであるせいか持つとずっしりと重く、その反面、味は実に軽やかで優しく、パイと言うよりはしっとりとしたクッキーのような食感でした。かすかに香る生姜やシナモンの風味がさわやかで、まさに宮廷菓子の逸品です。 | ![]() |
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![]() いかにも効きそう??という感じの名前ですが、これが今の韓国で最も気軽に食べられている韓菓(ハングァ)でしょう。街中の伝統茶を飲ませるところでも必ずというほどサーブされるのがこの菓子です。見た目は真っ白い麩菓子といった感じで、食感もふんわりウエーファース状。水飴の持つ嫌味のない上品な甘さが後をひくおいしさです。水に漬けた餅米を粉にし、(漬けて発酵させるという説もある)練ったものを親指大に切って油で揚げ、蜂蜜(今は水飴が多い)に浸し、ゴマや米の粉などをまぶしたもの。その名前のとおりいかにも栄養満点の菓子なのです。 ここチファジャのカンジョンは、揚げてあることを忘れてしまうほど軽く上品な味わいで、色合いも五色に乗っ取り、人参やよもぎ、ゴマや生姜など様々な味を生地に練りこんだ手のこんだものでした。一般に市販されているものと違うのは、どれも一口大でいただけるという、宮廷菓子のスタイルを守っていることでしょう。 |
![]() これは前述した強精(カンジョン)と同じ栄養満点の菓子の部類に入るもので、見た目は私たちが普段なじんでいるおこし風の菓子とホボ同じです。黒ゴマや白ゴマ、韓国らしくエゴマや松の実、大豆やピーナッツなどを香ばしくカリカリに炒ってから砂糖と水飴を加え、即座に練り固めたものです。中でもきな粉の風味が口いっぱいに広がる大豆おこしの素朴なおいしさには驚きました。そのほか黒ゴマといい、どれも内側からにじみ出るような、素材の持つ自然な甘さに好感が持てました。 ただし歯ごたえは日本のおこしのようにカリッとしておらず、しっとりと粘り気を感じさせるものでした。しかし、かえってそれが口の中全体に風味を伝わりやすくし、味わいを増しているように思えました。滋味深い味とはまさにこのこと、といった菓子です。 | ![]() |
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![]() 詰め合わせの中で最も小さく、愛らしさを添えている菓子です。この結び方は日本でも、お正月のこんにゃくや昆布などでおなじみですね。練った小麦粉を薄くのばして形を作り、揚げてから水飴と五色の彩を添える材料の風味をつけたものです。ちなみにチファジャでは黒は赤米(もしくは黒米)を、赤は五味子(韓国で採れる甘酸っぱい実)を、黄色は柚子の風味をつけていました。カリカリとスナック感覚でいただける軽いお菓子で、ちょっと遊び心もある、こんなお菓子もあるのが宮廷菓子らしいですよね。貴族の子供達が食べていたのでしょうか。 |
今回、もうひとつの宮廷菓子である餅菓子の存在も紹介したかったのですが、日持ちわずか一日という関係で持ち帰ることができず、紹介できないのが残念です。 これは餅米とうるち米の両方使用し、さまざまな木の実を加えたり、五色に染め上げ、蒸しあげた優雅なものでした。全体的にどの菓子も人口的なものに頼ることなく、自然の素材と色合い、甘みで深い味作りをしていることに感銘を受けました。皆さんも韓国にいらした節には是非この宮廷菓子を試してみてください。紹介したチファジャではレストランのほかに、菓子はロッテデパートの地下で買うことができます。 またさらに追求したいという方にはチファジャの黄彗性さんの率いる宮廷料理学校もありますよ。 詳しくはwww.jihwajafood.co.kr もしくは、www.food.co.krまで (韓国語なので、わからないかもしれませんが)
(参考文献) 韓国文化院監修、月刊・韓国文化 2003年2月号 |