和泉光一シェフといえば、チョコレートの達人と思われる方も多いのではないのでしょうか? 実際、「スリジェ」を離れる前は、コンクールで飴やチョコレートをテーマに扱うことが多かったとのこと。しかし、新店オープンに向けて準備期間中の昨年からは、生地を大切にしていきたいという思いから、理論に基づいた生地作りや、日本人の求める本物の美味しさを表現する配合等を、今まで以上に追求するようになったそうです。そう、和泉シェフは、常に自分の理想の形があり、それを追い求めてとことん研究されるシェフなのです。



和泉光一シェフ
2000年 「サロン・ド・スリジェ」シェフパティシエに就任
2005年ワールドチョコレートマスターズ2005  日本代表 総合3位
アシェットデセール部門 優勝
2006年WPTCにて日本代表キャプテン  日本代表 総合 準優勝
2008年WPTC 日本代表 総合 準優勝
2009年 「スリジェ」退職後、講習会活動等で活躍
2010年 10月新店舗オープン予定




今回、厨房機器メーカー「ツジ・キカイ」が主催した講習会では、シンプルながらとても奥深い、生地を重視したお菓子4品とブリュレ1品の計5品を披露してくれました。参加者はプロの方達がほとんど。和泉シェフの追求する生地とはどんなものなのだろうと皆さんも心を弾ませていたことでしょう。講習会は「ツジ・キカイ」の山根社長のご挨拶からスタートしました。



今日のキーワードは“思い入れ”と“基本”。深い思い入れを持って、それをいかに表現するかが成功への大切なポイント。その思い入れは、しっかりとした基本の上に成り立つものだとおっしゃる山根社長。





今回教えていただいたお菓子


ケイク オランジュ ノワゼット

見た目はとてもシンプル。しかしどこか温かなホッとする表情を見せてくれます。生地は驚くほどしっとりでキメ細やか。口に運ぶ瞬間からフワッとオレンジとナッツの香りが漂います。ノワゼットとアーモンドプードルの両方を混ぜているので特有のコクがありながら、しかし後味はきりっと爽やか。デコラシオンに使われたジャンドゥジャも更なるコクを与えてくれます。



アマンディーヌ オ ショコラ エ フィグ

飾り方一つで何通りもの顔を見せてくれるケーク。無造作にカットされて飾られたかに見えるショコラは、自由感もありたくましさも感じられます。食感こそ軽いものの、しっかりとした生地の旨みと香りが楽しめます。中に散りばめられたイチヂクとのマリアージュは絶妙です。



桜ロール

ぱっと見ただけでもフワフワの生地は、まるで赤ちゃんのほっぺたのよう。ふんわりと桜味が効いた生地は、卵の風味も豊かで、濃厚でミルキーなクリームとの相性もバツグン。飾りに使われた桜の花の塩漬けは、そんなふんわり優しい甘さの中の重要なアクセントになり、箸休め的な存在です。



クレーム ランベルセ デュ マロン

栗のお菓子といえば秋を連想するけれど、リッチなクレームでありながら、軽く仕上げられているので、四季を問わずに食べたいケーキです。アパレイユには和三盆糖を使用しているため、あっさり、且つ上品な仕上がりに。カラメルのほろ苦さが大人の味に変えてくれます。酒類を使っていない分、素材の味と香りを楽しめます。



マカロナード 桜 キャレ

淡く優しいピンクのマカロナード。中にはぎっしりとサンドされた苺。そのキュートな色合いは見た目からも楽しませてくれます。食べてビックリ。ノワゼットの香りが広がる生地はホロ、フワッと口の中でなくなる感じです。しっかりとしたムースリーヌとフレッシュな苺。口の中での一体感とバランスのよさは、他では味わえない新感覚のケーキです。









フレッシュ感・新感覚にあふれる生地と温度調整の大切さ

焼き菓子と聞くと“乾いたもの”をイメージする人も多いと思います。しかし、その発想を覆すのが今回の和泉シェフの講習会。みずみずしさを感じる新スタイルの焼き菓子なのです。また焼き菓子だけではなく、生菓子に使う生地も、生地本来の持つ保湿性を充分活かしたルセットを研究されています。

「今度、自分が開く店は、入り口を入ったらいきなり焼き菓子が並んでいるようなお店にしたいんです。そして個人店ならではの有利さで、ストックをしない新鮮さを第一に考えたお菓子を出したい。だからできるだけエージレスも使いたくないんです。また遠方から来てくださるお客様も持ち帰れるような、“生感覚”の焼き菓子も置いていきたいと考えています。フレッシュ感を感じるものを作るには生地作りがとても重要なキーワードになります」。

そこで、パナデリアは今回、和泉シェフが、昨年から力を入れているという生地作りにスポットを当て、異なる4タイプの生地のポイントを、それぞれのお菓子に合わせて抑えていきたいと思います。



ケイク オランジュ ノワゼット

まず始めに教えていただいたのは、スリジェ時代からのものをベースに改良したという泡立てタイプのパウンド。実は、一年間の歳月をかけて開発したそうです。



卵とグラニュー糖を入れた時点で泡立て不要。転化糖を入れて直火で30℃まで温度を上げます。



ケイク オランジュ ノワゼットに使われたこの生地の最大のポイントは、乳化。うまく乳化させることが、口溶けの良い食感と日持ちの良さに繋がるのだそう。そこで、一番大切な事は“温度調整”。
転化糖を入れてからしっかり泡立て、粉類が入った時点で生地の温度は25℃が理想。少し冷めてしまった生地に、50℃と少し高めの温度に調整した牛乳・バターを一気に流し入れます。そうすることで、生地の温度は乳化に理想的な温度(30〜32℃)になるというわけです。

アーモンドプードルとノワゼットプードルを半々で加える事で生地にコクを与え、更に中力粉で食感を良くします。型に流す前の生地は驚くほどサラサラ。



焼き菓子なので、焼き方一つで状態は変わってきます。和泉シェフは焼き途中、基本的に窯は開けないというのが鉄則だそうです。勿論それには理論的な理由があります。「窯を開ければ開けるだけ、生地の持つ保水量が少なくなります。最大限に生地本来の持つ保湿分を確保できれば、アンビベも必要なくなり、結果コストを抑える方向にもなる。それには予め設定されている温度も大切だけど、しっかり自分の目で見て確認する事が重要だと思うんです。だから若い子が窯をパカパカ開けていると、よく“開けるな”と怒鳴っていました」と、ご自身の経験を交えながらの講習は続きます。



アマンディーヌ オ ショコラ エ フィグ

続いてパート ダマンド クリュを使ったショコラ生地です。これに、いちじくをたっぷりと使ってよりフルーティなケークを作りました。



卵は2回に分けて入れますが、1回目はビーターで、2回目はワイヤーに変えて混ぜていきます。ご覧の通り生地はサラサラに。



ポイントは、再び温度にあります。ダマンドの温度を50℃にして、ビーターでしっかりと磨り潰すようなイメージで攪拌する事がポイント。「ローマッセ(パート ダマンド クリュ)を使った生地って凄く難しんです。油脂分が高いので、すぐに落ちてしまうんです。それを防ぐために、あまり温度を上げすぎないように注意します」



「“ショコラ”と名のつく生地にはココアを入れたくはない」、本物のショコラを入れてその美味しさを味わって欲しいというシェフのこだわりの一つを教えていただく事もできました。



ショコラの温度は50℃で一気に流し入れます。八分目まで混ざった所で中力粉・リキュールと次々に入れていきます。コクの中にもスッキリ感を出すためにペルノリキュールを使っているそうです。



桜ロール

続いて3つ目のポイントとなる生地作りです。これはスフレタイプの生地。桜ロールで教えていただきました。



別立てのスフレ生地。卵黄の泡立てと卵白の泡立てが同時に出来上がるのが理想的です。



「スフレタイプの生地で最も大切な事はメレンゲの状態です。キメ細やかな状態でしっかり立ちきってしまう一歩手前で止めます。最大でも中高速で。そうしないとキメの粗いボソボソのメレンゲになってしまいます。最後は低速でメレンゲの固さをコントロールしてください」
それと同時に、卵黄とグラニュー糖を入れた方は、30℃まで熱を加えてから泡立てます。それ以上に温度を上げてしまうと、粘性が出てきてしまうそうです。軽やかで口溶けも良く仕上がるポイントの1つは、ここに秘められているようです。

そして、粉の入れ方にもポイントが。まずは1/3を泡立てた卵黄の方へ入れさっくり混ぜたところで、次は薄力粉、続いて50℃に温めた牛乳とバターを一気に入れて、しっかりと乳化させます。
「ここでしっかり乳化させておけば、次に残りのメレンゲを入れても泡をつぶさずにすむんです。液体分を温めたのは乳化のスピードを速めるため。低いと焼き縮みしてしまいます」
なるほど、誰もが納得する方法です。気がつきそうで気がつかないちょっとした発想の転換から、ふっくらで、非常に滑らかな生地が出来上がります。ちなみに、もっと軽い仕上がりにしたい場合は、単純に粉の分量だけを半分にしても問題はないとの事でした。



流した生地の上に桜の塩漬けを並べます。巻き終わったときにトップにくる位置に丁寧に並べていきます。



一番手前の生地を少し折り、あとは力を入れず下に敷いてあるパラフィン紙を外側へクルッと持ち上げます。そして最後の締めの部分。そのままの向きで行ってしまいがちですが、ここがポイント!巻き終りが自分に向くよう180度向きを変えて作業を行います。するとしっかりと綺麗に締められるそうです。



巻き方のコツも披露。いとも簡単にクルッと巻き、誰でも出来るのではないかという錯覚に陥ってしまうほど。生クリームは、手前をやや厚めに延ばします。



マカロナード 桜 キャレ

そして最後の生地は、マカロナードというもの。
マカロンと混同する方もいると思いますが、普通のマカロン生地にはプードルは入りますが、粉は入りません。今回、マカロナード 桜 キャレに使ったこの生地は、和泉シェフの求める食感により開発された生地の一つだそうです。



卵白、クレームドタータ、一つまみ程度のグラニュー糖と乾燥卵白のみで離水ギリギリまで中高速で泡立てます。粉糖を入れるとこんなにも粘性が!



“食べると泡のような食感”を求めて出来上がったのがこのルセット。
「この生地は合計40分位ミキサーを回しています。20分は卵白を立てるため。残り20分は粉糖を混ぜるためです。卵白は離水寸前まで泡立てます。目安は周りが滑り始めるぐらいです。ミキサーの速さはいつも中高速で。そして出来上がったら粉糖を3回に分けて入れていきます。この時は高速にして下さい。ボリュームはダウンしますが、粘性が出てきます」
この時点でしっかりと乳化させて最後に粉類を加えることにより、サックリと軽い生地に仕上がるそうです。また、何故粉糖を始めから入れないのですか?という質問に対しては、「始めから加えてしまうとガチガチのメレンゲになってしまうから」との答えでした。



しっかりとした生地。絞ったあと、天板を斜めにしても、生地は一向に動きませんでした。



「本当にマカロン生地にそっくりじゃないですか?」。粉を入れた時点で生地をスパチュラで持ち上げてみてシェフの一言。確かにマカロナージュが終わった時の生地にそっくりです。「この生地はマカロンと違って、失敗しません。いかにロスを出さないで良いものを作るかも考えて出来上がった生地です」。また、生地と相性の良いクレームは、少し重いムースリーヌやバタークリームが合うようです。「軽いクリームが好まれる傾向にある今、僕はあえてこのオーソドックスなクリームを使いたいし美味しさを知ってほしいから、今度の店で並べようと思っています」
新しいスタイルをどんどん取り入れる和泉シェフ。どんなに進化しても伝統的の中にある、守るべきものを大切にする一面も伺えました。



マカロナード生地のセンターにはたっぷりとムースリーヌを絞りサイドには惜しみなく苺を飾ります。



素晴らしい腕と素晴らしい機械

今回の講習会では、石窯パティスリーオーブン“エレガンス”、スチームコンベンクションオーブン“ベイキープロ”そしてパティスリーチラー“パティ”の3つの機能を使い分けていた和泉シェフ。
エレガンスではアマンディーヌ オ ショコラ エ フィグ、ケイク オランジュ ノワゼット、そして桜のロールを。ベイキープロではマカロナードとクレーム ランベルセ デュ マロンを。そしてその都度、パティを使い高速冷蔵しました。




エレガンス:浮きのスピードが速く、しっとり感を保てると同時に中心と周りが同時に焼けます。また、焼き時間の短縮、常に均一に焼き上がります。調湿効果で必要な水分を保持し、余計な水分を石が吸収してくれます。電源を落としてから翌日でもまだ、100℃位をキープしているという、将来的なエコにも繋がる機械の一つです。




ベイキープロ(上段):風量、温度、スチーム、排気等を自由にコントロール。それぞれにあった条件を生み出すことの出来る新しいタイプのコンベクションオーブンです。焼きムラもほとんどなく、プリンを焼く時は湯煎も蓋も不要です。
パティ(下段):焼いてから、その天板のまま直接パティへ。水分が奪われにくく、味、香りも閉じ込め、しっとり感も保持できます。また雑菌繁殖の危険温度を一気に通過し雑菌からも商品を守ります。狭い厨房の中もスッキリ。作業の効率化につながります。


エレガンスは色の選択ができるため、「新店舗は何色にしようかな」と楽しそうに語る和泉シェフ。味は勿論の事、お客様に食べて頂く以上、一番大切なことは“安全性”と考えている和泉シェフは、このエレガンスに出会い、焼き菓子に対する考え方が変わったといいます。世界中を飛び回る今、その中で養った経験から新しいお菓子作りが始まり、最先端の知識と伝統的な知識の融合から自分自身の求める味、食感、配合、技術を見つけていくシェフ。「型にはまらずに納得したものを作りたいんです」そんな、情熱こそが、和泉シェフ独特の「理論に基づく菓子づくり」を生み出すのかもしれません。



お昼にはツジ・キカイの高須常務による、心のこもった手作りのパンやお惣菜でお腹も心も大満足。90秒で焼き上がるナポリピッツァを目の前で焼いて頂けるのも参加者だけの特権です。



希望と未来に満ちたエネルギッシュな和泉シェフ。今年秋には待望のご自身のお店をオープン予定。サロンつきのお店になるとのことなので、とても楽しみです。きっと、活気あるそして心温まるお菓子とスタッフの方々が私達を迎えてくれる事でしょう。型にはまらず和泉スタイルを作り上げているシェフ。皆さんも、今年の冬は和泉シェフのお菓子で、心も身体も温まってみてはいかがでしょうか。
(2010.06) 











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