ショコラティエ、パティシエに絶大な支持を得ているヴァローナ社が運営するショコラ専門技術の研修機関エコール・ヴァローナ東京では、 第一線で活躍しているシェフ、パティシエを海外からも度々招致し、講習会を開催している。海外に行かずとも、海の向こうの新鮮な空気を感じることが魅力のヴァローナ特別来日講習会、今回はイタリアからジャンルーカ・フュスト氏が豊かな感性と技術を携えやってきた。




ジャンルーカ・フュスト氏 (Gianluca FUSTO)

製菓という芸術を愛してやまない情熱家伝道師。イタリア料理界の巨匠Aimo MORONI アイモ・モロニ氏との出会いをきっかけに、料理から製菓へと運命の道を歩む。プロとして一流の経験を積み、その才能を開花させ、ヴァローナ エコール・デュ・グラン・ショコラの一員になる。在籍していた5年間を、フレデリック・ボウ氏、ヤン・ドゥイッチ氏、フィリップ・ジヴル氏らと共にし、ショコラに関する造詣を深めて、その技術を洗練させる。新しい素材や食感への探究心はとどまるところがなく、常に進化し続けている。その活躍の場は広く、ミラノ、パリ、ロンドン、ニューヨークなど、世界中を駆け巡り、情熱的かつ厳格に、豊かなノウハウを伝える。(エコール・ヴァローナ東京サイトより引用)


「技術は技術のためにあらず。技術は味のためにある」。

この日フュスト氏は30回以上こう唱えていた。
その回数があまりに多かったので、通訳を減らしたほど、まるでおまじないのように唱えていた言葉だ。
来日は二度目というジャンルーカ・フュスト氏、いったい彼はどのようなお菓子作りをするのだろうか?



午後1時、満席の会場はスタートと同時に暗くなった。

「私は自分自身のことは多くは語りません。ですからデモを始める前に、私のお菓子のイメージ映像を見ていただきたい。そして私のお菓子から感じるパッション〜情熱をみなさんと共有したい。ヴァローナでの5年間、私はイタリア、中近東地区のコンサルタントをしていました。その後パティシエとなり、多くの人と出会い、刺激を受けました。今日はテクニックだけでなく、その先にある完成したパティスリーとして、細かい仕事をきちんとやるという自分の哲学を披露しつつ、みなさんをイタリアへご案内したいと思っています」。

スクリーンに映し出されたフュスト氏の作品は、ジオメトリー(幾何学)的デザインを配置しながら、どこかジャンドゥイヤやクレミニのようなイタリア菓子の柔和さを感じさせる。

「形、素材、香り、味わい、アロマ、あふれる感情、新たな発見、遠くに思いを馳せること、旅に出ること、味わうこと、口に入れたときの感動を作る、大事なのは好奇心です。やっぱり人生は楽しくセクシーでないと。イタリア人ですからね。でもそのためには、素材を大切に扱い、ルールを守って、厳密に作業をする必要があります」。

楽しさと厳密さは一見相反する言葉のようで表裏一体。では具体的にはどんなルールを決めているのだろうか?

「私のお菓子は3という数字を軸に創造しています」。



映像の後、まずはイタリアの誇る3つの素材を試食。


シチリア産ピスタチオ
(1) シチリア産ピスタチオ
2年に一度しか収穫されない、しかも生産量は130kgという貴重なシチリア産のピスタチオは深い味わい


シチリア産アーモンド
(2) シチリア産アーモンド
27%のオイルを含むアーモンドは、ねっちり、じんわりと甘みが出てくる


シチリア産ピスタチオのホワイトチョコレートガナッシュ

「自然というのは素材にパーフェクトな味をもたらします。例えば私は日本で生ワサビを食べて感動しました。イタリアにあったら使いたいほどですよ。だから、イタリアの素材は自分が感動するものを使います。もし旅先で出会ったらどんなものかを知るように心がけます。素材の持つ香りと美味しさを自分のパティスリーにするのが私の仕事。あふれんばかりの感動をお菓子に閉じ込めることです」。

そんな語りそのままに、ホワイトチョコガナッシュで閉じ込めたシチリア産ピスタチオの香りは、口にした瞬間広がった。


コーヒーのアイスクリーム
(3) コーヒーのアイスクリーム
イタリアはエスプレッソの国ということで、3つ目の素材はコーヒー。2種類のアラビカ種を使ったアイスクリームは、キレのよいなめらかな味と香り。このレシピは22歳以下を対象とするクープ・デュ・モンド・ジュニアのために作ったそうだ。

「香りというのは2種類あるのです。ひとつは、鼻に近づけると漂う香り、もうひとつは素材の中に含まれたものが口の中で広がり抜けるアロマ。この2つは体感すると違いがはっきりします」。

香りの封じ込めは、アイスクリームでも活かされていた。さらに素材の香り封じ込め論は食感へとつながっていく。

「イタリアの菓子は得てして食感が固い、噛まなければ食べられない。そのかわり噛むことによって分子が弾け、香りが広がるのです。だから自分のパティスリーにはビスキュイを30%使います。カリカリとした固い食感が10%。やわらかい部分20%。噛むと閉じ込められた香りが広がります。同時に口の中であたたまるので、油脂分が溶け、さらに香りがたつのです。固いといえばタルトです。私はタルトが大好きで、2006年からタルトの研究を始めました。タン・レルミタージュのエコール・ヴァローナでは、タルト専門セミナーもやっていたほどです。今日は5つのデモンストレーションのうち、共通のパーツがいくつかあります。それらをどう効果的に使い組み立てるかもお見せしましょう」。


映像と素材の試食から始まった講習会。ジャンルーカ・フュスト氏と通訳の村瀬さん


受講者を味覚と創造の旅・搭乗口まで誘導したフュスト氏、いよいよデモンストレーションへ出発だ。


1品目はルチェンテ・ヌォーヴォ(LUCENTE NUOVO)

「フルーツ味の新しいケーキを作ろうとしたとき、シチリアのチャプリという村のマンダリンが思い浮かびました。通常マンダリンは10月から1月前半が収穫期ですが、チャプリのマンダリンは3月まで木にならせているので、はちみつのように甘く、発酵したかのように芳醇なのです。この発酵した香りに因んでギリシャヨーグルトを合わせました。ルチェンテはサンタルチアという聖人の名前が由来です。チョコレートの神様にひっかけているのと、輝きという意味があり、「未来が開けるような味」という気持ちを込めました。実は私の妻が最初に名づけてくれたケーキなのです」。

フュスト氏は概要を語りながらホワイトボードを掲げた。

フュスト氏によるパティスリーのパーツ構成方程式
*ビスキュイ・クルスティヨン 10%
*ビスキュイ・モンテ(アエレ) 20%
*クリーム 25%
*フルーツのジュレ 10%
*軽さを取り入れたパーツ 25%
*グラッサージュ・デコレーション 10%

これはビスキュイを全体の30%使うと先ほど述べていた、ケーキの組み立て方程式である。
ルチェンテ・ヌォーヴォの構成は、上からビスキュイ・サブレ・ブルトン・サレ、アマレット・モワルー・アグリュム、クレーム・マンダリン、ヨーグルト風味のムース・マンダリン、グラッサージュ・ブラン・ブリアン。もっと言えば、各パーツに香りと味を閉じ込める仕掛けが施されているのだ。


焼きあがったアマレット・モワルー・アグリュムの試食。噛むことでレモンとオレンジの香りが引き出される


また、何もさわらずに流してゆするだけの仕上げパーツ、グラッサージュ・ブラン・ブリアンは、スパテュラ使いが苦手なイタリア人のために考えたレシピだそう。

「仕事がうまくいく方法を考えるのも仕事です」。


ルチェンテ・ヌォーヴォの仕上げ

ルチェンテ・ヌォーヴォのプレゼンテーション

ヴァローナの新しいホワイトチョコレート、オパリスは酸味のあるヨーグルトや果物の味を引き立てる。
その影響か、パネットーネのようなまろやかさ、さわやかさが印象的な一品だ。




2品目はエモーション・ドゥース(DOLCE EMOZIONE)

構成は、上からビスキュイ・サブレ・ブルトン・サレ、クレムー・ニアンボ・マング、アマレット・モワルー・アマンド、ジュレ・マング・エキゾチック、ムース・オパリス・ノワゼット・レジェール、グラッサージュ・キャラメル。


パティスリーの構成をボードで説明するフュスト氏


クレムー・ニアンボ・マングに使ったニアンボ68%は、アフリカ、ガーナ産のカカオを使ったグランクリュ・クーベルチュール。繊細な酸味とまろやかな余韻の長いカカオ感、ノワゼット、トリュフの香りは、マンゴーなど甘いフルーツと相性が良いそうだ。


カードルで仕込めば、この大きさのアントルメが一度に12個できる。これにグラッサージュ・カラメルをかけ、デコレーションを施す

フュスト氏の特徴をあらわすジオメトリーなデコール。チョコレートにも様々な色があることを表現

エモーション・ドゥースのプレゼンテーション


適切かつ正確な温度計算、道具の選択、ここでは書ききれないが、全てが‘美味しい’のために行われる緻密な工程の積み重ね。一方で効率を考えたやり方も忘れない。

「セルクルなら一台ずつ計量しなければできないところを、カードルで作ることにより(長方形にカットすれば)一度に12個でき、大幅な時間短縮になります」。

なるほど、近頃丸いケーキを店頭であまり見なくなったのは、こんな事情があったからか。その代わり、たくさんの種類で楽しませてもらっているというわけだ。




3品目はサンプルモン・ノワゼット(SEMPLICEMENTE NOCCIOLA)

構成は、上からサブレ・フォンダン・プラリネ、ヴルテ・グアナラ・ラクテ、ビスキュイ・ジョコンド・ノワゼット、シャンティ・プラリネ、ピュストレ・ミックス・プラリネ・ノワゼット。

「このお菓子は、ピエモンテのヘーゼルナッツを美味しく食べてもらいたくて考案したものです」。

レシピを見ると、ヴルテ・グアナラ・ラクテ以外の全てのパーツに、ヘーゼルナッツが形を変えて使われている。テクスチャーの違う2種類の焼き物の微妙な香りの開花時差など、先の方程式が思い浮かぶ。

「長方形のアントルメは、カットの大きさ、高さに気をつけると見た目も美味しくきれいです。小さい長方形にするときは、高さを低くするとバランスがよいでしょう」。

イタリアらしいアイボリー 〜ノワゼット色のデコレーショには、余分なものをそぎ落とした、味わいの本質を尊重した精神が表現されている。


サンプルモン・ノワゼット、ビスキュイ・ジョコント・ノワゼットのデコール

サンプルモン・ノワゼットのプレゼンテーション



4品目はムーラ・ベルガモ(MURA BERGAMO)

構成は、上からケーク・ノワゼット、焼成用パート・ダマンド、ジャンドゥジャ・ノワゼット・ノワール、ケーク・ショコラ。

「ムーラ・ベルガモという名前は、イタリアの北部・ベルガモという町の、新旧の町を分ける石壁(ムーラ)にちなんでつけました。これはヴァローナを愛用してくださっているお客様からイタリアっぽいお菓子を作って欲しいとの希望でレシピ開発をしたものです」。


ムーラ・ベルガモの断面

ムーラ・ベルガモのプレゼンテーション

この焼き菓子は、バターを塗った型に、ヘーゼルナッツ粉、ポレンタ粉、小麦粉を混ぜたものを振るってから、生地を順番に層を作るように流し焼きこむのだが、焼き上がりの表面はザラザラである。これには理由がある。トヨ型の生地にグラサージュをきれいに乗せるためには滑り止めの凹凸が必要なのだ。

「味の強弱をつけ、乾燥を防ぎ、しっとり感を出すためのグラサージュです。それにヘーゼルナッツは私にとって、とても貴重なのでゴールドをイメージしたデコレーションとしました」。

違う生地や具を混ぜ込まず、マーブルケーキのように、層を作るように閉じ込める焼き菓子は、ありそうでなかった発想だ。しっとり深い印象のマジパン、ローストナッツ、ジャンドゥージャの香ばしさ、カカオのビターなアクセント、噛むたびに様々な要素が顔を覗かせる、断面も味も楽しい焼き菓子だ。




5品目はブラック・センセーション(BLACK SENSATION)

構成は、上からビスキュイ・ショコラ・セル、なめらかグアナラ、ムース・オパリス・グリュエ・ド・カカオ、グラッサージュ・ミロワール。

フュスト氏が力をいれているタルトの代表作。2006年に発表されたブラック・センセーションは名前も衝撃的だが、チョコレートの持ち味をあらゆる角度から表現したような、情熱みなぎる作品だ。タルト生地となる塩とカソナードでパンチを効かせたビスキュイ・ショコラ・セル。グリュエ・ド・カカオの風味を抽出しホワイトチョコレートに還元したムース部分。カカオの味わいの力強さと口どけの良さを感じられるなめらかなグアナラ。全体をまとめるグラッサージュ。チョコレートは、想像以上にたくさんの表情を持っている素材であることを再発見した。

ブラック・センセーションのモンタージュとデコール。ここでもパーツの使い方、見せ方が斬新

ブラック・センセーションのプレゼンテーション


素材、パーツ、構成、仕上げ、デコレーション、全てに緻密で真面目なイタリア人。
イタリアの菓子でも、フランスの菓子でもない。イタリア古典の再構築でありながら、ジャンルーカ・フュスト氏の世界。
そんなフュスト氏のお菓子を試食して驚いたのはどれも、甘さが軽い、ということ。私の頭の中には、イタリアのお菓子=甘い、というステレオタイプがしっかりと存在していたので、それをフュスト氏に伝えると、こう答えが返ってきた。

「私はフードペアリングの勉強をしました。組み合わせには甘み、酸味、苦味・・・味覚のバランスが重要です。例えば、1品目のルチェンテ・ヌオーヴォには、砂糖を使っていないパーツが6つのうち4つあります。ホワイトチョコレート等に含まれる甘さで風味を閉じ込めるのです。3つの素材を選び、3つの食感を出す。香り、組み合わせを建築するように考えています」。

チョコレート菓子の創作については?

「私はむやみに試作したりはしません。きちんと考えてから作り出します。ヴァローナには、クーベルチュールが35種類もありますが、それらの味わいにはひとつひとつ特徴があり、完成されたものです。チョコレートがカカオ豆から製品になるまでには多くの人がかかわり、たくさんの時間がかかっています。ですから無駄に使いたくはありません。カカオ豆から香り豊かなチョコレートが生まれる原点、プランテーションにまで思いを馳せてほしいですね」。

では今後パティシエとしてやりたいことは?

「技術を伝えること。なぜならイタリアには学べる場がまだないからです。ヴァローナのコンサルタント時代の5年間に、22歳未満の若手のためのクープ・デュ・モンド・ジュニアでイタリアチームのコーチを2回務めました。しかし3度目からは身を引きました。他の人にもチャンスを与えなければと思ったからです。そしていつかはお店を開きたいと思っています。場所はイタリアに限らずチャンスがあればどこでもね。実は東日本大震災の前に、東京でお店をやってみないかという話しがあったのですが、色々な事情で白紙になってしまいました」。

講習会後のジャンルーカ・フュスト氏

尊敬する人は?

「料理人ではアイモ・モロニ氏です。モロニさんからは‘味とは何ぞや’を教わりました。パティシエとしてはフレデリック・ボウ氏。ボウさんには、誠実さ、謙虚さを持って仕事をすることを学びました。
そして何事も包み隠さずサポートしてくれる素晴らしい方です」。

イタリア人というと、陽気でおおらか、大雑把というイメージがあるが、ジャンルーカ・フュスト氏はそんなステレオタイプを打ち破る、好奇心旺盛で、真面目で、緻密で、恩人へのリスペクトを忘れない誠実な人物なのだ。

講習会終了後に、アシスタントを紹介するフュスト氏

最後に自身の著書のあとがきに記された言葉が、すべてを物語っている。

・・・作ってくれた人への感謝を込めて・・・仕事は個人プレーではない。周囲に恵まれて、今日の作品ができあがっている。

自身の著書

プレゼンテーションのバックを飾るのは、人生をイメージしたチョコレートの赤い曲線のオブジェ。型に流したのではなく手で形にしていった。


技術は技術のためにあらず、技術は味のためにある・・・。 チョコレートのこと以上に、創造する哲学について、考えさせられた日であった。

☆Gianluca FUSTO 公式サイト
http://www.gianlucafusto.com/





panaderia topへ戻る