2013年4月、ヴァローナが新しいホワイトチョコレートを発表、販売を開始した。創造力をかき立て、自由な表現を可能にする'白い素材'〜その名は「オパリス」。これまでのホワイトチョコレートに比べ、ミルク感が強く、甘さ控えめですっきりした後味、マットでピュアな白は、それ自体のバランスはもちろん、組み合わせる素材の色と風味の引き立て役にもなる。


試食用に配られたオパリス。ヴァニラ風味のイボワールに対して、オパリスは10%ミルク感が強く、10%甘みは控えめ。食べてみると、ミルク棒を思い出させる懐かしさも


このメイクアップのベースカラー的「オパリス」を使って、自由な創造を披露してくれたのが、世界が注目するスペインガストロノミーの聖地、カタルーニャで活躍するヤン・ドゥイッチ氏だ。ヤン・ドゥイッチ氏はフランス北部で生まれ、フランス三つ星レストランやスペインのショコラティエ、ヴァローナのディレクターなどを経て、バルセロナ近郊に自店「ドルス」をオープン。何といっても2011年のクープ・デュ・モンドでスペインチームのコーチを務め、見事優勝に導いたことは記憶に新しい。

この講習会は本来製菓を職業としている方を対象としたプロ向けクラスだ。ところがアマチュアのプレスにとって、これほど感性をくすぐられた講習会があっただろうか。食べ手として、ケーキやスイーツを美味しく楽しく食べられるヒントが、ヤン・ドゥイッチ氏の話の中には散りばめられていた。こんな風に食べ手のための講習会があったらいいのに! そう思ったほどだ。




ヤン・ドゥイッチ氏。
1992年南仏の三つ星レストラン「ムーラン・ド・ムージャン」を経て、スペインに活躍の拠点を移す。ジョアン・パイシャ(バルセロナ)、エル・ラコー(フレイシャ)などにて、その優れた手腕を発揮。1995年ヴァローナのフレデリック・ボウ氏との実り豊かなコラボレーションが始まる。2001年ヴァローナの南欧担当ディレクターに就任。南欧の国々の技術指導にあたる。2007年パティスリーに関する新しいコンセプトの書籍「ディベルション・スクレ」を発行。同年スペインのバルセロナに自身のパティスリーである「ドルス」をオープン。2011年パティシエ・コンクールの最高峰ともいわれるクープ・デュ・モンド世界大会にて、スペインチームのコーチを務め、その優れた指導力を発揮して見事にチームを優勝へと導く。
(エコール・ヴァローナ東京2013 プロフィールより)


「みなさん、私は今回、単にレシピを教えるために来たのでありません。どうやってそのレシピにたどり着いたのか、レシピの生い立ちをお伝えしたいのです。新たなレシピが生まれる背景には、新しい食材、気になる素材との出会いがあります。例えば私は旅先のイスラエルで、なすのジャムを知りました。しかも香りづけはカルダモンです。その後イタリア人になすのジャム話をしてびっくりされました。イタリアでもなすにチョコレートを合わせたレシピがあると言うのです。それなら野菜でお菓子を作るのもありだと考えるようになり、自分でもなすをテーマにお菓子を作りました。組み合わせたのはカルダモンと紅茶、イスラエルで出会った香りと、自分らしい香りの選択です。このようにテーマ素材と副素材を組み合わせたら、そこからチョコレート、アイスクリーム、焼き菓子に発展させたっていいでしょう。つまり大事なのは着想の原点。もうひとつ例をあげると、ロスロケスという私のお菓子は、ヴェネズエラの同名の島をイメージしたもので、ナツメグ、ココナツ、パッションフルーツを素材とし、見た目も旅先で見た物を連想させるものにしています」。


講習会のコンセプトを語るヤン・ドゥイッチ氏(左)と通訳の村瀬さん(右)


まだ何も作り始めていないのに、こんな風に聞くだけで美味しいお菓子の姿が浮かんでくる。まだ見ぬ風景までも。混ぜ方とか、焼き方とか、製菓技術的なことはもうとっくに超越しているからこそ、たどり着ける境地なのだろう。ヴァローナのチョコレートを軸として、どんな素材を組み合わせ、表現してゆくのか、ヤン・ドゥイッチ氏の着想に追った講習会、ノンストップの5時間が始まった。


今回作っていただいたのは5種類。ムース、タルト、ヴェリーヌ、フィユタージュ、ボンボンショコラで、ヴァローナの「P125」を使ったタルト以外は全て新発売のホワイトチョコレート「オパリス」を使っている。



1品目はオパリス・サルヴィア(OPALYS SALVIA)。
「セージとはちみつ、これはイタリア旅行中に飲んだハーブティーからヒントをえた組み合わせです。胃をすっきりさせるセージのお茶に、はちみつとレモンが添えられていたのが気に入りました。このふたつが入ることで、繊細なセージの香りがより引き立つのです」と、ヤン・ドゥイッチ氏。


オパリス・サルヴィアに使う素材、レモン、セージ(サルヴィア)、アカシアはちみつ


オパリス・サルヴィアのムース・アレジェ・オパリス・ソージュ・シトロンの仕込み。沸騰させた牛乳にセージ、レモン皮を加え、香りを抽出する


構成は土台から、シュトルーゼル・アマンド、ビスキュイ・プラリネ・ノワゼット、ムース・アレジェ・オパリス・ソージュ・シトロン、クレムー・オパリス・ミエル・アカシア、グラッサージュ・オパリス、デコールのレモン皮、セージ、オレンジ。

「ビスキュイ・プラリネ・ノワゼットは今回パーツとして使っていますが、保存がきくので焼き菓子としても商品にできます。しかも小麦粉を使っていないから、グルテンフリーのアレルギー対応アイテムにもなります」。

液状のプラリネ・ノワゼットを使うことで、しっとり感が出るのだとか。香ばしく焼きあがったビスキュイを試食。甘さ控えめで確かにしっとり。


試食用のオパリス・サルヴィアのビスキュイ・プラリネ・ノワゼット。焼きあがると会場にいい香りが立ち込めた





オパリス・サルヴィアのムース・アレジェ・オパリス・ソージュ・シトロンを型に流し、ビスキュイ・プラリネ・ノワゼットを置く
キッチンエイドで、紐状に押し出し、冷凍しておいたオパリス・サルヴィアのシュトルーゼル・アマンド生地を細かくほぐしたら、セルクルに敷きつめて焼く


「一番下のシュトルーゼルをムースやグラサージュで全部隠さないのは、全てに存在感を出し訴えかけるためです。トップのデコールも、見た目だけの飾りではなく大事な味の要素となるよう考えます」。
そう言って、セージの葉にハケで卵白に溶いたゼラチンを混ぜて塗り、グラニュー糖の中に一日以上置いて作ったクリスタル・セージをハートにくり抜き、飾って完成させた。「このやり方はコリアンダーやセロリの葉でも応用できます」。


オパリス・サルヴィアのムース・アレジェ・オパリス・ソージュ・シトロンを乳化させるところ。一旦戻した液体を再び少しずつ加え混ぜていく


オレンジを飾ってオパリス・サルヴィアの仕上げ


作りながら次々と応用の枝葉を述べるヤン・ドゥイッチ氏。もちろんチョコレートの扱いにも学ぶところ多々。例えばアングレーズにオパリスを乳化させるのにとった方法は、熱い液体のアングレーズをオパリスの上から全て注ぎ、ある程度溶けたら混ぜる前に液体を半分くらい鍋に戻し、水分の少ない状態にしてから混ぜ、再び液体を少しずつ加えながら乳化させていくというもの。

こうして出来たオパリス・サルヴィアは、オレンジやグリーンが白く輝くグラサージュに映え、ミルキーなムースの舌触りと爽やかなセージやかんきつ類の香りが、香ばしく音を立てるシュトルーゼルと共鳴。キレのよい後味が印象的だ。


完成したオパリス・サルヴィア



2作目はタルト‘カラ・サ・トゥナ’ TARTE‘CALA SA TUNA’。パータ・シュクレとフランジパーヌ・ノワゼットにヴァローナのチョコレートP125を使用。

タルト・カラ・サ・トゥナに使うP125の試食。油脂分が少ない分、そのまま食べるとかなりアグレッシヴ。本来そのまま食べるのではなく、何かと混ぜることで力を発揮するよう開発されただけにパワフルだ


P125とは・・・Puissance(フランス語で「強さ」「パワー」の意)の頭文字Pとカカオパワーを125%生かせるという意味で、カカオの中の脂肪分比率を少なくし、固形分の味わいを高め、より輪郭のはっきりしたカカオ感を出すことに効果的なヴァローナ独自開発のチョコレート。

「カラ・サ・トゥナとは、カタルーニャ地方海岸沿いの風光明媚なカランク(切り立った岩が連なる入り江)の地名です。たどり着くまでが大変なので、普通はあまり行かない場所です。このタルトは一見普通の焼きこみに見えますが、中にはフルール・ド・ビエールで香り付けしたあんずのコンポートや、パール・ショコラを隠しいれてあります。つまりカラ・サ・トゥナに向かう道中のように、食べ進むうちに色々な味わいを発見していくよう仕掛けたのです」。


タルト・カラ・サ・トゥナのフランジパーヌ・ノワゼットP125仕込み。パール・ショコラを混ぜあわせて食感に変化を出す
タルト・カラ・サ・トゥナ。フランジパーヌ・ノワゼットP125の上に、コンポート・アブリコ・フルール・ド・ビエールをのせ再びフランジパーヌ・ノワゼットP125を絞る。助手の李さんとともに

タルト・カラ・サ・トゥナ。予備焼成したタルトに紙を高く沿わせ、フランジパーヌ・ノワゼットP125を絞る


なるほど、予備焼成したP125入りタルトとセルクルの間にオーブンペーパーをかまし、プランジパーヌ・ノワゼットP125をタルトよりも高くたっぷり絞って焼くと、タルトとの境目も目立たず、見た目は一体化したガトーのようだ。食べてみると、タルトのサックリ、カリッと元気な音と、力強いカカオ感のしっとりフランジパーヌ、パール・ショコラの弾ける食感、あんずの酸味と果肉感、ところどころで鼻に抜けるヴァニラとフルール・ド・ビエールの香りにテンションがあがる。なんて楽しいショコラの岩場探検!

「このタルトは日持ちもするし、食べる直前にあたためても美味しい。アプリコットの代わりにキャラメリゼしたりんご、ホットワインに使うスパイスでコンポートにした洋ナシを入れてもいいでしょう」。ヤン・ドゥイッチ氏の引き出しから次々出てくる素材の組み合わせに、ひとつひとつ頷きながら、余韻に浸った。


中に隠されたパーツ探しが楽しいタルト・カラ・サ・トゥナ



3品目はドゥ・ブラン・ヴェテュ DE BLANC VETU。フランス語で白い衣装をまとったという意味、または見せてしまわず隠すというとらえ方も。ミステリアスを盛り込んだヴェリーヌは真っ白でピュアなオパリスでの表現にぴったり。

「私はただ層にするといった平凡なムースは作りません。何か変化を感じるものにしていきます。レストランデセールのように、その場で仕上げてお客様にお渡しするなんてこともやってみたいですね」。

グラスにムース・オパリス・ブラン・ドゥフを側面だけにムースが残るように流しあけ冷凍。できた窪みにアナナスとシトロンヴェールのコンポート、「なめらか・オパリス・シトロンヴェール」を絞り再び冷凍したら、ココナツピュレであえたタピオカを盛り、薄くカリカリに楕円に焼いたパート・フィユテ・オ・ブール・ノワゼットで蓋をして、ビスキュイ・エクスプレス・ヨポルをのせ完成。


ドゥ・ブラン・ヴェテュの材料。オパリスとヨポル(ヨーグルトパウダー)
ドゥ・ブラン・ヴェテュの組み立て。最後にタピオカを入れたところ。タピオカはフランス語にするとペルル・デュ・ジャポン。東南アジア特産なのに‘日本の真珠’とは・・・。ひょっとしたら白い真珠は日本の誇るジュエリーだから!?
ドゥ・ブラン・ヴェテュの組み立て。パート・フィユテ・オ・ブール・ノワゼットとビスキュイ・ヨポルをのせて仕上げる
ドゥ・ブラン・ヴェテュのビスキュイ・エクスプレス・ヨポルを電子レンジで焼いたもの。 一見ランダムな気泡から乾いたものを想像していたが、触ってびっくり。牛乳を浸した食パンのようにしっとり


砂糖を巻いたパート・フィユテ・オ・ブール・ノワゼットをスライスし、たっぷりの粉糖を塗しのばしていく。「砂糖の代わりにハーブやスパイスを巻いても」応用できる


これも見た目は真っ白、なのに蓋をとってみると、パイナップルやタピオカといった南国の幸と遭遇。てっぺんの海綿のようなビスキュイは、サイフォンに入れた生地をプラスティックカップに注ぎ、電子レンジで加熱して出来たもの。ミルク感を強調させるために、卵白にアーモンドパウダー、ヨーグルトパウダーを加えたビスキュイは、真っ白でしっとりふわふわ、ミルクに浸した食パンのような雰囲気もあり面白い。浜辺の貝殻に見たてと思われる渦巻状のパート・フィユテのカリカリとのコントラストも鮮やか。

「このビスキュイ・エキスプレスは、抹茶を入れると鮮やかな緑に仕上がります。うちのお店では、マンゴー、しょうが、ホワイトチョコレートのヴェリーヌにも使っています」。
エル・ブリの影響で、スペインではサイフォンをよく使うようになったそうだが、単にエスプーマとするだけでなく、生地作りにも使えるとは!


ドゥ・ブラン・ヴェテュはグラスの外からわざと中身を見せず、サプライズを楽しむヴェリーヌ



4品目はナイカ NAICA。クリスタルの美しい鉱山で知られるメキシコのナイカ。ミルフォイユのトップに一枚、薄氷のような飴(トランスパランス・ジャンジャンブル)をのせ、イメージはナイカ鉱山に。

ドゥ・ブラン・ヴェテュのトップにも使われたパート・フィユテ・オ・ブール・ノワゼット。焦がしバターを生地に混ぜたこのレシピは、自身の本掲載レシピの中でもお気に入りなのだとか。三つ折りを6回、普通より層が多く、薄く、粉糖を塗して焼いたミルフォイユはパリパリとクリスピー。それを底と真ん中、トップと3枚。間にはクレーム・モンテ・オパリス・アニス(アニスリキュールで風味付けし、オパリスを乳化させ泡立てたクリーム)と、コンポート・スリーズを絞る。


ナイカの組み立て。パート・フィユテ・オ・ブール・ノワゼットにクレーム・モンテ・オパリス・アニスとコンポート・ド・スリーズを絞る


トップにナイカ鉱山のクリスタルに見立てたトランスパランス・ジャンジャンブルをのせていく


ヤン・ドゥイッチ氏の著書「ディベルジョン・スクレ」の中では、レシピ創作にあたって、職人の頭の中で何が起こっているのかも説明している


「日本ではそうではないかもしれませんが、スペインでチェリーといえば、アニスのお酒に少しつけて食べるのが昔からの伝統。これはその伝統的な組み合わせをヒントにしました。この他アニスはコーヒーに入れたり、ブリオッシュ生地に混ぜ込んだりと、スペインではポピュラーな素材です」。

クリームだけで食べるとそうでもないのに、全てを一緒に口にすると、アニスの香りがぐっと甘く姿をあらわす。どこに隠れているのかとても不思議だ。


ナイカ。具のチェリーつながりで、桜の花をトップに飾ったプレゼンテーション





最後5品目は、ボンボンショコラ、パリ/シンガポール PARIS/SINGAPOUR。さくらんぼフレーバーの緑茶(TWGのパリ・シンガポール)で香りづけしたオパリスのガナッシュと、マンゴーのパート・ド・フリュイの組み合わせ。


パート・ド・フリュイ・マングをランダムに絞り出す。一粒一粒に必ず入るよう配分を考えながら描く


オパリスのガナッシュ断面にあらわれるパート・ド・フリュイのイエローが鮮やか


「パート・ド・フリュイとガナッシュの二層ボンボンが、面白いやり方でできますよ」、そう言ってヤン・ドゥイッチ氏は絞り袋に入れたパート・ド・フリュイで、半分流したガナッシュにランダムに線を描きはじめた。これはいったん四角く流し固めたパート・ド・フリュイを、ロボクープにかけたもの。最後に残りのガナッシュを流し、ゆっくり結晶化させてからボンボンの大きさにカットしてコーティングする。このように作ることで、白いボンボンの断面には、ところどころマンゴーの黄色いパート・ド・フリュイのパイプがあらわれる。オパリスの控えめな甘さが、キュートでエキゾチックなフルーツの香りを引き立てるボンボンの出来上がりだ。


「ドルス」のロゴマークを入れたボンボンショコラ・パリ・シンガポール



デモンストレーションともに、ヤン・ドゥイッチ氏の案内を聞きながら試食したお菓子は、どれも自らしゃべり出しそうなほど表情豊かだった。それで「ネーミングとお菓子とどちらを先に決めるのですか?」と質問すると、「お菓子が完成してからイメージにあった名前をつけます」との答え。「新しいものを作るときはいつもお客様に何もコメントせず試食していただいたりします。なぜなら、レストランと違って、パティスリーでは、食べ手は買った本人とは違う人になる可能性もあるからです。例えば東京は新し物好きなお客さんが多いけれど、世界にはそうでない地域もあるのですよ。だから、みんなが知っているものの中に、いかに自分らしさをお菓子に入れられるかを、いつも考えて作っています」。
世界一斬新でオリジナリティの強いイメージのスペイン・カタルーニャ地方にあっても、創作は独りよがりではなかった。周囲とのコミュニケーションの中で発見し、作りあげていく姿勢こそ、前へ前へと進化していく肝なのだ。

講習会を終え、すがすがしい表情のヤン・ドゥイッチ氏



4月は何か新しいことを始めるのにぴったりな日本の新学期、新たな素材と学びが、受講者に何かのきっかけを作ったに違いない。そんな素晴らしい刺激の詰まった5時間であった。


桜の季節に見立てたパステルカラーのプレゼンテーション





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