去る6月の終わり、ヴァローナの特別来日講習会が、ドーバー洋酒貿易株式会社にて開催された。講師はフランス人のクリストフ・ルヌゥ氏。今年3月、フランス職人最高栄誉でMOFをパティシエ・コンフィザー部門で受勲した33歳の若きパティシエである。現在は、世界に4校あるエコール・ヴァローナのフランス校でエグゼクティブ・シェフを務める。

「エコール・ヴァローナ 東京は一年半前から彼をこの時期に予約していました」

そう紹介をしたエコール・ヴァローナ 東京のエグゼクティブ・シェフ、ファブリス・ダヴィドゥ氏は、MOF受勲以前からルヌゥ氏の才能に惚れ込んでいたそうだ。満を持してかなった初来日の講習会。6つのレシピすべてがMOF試験作品というプロ必見プログラムに会場は満席。いつもにも増して注目度の高い講習会となった。


クリストフ・ルヌゥ氏 (Christphe RENOU)

生まれ故郷のメーヌ・エ・ロワール県のブーランジュリー・パティスリーで修業。17歳の時「フランス・パティシエ最優秀見習い」に選ばれる。その後スイスに渡り、ルレ・デセールの名店「ルシアン・ムタルリエ」で5年間の月日を過ごす。様々な場で才能を開花、2007年クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー(フランス・リヨン)にスイスチームとして出場、5位入賞を果たす。2009年にヴァローナ・エコール・デュ・グラン・ショコラの一員に加わり、製菓技術指導を精力的に担当する傍ら2010年シャルル・プルースト杯(フランス・パリ)優勝を果たすなど、コンクールに真摯に取り組み、豊かな経験を築き上げる。分かち合い、伝達するという才知に長けるシェフ・パティシエの夢を具現化しつつ、去る2015年3月、MOF(フランス最優秀職人章)をパティシエ・コンフィザー部門で受勲した。
(エコール・ヴァローナ東京サイトより引用)



ルヌゥ氏がつけた今回の講習会のテーマは「Racines ラシーヌ/根源」。“自分のパティシエとしての根っこは何だろうか?” そう問いかけた16歳のときから目標にしていたMOFコンクールのファイナル用テーマに彼自身が考えたものだ。実はMOFコンクールには3つのステップがあり、本選までには2年間を要する。1年目は予選。それが通ればセミファイナル、そして次の年にファイナルとなる。セミファイナル、ファイナルとも与えられたテーマがあり、それぞれを作品にしていくそうだ。今回の講習会では、セミファイナル「テロワール」、ファイナル「甘いピカソ」というテーマから生み出されたルヌゥ氏の作品を3つずつ披露していただいた。

それでは順番に、デモと作品を紹介しよう。
一品目は「LE TROIS QUART ル・トロワ・カール」。

「名前で予感する通り、これは伝統菓子カトルカールにインスピレーションを得たケイクです。試験課題としては、2つの香り、2つの食材を使い、(ガトー・ド・ヴォワヤージュとして)5日間常温品質保持できることが必須でした」

こう説明するルヌゥ氏。主役に選んだ香りの食材はレモンとプラリネで、5日間常温保持のために、水分を極力抑えたヴァローナのリキッドバターを使用。普通のバターが82%の油脂分なのに対し、リキッドバターは99.9%が油脂分。裏を返せばわずか0.1%しか水分を含んでいないのだ。それでいて融点は18℃と低いので常温でもしっとりやわらかい食感が表現できる。 便利な食材を選ぶだけではない。レモンの皮は砂糖に24時間混ぜ、香りを吸わせてから使うなど香りの持続性についてもしっかり工夫がなされていた。

ヴィジュアルではテーマ「甘いピカソ」を表現するために、丸みのある三角の蓋付き型をオリジナルで制作。五感をくすぐるだけでなく、品質保持など伝統菓子の意味も組み込まれているMOFの課題にも感心させられる。

口にするとさわやかなレモンの酸味とプラリネノワゼットのナッティなコクがマッチし、お互いをひきたてる。軽い生地は夏にも向きそうだ。

ボードを使用し、リキッドバターの性質を説明するルヌゥ氏。

オリジナルの三角型にレモン風味のケイク生地を絞る。途中、プラリネ・ノワゼット・アマンド・クルスティヨンの冷凍棒を3本置いてまた絞り蓋をして焼き上げる。

カーブのある三角形は、薪のようにも見える。周囲はナパージュ、ノワゼットなどでデコール。断面のプラリネ・ノワゼット・アマンド・クルスティヨンがピカソの目のようイメージ。


二品目は「LE SACHER ENROULE ル・サッシェール・アンルレ」。

型もセルクルも使わないアントルメという課題に挑んだセミファイナルの作品。名前の通りザッハトルテにインスピレーションを得て、ロールケーキ状に仕上げたもの。

渦巻きにして作るデコレーションケーキなど、昔からあったはずと簡単に考えていたが、味の構成、組み立てなどを追っていくとなかなか複雑である。

「日本には僕のこのケーキにそっくりなお菓子がたくさんあってびっくりした」

会場の笑いをとったのはバウムクーヘンのこと! フランスではお目にかかれないらしい。

メインのロール生地はビスキュイ・ヴィエノワ。ウィーン風というのは、ウィーンにあるからではなく、ウィーンにはしっとりしたケーキが多いから、そのイメージで彼が独自に作ったものだそう。そのしっとり生地に変化を与えるのが土台のクルスティヨン。一度焼いたサブレを崩してクレープ・ダンテルなどと混ぜ、オパリス(ホワイトチョコレート)で固めたサクサク感がコントラストになる。

そしてもうひとつの大事な主役素材が7月1日日本新発売のクーヴェルチュールチョコレート、イランカ63%だ。
南米ペルーの希少なホワイトカカオ、その中でもヴァローナ社が契約する3つの村のものだけに厳選し、ブラックベリーやブルーベリーを思わせるフルーティーな酸味と、ローストしたピーナッツのようなアロマと力強いカカオ感、クリーミーな口どけが特徴のクーヴェルチュールに仕上げたイランカ。
話しを聞けば、一般的なペルー産のカカオには独特のスモーキーフレーバーがあり、それがないカカオをヴァローナ社は長年探し続けていた。そしてついにホワイトカカオの産地、農園に行きついたそうだ。類まれなカカオを育てる大地と農民に敬意を表し、ペルーの先住民のQUECHUA語で、イラ = 輝き or 光 、アンカ = コンドルという意味を合わせた名前イランカ。文字通りそのまま食べても恍惚だ。

アントルメには、ガナッシュ・モンテやガナッシュ・アントルメとしてイランカを使い、ビスキュイに重ねて巻く。出来上がりを食べてみると、イランカの風味がよくわかる、フルーティーな甘さが際だっていた。

ジェノワーズの一種ビスキュイ・ヴィエノワは、共立て生地にさらにメレンゲを加え軽さとしっとりを両立。巻いてもひび割れないような生地を焼くのがポイント。

イランカ63%と産地ペルーをイメージしたパッケージ。

ビスキュイ・ヴィエノワの上に、アンビバージュ用シロップ、イランカのガナッシュ・アントルメ、さらにガナッシュ・モンテを重ねていく。

冷凍して4cm幅にカットしたものを割れないように慎重に巻いていく。

底にはクルスティヨン、仕上げはピストレとガナッシュ・モンテで。真ん中が空洞で確かにバウムクーヘンのよう!?



三品目は「LE FRAISIER ル・フレジエ」。

同じく型もセルクルも使わないアントルメの2つ目で、ル・サッシェール・アンルレと同じ手法。クラシックなフレジエをもとにルヌゥ氏のテーマ「ラシーヌにちなみ、年輪を表現した」そうだ。(やっぱりバウムクーヘンだ!)

ビスキュイ・ヴィエノワに重ねるのは、苺果汁入りアンビバージュ用シロップ、コンフィチュール・フレーズ・フランボワーズ、オパリス(ホワイトチョコレート)主体のガナッシュ・モンテ・アマンド・フルール・ド・オランジェ。
「フランボワーズを使うのは苺の酸味をひきたてるため。オレンジフラワーウォーターを入れるのは、苺の香りをひきたてるため。主役はあくまで苺なのです」
こういうのを‘できる足し算’というのか!

試食でいただいたル・フレジエからは、苺の香りがはっきりあがってきた。キュートなベリーの甘さ、雰囲気、そして形は違えど余韻はフレジエだ。

外周にするビスキュイ・ヴィエノワのバニラ生地は幅4.5cmにカット。中と段差を付けたらここにクルスティヨンをくっつけて逆さ仕込みに。

ナパージュをピストレし、苺を飾り仕上げる。均一な厚みのストライプ年輪が美しい。

クルスティヨンを付けた底が少し見える。


四品目は「LA BOURDALOUE ラ・ブルダルー」。

MOFコンクールにタルトはマスト。しかも火を入れたフルーツのタルトであることが課題だった。ラ・ブルダルーはフランスではとてもポピュラーな洋梨のタルトのこと。それをルヌゥ氏なりの考えで形作っていくのが見どころだ。

まずはタルトの形。
「タルトをみんなで食べるとき、いつも問題なのは均等に切り分けること。そっちはフルーツがたっぷりだけど、こっちは端っこだとか、公平にするのが難しい。だから、一人分を簡単にカットできる型を作ったのです」
そういって見せてくれたのが、くねくねした長いタルトリング。しかも、側面に小さな穴がたくさん開いている。これは、エコール・ヴァローナ 東京が日本の千代田金属と共同で一年ほどかけて開発した特別なリングの応用。職人がひとつひとつ開けた穴のおかげで、水分の逃げ場となり、焼いても浮かず、火通りも抜群なのだそう。タルトを逆さ仕込みするためのオリジナルのシリコン製型も併用し、ルヌゥ氏の理想のラ・ブルダルーを実現させていた。

タルトの逆さ仕込みを見るのは初めて。洋梨のタルトという馴染ある品名でも、技に新しさがなければコンクールでは光らないのか…、創作と知識と技、総合力を兼ね備えた者だけがMOFとなりうるのだろう。

洋梨型にサブレをフォンサージュしたらモワルー・P125・アマンドを絞り、予備焼成したシュトローゼル・アマンドを散りばめてから焼く。型から外しひっくり返し、洋梨形の凹みに洋梨のコンポートを流し、ガナッシュ・モンテ・イランカを絞るという組み立てだ。

シュトローゼルのもろもろサクサク食感と、イランカのフルーティーでソフトなカカオ感にほんのりポワールの香り。当初底がないタルトにしていたが、アドバイザーを務めたヤン・ブリス氏、クリストフ・ミシャラック氏の「タルトという名があるなら底が欲しい」という意見を組み入れ、シュトローゼルを加えたそうだ。

パータ・サブレ・アマンドをフォンサージュ。底面のくり抜いた部分に洋梨型シリコンを埋める。焼きあがって外すと、窪みができる仕組み。

モワルー・P125・アマンドを絞ってから焼く。「クレームダマンドを使うクラシックなタルトポワールはねちっとするので、モワルーでもっと柔らかい食感を出し、P125でカカオ感を出したかった」

焼きあがったタルトをひっくり返し、窪みにとろみのあるコンポテ・ポワールを絞る。

ガナッシュ・モンテ・イランカを絞り、出来上がったタルトはこれぞ職人の技の集結。

透明トレーの下からラ・ブルダルーを見ると、逆さ仕込みで底になったシュトルーゼル・アマンドの様子がわかる。


五品目は「LE BABA ル・ババ」。

クラシックなお菓子のひとつ、発酵菓子のババを、コンクールのテーマ「甘いピカソ」に沿って作り上げた作品。とがった三角が連なるオリジナルの型でピカソのキュビズムを表現したそうだ。シリコン型を置いて凹みを作るやり方は四品目と同じ逆さ仕込み。

「生地は必ず冷たいシロップに片面ずつ1時間半、じっくり時間をかけて浸します。もし、熱いシロップに浸したら、生地が急速にシロップを吸ってはち切れてしまいます」

それにせっかくのラムの香りが飛んでしまいそうだ。三角の凹みには、マーマレード・アナナス・ラム・ヴァニーユを置き、ふんわり泡立てたオパリスのガナッシュ・モンテ・ヴァニーユ・ラムを絞り、デコールを施して完成。

ラム酒、パイナップル、バニラ、ライムとそれを引き立てるレモンやユズの果汁使い。華やかなトロピカルフルーツカクテルの香りと酸味が、しっかりした食感のババから弾けた。パイナップルのしゃくしゃく感も印象的だ。

三角のシリコン型を底に配したオリジナルの型に沿って、パータ・ババを絞り出す。

焼きあがったババから型を外し、逆さにして凹みにパイナップルのマーマレード、ガナッシュ・モンテを絞って組み立てていく。

三角が不規則に連なり、動きを感じるデコレーションのル・ババ。



最後、六品目は「MERVEILLEUSEMENT メルヴェイユーズマン」。

フランス東北部リールという町の有名なお菓子メルヴェイユを、ルヌゥ氏風に作りこんだひと品。もとになったメルヴェイユは、メレンゲにクリームを挟み塗り、周囲をチョコレートコポーで覆って仕上げた素朴なお菓子。ルヌゥ氏のメルヴェイユーズマンは、半円形の凹みを持たせたメレンゲコックの中にプラリネとカシスのコンフィを詰め、その上にシャンティ・プラリネ、カシス&プラリネノワゼットのパート・ド・フリュイを交互に重ねて立体感を持たせたもの。

このメレンゲ、なんと半球型のシルパットをひとつずつ切り離して、その周りにメレンゲを絞りヘーゼルナッツを塗して焼いたもの。これで半円形のメレンゲカップができるわけだ。

カシスとプラリネノワゼットのコンビネーションは、塔のように重ねられたパート・ド・フリュイにも。「プラリネノワゼットのような油脂分の多い素材をパート・ド・フリュイにする場合は、ペクチンを多く配合し、最後にクエン酸でペクチンの働きを後押しすることが固めるポイント」

フルーツ以外の素材を使うことで、味に深みを増すパート・ド・フリュイ。プラリネのナッツ感、ボディがカシスの酸味と絶妙なバランス。
現在、エコールでもプラリネの研究が盛んにおこなわれているそうだ。

パート・ド・フリュイ、シャンティ・プラリネを交互に重ねていく。

メルヴェイユーズマンの姿も上から見ると年輪に!?



一日をかけての講習会はこれで終了。MOFコンクールの作品が、いかに総合的に考え抜かれたものかが、そのみなぎりが伝わってくるものであった。

「パティシエとしてのラシーヌ(根っこ)は、人を喜ばせる仕事をすること。夢だったMOFとなるために、最初の師匠、MOFコンクールアドバイザーのクリストフ・ミシャラク氏、ヴァローナの仲間の応援があってここまできました。今後はMOFパティシエとしての技術はもちろん、人としての人格、行動も見せなければいけません」

早くも次の来日講習会が期待されるMOFである。今度はルヌゥ氏の本当のクリエイティブを見てみたい。ここにいた誰もがそう思ったのではないだろうか。

ルヌゥ氏のビュッフェはテーマのラシーヌ。

ビュッフェを前にしたルヌゥ氏。

MOFコンクール、講習会で使った特注の型たち。道具といえば、ルヌゥ氏は片手で使える日本の粉ふるいをたいそう気に入っていた。

エコール・ヴァローナ 東京考案(千代田金属工業製作)の穴あきタルトリングを応用し、ヴァローナ社アトリエ・クレアシオンでオリジナル製作。絶妙な穴の大きさは機械ではできないそうだ。

講習会スタッフと記念撮影。ルヌゥ氏は日本人の製菓に対する思いを知れたこと、たくさんのインスピレーションを受けたことを喜びつつ、帰国されたそうだ。




ヴァローナ公式サイト
 http://www.valrhona.co.jp/






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