取材・文 佐々木 千恵美  


松屋銀座にあるベーカリー「BREAD STORY(ブレッドストーリー)」は、アンデルセンの展開する'日本の風土にあった、日本ならではのパンづくり'をコンセプトにしたブランド。国産小麦をはじめ国産素材を取り入れたこだわりのパンやサンドイッチ、スイーツがバラエティ豊かに並び、トングを持つ手を悩ませます。パンを焼く窯の前にはちょっとしたカウンター席があって、買ったパンやドリンクなどをいただくこともできるんですよ。

このスペースで、月に一回パンのワークショップが開催されているのをご存知ですか? 店頭に案内が掲げてあるのでご覧になった方もいると思いますが、テーマはずばり'国産小麦を楽しむ'で、月ごとに作るパンのテーマを掲げて食べ方の提案もしています。 デパートの中のワークショップとしては3時間と長めですが、少人数制で実際にパン生地に触ったり成形したりと本格的。経験豊富な職人さんが指導してくださるので心強そう…。しかも7月のテーマが'きたほなみ'で作るイタリア・トスカーナ地方の塩なしパン。普通ではあまり美味しくない塩なしパンをトスカーナの伝統としてとりあげるなんて! 企画した人は只物ではなかろう。マニアックなパン心がくすぐられ、スケジュールを確認するや申込んでしまいました。


今回作るパンと合わせるものが並べられたカウンター。すぐ奥がオーブンのある作業場。


受付を済ませエプロン、三角巾をつけ席に着くと先生の登場です。今回の実演実習指導は「2017年カリフォルニアくるみ製パン・製菓コンテスト」でグランプリを受賞した角田ベーカーが、座学と食べ方の提案は三浦シェフが担当。

発酵に時間を要するパンのワークショップでは、何はともあれ生地の成形から取りかかります。用意されていたのは一次発酵の終了した分割後の2種類の生地。トスカーナの塩なしパンというお題通り小麦粉と酵母、水のリーンな生地の塩なしと塩入りで、味だけでなく生地の状態も比較してみようという試みです


分割された生地。こちらは塩入り。


最初に塩入りの生地を成型。角田ベーカーがお手本を見せてくれるのでその後一人ずつ生地を整えて形にします。油脂も砂糖も入らないバゲットに似た生地は慣れないとちょっと扱いにくいけれど、粉をたっぷりつけて叩いてのばし、芯を作るようローフ状にたたんでいけばそれなりの形に。この日の参加者は慣れた手つきの経験者ばかり。次々ローフが出来上がっていきます。


パンの実習は海外経験も豊富な角田ベーカーが指導してくれた。

バゲットと同じ感じにたたんで成型。

各自ネームをつけてホイロへ。


お次は塩なし生地の成型です。塩入りよりのぺっとして見た目からちょっと違います。パン生地における塩の役割のひとつが引き締めだから、計量で塩を入れ忘れた生地はすぐわかるのだそう。しまりのない生地の成型はどうしたらいいのだろうと思うほどやりにくい! 塩なしの成型を後にしたのは、だれやすく発酵が進みやすいからと角田ベーカー。パン屋さんは焼き上がりから逆算して工程を組むのです。

塩なし生地をたたきのばし成形する参加者。手にくっつきやすい。


実習はこれだけではありません。塩入り生地を使った具入りのアレンジ実習を2種、デモで1種見せてくれました。
角田ベーカー考案の一つ目はダイス状にカットしたクロワッサン生地とクルミを生地で包んで麺棒で薄くのばしたガレット。二つ目はカマンベールチーズを包んでタバチェに成型。後者は想像できるけれど、前者はサクサクのクロワッサン生地と香ばしいくるみがどんな効果をもたらすのか楽しみ。もう一つ、実演してくれたのが旨みのある十勝産のとうもろこし、ゴールドラッシュとバターをぎっしり折り込んだ贅沢なコーンパン。これは美味しいに決まっています! いずれもお店では売っていない、ワークショップだからできる特別なレシピなのだそう。


クロワッサン生地とくるみを包餡してから薄くのばすと食感の面白いガレットに。

カマンベールを包んでクラシックなタバチェ(煙草入れ)の形に。

十勝産とうもろこしのゴールドラッシュコーンとバターを豪快に包んでいく。


そうこうしている間に最初に成型したプレーンなパン2種の発酵がいい感じに。見てみると塩なし生地のほうはやはり頼りない。クープを入れてもらいオーブンへ。スチームをかけて焼き上げます。

ここからは席に着き三浦シェフによるレクチャー。画像を見ながら、今回使った小麦粉の主要品種「きたほなみ」のこと、トスカーナの塩なしパン誕生の逸話や背景、食べ方などを紹介いただきました。

北海道のパン用小麦といえばハルユタカや春よ恋、キタノカオリが知られていますが、きたほなみはあまり耳にしません。うどんなどに用いる中力粉だからでしょうか。でもハード系のパンには最適。現在では秋まき小麦で作付面積90%を占める北海道の主用品種なのだそう。

きたほなみやトスカーナの塩なしパンについてわかりやすく紹介してくれた三浦シェフ。実際に行かれた北海道の畑のお話しなど、とても興味深かった。


普通に塩を入れ忘れたら味気ない塩なしパンですが、きたほなみの塩なしパンは小麦の甘みも感じられ、トスカーナ郷土料理のパン粥パッパアルポモドーロや、パンのサラダであるパンツァネッラはこのパンが活かされた美味しさ。時間が経って硬くなったパンを無駄なく使えるのもいいですね。味が濃いトスカーナ料理に塩なしパンが丁度よく寄り添います。そして新鮮な塩なしパンには鶏レバーの甘辛煮。日本の白いご飯が進むように、塩なしパンにのっければおかわり確実。食べ方次第でおいしく食べられることを実感しました。健康面でももっと注目したいですね。


塩なしパンを使ったパンツァネッラ(左)とショウガがきいた和風な鶏レバーの甘辛煮のせ(下)。国産スペルト小麦粒を炊いたイタリア風サラダ(右)も登場。

ゴールドラッシュのコーンをたっぷり入れた甘味弾けるパン。


試食の間に自分たちが成型したパンも焼きあがりました。塩なしと塩あり、焼き上がりを比べても違いはわかります。塩なしはやや横にひろがりクープもきれいに開きにくいのだそう。2種類を作ることでパンにおける塩の役割も勉強して試食、持ち帰りもたくさん。ヨーロッパの小麦に近いといわれるきたほなみの特性が、トスカーナの塩なしパンを作って食べて納得です。

焼き上がり2種。のっぺりクープの開きがもうひとつな左が塩なし。

でもうまく成型すれば塩なし(左)にもきれいなクープがでることも!

私の成形したカマンベール入りタバチェ(上)と表面の穴がユニークなガレット。

タバチェの断面。


ここ数年でパンに使える国産小麦が改良され、一般にも流通するようになった今だからこそ、日本のパンのこれからを考えたくなる。そんなきっかけ作りもいただいたワークショップでした。三浦シェフ、角田ベーカー、ブレッドストーリーのみなさん、ありがとうございました。


ワークショップ終了後、笑顔のみなさん。左から角田ベーカー、濱田店長、三浦シェフ。



BREAD STORY

東京都中央区銀座3-6-1 松屋銀座 地下1階
TEL:03-6867-1177
https://www.andersen.co.jp/breadstory/




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