Text by Chiemi Sasaki  


東京・神楽坂が‘プチ・パリ’‘小さなフランス’などと呼ばれるようになったのはいつ頃のことでしょうか。坂道と石畳の小道、地元密着の小さな商店と飲食店、学生街と住宅地に隣接した神楽坂に、フランス人が故郷を重ね集まるのは自然の流れなのでしょう。

20年前、ブルターニュ地方出身のベルトラン・ラーシェさんが、日本で初めてそば粉のクレープ'ガレット'の専門店を開いたのもここ神楽坂。今のように飲食店は決して多くはなかったけれど、どのお店もとびきりだったという当時、この町の空気感が気に入り、本物のクレープ店をやりたいと不動産を訪ねると、大家さんから歓迎され、夢は現実へと進んだのです。

1996年頃の日本といえば、クレープはおやつ、クリームやフルーツで食べる甘い食べものという考えが一般的。原宿あたりで若い女性たちが食べ歩くファッションのひとつといったイメージもありました。でもブルターニュではおやつではなく主食扱い、しかも粉は小麦粉ではなく、そば粉が主流。卵やベーコン、チーズや野菜、肉類、魚介などを具にします。丸くて平たい生地に具をのせて焼くあたりがお好み焼きにも通じるせいか、日本人にもすんなり受け入れられ、フランスのそば粉のクレープ‘ガレット’は、今や日本にすっかり定着した感じがありますね。

神楽坂であたたかく支持され、ベルトランさんのクレープリーも都内、日本全国へ、そして故郷フランスへとお店を広げていきました。そして節目となる20周年、一冊の本を出版されました。
それが「ブレッツカフェ ガレットとクレープのレシピ60品」〜2014年にフランス語版と英語版で出版された本の日本語版が、今年2月に登場したのです。

柴田書店から出版された日本語版「ブレッツカフェ ガレットとクレープのレシピ60品」

その出版記念パーティーが、先日ブレッツカフェ クレープリー表参道店で行われました。

ブレッツカフェ クレープリー表参道店がパーティーの会場。本は併設のレピスリーでも販売している


会場で手にとった本をパラリめくると、最初にあらわれたのは青空と大地の彼方に見えるモン・サン=ミッシェルの光景!

冒頭はブルターニュを感じる風景が数ページ続く



「ブルターニュの農家に生まれ、家庭料理で育った自分のパッションとこの地のカルチャーを伝えたい、紹介したいと思っていました」

全カラー181ページに込められた思いを、ベルトランさんはこう語ります。

「ガレット、クレープをとりまくブルターニュ特産の食材、例えばバター、塩バターキャラメル、シードルとりんご…それらがどんなものか、この本全体でブルターニュと私のお店を感じ取ってほしいと思います」

著者で株式会社 ル ブルターニュ代表取締役のLARCHER Bertrand ラーシェ ベルトラン氏


ガレットが息づく風景、素材、そして今にも手をのばしてしまいそうなガレットの写真も、ベルトランさんの言葉と阿吽の呼吸で、読み手をガレットの世界観へ誘います。

基本のガレット、クレープ生地の作り方とオリジナルレシピを、前菜からメインのそば粉のガレット、デザートクレープまで、片側にレシピ、片側に写真と見開き2ページで1作品。レシピの左下には、相性のよいシードルが紹介されており、そのコメントからガレット、クレープの味わいを連想するのも楽しい。それもブルターニュ産だけではなく、バスクなどフランス各地やドイツ、スイス、さらには日本産のシードルやポワレ(洋梨の発泡酒)まで幅広く選ばれています。



ブルターニュ地方の主な食材から〜シードルとりんごについてのページより

「私どもはシードルバーもやっており、ブルターニュのサンマロ店では60種類ほど、神楽坂店では20種類ほどのシードルを用意しています。日本のシードルも置いていますよ」

ワイン同様、シードルもその土地と作りが反映される地酒。飲み比べできれば、きっと味わいの違いに驚くでしょうね。

表参道店の店内壁に飾られたブルターニュの画家S.Darleyの作品。シードルを片手にポーズをとるケルト帽子の女性がかわいらしい


こんな風に、ベルトランさんのお話しに耳を傾けながら、レシピ本の中の代表的なガレットとクレープを数種類いただきました。

スモークサーモンのガレット、イクラ、フレッシュクリーム、ディル。塩気と酸味のあるクリームのコントラスト

ガレットロール・アペロ、アンドゥイユとマスタードバター。豚腸を主原料に腸詰されたアンドゥイユには、贅沢にもボルディエバターを使ったマスタードバターを添えて

キュレ・ナンテのガレット、ドライプルーン、ハチミツ酒、クルミ。ハチミツ酒に漬けたプルーンがチーズによく合う


スレートプレートに盛り付けられた一口サイズのガレットは見た目にもおしゃれで新しい。これらは‘ガレットロール・アペロ’‘アミューズガレット’‘ブレッツロール’といって、みんなでつまみながら楽しめるスペインのバルで供されるタパスからヒントを得たオリジナルスタイルだそう。本に掲載されているものは日本のブレッツカフェでは食べられないものもありますが、季節の素材を巻いたガレットロールは神楽坂のシードルバーで楽しめるそうですよ。お気に入りのシードル片手にあれこれつまんでみたいものです。

ガレットロール・アペロ、サーディンバターとレモン風味。バター漬けのサーディンはブルターニュ名物。それをピュレにして巻き、レモンゼストで爽やかに

ハム、チーズを巻きたたんだガレットにブルターニュのフラッグを立てて

ガレット・ブール・ボルディエのページより。
有塩バター、または海藻入り有塩バター、またはピマン・デスペレット入り有塩バター。3種類のボルディエバターとガレットの相性を楽しむシンプルにして贅沢な品。サンマロのボルディエはブレッツカフェの目と鼻の先。公私ともに良い仲なのだそう


デザートクレープを含め、何種類頂いたでしょうか? 一口サイズと言えお腹はパンパンです。レシピを見ると、一枚のガレットを焼くのに120g〜150gの生地を使っています。これはご飯軽く一杯分と大体同じ。見た目以上に満腹になるのはそういうことだったのですね。

ガレット・コンプレット、卵、ハム、チーズは、どこのクレープリーにもある古典的定番。黄金の組み合わせは、何度食べても飽きない

アミューズクレープ、チョコレートとジンジャー風味キャラメル。チョコレートムースを小麦粉のクレープで巻き、ジンジャー風味の塩バターキャラメルをトッピングしたコクのある一品

アミューズクレープ、抹茶風味のホワイトチョコレートムースとイチゴのページより。
カット面に顔を出すイチゴの赤と抹茶グリーンが鮮やかでほほえましい



焼きあがりの不規則な気泡と質感、香ばしさは格別。外側はさっくり、噛めばもっちりのガレット生地はそば粉100%。グルテンのないそば粉オンリーで生地をつなぐのは、けっこう大変なこと。この本には、材料、道具、環境…美味しいガレットを作るための、細心のコツが解説されています。また家庭での気軽な作り方も掲載されているので怯むことなく挑戦できそうですよ。

本を手にして。ラーシェ ベルトラン氏(右)とパーティーのガレット、クレープを担当したシェフ・ド・キュイジニエのマーク・ボナ―氏(左)



「そして今私はフランスでクレープ職人の国家資格を取得できる学校設立に向けて進んでいるのですよ」

ベルトランさんのガレットと伝統料理の継承へ向けた活動は止まりません。
この本とお話しとパーティーを通じてふと感じたこと。今までガレットはお好み焼きのような'もの'と考えていたけれど、ガレット・クレープリーはお蕎麦屋さん的な'存在'なのだと思えてきました。パリやフランス全土にクレープリーがあるように、どこの地域にもあって、いつでもほっとお腹を満たしてくれる蕎麦処。蕎麦という素材と文化がつないだ日本とフランス。ベルトランさんとブレッツカフェの20年間が作り上げた味わい深い1冊。じっくり眺めて、そして作ってみてください。


ドアノブの木靴、思わず撫でたくなるブレッツカフェ クレープリー表参道店の入り口


ブレッツカフェ
 http://www.le-bretagne.com/
本はオンラインショップからも購入できます。
 http://www.le-bretagne.com/shop/jp_shop_top.html





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