取材・文 佐々木 千恵美  


カカオバリーが主催するカカオコレクティブ。カカオの共同体といった意味をもつこの会は、カカオに関わる全ての人に向けて、原料であるカカオ豆とその生産者のことを全世界に発信し、カカオやチョコレートに関する知識やニュース、インスピレーションを共有し、シェフの独創性を高め、成功へのサポートをするためのもの。第5回目となる今回は、「フードペアリングの科学」をテーマに開催されました。

会場はレストラン・カシ―タ。大きなスクリーンを使って講演がすすめられました。


これまでの会場は大崎のチョコレートアカデミーセンター東京や、ザ・リッツカールトン大阪。いずれも少人数で行われましたが、今回は表参道のレストラン・カシータを会場に、約50名のシェフやプレスを迎えての開催となりました。

講演が始まる前に、新しいカカオバリー大使の発表がありました。小野林範シェフが新しい大使の仲間として、平井茂雄シェフから紹介され、技術者として、若い人達の夢を託されました。

平井茂雄シェフ 小野林範シェフ


第5回カカオコレクティブ「フードペアリングの科学」のプレゼンターは、海の向こうからお招きしたアロマの研究者フランソワ・シャルティエ氏と、カカオバリー大使として活躍中のアンドレス・ララシェフ。


フランソワ・シャルティエ (Francois Chartier)
カナダ出身。レシピ構成、ワインと食品の調和の分野における先駆的研究者の一人として国際的に認められている。世界的に有名なワイン評論家のロバート・M・パーカーJr からは「生粋の天才」、エルブリのフェラン・アドリアとジュリ・ソラーは「フレーバーにおける一流の専門家」と評す。分子の組み合せとソムリエの分野における最初の発見は、「Taste Buds and Molecules」として出版され、パリで開催された2010 グルマンワールドクックブックアワードで「世界で最も革新的な料理本」を受賞。
最近では、さらなる研究を本にした「L'Essentiel de Chartier」も、同賞を再び獲得している。

アンドレス・ララ (Andres Lara)
南米コロンビア生まれ。世界の50 ベスト・レストランで第1位(2014 年)に輝いたコペンハーゲンの「ノマ」やスペインの三ツ星レストラン「エル・ブジ」等、数々の素晴らしいレストランにて研鑽を積む。ラモン・モラートやパコ・トレブランカのもとで修行の後、ミシュランスターシェフ、ジェイソン・アサートンのもとでグループペイストリーシェフとして勤務。2013 年にカカオバリーのアンバサダーに任命される。
翌年には、カカオバリーのアジア・パシフィック地区テクニカルアドバイザーとして、日本を拠点にシェフ達にインスピレーションを与えた。2017 年から香港に住居を移し、世界各国で活躍の場を広げている。




テーマが「フードペアリングの科学」だけあって、前半は食材の香りを生かしたペアリングについて、シャルティエ氏が研究するアロマを科学的に解説、後半はそれに基づきペアリングを体験、そしてチョコレートを題材にしたララ氏創作のデザートを楽しむという構成。

これは香りの会を開催しているパナデリアにとっては見逃せないテーマ。始まる前から興奮しっぱなしでした。


今回のカカオコレクティブで配布された資料。

まずはシャルティエ氏によるペアリング科学の講演です。

ペアリング科学って馴染のない言葉ですよね。ざっくりいうと、これまでは人の経験則で積み上げてきたペアリングを、科学的分析をかけることで、同じ香り成分を持つ食材をピックアップし、組み合わせていくという手法です。これによって思いもつかないペアリングに挑戦することで、新たな味覚が生まれる可能性が広がっていきます。
人が美味しいと感じるのは、舌の上での5つの味覚と香り。甘いものに酸味でバランスをとるとか、脂には渋いものを合わせるとか、同じ類の物を組み合わせるなど、味覚の足し算、引き算はほぼ経験則でまかなわれてきました。でも、美味しさのプラスアルファとなる「香り」を深掘りすると、予想外の組み合わせを発見できる可能性があるということ。

例えば私の個人的体験なのですが、熟した赤いラズベリーからは、海苔のつくだ煮や緑茶の香りがするのです。これはラズベリー狩りをしたときに面白いくらい匂ったので強烈に記憶されました。その場にいなければ、ただ冗談のように思われるでしょうし、想像もつかないでしょう。それにラズベリーに海苔を合わせてみようなんて誰も思わないでしょう!?

でも、それを実践された方がいるのです。かつて予約の取れない世界一のレストランとして美食家たちを唸らせた「エルブリ」のカリスマ、フェラン・アドリアシェフです。実はこの創作、2007年〜2010年までエルブリのコンサルタントをしていたシャルティエ氏のサポートがあって生まれたのだとか。2009年の一皿となったそれは手巻き寿司のような形の「手巻き海苔、ラズベリー、バイオレット、醤油」。共通のアロマ分子がある食材の中から、この4つを選び組み立てていったそうです。ああ、食べてみたかった!

「エルブリ」の「手巻き海苔、ラズベリー、バイオレット、醤油」


話しの順番が前後してしまいました。
ソムリエの仕事をしていたシャルティエ氏が、この分野を切り開いたのは2004年。それまでの30年間はソムリエには科学は関係ないと思っていたそうです。事実2000年代前半まで、フードとのマッチング本はたくさん出ていたけれど、科学的理論でアロマと食材を合わせるものはありませんでした。
ところが2004年、ドライフィグ、フィノシェリー、それぞれのアロマのDNAにある優位なアロマ分子に共通するソレロンが存在することがわかり、ふたつを合わせてみると見事にマッチング。それまでドライフィグにはブラウンシュガーのような甘いものを合わせるのが定石で、フィノシェリーなどの辛口ワインは合わせなかったので大発見でした。アロマの相乗効果によって味覚の数式が1+1=3になる、組み合わせで無限になるのではと考えました。
ドライフィグの発見の後、シャルティエ氏はこれが自分のやるべきことだと決めたそうです。

ペアリング科学の講演では、フランソワ・シャルティエ氏自身のこれまでの道のりも具体的に解説された。

ある日新聞に掲載されていたこの言葉がもうひとつの動機付けになったという。「工程が製品を生み出す。その工程を変えなければ、結果はいつも同じだ。」フランコ・ドラゴン/シルクドソレイユ監督。


さらにもうひとつ例をあげられました。
 フェヌグリーク、
 醤油、
 カレー、
 メープルシロップ、
 シャトーシャロン(サヴァニャン種のワインのひとつ)
 ある日本酒の古酒、
 ダークチョコレート、
 ある種のワイン、
 ダークビール、
 トカイワイン、
 ソーテルヌ、
 ウーロン茶、
 メキシコのウイトラコチェ(トウモロコシに生える黒いキノコ)
…etc.

これらの食材には優位なアロマ分子ソトロンがいます。
だから例えばカレー、メープルシロップ、しょうゆを掛け合わせた一皿も可能性があるということ。

アロマ分子ソトロンSotolonを持つ食材たち。


このとき私はハッとしました。東京でサロン・デュ・ショコラが始まって間もない頃(2005年頃か…?)、フランスのショコラティエ・イルサンジェが、ソトロンというネーミングのボンボンを紹介していたのです。それはイルサンジェの地元アルボア名産のサヴァニャン種のワインに合わせるために作られた、カレー風味のショコラ。まさに上の食材の中での組み合わせではないですか!

シャルティエ氏は言います。
「味覚の国境の終わりがきました。アロマの調和のシナジーにより、味覚と料理創作の国境は時代遅れ。フードペアリングは自由で無限です。」

同じ土地のものは相性がよい、という経験則もあります。でも、アロマ分子のチャートには、国境はありません。カレーのスパイスとフランスのワイン、ラズベリーと海苔など、元は別の国の食文化なのですから。


そして肝心のチョコレートに関しては600の分子を持つけれど、そのうち優位なのは7つのファミリーだと言います。
ピラジン、フラン、アルデヒド、ケトン、エステル類、ピロール、オキサゾール…。
オーク樽のワイン、メープルシロップと同じアロマプロファイルを持ち、ロースト時に生成されるメイラード反応につながるとも話されました。

会は後半のワークショップに移りました。
チョコレートは意外と合う範囲が広いとは思っていますが果たして!? カカオの種類別に、実践でいろいろ試してみることに。

用意されたのはダークのアルトエルソル(65%)、ハイチ(65%)、ミルクのアルンガ(41%)、ホワイトのゼフィール(34%)の4種類。

それぞれのチョコレートのビュッフェテーブルには、ハーブ、スパイス、ナッツ、フルーツ、ワイン、ビール、リキュールなど様々な食材が並び、少しずつ口の中に入れてはアロマのペアリングを体感。同じテーブルに集まった人との会話も弾みます。個人的に面白かったのはアルンガと味噌、白樺シロップ、アルトエルソルとバラ科系のフルーツ、ゼフィールとコンテチーズ、ホワイトビール、ヴェルモットなどでした。これだけを一度に体験できるのは貴重。頭で想像できても、実際に感じてみるまでは語れませんからね。

ゼフィールのペアリングビュッフェには、コリアンダーの種、ケシの種、抹茶、ピーカンナッツ、オレンジなどが並ぶ。

アルトエルソルでは、ある種の赤ワイン、ピスタチオ、ブラックオリーブなど…。

各自それぞれを少しずつチョコレートと交互に口に運んで。

シェフたちもシャルティエ氏の話に熱心に耳を傾けながらペアリングを試す。


そして一番のお楽しみ。アンドレス・ララシェフによるインスピレーションを刺激するデザートの試食とワインのペアリングです。

デセールを組み立てていくアンドレス・ララシェフ。

1皿目はChocolate Banana Nougat Glace。ウイスキーシロップを浸したババ、カラマンシーのジュレ、ナツメグとダークラムで風味付けたキャラメライズドバナナ、ヘーゼルナッツクリーム、アルトエルソル65%チョコレートとのヌガーグラッセ、スモークアーモンドアイスクリーム

ウイスキーのスモーク香、ヒッコリーでスモークしたアーモンドの香ばしさ、ヘーゼルナッツのなめらかさ、キャラメライズされたバナナがメイラード反応の香りでつながります。そこに柑橘とコリアンダーの爽やかさがさし、トップノートからラストノートまできれいなグラデーションを描く一皿となっていました。

Chocolate Banana Nougat Glace

「ヌガーグラッセが冷たいので、少し待ってから赤ワインを口に含んでください。」とのアドヴァイス通り試すと、辛口の赤ワインが不思議なほど美味しくマッチ。このワインはスペイン・リベラ・デル・ドゥエロで2015年に生産されたもの。ビーツ、魚、イチゴなど、合う食材をラベルに描いているのもユニーク。シャルティエ氏は2011年からアロマ科学に基づいてこのようなワイン造りをスタートさせたそうです。

ラベルデザインで合わせるものがわかるシャルティエ氏のワイン。今回デザートに合わせた赤ワインはリベラ・デル・ドゥエロ。テンプラニーリョ100%で、肉や魚のグリルの他、ダークチョコレートやベリーにも合う。


2皿目のRaspberry Alto El Sol Tartは、柑橘のゼストを混ぜたショートブレッド生地のタルトにヘーゼルナッツクリーム、アルトエルソルを使ったラズベリークリーム、スマック(赤紫色をした酸味のあるスパイス)をアクセントにしたラズベリージャム、フレッシュラズベリー、マルドン塩、タイム、レモンゼスト。

サクサクのタルト、料理と同じようなアプローチでマルドン塩やスパイスを施したラズベリーに、ベリー系香るチョコレートが一体化し、赤ワインがすすみます。

Raspberry Alto El Sol Tart

2つともチョコレートがテーマだけれど、強く前面に出るわけではなく、組み合わせる素材の持ち味をひきたてていたのが印象的。これが味覚の数式:1+1=3、そして味覚の国境の終わりなのでしょうか。



六角形の栞にはカカオバリーのチョコレート種類別に、アロマ分子のペアリングファミリーがデザインされている。これを見れば、どんな食材と相性がいいのか参考になる。


講演から試食まで、濃厚すぎて2時間半があっという間。会は集合写真撮影で終了。お土産として、カカオコレクティブ東京のボンボンコレクションボックスをいただきました。アンドレス・ララシェフ、平井茂雄シェフ、小野林範シェフによる、今回のテーマに沿った創作の6粒。ビュッフェで体感した食材の中から各シェフが選んだ食材のペアリング。開けてみると、ラズベリーと海苔がタンザアニア75%のダークとボンボンになっているではありませんか! いやいや、最後までサプライズが止まらないカカオコレクティブ。次回開催が楽しみでなりません。


カカオコレクティブ東京のボンボンコレクションボックス
アンドレス・ララシェフ
 By the Sea(タンザニア75%×ラズベリー、海苔)
 Montreal Fume(アルンガ41%×メープルシロップ、醤油)
平井茂雄シェフ
 Pomanda(ハイチ65%×クローブ)
 Odorant(エクセランス55%×マンゴー、黒ゴマ)
小野林範シェフ
 Parfum(アルトエルソル65%×ブラックオリーブ、エスプレッソコーヒー、
 マンダリンゼスト)
 BP(ゼフィール34%×オリーブオイル、バジル、パッションフルーツ)



カカオバリー ブランドサイト
  http://www.cacao-barry.com/ja-JP/home
バリーカレボージャパン株式会社 チョコレートアカデミーセンター東京
  http://www.chocolate-academy.com/jp/jp/
CACAO BARRY WORLD CHOCOLATE MASTERS (英語)
  http://www.worldchocolatemasters.com/
フランソワ・シャルティエ(Francois Chartier)氏のサイト
  http://www.francoischartier.ca/




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