取材・文 佐々木 千恵美  


カカオの知識を深めることによって、チョコレートを知る。インスピレーションを開放する。
カカオの共同体といった意味をもつ「カカオコレクティブ」は、カカオバリーが展開するカカオに関わる全ての人に向けた活動です。
Webサイトでは実際のカカオ生産現場のドキュメンタリーやトップシェフのレシピ公開、またインスピレーションを感じるためのイベント開催など、様々な地域での活動が繰り広げられています。

日本でのイベントは大崎のチョコレートアカデミーにおいて2015年にスタートし今回で6回目。昨年11月14日に天王洲アイル駅近くのスタイリッシュな会場、T-Art Hall (寺田倉庫)で行われました。

前回の専門家による「フードペアリングの科学」レクチャーとワークショップから一転、今回のテーマは、カカオバリーが提案するトレンド予測 〜 Consumer Trends in Chocolate 〜。

大きなスクリーンに映し出されるカカオコレクティブのプレゼンテーション。


案内にはこんな文章が添えられていました。

「カカオバリーのマーケティングが世界中のシェフ達およびコンサルティング会社と協力して分析し、8つの消費者トレンドを見出しました。今回はチョコレート界をリードするシェフ3名と、日本の市場に合った3つのトレンドを抜粋し、レシピで答えを表現します。皆さんならどんなレシピにするのか、是非考えながら参加してみてください。」

3名のシェフとは、チョコレート界の巨匠であり「カカオバリー」の革新者ラモン・モラート氏と、世界レベルの日本人ショコラティエ、小野林範氏と山内大輔氏。


RAMON MORATO(ラモン・モラート)
グローバルクリエイティブイノベーションリーダー、カカオバリーシェフ
バルセロナ出身。97年MMAPEペイストリー部門で優勝し、スペインのペイストリー界のトップとして認められる。初著書「ラモン モラート チョコレート」は、世界一のチョコレート関連本として2007年にグルマン世界料理本賞を受賞。現在はカカオバリーブランドのクリエイティブディレクターを務めている。

小野林 範(おのばやし ひさし)
クラブハリエ 八日市の杜 近江八幡工場チョコ・リーフ工場 セクターシェフ
2017年4月より、カカオバリー大使に就任。
「ワールドチョコレートマスターズ2015」世界大会準優勝、と「WPTC2012」チームJAPAN優勝等、チョコレートに関する数々の素晴らしい経歴を持っている。

山内 大輔(やまのうち だいすけ)
MOFショコラティエである「パトリック・ロジェ」にてアートディレクター、スーシェフを歴任し、ロジェ氏の右腕として活躍。帰国後は、国内外のショコラティエに向けた講習会を行うほか、チョコレートの更なる研究に力を入れている。



ファッションと同じく、チョコレートもトレンドはある部分仕掛けられているわけで、それに焦点をあてた商品開発は誰もが気になるところ。マーケティングの視点から見えてきた消費者トレンドに、3名のシェフはどのようなチョコレートレシピを用意してきたのでしょうか?


まずはバリーカレボージャパンによる「消費者トレンド」をテーマにしたプレゼンテーションが行われ、グルメセールスダイレクターの押切一浩氏のこんなあいさつからスタートしました。

「今は消費者の好みが多様化し、トレンドがわかりにくくなっている。ものすごいスピードで変化し、物が溢れ、新しいものに出会う機会は少ない。そんな時だからこそ、トレンドは我々が作っていこうではないか。ただ斬新なだけでなく、社会が変わっていく中で、日常の小さなもの、ちょっと尖ったものを作っていこう、そんな考えです。」

続いてラモン・モラート氏の解説によって、カカオバリー提案の8つのトレンド予測が紹介されました。

スクリーンに合わせトレンド予測について解説するラモン・モラート氏。試みたのはシェフが伝統的なアプリケーションに様々なツールを使いアプリケーションの再構築をするという流れ。

1: Unpolished Luxury 華やかさや光沢感は控えめだけど、特別なもの
2: Mood Food 色や食感で気分を変えられる
3: Genuine Origin オリジンを感じるピュアなもの
4: Personalized Nutrition 自分に必要な栄養が得られるもの
5: Resourceful Living 未来を考え、資源を配慮して作られたもの
6: Instant Luxury 場所や時間にとらわれず手間なく贅沢感を得られる
7: Craftific クラフトマンシップ(職人)とScience(科学)が融合したもの
8: Healthy Indulgence 無理なく楽しみながら健康的になれるもの


それぞれに「消費者インサイトと展望」、「消費者の期待」が説明され、言葉ではカバーできない「イメージカラー」、「フレーバー」、「テクスチャー」の雰囲気を映像やデザインで提示。シェフの「インスピレーション」へとつなげていきます。
そしてエージェントと組んで課題を与えられたシェフたちによる、8つのトレンドに沿った作品が紹介されました。

6のInstant Luxuryではモンブランがドラジェに。


具体的に8のHealthy Indulgenceを例に取り上げると、
罪悪感なく食べられる美味しい物を求めているという「消費者インサイトと展望」と、魅力的で健康的なもの、セイボリーとスウィートの組合せ、甘すぎず軽めのテイスト、軽い食感という「消費者の期待」を踏まえ、ラモン氏は赤いフルーツのマカロンにグリーンを添えたパティスリーを考案しました。レッドフルーツクリームには過度のバター、砂糖、卵を加えず、極力レッドフルーツだけを使用し、プレゼンテーションには幾何学的デザインのシリコンモールドを採用しています。


8のHealthy Indulgenceを例にしたラモン氏の作品プレゼンテーション


こんな風にトレンドのイメージを形にしていく。創立175周年を迎えたカカオバリーが2017年、リヨンで開催された国際外食産業見本市SIRHAにて、こちらの興味深い試みを発表されたそうです。

そこでこの日の後半は2020年のトレンド予測として6、7、8をピックアップ。小野林氏、山内氏、ラモン氏のクリエーションを、解説を聞きながら試食する「トレンド予測に基づいたお菓子の提案」という流れに。
椅子席から隣のデモンストレーション会場へ移動し、小野林氏から順番に創作のプレゼンを行いました。


課題は6のInstant Luxury。場所や時間にとらわれず手間なく贅沢感を得られるものということで、日本でそのヒントとなりそうなものを探しにコンビニの棚を見て回ったという小野林氏。簡単に持ち運びできてすぐに食べられる手軽さ、パッケージなどをチェックし、これだと思うものを見つけたそうです。ただし実際製作する側の働き方(労働)問題も踏まえ、よりスピーティーできれいに作れなければ意味がない。そこで思い切ってオリジナルの型を作ることに。創作から製造、販売へ。商品開発はトータルで考えるべきという姿勢はさすがです。
完成した作品は‘パレ・キャラメル・バニーユ’。甘さを抑えたパータサブレにキャラメルバニーユ、そのトップをチョコレート(ミ・アメール58%、オコア、カカオバター)で覆ってあり食べるとサクサク。サブレに焼きこまれたカカオニブがコリコリ。キャラメルがとろりと舌にのり、さらにチョコレートの風味が重なります。コンビニでヒントを得たというだけあり、どこかで食べたことのある親しみやすさが好感。ついもう一枚と手に取ってしまいそうです。


Instant Luxuryを表現するためにオリジナルの型を作成したという小野林氏。

‘パレ・キャラメル・バニーユ’赤く着色したピストレショコラで表面を鮮やかな光沢に。中からはキャラメルがとろり。

もうひとつお土産用のボンボンショコラは、‘シャンパンルージュ’。ラグジュアリー感のあるロゼシャンパンのジュレをミルクガナッシュと2層にし、赤いハート型に仕立てた一粒は、いつでも持ち運びできる贅沢感に浸れます。


‘シャンパンルージュ’。赤い花がプリントされたボトムにも心弾む。


山内氏は7のCraftific。クラフトマンシップ(職人)とScience(科学)が融合したものが課題。フランスではいつも2日間かけて室温でエージングするガナッシュを、帰国してみると蒸し暑い日本ではすぐに冷蔵庫に入れている。このプロセスの違いはカカオの結晶化に違いをもたらすのでは? そこでガナッシュを作ってすぐに冷凍してしまうことを思いついたそうです。どんなことが起こるかというと、テンパリングをとらない(X型結晶していない)状態となり、ゆるいままでなめらか、香りがよりたつのだそう。

そうして作ったボンボンショコラは球体の3種。いずれもチョコレートはアルトエルソル65%を使用。味を邪魔しないチョコレートなので繊細なフレーバーが作れると思ったそうです。洋梨のパートダマンドと洋梨のガナッシュ、トリュフのガナッシュを詰めた'ポワール'、トリュフのガナッシュ、プラリネノワゼットを詰めた'トリュフ'、プラリネノワゼットとガナッシュコアントローを詰めた'ノワゼット'。白ワインを飲んだ時の香りの変化が好きという山内氏、いずれのショコラにもリキュールを添加し、香りの余韻を長く楽しめる形に。特に最初のポワールは、繊細な食感で最後にふっとトリュフ香が鼻から抜けたのが印象的。2つめのトリュフはダイレクトにトリュフ香があらわれたのとは対照的です。

クラフトマンシップ(職人)とScience(科学)が融合したものCraftificを表現した山内氏。

左から‘ノワゼット’‘トリュフ’‘ポワール’。ガラス玉のような球体は食べ手の想像を掻き立てる。


お土産用は‘オレンジアメールガナッシュ’。中心にノワゼットが入り、ナッティでビターな味わい。山内氏の説明通り、時間の経過により会場で試食したボンボンとはまた違ったテクスチャーが楽しめました。

最後にラモン氏。課題は8のHealthy Indulgence。 無理なく楽しみながら健康的になれるものとして、メインにした素材はオリーブオイル。それと油脂をリフレッシュするパッションフルーツとゆず果汁、ホワイトチョコレートのゼフィール34%。聞けばこの組み合わせ、前回のカカオコレクティブで登場したアロマ分子の研究者フランソワ・シャルティエ氏と一緒に作ったそうです。

ラモン氏はバルセロナ生まれだけに、オリーブオイルにはこだわりがあるよう。2層の上部フィリングとしてカタルーニャのアルベキーナ種エキストラヴァージンオイルをチョイスし、隠し味にドライバジルパウダーをブレンド。南国フルーツを思わせる彩りの一粒を頬張ると、パリンと割れたとたんに瑞々しいオリーブオイルの風味が弾けます。同時に黄色い果汁の酸味とバジルが身体中に伝わり、いきいきとした気持ちになりました。

ラモン氏はHealthy Indulgence。 無理なく楽しみながら健康的になれるものをスペインのエキストラヴァージンオリーブオイルで表現。



お土産用はこの‘ホワイトチョコレート&パッションフルーツ オリーブオイル バジル’と、Instant Luxury の‘焼きもろこしプラリネ’、Craftificとして考案した‘ラプサンスーチョンティーとウイスキーボンボン’の3粒。いずれも外観は中身を表現しているそう。御影石のような艶とテクスチャーが、何か言いたそうで衝撃的。焼きとうもろこしはスペインの人気スナック。それを持ち運びできる形にした一粒は、オコア70%のダークチョコレートガナッシュで揚げとうもろこしと塩、ヘーゼルナッツプラリネを包んだもの。塩味のきいたクランキーさが癖になります。一方スモーキーなお茶ラプサンスーチョンと、同じくスモーキーなニュアンスのあるウイスキーのガナッシュを2層に重ね、シリアルクランチで食感のリズムをつけたCraftificの一粒は、煙の中に包まれた謎を探し当てるような大人の探検が楽しめます。

ラモン氏の作品3品。右上のイエローがかったものが‘ホワイトチョコレート&パッションフルーツ オリーブオイル バジル’中のグリーンがすがすがしい。真ん中はInstant Luxuryを表現した‘焼きもろこしプラリネ’、左はCraftificの‘ラプサンスーチョンティーとウイスキーボンボン’。


 デモンストレーションの後は懇親会、そしてクロージングに。各方面から集まったショコラティエ、パティシエ、プレス等が交流を図ったのでした。今回のトレンド予測についてはどんな印象だったのでしょうか。
製作者の話しを聞きながら情報も味わっているので、店頭で予備知識なしに見るのとは違うかもしれないけれど、私自身感じるのはショコラも'物'から'事'へと移り変わっているのではないかということ。今回のトレンド予測からクリエーションされたショコラも、単にある物(素材)を主役としたフレーバーというより、ちょっとリッチにとか、好きな食べ物がいつでも手間なくとか、健康的になれるといったことから使う素材やプロセスを選ぶ、'事'ありきの作品。昨今増え続けるビーントゥーバ―にしても、事がショコラとつながりやすく、人々の気持ちに入っていきやすいからではないでしょうか。事の詰まった小さな一粒にこれからも胸膨らませ感動したい。一人の消費者として、小さな一粒の中に様々なインスピレーションを受けた一日でした。

カカオバリーの原産国別オリジンシリーズ、農園限定のプランテーションシリーズなども試食紹介された。

カカオコレクティブ東京のお土産用ボンボンコレクションボックス。今回登場の3シェフによる5粒とローストカカオ豆の詰め合わせ。それぞれに作り手の個性も感じられ華やか。

デモンストレーション後の3シェフ記念撮影。



カカオバリー ブランドサイト
  http://www.cacao-barry.com/ja-JP/home

バリーカレボージャパン株式会社 チョコレートアカデミーセンター東京
  http://www.chocolate-academy.com/jp/jp/




Panaderia TOPへ戻る