世界各国から集まったトップレベルのパティシエたちが競い合うクープ・ド・モンド。今年1月に第9回目の大会がフランスのリヨンで行われ、前回に引き続いてフランスチームが総合優勝を飾りました。今回の報告では、その優勝したフランス代表チームが日本で行った講習会のようすをレポートします!


主催はヴァローナ・ジャポン。大会創設者であるヴァローナ本社の協力のもとに講習会が開催されることとなりました。講師として招待されたのは優勝したフランス代表チーム3名のうち2名。1名はキャプテンで飴細工とアントルメ・ショコラを担当したクリストフ・ミシャラク氏。現在パリのホテル「プラザ・アテネ」のシェフパティシエとして活躍、31歳という若さで高級ホテルの製菓部門を任されている実力派です。そしてもう1名はチョコレート細工とアシェット・デセールを担当したフィリップ・リゴロ氏。ヴァランスの2つ星レストラン「PIC」のシェフパティシエとしてレストランにおけるデザート製作を行っています。
今回の講習会は、優勝者である2人に大会で製作したものをそのまま実演してもらおうという、非常に貴重な講習会なのです。優勝選手たちのテクニックを間近に見られる絶好の機会とあって参加者一同、胸が高まります。


飴のピエス製作中のミシャラク氏。
バーナーで飴の先端を溶かして接着。傍らには扇風機が
チョコレートのピエス製作中のリゴロ氏。
チョコレートで作った大きな羽の基礎部分に小さな羽根を接着していきます
真剣に作業を見守る参加者たち


講習会当日の6月10日。この日、関東では梅雨入り宣言が出されあいにくの雨模様。それでも会場となった服部栄養専門学校には120名もの参加者が集まり、熱気に包まれました。参加者は未来の日本代表を夢見る若いパティシエたちから、製菓業界をリードしているベテランの方たちまでさまざま。クープ・ド・モンド本選で審査員を務めたオークウッドの横田シェフや、パティスリー・タダシヤナギの柳シェフ、そしてあの五十嵐シェフなど、パナデリアがお世話になっている方々もたくさんいらしていて、この講習会が注目を集めているようすがうかがえます。


ミシャラク氏のアシスタントとして活躍したエーグルドゥースの寺井シェフ マイクを握るのは第1回クープ・ド・モンドに出場した帝国ホテルの望月シェフ。左隣には五十嵐シェフの姿も


午前9時半に製作を開始し、終了時間の午後6時までおよそ9時間もかけて作業が行われます。司会者の進行のもとに着々と進められ、時間内にミシャラク氏が飴のピエスとアントルメショコラを、リゴロ氏がチョコレートのピエスとアシェット・デセール、そしてアントルメ・グラッセを完成させなければなりません。


接着部分にエアーダスターを噴きつけ、
強力エアーで乾かします
チョコレートに熱風を当てて
テンパリング(温度調節)


ここでクープ・ド・モンドについて簡単に説明しておきましょう。
(詳細についてはこちらをご覧ください→ http://www.panaderia.co.jp/event_report/coupe2005special/index.htm

1.チームワーク
一般的なコンクールは個人戦が主流になっていますが、クープ・ド・モンドは3人一組のチーム戦。そのため、普段の業務と同様にチームワークのよさが重要なポイントになります。

2.課題の多さ
1チームで仕上げる課題は6作品にも及びます。
・チョコレートのピエス
・飴のピエス
・氷菓(3人目の選手、フレデリック・デヴィル氏が製作。講習会では省略しました)
・アントルメ・グラッセ
・アントルメ・ショコラ
・アシェット・デセール

3.パフォーマンス性
選手が審査会場に完成した作品を持ち込む方法がとられる通常のコンクールに対して、クープ・ド・モンドでは会場で制限時間内に全作品を完成させなければなりません。自然と選手たちの緊張感は高まります。

4.審査について
審査で最も重要視されるのが味です。何よりもまずおいしいことが大前提。そのため、アントルメやデセールなどが高いウエイトを占めています。また、提出する作品だけではなく、作業性や衛生面、そして最後の片付けに至るまで全てが審査の対象となります。つまり、普段のパティシエとしての仕事振りが評価されるといえるでしょう。


色付けしたチョコレートの入ったピストレを
吹き付けて羽を着色


手際よく確実に作業を進める選手たち。全てのパーツを作り終えると、いよいよピエスの組み立て(モンタージュ)が始まりました。


着色された羽部分。
鮮やかで華やかな仕上がりに
飴のピエスの根本部分には
キノコがたくさん


その表情は真剣そのもの。実はこの組み立てが最も神経を使う作業なのです。審査員が見ている前で限られた時間内に作品を完成させなければならないため、選手たちの緊張度はかなりのもの。実際のコンクールではモンタージュの段階で作成したパーツを落としてしまったりという選手も出てきます。しかし壊してしまったらせっかくの苦労も水の泡。そのため集中力を持続させるかがとても大切なのです。


チョコレートでできた髪の毛。
これを1本1本接着していきます
髪の毛を接着。
根気と集中力のいる作業です


ちなみにリーダーのミシャラク氏は恐るべき集中力の持ち主だそうです。なにか秘訣はあるのでしょうか。

「準備期間の1年間はスポーツ選手並みの生活を送っていました。食事制限や運動を毎日行うことはもちろん、無駄のない動きができるように訓練したり、さらに心理的な準備も欠かせません。そうして心身ともにコンクールに向けた生活スタイルを保ち続けました」

やはり並々ならぬ努力の賜物なんですね。瞬きする瞬間も惜しんで作業しているようすを見ていると、まるでスポーツ観戦をしているような気分に。こちらまでテンションが高まってきます。

梅雨入りしたこの日、2人の選手を非常に悩ませる出来事がありました。それは湿度の高さ。特に飴にとって湿度は大敵。そのためなかなか思うようにモンタージュすることができません。湿度の低いフランスでは考えられない事態に、両者ともかなり苦戦しているようす。通常よりもモンタージュの作業に多く時間がかかってしまいましたが、無事に2つのピエスが完成しました。


アントルメショコラに乗せる飴のデコレーション。
湿度が高いので作業は難航

会場裏で参加者120名分のデセールを用意するスタッフ


終了時間も差し迫ってきた頃いよいよ講習会はクライマックスを迎え、アントルメ・グラッセ、アントルメ・ショコラ、アシェット・デセールの仕上げに入りました。実際のクープ・ド・モンドではこの3作品に関して、参加各国の審査員が試食の上で採点する方法がとられています。この時に重要なのは審査員に絶妙のタイミングで提供することができるかということ。例えばデセールなら一度に何皿も仕上げなければなりません。デセールを製作したリゴロ氏は、手早く仕上げ作業を行えるように、それぞれのパーツを組み立てしやすくセッティングしておくことを心がけていたそうです。こうした段取りが普段の仕事をこなしていく上でも大切になるのでしょう。


講習会終了後、パナデリア会報誌を前に
笑顔を見せるミシャラク氏(左)
とリゴロ氏(右)
デセールを試食する
オークウッドの横田シェフ(左)
とパティスリータダシヤナギの柳シェフ(右)


無事に全ての作業を終えると会場は温かい大きな拍手に包まれました。2人の選手からも笑みがこぼれ、一気に緊張が和らいだようです。本当にお疲れ様でした!

講習会終了後は、若いパティシエたちが間近で作品に見入っていたり、2人の選手に熱心に質問している姿がとても印象的に残りました。彼等の中から未来の日本代表が生まれることを期待しましょう!




今回の講習会では以下の5作品が披露されました。

テーマ:ギリシャ神話

クープ・ド・モンドでは作品のテーマを各チームで自由に決めることができます。今大会のフランスチームのテーマは「ギリシャ神話」。テーマの一貫性にこだわり、まとまりのある作品を作り上げました。



1.クリストスフ・ミシャラク氏   ドリアード〜花と樹木の女神〜

◇飴のピエス・・・野生の木々から生まれた果実や木の実とアントルメショコラとの調和をピエスで表現。あえて正面を作らず、どの角度から見ても表裏がないように組み立ててあります。花には繊細な雌しべをたくさんつけることでエレガントさを出したかったとのこと。この日は湿度が高くて形を保つことが難しいため、花の数も雌しべの本数も本選のときより減らして作成していました。
◇アントルメショコラ・・・ヴァローナ「グアナラ」のムースとクリーム、そしてピーカンナッツとの絶妙な融合。マンダリンオレンジのマーマレードがこれらの味を引き立てます。ミシャラク氏によるとこのアントルメの適温は13℃。審査員に適温で味わってもらうことを念頭に置きながら、生地を解凍する時間などを逆算していったそうです。




2.フィリップ・リゴロ氏   オレアード〜山と空の精〜

◇チョコレートのピエス・・・女性らしい曲線美が美しいピエス。オレンジのグラデーションをつけた羽は、薄いパーツを少しずつずらしながら接着していくことで空気感や軽さを出しています。カールさせた髪の毛の部分も、もちろんチョコレート。1本1本を丁寧に貼り付けていくためとても手間がかかっているのです。


◇アシェット・デセール・・・空に浮かぶようなイメージをデザートで表現しました。フランボワーズとキルシュ、チョコレート、3つの味の組み合わせ。更にアイス、チョコレートプレート、シャンティイ、飴などを重ねることで様々な食感と温度のコントラストを楽しめるように工夫されています。本選での試食経験がある横田シェフに聞いてみました。「フランボワーズのコンフィをつめた薄いストロー状の飴が上に乗っているのですが、フランスで食べたときにはこの飴がフォークを入れると簡単に割れてしまうほど繊細で驚きました。」




ナイアード〜水の精(本選ではフレデリック・デヴィル氏が作成)

◇アントルメ・グラッセ・・・今回は作成されませんでしたが、氷彫刻は水の精ナイアードをイメージ。そしてアントルメ・グラッセのテーマはギリシャ神話のポセイドン。竜の姿で大洋から現れ、ナイアードを魅了します。フランボワーズのクーリーでつけられた渦巻き模様は、ポセイドンが変身して神になるときに海の中に渦巻きができるようすを表しているそうです。ライム風味のフロマージュブランのやわらかな風味とライチの香り、フランボワーズの爽やかな酸味がよく合います。