取材・文 下園 昌江  


パティスリーが落ち着く夏は、パティシエの皆さんにとって外での刺激を受ける良いシーズンです。
そのためこのシーズンは講習会も多いのですが、そんな中、多くのパティシエが注目する講習会がヴァローナ ジャポン主催で行われました。

会場となったのは代々木上原にあるドーバー洋酒貿易株式会社。設備が整った広い会場ですが、多くの参加者で席は埋まり、満席の様でした。若いパティシエから、自店を構えるベテランパティシエまで、多くの方が楽しみにしていたのは、エコール・ヴァローナの一員で2018年M.O.F.の称号を得たばかりの若きパティシエDavid Brian(ダヴィッド・ブリアン)氏のデモンストレーション。

今回はM.O.F.コンクールで作った製品を5種類、そしてその中ではヴァローナの新商品「トゥラカラム」(日本では2019年9月に発売予定)と「インスピレーション」を3種類使用しており、一体どんなお菓子が紹介されるのか期待が集まりました。


講師を務めたDavid Brian(ダヴィッド・ブリアン)氏

David Brian(ダヴィッド・ブリアン)氏 プロフィール
ブーランジュリーおよびパティスリーで職業教育免状(B.E.P.)を取得する。造詣を深めるため、製菓上級技術者免状(B.T.M.)へと進学する。
その後スペイン バルセロナのオリオール・バラゲで6年間経験を積み、うち2年間はエグゼクティブ・シェフとして活躍する。
その後、エコール・ヴァローナの一員に加わり、製菓指導に従事する傍らコンクールに取り組み、国際製菓コンクール「ル・モンディアル・デ・ザール・シュクレ2016」でユーロパン賞を受賞。
2018年10月、第26回M.O.F.(フランス最終優秀職人章)でパティシエ・コンフィズール部門を受勲。


ダヴィッド・ブリアン氏(左)とファブリス・ダヴィドゥ氏(右)


講習会のはじまりに、まずはエコール・ジャポンのファブリス・ダヴィドゥ氏から挨拶がありました。
そこで話されたのはお菓子ではなく、ゴミについてのお話でした。
「現在エコール・ヴァローナではプラスチック製のペットボトルの飲み物は禁止しています。私達が飲むのはもちろん、エコールにいらっしゃるお客様が持ち込むのも禁止しています。
今回の講習会でもペットボトルではなくガラス瓶で皆さんに水を提供しています。ちょっとした試みですが、これだけでも2週間で500本のペットボトルを捨てずにすみました。皆さん、メンバーズカードって持っていますよね?よくあるプラスチック製の。現代の私達の体内にはメンバーズカードと同量のプラスチックが入っているといわれています。プラスチック問題は深刻です。私達の仕事がお客様の健康や海洋の環境問題に影響していくことを意識しなくてはいけないと思います。」

という環境問題からスタートした講習会。
講習会とは少し遠い内容かと感じたかもしれませんが、実は大いに関係がありました。

ダヴィッド・ブリアン氏が受けたM.O.F.コンクールのテーマは「昨日、今日、明日」。その中で彼自身が具体的なテーマにしたのは「バタフライ・エフェクト(L'effet papillon)」です。
「バタフライ・エフェクト」は1羽の蝶の羽ばたきが遠く離れた地域への気象に影響を与える現象をさします。すなわちほんの小さなアクションが後に大きな現象を生み出すことにつながるということ。このことは、プラスチックごみをできる限り出さないようにというエコール・ヴァローナのアクションがもしかしたら、大きな環境問題に影響するかもしれないし、それは私達個人のアクションでも同じことが言えるということです。

さて、そんな問題提起からスタートした講習会ですが、それぞれのお菓子の製法を含め、詳しくご紹介していきます。


【L'ÉCAILLE CHINÉE (レカイユ・シネ)】

最初に作ったのは、L'ECAILLE CHINEE(レカイユ・シネ)。聞きなれない言葉ですが、蝶の種名です。
M.O.F.のコンテストのクール作品で、「チョコレートのお菓子(おやつ感覚の)」、「2つ以上の食感があること」、「60gの重量」という条件で作ったお菓子です。

ベリーズ産カカオ豆を使用したチョコレート「トゥラカラム」


このお菓子に使ったチョコレートはヴァローナの新商品「トゥラカラム」(日本では2019年9月2日発売予定)。トゥラカラムは、カリブ海に面した中米のベリーズ原産のカカオ豆を使用したカカオ分75%のクーヴェルチュールチョコレートです。

日本ではあまり知られていないベリーズですが、グアテマラとメキシコに隣接しており、紀元前2000年頃からカカオを栽培していた歴史を持つ地域です。商品名のトゥラカラムは、マヤ語の方言で『一緒に』という意味を持ち、ヴァローナが現地のカカオ生産者と協力し作り上げた製品です。

カカオ分75%とカカオ含有率が高く、乳化剤、香料不使用ですが、口どけは非常になめらか。またほのかな甘みを帯びた苦味と、シャープな酸味、最後に完熟フルーツのようなノートが特徴で、非常に奥深い味わいです。

トゥラカラムの味が好きだったこと、そしてM.O.Fコンクール開催の少し前にトゥラカラムの製品が完成しヴァローナで色々な試作を重ねていた事もあり、ちょうどよいタイミングでトゥラカラムをコンクールで使うことができたそうです。

チョコレートとサブレのサイズを合わせて用意 ガナッシュを絞り出していく

まずは、お菓子の土台となるパート・サブレ・アマンドを焼きます。配合的にはシンプルですが、サクサクとした食感を長持ちさせるために通常のサブレよりも低い温度で長く焼きます。
トゥラカラムは薄い板状にし、平面的なものと波打った立体的なものと2通りを準備します。この薄いチョコレートとサブレの間にガナッシュを絞って組み立てます。

ガナッシュにもトゥラカラムを使用しますが、ここにはキャラメルを合わせています。 酸味のあるチョコレートなのでフルーツを合わせるという選択肢もあったかと思いますが、条件がおやつ的なものということで、子供も好きなキャラメル味にしたことと、トゥラカラムそのものが十分美味しく完成された味のためできるだけそのものの味を活かしたかったということです。
そのため、キャラメルもあまり主張しすぎないよう焦がし具合は控えめにする工夫をしていました。

ガナッシュはスティックミキサーを使用ししっかり乳化させ、最後に35度に調温してバターを加えます。この温度はバターが溶けずにポマード状でガナッシュと混ざり合うため、口に含んだ際になめらかにとけていきます。


真横から見ると、チョコレート、ガナッシュ、サブレの層が美しい

サブレと薄いチョコレートでガナッシュをサンドし、最後にジャンドゥジャ・ノワゼット・ノワールを小さなくり抜き器で丸くぬいたコポーを飾ります。これはバラのつぼみを表現しているそうです。


細長く手で持って食べやすい形

おやつ感覚のお菓子ということで、試食の際は、是非手でたべてくださいとダヴィッド氏。スタイリッシュな仕上がりですが、確かに片手で持ってパクッと気軽に食べられる形状です。
最初に感じるのは食感の楽しさ。パリッとしたチョコレート、なめらかでねっとりしたガナッシュ、そしてサクッとしたサブレ。この3つの食感が口の中で楽しく踊る感じを受けました。
シンプルな味の構成のためトゥラカラムの美味しさがダイレクトに伝わってきます。ベリーズ産カカオの持つ力強さや心地よい酸味の余韻が残るお菓子でした。



【LA COQUETTE (ラ・コケット)】

LA COQUETTE(ラ・コケット)は、タルトを使用したアントルメです。
アントルメというと、パティスリーでは比較的ムースを使用することが多く、どうしても冷凍する工程が必要となります。しかし、コンテストにおいてはできる限り冷凍する時間を省き、短時間で作れるものを、と考えて作った一品ということです。

モワルー・アマンドに桃のコンポートを散らす 自家製のシリコンシートで模様を付けたタルト生地


ベースはパート・サブレ・アモンドを使用したタルトです。このタルトは珍しく逆さま仕上げで、つまり完成時には上面にタルトの底が見えるように仕上げるのですが、個性をだすためにシリコンを切り抜き、焼き上がりが放射状に直線が描かれているような模様をつけています。
合わせる生地はアーモンド風味の柔らかいモワルー・アマンドとパータ・ババ。この2つの生地は他の2つのお菓子にも兼用しているため、ここでもコンテスト全体での時間短縮をはかっています。

モワルー・アマンドは焼成前に桃のコンポートを散らして焼きます。M.O.F.コンクールの開催は秋だったのでその際には洋梨を使ったそうですが、今回はこの講習会の時期(7月初旬)にあわせて桃を使用しました。やはり日本でもフランスでも旬を感じるお菓子、というのは大切なテーマですね。


モワルー・アマンドに桃のコンフィを塗りのばしていく

焼きあがったモワルー・アマンドには桃のコンフィを塗り広げます。
このタルトに使用したチョコレートはインスピレーション・アマンド。アーモンド風味のチョコレートです。これでガナッシュ・モンテ(ガナッシュに生クリームを加え泡立てたクリーム)を作りタルトに絞ります。その上に薄いパータ・ババを重ね、再度ガナッシュ・モンテを絞ります。最後にモワルー・アマンドをかぶせ、逆さまに返します。

表面にタルト生地を活かした個性的な仕上げ


逆さまに返したあと、アプソリュ・クリスタル(ヴァローナ社製のナパージュ)をピストレで吹き付けます。
完成したお菓子をみて、これはパッと見ただけではタルトとは気づかないな!と思いました。香ばしいタッチの表面からして、シブーストかマジパン生地をバーナーで焼いたものかな?という雰囲気です。ピストレでは、一般的にはチョコレートやカカオバターをムースに吹き付けることが多いですが、今回はナパージュをタルト生地にピストレすることを初めて知りました。これを知っていると仕上げの表現法が広がりますね。

今回は洋梨の代わりに桃を使用しましたが、もともと桃とアーモンドも相性が良いため、アーモンドの優しい風味とまろやかなコクが繊細な桃の味にしっくりくる味わいでした。
パータ・ババは桃のシロップを打っていることもあり、柔らかくしっとりで、言われなければ発酵生地とは気づかないかもしれません。他のお菓子と同じ生地を使用することで作業の効率性をはかることはもちろんですが、甘い生地だけではなく異なる質感の生地を使用することで味の広がりが出てくるという狙いがあるのかもしれませんね。



【MELITÉ ORANGÉ (メリテ・オランジェ)】

MELITÉ ORANGÉ(メリテ・オランジェ)はM.O.F.コンテストの課題で、クラシックなフランス菓子をプチ・ガトーで、というテーマで作ったお菓子です。
ダヴィッド氏は、現代のパティスリーでも愛されているお菓子「ババ」をそのテーマに選びました。

ババはシンプルで皆が知っているお菓子なだけに、その人それぞれに最高のババのイメージがあり、それ故に評価が分かれるリスクもあったそうです。
そこでババというお菓子の重要な部分、すなわちラム酒を使うこととクリームを添えることは外さずに、形を変えて表現することに決めたそうです。

花びらのようなデザインに切り抜いたシリコンシート 焼きあがったパータ・ババ


ここでも、オリジナルのシリコンシートが活用されました。花びらの模様のように切り抜いたシリコンシート上にパータ・ババを絞り、直径6.5cmのセルクルをかぶせ、表面が平らになるように硫酸紙と天板を上にのせて焼成します。

ガナッシュ・モンテ・ヴァニーユを丸く絞る


焼成後はシロップを吸わせます。ここで使用するシロップは伝統菓子であるババ・オ・ロムにならってラム酒を使いますが、それだけではなくライム果汁をたっぷり使いすっきりした酸味を出しています。またシロップが生地から流れ出ないように少量のゼラチンを加える工夫をしています。

仕上げにはラ・コケット同様ナパージュをピストレし、艶感を出します。
そして、パータ・ババの中央にパッションフルーツ風味のオレンジのコンポートをのせ、その上にガナッシュ・モンテ・ヴァニーユを絞ります。最後にチョコレート製の蝶を飾って完成です。

ダヴィッド氏のテーマ、バタフライ・エフェクトにちなんで蝶のデコールで仕上げ

試食の際は少量をヴェリーヌ仕立てでいただきましたが、想像以上にライムの酸味や爽やかさがしっかりきいているのに驚きました。それほどアルコール感は強くないため、ババが苦手な方でも食べやすいかもしれません。ちなみにラム酒は様々な種類を試飲し、コンテストの際にはヴァニラを感じる香り高いグアテマラ産のものを使用したそうです。

シロップの酸味と対照的なのはヴァニラ風味のガナッシュ・モンテ。これにはオパリスというホワイトチョコレートが使用されており、ミルキーな風味はありますがしつこくなく、サラッとした仕上がりになっていました。このガナッシュ・モンテがあることで、ライムやオレンジの酸味がひきたち、またラムの香りをふくよかに感じさせる効果があるように感じました。

伝統菓子には普遍的な美味しさがあり、現代の職人にとっても非常に魅力的なものだと思います。そのお菓子の良さを活かして自分らしい個性を加えていくことは多くの職人にとっての課題でもあり面白さでもあると思いました。



【L'HESPÉRIE -PETIT GÂTEAU SANS GLUTEN-  (レスぺリ -グルテンフリーのプチ・ガトー)】

時代を反映しているのが、このお菓子。
ダヴィッド氏が参加した2018年のM.O.F.コンテストのお題に「グルテンフリー」と「シュガーフリー」のお菓子が登場したそうです。最近ではフランスでも健康志向が高まりグルテンフリー、シュガーフリーのお菓子が求められているのを感じるそうです。ただ本当に求められているのかというと、やはり流行という面も大きいとのこと。それは日本でも同様ですね。

薄いビスキュイにオレンジのコンポートを塗り広げロール状に巻いていく


今回の講習会では内容を変えて砂糖は使用し、グルテンフリーのみの内容で行われました。まずは、米粉を使用したビスキュイ・ヴィエノワを薄く焼き、そこにコンポテ・オランジュを塗りロール状に巻きます。

ロールケーキをガナッシュ・モンテに埋め込む


今回もシリコンシートの登場です。もはやオリジナリティあるお菓子を作るには欠かせないアイテムですね。アンモナイトの様な渦巻き状のラインが並ぶように切り抜いたシリコンシートをシャブロンにし、ジュレ・パッション・オランジュを塗りこみ冷凍して固めます。
その上にセルクルをかぶせ、インスピレーション・ユズを使用したガナッシュ・モンテを絞り、1p厚にスライスしたロールにしたビスキュイ・ヴィエノワを埋め込みます。

大小のセルクルを活用し、タルトのような形に組み立てる


冷凍し型から外した後に表面にナパージュをピストレし、タルト型に成形したクルスティアンに置き完成です。
クルスティアンは、そば粉やローストしたそばの実を使用した、カリカリした食感の生地です。もともとはパラパラしたつながりのない生地ですがカカオバターを溶かして加え柔らかいうちに大小のセルクルを組み合わせてタルト型のような形に成形し冷やして形作ります。これもひと手間加えた技で、さすがM.O.F.のコンクール、全てのお菓子に様々な工夫がなされています。

もちろん、これと同じことをパティスリーの日常で行うには工程が多いので、「タルト型にしなくても底の部分だけでもよいですよ」とダヴィッド氏。

そばの実がカリカリしたクルスティアンで形作ったタルト


そばの香ばしい風味とカリカリした食感とオレンジとユズの柑橘の香りのなめらかなガナッシュ・モンテの食感の対比が印象的です。柔らかなガナッシュ・モンテはユズの果汁ベースに作っているので脂肪分が軽く、まるでムースのような質感です。中のビスキュイ・ヴィエノワの歯触りが優しく、全体的に軽やかな印象です。

そばは和素材というイメージが強かったのですが、講習会が終わってから伺ってみると、ダヴィッド氏はブルターニュ地方出身ということが分かりなるほど!と納得しました。ブルターニュ地方はソバの栽培が盛んなので、ダヴィッド氏にとっては身近で親しみのある素材だったのですね。



【TARTELETTE STRATE FRAMBOISE (タルトレット・ストラット・フランボワーズ)】

日本では2019年3月に発売されたばかりのインスピレーション・フランボワーズ


最後は、インスピレーション・フランボワーズが主役のプティ・ガトーサイズのタルトです。このチョコレートは、フランボワーズの深い酸味がぎゅっと凝縮した味わいで深い赤い色が美しく、味も見た目もインパクトのある商品です。


アイスクリームのコーンをイメージしたタルト


TARTELETTE STRATE FRAMBOISE(タルトレット・ストラット・フランボワーズ)はM.O.F.コンクール予選で作った一品。一見普通のタルトに見えますが、このお菓子は公園などでよく売っているコーンのアイスクリームをイメージして、タルトの側面に網模様がつくような仕掛けをしています。
タルトリングの中にそういった網目状が出る素材をくるっと巻き付けるのですが、今回の講習会では、なんと東急ハンズでその素材を見つけたそうです。

ちなみに、ダヴィッド氏によると来日するフランス人パティシエの多くは、東急ハンズに行っていろいろな素材を見てまわるのがとても楽しいらしいです。そういえばフランス人ではありませんが、先日取材でお会いしたイタリア人の菓子職人も東急ハンズ(その他に調理器具や厨房器具の専門店が並ぶかっぱ橋道具街や文房具専門店の伊東屋も)が大好きとおっしゃっていました。
私達日本人は当たり前に思いがちですが、フランスやイタリアでは、あれだけ多くの素材が1か所に揃っている便利なお店というのは珍しいのかもしれませんね。


タルトにクレーム・ブリュレ風のアパレイユを流したところ(右)


話を戻して、タルトの組み立て手順は、まずパート・サブレのタルトを空焼きし、モワルー・ヴァニーユというアーモンドとヴァニラが香る生地を流し再度焼きます。モワルー・ヴァニーユは、クレーム・ダマンドのような感覚で使いますがより柔らかく軽やかな生地です。
そこにクレーム・ブリュレ風のゼラチンの入ったアパレイユを流して冷やし固めます。 そこまでは比較的シンプルな構成ですが、この後ダヴィッド氏ならではの組み立てがはじまります。


薄くのばしたインスピレーション・フランボワーズにヴァニラのガナッシュをサンドする


インスピレーション・フランボワーズをOPPシートに丸く薄くのばし、その上にヴァニラのガナッシュを絞ります。これをもう1枚のインスピレーション・フランボワーズでサンドします。チョコレートが完全に固まる前にOPPシートの上からセルクルを押し当ててきれいな丸い形に整えます。このガナッシュは、ボンボンショコラには使用できないほど柔らかい配合にしているので薄くのび、口どけがよいのが特徴です。


様々な食感が重なり合うタルトレット・ストラット・フランボワーズ


そのチョコレートをタルトの上に3枚重ねて、中央にシャンティ・ヴァニーユを絞り、最後にインスピレーション・フランボワーズを削り完成です。

小さなタルトの中に、これだけの細かい仕事がなされている事にはとても驚きました。
特に最後のインスピレーション・フランボワーズでガナッシュをサンドしたデコール・ショコラは、ひと手間かかっているだけあって、パリっとしたチョコレートと柔らかなガナッシュ、そして酸味の強いフランボワーズとふくよかなヴァニラの香りが漂い、食感と味にメリハリを感じるものでした。

本体のタルト部分は、サクサクした生地に、ヴァニラの香りやクレーム・ブリュレ風のアパレイユのなめらかなクリームのような舌触りが合わさり、それだけでも十分美味しいものでした。
このお菓子は、見た目にもインスピレーション・フランボワーズの美しい色彩が活きていて、味の面でもフランボワーズとヴァニラという相性の良い素材の組み合わせで、多くの人に愛されるお菓子なのでは、と思いました。


今年の講習会のゴミの量はたった1袋!とファブリス氏


全てのお菓子が完成して、参加者が試食を全て終えたところで、ファブリス氏がなにやら白い袋を持って前に出てきました。
「今日の講習会で出たゴミです。毎年講習会が終わると大量のごみをトラックに積んで持ち帰っていました。しかし今日は皆さんの飲み水も今までのペットボトルは廃止してリサイクル可能な瓶の水にしました。そしてスプーンは使い捨てではないもの、皿は再生可能な紙皿にしたため、ごみの量を大幅に減らすことができました。」
続いて、「ここ数年ヴァニラの高騰にはじまり、様々な材料の値上げが続いていますが、私達が何気なく過ごしている中で生み出したごみが環境破壊につながっているとも考えられます。それが気候変動や農作物の不作に影響しているのかもしれません。何か小さなアクションを起こして現状を打破しなくてはいけないと思います。」

講習会が始まる前に伺った内容と同じく、これは「バタフライ・エフェクト」にもつながる考え方で、小さなアクションでも、その影響は想像以上に大きいのかもしれないことを強く感じました。

パティスリーの仕事の中でももちろん毎日ゴミがで出るでしょうし、使い捨てやプラスチック製品も数多くありますので、参加したパティシエの方たちもそういった問題について考える1つのきっかけになったのではないでしょうか。


プレゼンテーションはバタフライ・エフェクトを表現したもの


講習会の中でも話していましたが、ダヴィッド氏は職人人生においてまさか自分がM.O.F.の称号を得ることになるとは思っていなかったそうです。数年前まではM.O.F.は雲の上のような存在だったそうです。それにチャレンジするきっかけとなったのは2016年に出場した国際大会ル・モンディアル・デ・ザール・シュクレでの出来事。「審査10分前に飴細工が壊れてしまい、とても不本意な結果になってしまいました。このままでは終われないという気持ちでM.O.F.に挑戦しました。」

M.O.F.コンクールに挑戦するにあたり、『美味しい』という以上のものを発揮する必要があり、もっといいもの、また人とは違う個性をはっきり表現することを皆さんとシェアしたい。」と語ったダヴィッド氏。
今回の講習会ではそのためにおそらく何度も試行錯誤したレシピやテクニックを惜しげもなく丁寧に紹介してくれました。


講習会を終えて。ダヴィッド氏とスタッフの皆さん


〜講習会を終えて〜
講習会を終えた後プレスセミナーで更にお話を伺うことができました。 「M.O.F.のコンクールでそれに値する職人だと評価いただいたので、今持っている技術を自分のものとしてだけではなく、フランスを代表する職人として技術を伝えていくべきだと思っています。」

また、お菓子作りで大切にしていることは?の問いには「まず味です。それには良質な素材を使うこと、そしてそれを表現するテクニックが必要だと思います。」一番好きなお菓子はミルフィーユというダヴィッド氏。フィユタージュとクレーム・パティシエールで構成される非常にシンプルなお菓子です。

好きなお菓子に表れているように、ダヴィッド氏のお菓子のベースは非常にシンプル。今回作ったものはM.O.F.コンクール用のお菓子だったこともあり凝った造りですが、味の構成はあまり多くの種類を盛り込むことなく、食べた時に素直に“あ、美味しい。”と感じるものでした。

また、今はSNSの影響で多くのパティシエが自分らしさをいかに出していくのかが問われる時代となっています。そこで、どうやってオリジナリティを出すのか?という質問に対し「私はオリジナリティというよりは、個性を出したいと思っています。奇抜なものをつくるのではなく、自分からにじみ出す個性を大切にしたいです。そのためにはどうして?なぜ?ということを絶えず考えています。」と語ってくれました。これは現代を生きるパティシエにとってとても重要なヒントになるのでは、と思います。

どんな質問にも、落ち着いた様子で自分の考えを話してくれるダヴィッド氏。お菓子について、そしてパティシエという職人人生について常に考えているからこそ出せる答えなのだと思いました。
充実した講習会とプレスセミナーで、お菓子そのものだけではなく、ダヴィッド氏の職人哲学にも触れられた貴重な時間となりました。


ヴァローナ・ジャポン
 https://www.valrhona.co.jp/



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