取材・文 下園 昌江  


今年で32年目を迎える、ドゥニ・リュッフェル氏(以下ドゥニさん)の技術講習会が、8月初旬に開催されました。毎年フランスから来日し、新作を発表してくれるドゥニさん。2日間にわたる菓子講習会では、全10品のお菓子が紹介されます。今年は一体どんなお菓子が登場するのか私を含め、受講者の皆さんも楽しみにしていました。

何度もこのパナデリアでも紹介してきたドゥニさんの講習会ですが、改めてドゥニさんのご紹介をしたいと思います。


ドゥニ・リュッフェル氏について(Denis Ruffel)
<イル・プルー・シュル・ラ・セーヌHPより引用>
1950年生まれ。「パティスリー・ミエ」元シェフパティシエ。イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ顧問。パティスィエ、コンフィズール、グラスィエのフランスにおけるBM(上級資格)取得。料理にも情熱を傾け、CAPキュイズィニエ取得。サルコジ元大統領はじめ各界著名人から愛されている。弓田亨氏とは、弓田氏がパリの「パティスリー・ミエ」で研修した時に出会い、その後「生涯の友」として、互いに示唆を与えあう仲となる


ドゥニさんのお菓子は、伝統的なフランス菓子がベースです。流行りなどは意識せず、いつの時代に食べても美味しいと思える普遍性のあるものです。
ただ、ドゥニさんは、せっかく皆さんにご紹介するなら、と毎年ちょっと遊び心を加えたものや珍しい食材を組み合わせたものもいくつか取り上げています。



意外な素材の組み合わせに驚いたと話す弓田シェフ

今年も、レンズ豆やフェンネルなど、ほとんどお菓子には使われることのない食材が登場しました。レシピが届いたときに、さすがの弓田シェフも「これは、一体どんな味になるんだろうか?美味しくできるのか?」と驚いたそうです。しかしながらドゥニさんの手にかかるとそれが不思議と一体感をもったお菓子へと仕上がります。

アシスタントを務める細川シェフ(右)

アシスタントを務めるのは、今年も細川シェフ。熊本県にあるパティスリー ラ・ティエンヌのシェフパティシエです。毎年ドゥニさんの講習会のアシスタントを担当しているだけあって、阿吽の呼吸で次々と作業を進めていき、見ている私達にも安心を与えてくれます。
それでは、今年はどんなお菓子が紹介されたのか、製造工程の写真と共にお伝えしていきたいと思います。



【 Cake chocolat-caramel grisette ケイク・ショコラ・キャラメル・グリゼットゥ 】

1日目の講習会のお菓子の中で唯一の日持ちするガトー・ド・ヴォワイヤージュです。
菓子名の最後についている「グリゼットゥ」は、ジャン・ミエ時代に作っていたボンボン・ショコラの商品名だそうです。そのボンボン・ショコラはキャラメルとミルクチョコレートのガナッシュで作り、両端にヌガティンをつけていたものでした。その味の組み合わせをベースにしたお菓子です。

チョコレート生地はトヨ型で焼成 周囲にたっぷりとガナッシュを絞る

まずは、ベースになるチョコレートの生地を焼きます。3種類のチョコレートを使用した濃厚なガトー・ショコラの様な生地です。焼き上がり熱がとれたら3枚にスライスし、その間と表面にガナッシュを塗ります。サンドするのはキャラメル入りのガナッシュ、表面はそれよりももう少し粘土のあるバニラ風味のガナッシュです。

裾にローストしたアーモンドを付ける

チョコレートたっぷり感が伝わる断面

全体を覆うように絞り、表面を平らに整えたら、一度冷蔵庫で冷やし固めて、グラサージュを流します。グラサージュはパータグラッセをベースにローストしたアーモンドやピーナッツオイルを加えたものです。固まる前に裾にアーモンドアッシェを飾り、表面にはキャラメリゼしたアーモンドスライスを飾ります。

ケイク・ショコラ・キャラメル・グリゼットゥ

どっしり濃厚なチョコレートケーキで、秋冬にいただきたい味です。
チョコレートにアーモンドやキャラメルを合わせる事で、香ばしさや優しい風味が加わり、とがった感じのチョコレートケーキではなく、すっと抵抗なく口に入って来る優しい味わいでした。



【 Rocamadour ロカマドゥール 】

ロカマドゥールは、フランスのペリゴール地方の町の名前だそうです。ペリゴール地方といえば、自然豊かな地として知られます。食の世界では、鴨やフォアグラ、トリュフ、くるみなどの名産地として有名です。

このお菓子は、その名産のくるみを使い、洋梨やスパイスを組み合わせた秋らしいアントルメです。

くるみ入りのビスキュイ くるみのヌガティーヌ

まずは、ビスキュイ・オ・ノワを焼きます。アーモンド入りのコクのあるビスキュイに、ペリゴール産のくるみを小さく刻んで加えて焼成します。ビスキュイでサンドするのはパンデピス用の自家製スパイスを入れたババロア、洋梨のシロップ漬け、くるみのヌガティーヌです。
くるみのヌガティーヌは、くるみの風味を活かすために焦がしすぎないようキャラメルの赤味が残る程度にキャラメリゼします。湿気ない様に最後にカカオバターとくるみオイルを加える一工夫もありました。ここにわざわざくるみオイルを使用しているところにこだわりを感じました。

お菓子の味が想像できるようなデコレーション

様々なトーンの茶色で構成された断面

最後の仕上げに、チョコレートのグラサージュを全体にかけ、周囲にマカロン生地を貼り付けます。表面には中に使用している素材がわかるように洋梨、くるみ、スパイス類を飾り付けました。

ロカマドゥール

洋梨とキャラメルは相性が良いので、よく「キャラメル・ポワール」という名称でお菓子を見かけることが多いですが、このお菓子は更にスパイスやチョコレートを合わせて、ぐっと複雑で深みのある味に仕上がっています。柔らかなババロワの中でくるみのヌガティーヌが、カリッコリッとした食感がアクセントになっているのも印象的でした。



【 Tartelette fraîcheur Passion-Framboise
タルトゥレットゥ・フレシュール・パッション・フランボワーズ 】

小さなタルトをベースにし、パッションフルーツとフランボワーズ(ラズベリー)を組み合わせた春夏向けの生菓子です。

シュクレ生地の底にフランボワーズのジャムをのばす 焼成後のタルト

シュクレ生地をタルトリングに敷き詰めて、底にフランボワーズのコンフィチュールをのばします。その後一般的にはクレーム・ダマンドを詰めることが多いのですが、このお菓子は、珍しくフィナンシェ生地を流し込んで焼きます。焦がしバターの甘い香りが漂うフィナンシェのタルトです。

中央に背の高いドーム状のクレムー・パッションを置く

断面も色鮮やか(手前)

タルトが焼きあがったら、パッションのジュレで覆ったクレムー・パッションを中央に置き、周りには小粒のフランボワーズを並べます。フランボワーズの上半分にはフランボワーズのジュレを塗り、華やかな香りと酸味を強調します。

タルトゥレットゥ・フレシュール・パッション・フランボワーズ

中央のクレムー・パッションがまるで真夏の太陽の様に輝く鮮やかなタルトゥレットの完成です。甘酸っぱいパッションとフランボワーズ、香ばしいフィナンシェ生地、サクサクの軽いシュクレ生地がそれぞれ異なる食感と味わいで、口の中で楽しく弾けていくタルトです。



【 Le Velay ル・ヴレ 】

ル・ヴレは、フランスのオーベルニュ地方の町の名前です。火山が多くその活動によって隆起した岩がそびえる独特の地形をしています。この地で有名なのがレンズ豆。よくフランスのお惣菜で使われる小さな豆です。そのレンズ豆を使用したプティ・ガトーという事で、これはフランスにも日本にもない珍しいお菓子だと思います。

左からカルダモン、レンズ豆粉、レンズ豆粉のロースト 半球形の型で仕込む

ドゥニさんがレンズ豆を使おうと思ったきっかけは、来日する際に和菓子を食べる機会が多く、小豆で作る餡から発想を得たそうです。このお菓子は、レンズ豆に、チョコレート、ブルーベリー、カルダモンを合わせて組み立てます。文字だけでは味の想像がつきにくいお菓子ですね。

ベースになるのはチョコレートのクレーム、中にレンズ豆のパウダーを使用したビスキュイ(カルダモンで香りづけ)、レンズ豆のコンフィ、砂糖と合わせて軽くオーブンに入れたブルーベリーを層にし、底にはレンズ豆のパウダーを使用したパート・サブレを敷きます。
レンズ豆粉は香りを引き出すためにあらかじめローストしてから使用します。

レンズ豆のフロランタン 焼成前

ル・ヴレ断面(後方)

飾りにはレンズ豆のフロランタンを使います。レンズ豆をバニラ、カルダモンと煮たものを、砂糖やはちみつ、サワークリームなどに絡めて作ります。出来上がり多少熱をとった後、小さな丸い型に入れて焼成します。

ル・ヴレ

レンズ豆は、豆らしいほくほく感があり確かに小豆のお菓子に通ずるものを感じました。ブルーベリーの酸味やチョコレートのなめらかな味わい、カルダモンの爽やかさと合わさると、不思議と違和感なく美味しくいただきました。



【 L'Andalous アンダルー 】

アンダルーはスペインのアンダルシアの意。アンダルシア名産のオレンジが主役のアントルメです。ル・ヴレ同様このお菓子も素材の組み合わせが珍しく、人参とフェンネルを合わせます。オレンジと人参はジュースなどでもよく一緒に合わせますが、そこにフェンネルを合わせるのが面白いなと思いました。

フェンネルは茎の部分は野菜として葉や種子はハーブとして使用されることが多く、フランス語ではフヌイユと呼びます。今回は茎の部分と種子を使用します。種子はアニスに似た香りがあり、アニスとオレンジの相性がよいので今回はフェンネルとオレンジを合わせたそうです

フェンネルを細かくカットする オレンジのシロップ漬けをまんべんなく散らす

大部分を占めるオレンジのババロワには、フェンネルのコンフィとオレンジのシロップ漬けをガルニチュールとして中に入れます。
フェンネル(茎)は、細かくカットして砂糖やバニラ、スパイスなどと合わせてコンフィにします。オレンジはシロップとオレンジキュラソーに漬け込み、風味をプラスします。

側面にビスキュイのクラムをまぶす

オレンジとフェンネルの相性の良さを感じる

ビスキュイはオレンジの皮と人参の千切りを加え、キャトルエピスで香りづけしたビスキュイを使用します。なんとなくキャロットケーキを思わせる組み合わせですが、それよりはスパイスが控えめで、オレンジの香りが強く感じられました。

ビスキュイ、オレンジのババロワ、フェンネルのコンフィ、オレンジのシロップ漬けを重ねていき、表面にはオレンジのジュレを全体に塗り仕上げます。

アンダルー

仕上げにはオレンジのジュリエンヌとスライスしたオレンジをシロップで煮てオーブンで乾燥させたもの、ピスタチオ、アニスなどを使用し色鮮かに飾り付けていきます。
フェンネルは普段お菓子に使われることがほとんど無いため、このお菓子の味もなかなか想像がつかなかったのですが、いただいてみるとフェンネルのコンフィは確かにアニスの香りがして、きりっとした清涼感があります。人参自体はそれほど香りや味は主張していないものの、しっとりとした質感が出ているように感じました。



1日目の講習会を、終えてやはり印象に残ったのは、レンズ豆やフェンネルなど変わった素材のお菓子のこと。一見お菓子にはどうなの?という素材を、間をつなぐ役割の素材を合わせてうまく調整し、最終的に一つのお菓子として完成させていくドゥニさんの経験豊富さを感じました。



2日目講習会の様子はこちら



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