今ではヴァレンタインシーズンになくてはならない存在となった伊勢丹のサロン・デュ・ショコラ(以下、SDC)。今年もさまざまなショコラが登場し、私たちを愉しませてくれました。年々、世の中の流行というか好みが変わっていく中、今年はどんなショコラの人気があるのかというのが、愉しみのひとつでもあります。
でも、そんな中、パナデリア的に継続的に注目しているショコラティエもいくつかあります。特にイタリアの「DOMORI(ドモーリ)社」は、毎回要チェックの気になる存在。今年もその現状を知るべく、伊勢丹、SDC内で開催されたドモーリ社の創始者であるジャンルーカ・フランゾーニ氏のセミナーに参加してきました。今回は、その様子を伝えるとともに、その興味深いポイントをいくつか紹介させていただきます。



SDCのセミナーは、最近ではあまり大きく公表せず、アイカード会員向けということで、かなり狭き門をくぐって参加することができます。その分、けっこうマニアックな人が集まる傾向にあるようで、顔ぶれがいつもと同じ同志というか、チョコホリックな仲間がちらほら・・・という感じでした。
そして、フランゾーニ氏がいつもの穏やかな笑顔で登場、ビデオを見ながらセミナーがスタートしました。



チョコレートを五感で味わう

今回のチョコレートレッスンでは、Degustazione(デグスタツィオーネ)の方法を、あらためて詳細に説明してくれたことがとても印象的でした。特に香りについて興味深い解説がありました。
実は、かねてから思っていたのは、チョコレートの味や香りを表現するときに、時間の経過による味の変化を表現する方法が難しいということ。
ワインのように水系のものは比較的表現しやすいのですが、チョコレートは油系のため、個人のコンディションや普段の食生活でかなり味の表現が変わるものなので、その都度、表現しにくいと感じていました。
でも、今回のテイスティングでは、チョコレートを五感で愉しむということを、フランゾーニ氏独特の細分化した表現で、さらにマニアックに解説してくれました。
例えば、香りを第一アロマ、第二アロマといった、最初のトップで香るものとカカオ本来の品種から来る香りに分けて表現。
味に関しても、品種プラス製造工程に特化した表現が入るといったこだわりようです。例えば、醗酵が不十分だと過度の苦みが感じられるとか、酸味成分は製造上コントロールできるものだとか。



カカオ農園のビデオを見ながら。これは接木の様子が映し出されています


粒度の調整、コンチング

もうひとつ、パナデリアがいつも感じていたことを、製造者としてフランゾーニ氏が表現してくれたことに、思わず同調してしまったことがあります。それは、粒度の調整のこと。チョコレートを味わった際、よく口の中で煙が立つような食感を体験された人も多いと思います。これはコンチングが浅いため脂肪の粒子が粗くなってしまい、そのせいで香りの出方も粗くなり、煙がたったような味わいを感じてしまうのです。ただ、そのことを、意外と一般のショコラティエの方は、感じていないような気がしていました。
それを、フランゾーニ氏は、「コンチングで粘度をさげて脂肪質を分散させると、なめらかな口あたりになります」といった、いかにも技術者らしい感覚で表現してくれました。 それを聞いて、「そう、そう、そうなんです!」と声を大にして言いたいような、なんだかもやが晴れたような気持ちがしたのです。


チョコレートの味は遺伝子で作られる

そして、今回フランゾーニ氏が行き着いた結論として、特に興味をひかれたのは、「カカオの味というものはテロワールに左右されない、カカオの遺伝子によって変わるもので、ある程度の適性をもった土地に植えるものであれば、その味、香り、食感などはすべて遺伝子に依存する」ということです。
通常、日本人が想像する農作物・・・ワインだったらぶどう、日本酒なら米などは、産地によってまるで味が変わり、水によっても変わるというふうに考えられています。農産物は、その「テロワール」の資質によって味が作られて行くものだというのが一般的な考えだと思います。それを「遺伝子」だと言い切るフランゾーニ氏の、経験に裏打ちされたカカオに対する造詣はゆるぎないものでした。
またもうひとつ、醗酵など、カカオ豆を採取してからの技術的なところでも味が変わるということ、気候やシーズンはあまり影響なく、変わるとすれば人為的なミスだとも語ってくれました。
特に彼の農園では、品種により醗酵時間を変え、乾燥の水分コントロールもしているそうです。また、最終工程でカカオをチョコレートするところでは、ローストに一番気を使うようで、140℃の温度で出来る限り小ロットで加工するとのことでした。


カカオの探求から生まれる味作り

フランゾーニ氏は、ドモーリ社の立ち上げと同時に、1994年から1996年にわたりカカオの木を探し続けたそうです。そして、出てきた結論は「チョコレートの味は混ぜて表現するものでなく、カカオそのものを深く追求して味を見つけ出すものだ」ということ。そのために、ヴェネズエラの80ヘクタールにも及ぶ彼の農園(HachiendaのSan Jose農園)では、カカオが雑種になりやすい植物であることを認識して、接木で優位性にあるものを育てていくという手法をとっている。最初の5年間は農園のリサーチだけで費やされ、その後、カカオに関するさまざまな研究を重ね、徐々にその品種を変えていったとのこと。
確かに、初めてドモーリが日本に登場してから、かなり味というかクオリティが変わったという印象があります。それは、例の土煙が立つ部分と香りの出方に関する部分が多いような気がします。恐らくコンチング、そして品種の選択による醗酵過程のコントロールなど、フランゾーニ氏なりの細部にわたってのコントロールの結果だと考えられます。


「ヴェネズエラの政情不安は、農園にも影響しますか?」との問いに、「その土地の住民や農園を支える人たちと一緒に作っているので、ほとんど影響ありません」と明快な答が返ってきました。それは、我々が1年、2年で結論を急ぐのと違って、5年、10年の単位で投資、開発している中でのゆるぐことのない農民たちとの絆があることを感じさせる、自信にあふれた答えでした。カカオ、チョコレートにかける氏の情熱の違いを、改めて認識したような気がしました。


自らもテイスティングをしながら、レクチャーは進みます


試食あれこれ

そして、ここでテイスティングが始まります。
一枚の紙皿の上には、合計12種類ものチョコレートが乗っています。「えっ!こんなにたくさん?」。瞬間、味を比べるどころか、味わうこと自体が難しそう・・・と、誰もが感じたことと思います。


12種類のチョコレートはひとつづつ説明を受けながら、皆でテイスティング


まず自社San Jose(サンホセ)農園以外のものからスタート。エクアドルのARRIBA 、ペルーのAPURIMAC、マダガスカルのSMBIRANOと続きます。唯一、マダガスカルは醗酵のシステムが異なり、醗酵後に豆を水で洗い流すとのこと。ちなみに、この種でできたチョコレートの酸味がきつい場合は、きっとどこかの工程でミスがあったはずなのです。
次に醗酵の時間で変わる味をみるのに、ヴェネズエラのSUR DEL LAGO とコロンビア TEYUNA をテイスティングしました。SUR DEL LAGOはクリオロの遺伝子を多く含むのでとてもデリケートな香りを持ちます。特に醗酵時間が短いため、このロットでは若干渋みが出るようです。TEYUNAはこれに反し醗酵時間がとても長く余韻が長いのが特徴。
その後、サンホセ農園のものをテイスティング。RIO CARIBE、そしてクリオロシリーズへ。PUERTOFINOは、特に白い色をしたビーンズでアントシアニンがないのでテオブロミンが少なく甘みが強いのが特徴。これの兄弟格でPUERTOMARとともにオクマーレの遺伝子を持ち、滑らかな甘みと軽い酸度が特徴となります。とにかくこの2種類は恐ろしくキレがよく、複雑な香りを含んでいます。両方ともウッディな香りがあり、余韻は短いが旨みがとても強いという特徴があります。
最後のグループはクリオロ系で、CANOAVO、PORCELANA、CHUAO。それぞれ年間の生産量も少なく、本当の意味で希少品種を味わうことに。特にPORCELANAは余韻が長く酸味がフルーティに広がり、品のいい味わいです。なんとこの種は、年に2tしかなく、板チョコで4万個分しかとれないといいます。
最後は珍しいインドネシアのクリオロでJAVABLOND。とても薫香が強く、力強い味と渋みがキョーレツに口の中に広がっていきます。これは、後処理で木を使って乾燥しているために起因する香りが残っているからと思われます。


最後にローストしたカカオビーンズが試食に回ってきました


まだまだ進化し続けるDOMORI

これだけ違いのあるチョコレートを味わうと、実際、わけわからないといった感じも否めません。しかし、フランゾーニ氏のチョコレートにかける情熱が半端ではないことは、誰にでもわかります。それも、日々進化し、成長し続けているところがすごいところ。
今回のテイスティングで確信できたのは、「クリオロシリーズがあきらかに食べやすくなって、その本来の味わいが良くわかるようになった」ということ。
数年前から非常に成長した味わいになっていることにも驚かされます。
さて、皆さん、過去に一度、ドモーリのチョコを食べたことがあるからと言って、彼のチョコレートを評価するなかれ。
毎年食べてみて、ドモーリの変化を愉しむのもチョコレート好きならではの醍醐味かもしれません。
まだまだ終わることのないフランゾーニ氏のカカオへの追求と進化し続けるであろうドモーリから、これからも目が話せないな・・・と思いながら、この収穫の多いセミナー会場を後にしました。
(2011.03) 




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