取材・文 佐々木 千恵美  


人は自分の「作品」を一生のうちいくつ作れるのか?
例えば音楽、作曲の世界では、モーツァルトは記録されたもので500曲以上。
単純に数字だけ見ても「すごい!」と発してしまいます。
いま、チョコレートの世界で、ものすごい作品数を生み出している人がいます。
それはショコラティエ、「パティシエ エス コヤマ」オーナーシェフの小山進さん。

今年はショコラティエとして過去最多の65種類を生み出し、秋に開催された「インターナショナル チョコレート アワーズ 2016 世界大会」においては、金・銀・銅賞合わせて24作品が受賞。これは世界1700社のうち最多。栄誉あるクリスタルトロフィーを授与されました。また、パリの「サロン・デュ・ショコラ」で発表されるフランスでもっとも権威あるショコラ愛好会のコンクール「C.C.C.」でも、初出品から6年連続の最高位・ゴールドタブレットを獲得。もはや作品の数だけでなく、世界が認める最高のショコラティエとなりました。

世界から日本の愛好家へ。2つの世界大会へ出品され、受賞したチョコレートが、この冬日本の愛好家たちの元へやってきました。

11月29日、ストリングスホテル東京インターコンチネンタルで、毎年バレンタインに向けて発売される新作コレクション「SUSUMU KOYAMA'S CHOCOLOGY 2016」、「SUSUMU KOYAMA'S CREATION INTERNATIONAL CHOCOLATE AWARDS 2016」、受賞タブレットなどが、プレス向けにお披露目となりました。

小山シェフ自ら会場に立ち、コレクションについて解説。今回の創作にまつわるエピソードや思いなどをふんだんに盛り込んだお話しに、イメージを膨らませながら試食を進めていきました。

「パティシエ エス コヤマ」小山進オーナーシェフ。ユニフォームデザインは毎年変えるそう。


「自然は我々に恵みを与えてくれる反面、時に猛威を振るいます。人の手ではどうすることもできない自然の力に目を向けた時、日々の生活の中にはまだ生かしきれていないアイデアが数多く存在すると気付きました(プレス資料より、小山シェフのコメント)。」

そもそも小山シェフがサロン・デュ・ショコラ・パリに出ようと思ったのは、2011年の3.11の震災以降、世界に広がる「日本の食」に対する風評被害を心配したことから。何とかしなければ…と考えていたとき、主催のシルヴィー・ドゥースさん、フランソワ・ジャンテさんに声をかけていただいたことで決心したそうです。

あれから6年、その間も日本各地で予期せぬ災害に見舞われ、そのたびに人間が自然の中で「生かされている」奇跡を感じました。その一方で、いかに自分たちの生活に自然の力を活かしていくか、先人たちが残してくれた知識や技術が教えてくれるとともに、私たちはその教えを進化させ、未来へ繋いでいかなければいけません。

日本の自然の素晴らしさ、そこで育まれる文化、例えば発酵というプロセスを経た食品の不思議、自然はいつもインスピレーションを与えてくれる…。

そんな自然へのリスペクトをデザインにも込めたという新作の数々が「SUSUMU KOYAMA'S COLLECTION」。

「SUSUMU KOYAMA'S CHOCOLOGY 2016」は、その中で「C.C.C.」に出品した4品の詰め合わせです。特にテーマが与えられるわけではないけれど、「C.C.C.」は4種類1セットで出品するのが形式。そこで小山シェフは、65種類の中からミュージックアルバムを作るように、4楽章のシンフォニーのように起承転結の美しい流れを組みました。そして自らテーマを考えます。2016年は「HUMAN 〜coexist with nature〜」。日常生活の中にある「自然と人との共存」がテーマです。


お披露目会で登場した「SUSUMU KOYAMA'S CHOCOLOGY 2016」。昨年のような転写シートは使わず、手描きのデコールでそれぞれの自然と人との共存テーマを表現。

No.1 醤油ヌーヴォー
3つの熟成素材「カカオ×煮切り醤油×ペドロヒメネス」のマリアージュ

チョコレートとのペアリングにも登場するシェリー酒「ペドロヒメネス」。干しブドウの凝縮した甘味の熟成感と煮切った「醤油」で、フランス料理の旨みのつまったソースをイメージ。そこにレーズンやベリーのような酸味と熟成感を持ったコロンビア産カカオ「シエラネバダ・オレ52%」をあわせたガナッシュは、塩味をおびた旨味が口の中で広がり長い余韻へ。デコールは、醤油がタラリと垂れている様子をイメージしたそうです。

No.2 鳳凰単叢蜜桃香&マンゴー
「自然の力」と「人の力」のダブル熟成が生み出す香りと自然の恵みのマリアージュ

中国・広東省潮州・鳳凰山の樹齢数百年というお茶の樹からとれる単叢(シングルオリジン)の烏龍茶「鳳凰単叢蜜桃香」。名前にある桃の甘い香りを表現するためには、マンゴーの力が必要だと直感した小山シェフ。ボトムをマンゴーのガナッシュにした二層構造のボンボンは、ひと口含んだ瞬間にピーチ! フルーティーな酸味、爽やかな風が吹き抜けました。デコールは、桃のような甘い香りが特長の烏龍茶に、太陽の光を燦々と浴びたマンゴーが漂う感じを、風を吹かせて表現。前年のカモミール&ダブルベリーを作ったからこそ出来た作品と、小山シェフはいいます。

No.3 コーヒーチェリー(ゲイシャ)&ライチ
太陽の恵みを受けたコーヒーチェリーとライチの至極のマリアージュ

「ゲイシャ」コーヒー豆の、豆ではなく果肉部分(コーヒーチェリー)のドライを使ったショコラ・オレのガナッシュ、ボトムにはライチのガナッシュを重ね、さらに「パナマ・ゲイシャ・ナチュラル」の豆を、コーティングとガナッシュの間に薄く敷き、コーヒーの実と種の親子を再会させた一品。食べたことのないコーヒーチェリーの味を、ふっとあらわれるライチの香りで思い描きながらいただきました。デコールは、完熟したゲイシャチェリー(果実)に見立て、風をあててくぼませ、果肉が種から剥がれた様を表現。

No.4 奈良漬プラリネ
自然の力と最先端技術の融合が生み出したプラリネ・キュイジーヌ

京都生まれの甘味のある奈良漬を、200度以上の高温で1〜3秒間プレスしてフレーク状に変身させ、ザクッとした食感を残したピエモンテ産ヘーゼルナッツの自家製プラリネとコスタリカ産ショコラ・オレ40%と合わせ、隠し味にはマンゴーのフリーズドライを混ぜ込み、さらに、コーティングの間にパッションフルーツのピューレを加えて二次発酵させたショコラを上下に薄く配した、ちょっとしたお料理のようなプラリネ。京都のフレンチで食べた、フォアグラの奈良漬け巻き・パッションフルーツソースを食べたときにヒントを得たという小山シェフ。酒粕のような味わい、ネチネチ感、噛んでいるうちに唾液で戻った奈良漬けの立体的の食感と塩味がなんともユニークです。デコールは、土から抜き取られた大根がチョコレートへ溶け込んでいくイメージです。

お気づきかもしれませんが、この4種すべてミルクチョコレートがメイン。ビターでは酸や苦味が邪魔してしまうような組み合わせを、ミルクチョコレートを使うことで洗練された味わいになることに驚きます。小山シェフ曰く、140年前、ミルクチョコレートの製造に成功したダニエル・ペーターに手紙を書くようなつもりで創ったそうです。


株式会社龍泉刃物と共同開発した、ボンボンショコラが美しく切れるナイフ「チョコレート所作」。

今回のプレス会でチョコレートとのマリアージュを再現されたのは、パリのサロン・デュ・ショコラで提案した「松竹梅白壁蔵『澪』スパークリング清酒」。ほのかな甘みと酸味がチョコレートに寄り添う。



もうひとつのコンクール、I.C.A.(INTERNATIONAL CHOCOLATE AWARDS) 2016からは、ボンボンショコラ部門の受賞作のうち4種をひと箱にした「SUSUMU KOYAMA'S CREATION INTERNATIONAL CHOCOLATE AWARDS 2016」と、タブレット部門受賞作4種が登場。

今期65新作品のうち35作品を最初のステップである地区大会「INTERNATIONAL CHOCOLATE AWARDS 2016 アメリカ太平洋ラウンド」にエントリー。そのうち32作品が金、銀、銅を受賞。受賞作品のうち事務局の推薦を受けた作品が、ロンドンで行われるファイナルに進み、24作品が受賞したというわけです。もう神業ですね!


I.C.A.(INTERNATIONAL CHOCOLATE AWARDS) 2016で手にした賞状。

「C.C.C.」は4種類1セットで1番から4番まで順番に審査されるのに対して、I.C.A.は一品ごとの評価。だから自分の感性を自由に発揮できると小山シェフ。

そこでいつもは4種類1箱で紹介するのみのI.C.A.受賞ボンボンショコラを、少しでも多く紹介したいと、「UNDERGROUND CHOCOLATE AWARD」という8種類入りのボックスを創り出したそうです。


「SUSUMU KOYAMA'S CREATION INTERNATIONAL CHOCOLATE AWARDS 2016」には、ケニヤコーヒー(カイナムイ)×チャンチャマイヨ48%、ルイボスティー&赤紫蘇のプラリネ、酒粕(一年熟成)、金木犀×チャンチャマイヨ63%の4種類入り。

「UNDERGROUND CHOCOLATE AWARD」には、切干大根、花良治胡椒&花良治胡麻のプラリネ、エチオピアコーヒー&コーヒーの花のはちみつ、ごぼうと黒七味のプラリネ、もろみ、オリエンタルフランボワーズ、パナマゲイシャ(ナチュラル)&ライチ、抹茶&プラリネアマゾン(4つのアマゾンフルーツ)の8種類入り。



I.C.A.受賞の新作はボンボンとタブレット合わせて16種類。

そのタイトルを見ていくと、やっぱり多いのは和の素材使い。中にはかんぴょうなんてものもあります。何故小山シェフがこのような、通常考えられない素材でチョコレートを創り出すのかというと、「日常生活から面白いことを切り抜く、発想の転換と深掘りを心がけてきた」からだそう。

寿司屋のカウンターで巻き寿司を食べたとき、ハッと閃いたとか。その後はかんぴょうという素材ととことん向き合い、「かんぴょうwithオリーブオイル」のタブレットが完成しました。

そのタブレット4種を紹介すると…

  
リアル玉露

市場には出回らない最高級の玉露の粉と茶葉をホワイトチョコレートに混ぜ込んだタブレット。よくある抹茶とはどう違うのか、玉露というのは日本人でもあまり体験する機会がないお茶。「玉露」の“本物の(リアルな)”美味しさ、魅力を世界に紹介したい、という想いで創ったというこのチョコレートは、噛むとサクサクとした茶葉の食感、海苔のような香りと渋みが広がり、心に深く印象づけられます。

  
トリプルカカオ −カカオフルーツ&カカオニブ(トゥマコ)&チョコレート(トゥマコ66%)−

カカオの果肉とカカオ豆の胚乳部分であるカカオニブを、コロンビア・トゥマコ66%に混ぜ込んだ「親子関係」の三要素を1枚にしたタブレット。しかも親子の再会を意識し、カカオニブも同じトゥマコ産を使用。力強くウッディなアロマ、柑橘やスパイス、キャラメルなどの多彩な香りが重なります。普段食べることのないカカオ果肉を、フルーティーな酸味から感じ取ることもできる、立体的な味覚の広がりが楽しい。

  かんぴょうwithオリーブオイル

「出汁や醤油をふくませて甘辛く炊いたかんぴょうを、高温高圧でプレスすると、面白い“キャラメルフレーク”ができるのではないか?」という発想から創り出されたチョコレート。かんぴょうの引き立て役は、青りんごのような後味と、ほのかにピリッとした辛みが特長のシチリアのエクストラヴァージンオイル。そのふたつをつなぐのはコスタリカ産カカオのミルクチョコレート。口に入れると、かんぴょうがみたらし団子のような風味を彷彿させるかと思えば、ドライのサクサク食感状態から、唾液で徐々に戻ってショウガっぽい味に。最後には酒粕っぽい香りも出て来て、変化が楽しめる一品です。

  
抹茶&プラリネパッション

海外ではすっかりお馴染みの抹茶をホワイトチョコレートに混ぜ込み、パッションフルーツの酸味を閉じ込めた自家製ヘーゼルナッツのプラリネを包んだタブレット。パリッと一口噛めば、ソフトなセンターの酸味、甘味、香ばしさのハーモニーが広がり、余韻には抹茶の渋みが響き渡ります。


小山シェフは、これまで海外で作品を発表するにあたり、日本人らしさを切り取って強調し、表現しなければいけないと思っていたそうです。

「それが今、日本で暮らし体感することをそのまま表現することが、自分の表現だと思うようになってきました。だから「C.C.C.」には日本のお客様に発表するために作っています。」

「日本人が生み出すチョコレートが、まだフランス人には説明しないとわからない、だから世界に出し続けたい。そして、世界で正しく評価されたチョコレートを日本のお客様にお届けしたい。」

日常生活を深掘りすることからの自由な発想が、多くの作品を産み出す原動力。だから私たち日本人が食べても驚かされる、世界の人がときめくことのできるチョコレートができるのでは。来季はどんなインスピレーションが小山シェフに降りてくるのか、早くも楽しみで仕方ないのでした。



世界的旅行鞄のブランド、グローブトロッター特注のショコラトランクに詰めたものはチョコレート、そして次世代へのインスピレーションか…。



パティシエ エス コヤマ
 http://www.es-rozilla.com/





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