取材・文 佐々木 千恵美  


大阪で開催されたモバックショウで、デモンストレーターとして来日したドイツ人パンマイスター、フェリックス・レメレ(Felix Remmele)さんが、展示会後、特別にパン講習をしてくださることになったと知り、伺ってきました。

フェリックスさんは、2015年のibaカップ(インターナショナル チャンピオンシップ オブ ベーカーズ アンド コンフェクショナーズ)でドイツ代表チームにも選ばれた有望若手マイスター。ドイツ南西部シュヴァーベン地方の町に100年以上続く老舗ベーカリーの5代目後継ぎとして、お父様とともにお店の切り盛りをされています。


ドイツ人パンマイスター、フェリックス・レメレさん。シュトゥットガルトから12kmほど北にあるルートヴィヒスブルク Ludwigsburgという町で1900年創業のベーカリー&コンディトール・カフェの5代目。

今回は主催の「ドイツ食品普及協会」代表・森本智子さんたっての希望もあり、フェリックスさんの地元、シュヴァーベン地方のパンを中心に、4種類のパンを教えてくださることに。会場となった松戸のパン焼き小屋ツオップのLehrstube Zopf(講習会スペース)には、パンとドイツの愛好家20数名が集まり、熱気にあふれていました。
受付でいただいたレシピを見てみると、
 (1) ブレーツェル Brezel
 (2) アウスゲホーベネス Ausgehobenes Landbrot
 (3) ミッチェレ Mitschele
 (4) ムッチェル Mutschel

なんとブレーツェル以外は聞いたことがないパンばかり。あとの3つはシュヴァーベン地方に行かないとお目にかかれないパンとのこと。ただでさえ日本ではレアなドイツパン、その中でも地方独特のパンが習えるなんてめったにないチャンス。どんなパン作りなのか、スタート前から期待に胸が高まるのでした。

企画をされたドイツ食品普及協会代表の森本智子さん(右)は、ドイツ食品の日本への輸入・販売、展示会、イベント等のサポート、レシピ開発等、ドイツ食品に関するエキスパート。講習会では通訳として、フェリックスさんの作業やポイントをわかりやすく説明してくださいました。

講習会は(1)から順にフェリックスさんが生地を作るところから実演、その後、分割と成形は4つの班に分かれ、それぞれ参加者が実習するという形式をとりました。プロ向けではないとはいえ、内容は本格的。4種類のパンすべてに中種を用い、生地を仕込みました。

前日に仕込んでおいた中種。いい感じの発酵です。

その理由もわかりやすく説明するフェリックスさん。
「中種を使うメリットは、捏ね上げ温度が上がらず計算がしやすいこと。力がつきやすいこと。生地にアロマが出ること。」
ブレーツェルはストレートでもできるけれど、中種で香りや味わいに深みが出るのが好きなのだそうです。

かなり弾力のあるブレーツェルの生地を分割成形。腕組みマークのブレーツェル成形の仕方を、何通りかのやり方でわかりやすく見せてくれました。

このようにグルテンがきちんと形成されるまで捏ね上げます。

真ん中が太くて端に行くほど細くなるけれど端っこはボタンのようなシュヴァーベン風。何個も焼くのでリズムよく生地を宙に浮かせながらねじる技も披露。

同じ生地で端から端まで同じ太さのひも状にして一つ編み、クノーテンに。

実習はひとり2つ。両方ブレーツェルでもいいし、クノーテンを入れてもOK。みなさん思い思いにブレーツェルの形を作っていました。

ブレーツェルで特殊と思われる作業はアルカリ溶液に成形した生地をくぐらせること。表面にアルカリ溶液がつくことによって、焼成後、赤っぽい色と艶とが生まれます。その作業をするのにアルカリで手が荒れるのでゴム手袋をするのですが、その前に生地が型崩れしないように一度冷凍して固くなったところを素早くくぐらすのがポイント。それからブレーツェルも地方によって特徴があるとフェリックスさん。
「シュヴァーベン風は、太い部分にク―プが入ります。焼くとにこっと笑ったように開きます。ミュンヘンあたりのバイエルン風にはクープが入りません。」
こういった細かい違いを聞くと、日本における大阪と広島のお好み焼きのようで面白い。岩塩を振り、焼きあがったブレーツェルは表面カリッと中はもっちり。思わずビールが飲みたくなりました。

冷凍して型崩れしなくなった生地をアルカリ溶液にくぐらせる。

焼きあがったブレーツェル。



次の仕込みは大きな田舎パン〜ラントブロートの一種、アウスゲホーベネス。ドイツ語ですくいとるという意味で、その通り、ミキサーで捏ね上げ発酵させたゆるゆるの生地を、空気抜きなどせず、ミキサーボウルからそのまま適量を両手ですくい、気泡を潰さずに丸めて焼くというもの。ベトベトするライ麦、サワー種も入る上、加水率が高く扱いは結構難しい。両手をたっぷりの水でぬらして、迷わずさっとすくいあげるのがポイント。表面を少し落ち着かせたら、お気に入りのステンシルをのせ粉を振るって焼き上げます。

サワー種はツオップさんが仕込んだものを使用。

ゆるい生地は捏ね上途中で一度放置し再び捏ねあげるオートリーズをとる。化学的に少し時間をおいてから再度捏ねた方が空気を含むことがわかったから、世界的にやるところが増えたそうだ。

計量はせず、大体の目安ですくいあげ、気泡をつぶさぬように丸める。

ライ麦の比率だけでなく、製法も様々であることにドイツパンの奥深さを感じました。パン籠や型がいらないから、たくさん作るのには効率もよさそうです。

数種類のステンシルの中から各自好きな柄を選んで粉がけ。

フェリックスさんが日本らしいからと持ってきたユニークな柄も。

リュスティック、ロデブほど気泡は大きくはないけれど、いわゆるドイツライ麦パンの詰まった感じでもない。口当たりは軽く、塩味が後をひくアウスゲホーベネスは、野菜たっぷりのスープや軽いお肉料理と合わせてみたい。



3つ目のミッチェレは、今回唯一お砂糖が入るパン。名前の由来は…?
「ぼくのお父さんも、そのまた上のおじいちゃんの世代に聞いても、誰も知らないんです。ただずっと昔からシュヴァーベンでは年末とかお正月に食べる習慣があって、お正月の船と言われて子供たちに配っていた祝日のパンでした。今では毎日朝食やおやつとしてジャムやはちみつをつけて食べます。」

その形はキャンディ包みの両端をボンボリにしたよう。中種を入れ捏ねた生地を分割、丸めてから両端を立てた両手でぐりぐり動かしながら耳を作り、表面を少し平らにします。ドリュールを塗って発酵させるのですが、途中で再度ドリュールを塗り格子状にナイフで切込みを入れるのです。



ミッチェレの成型順序。

ドリュールを塗った表面に途中で格子状の切込みを入れる。

焼き上がりはとてもかわいらしくいかにも子供が好きそう。バターの甘い香りが心地よく、それでいてブリオッシュほどリッチではないので、いつもの食卓でいただきたくなるのがわかります。ふと、両端にボンボリがついた形からベルギーのクリスマスパン〜クニュを思い出しました。ミッチェレの由来はわからないけれど、もしかしたら何かつながりがあるのかもしれません。

ミッチェレのぷっくりつややかな焼き上がり。



最後の仕込みパンはムッチェル。なんとシュヴァーベン地方の中でも、ロイトリンゲンという町にしかないコアな地方パンとのこと。たった数十キロしか離れていないシュトゥットガルトでも、フェリックスさんのお店のあるルートヴィヒスブルクでも知っている人はまずいないとか。ではなぜ彼がこのパンを知っているかというと、最初に修業したのがロイトリンゲンにあるお店だったからだそう。
「こちらは由来がはっきりしています。昔、ムッチェラというパン屋さんが作ったパンで、形が特徴的。こんもりさせた中心はロイトリンゲンの近くのアッハルム山を、まわりの八つの角は8つあったツンフト(ドイツの職業ギルド)をあらわしたものです。ロイトリンゲンにはムッチェルの日というのがあります。毎年1月7日がそれで、1月2日位から2月のはじめ位まで売っていて、この時期はみんなムッチェルを食べるんです。」

ムッチェルのミニサイズ、成形の手順を5段階で作成してくれました。

参加者は小さいサイズを2つ作りました。

大きいサイズをデモンストレーション。ドリュールを塗って発酵させる。8つの裾野には、ブレーツェルやクノーテンを飾ってお祭りパンらしさを演出。


年の初め、公現節の翌日、1か月間の販売、太陽のような形…こう並べると、やはりガレット・デ・ロワとリンクしてしまいます。生地に砂糖は使わず、フィリングもなく、中に‘当たりの何か’が入っているわけでもないけれど、バターと牛乳と小麦粉、塩、イーストといったシンプルな材料で仕込んだ生地とは思えないほど味わい深く美味しい。何といっても、象徴するものを形にして焼いたパンが、町中のパン屋に並ぶのを想像するだけでわくわくします。

実習では小さいものを作りましたが、フェリックスさんは小さいものから大きなサイズまで人数に合わせて買うことができるのだと、お手本を見せてくれました。飾りも凝った大きいサイズは圧巻。お祭り気分になります。

ムッチェルのサイズ違い4つ。手前の一番大きいものは直径40cmはあったでしょうか。ホイロの中で膨らんだらお山が天井にくっついてしまうハプニングも。


フェリックスさんの丁寧なレクチャー、手際よい作業を見て、今までぼんやりだったドイツパンのことが、自分の中で少し整理されてきました。

以下は私の受け止め方ですが…
捏ね上げたら発酵させるというよりほんの少し休ませ分割、成形してから発酵をとる。そのため力のある中種を使うことで、熟成感と安定した質感を出す。サワー種を使ったものも捏ねた生地の発酵をとるのは一回。次から次へとパンを作るのに、この流れは結構合理的。日本式の一次発酵、二次発酵という既成のプロセスは一旦忘れたほうがよさそうです。

お昼には今回の助手を務めたHiyori Brot代表、塚本久美さんがパンと野菜&豚肉の煮込み、千葉県の小さな生産者によるチーズを用意してくださいました。塚本さんはドイツへの渡航を繰り返しながらシニフィアンシニフィエのオープニングスタッフとして長年修業された後、兵庫県丹波市を本拠に構え、昨年秋に旅するパン屋Hiyori Brotを設立。店舗を持たず、月の満ち欠けに従って旅とパン焼きの生活をされている方。ふと、これはお任せコースしかない近頃のレストランのパン屋版だろうか…。大切な食べ物の無駄を出さない、人と人同士の想いや信頼を買うような、でも取引手段はネット上という新しい時代のパン屋なのだと感じました。100年以上続くドイツの老舗ベーカリーで伝統パンを焼くマイスターと、日本の素材を工夫しながら創作するパンの作り手。どちらからもとても刺激を受けました。

フランスの田舎料理ポテをイメージして作ったというお野菜たっぷりの豚肉の煮込み。

Hiyori Brot 塚本久美さんのパン。みりんと酒粕で風味とコクだしした‘米粉の湯種パン’。‘金柑とミント’は一口噛めば口の中が爽快に。‘味噌と味醂’は兵庫県多可町の足立醸造の味噌、三河みりん、ごま、カシューナッツを練り込んだ甘じょっぱさが日本的。


全てが焼き上がり、それぞれ自分の成型した分を試食、そして記念撮影をして終了。フェリックスさん、塚本さん、主催&通訳の森本さん、会場を快く貸してくださったLehrstube Zopfさんとスタッフの方々、素晴らしい講習会をありがとうございました。

フェリックスさんを中心に全員揃って記念撮影。お疲れさまでした。




Luckscheiterのサイト
 http://www.baeckerei-luckscheiter.de/

ドイツ食品普及協会のサイト
 http://doitsushoku.com/

Hiyori Brotのサイト
 http://hiyoribrot.com/

パン焼き小屋 Zopfのサイト
 http://zopf.jp/




Panaderia TOPへ戻る