取材・文 佐々木 千恵美  


5月22日、東京・三宿にあるカルピジャーニ・ジェラート・ユニバーシティにて、イタリア人の専門家によるチーズ製造講習会が3日間にわたり開催されました。

ジェラートのマシーンブランド、カルピジャーニがどうしてチーズを?
という疑問を持たれるかもしれませんが、加熱殺菌冷却を全自動で行うマシーンで、チーズの製造工程にも応用できるからです。そのため参加者は牧場の方が多かったのですが、レストランやパティスリーで自家製チーズを出したいという方もいらっしゃいました。イタリアンのお店ならジェラートをデザートに、チーズをピッツァに、パティスリーやカフェなら自家製チーズのチーズケーキといった展開も考えられますよね。

実際日本におけるチーズの輸入量は年々増え、2010年199トンだったのが2018年には270トンに増加。チーズ消費量についても日本で一人当たり2010年の1.9kgから2015年の2.2kgになっています。国産乳でチーズを製造できれば、エコロジーの面や新鮮さ、オリジナリティが出せるなど様々なメリットが考えられますね。

しかしチーズ講習会はカルピジャーニ・ジェラート・ユニバーシティとしては初めての試み。新たなアプローチが、豊かな食の扉を開いて広がっていくのか。双方密度の濃い3日間がはじまりました。

まずは講師を紹介しましょう。
日本は初めてというカルロ・ピッコリ氏は、この道30年以上の大ベテラン。現在はチーズ製造の他にコンサルタント、ヴェネツィア近郊に創設したチーズのアカデミーで、チーズのノウハウを伝授しています。

イタリアから初来日したカルロ・ピッコリ氏。
カルロ・ピッコリ・プロフィール

2012年CibusのAlma Caseusコンテストにて最優秀チーズ職人賞を受賞。30年以上にわたる経験により、搾乳から凝固、熟成、対面販売まで、チーズ製造・販売のあらゆるプロセスに詳しい。近年ではONAFより“チーズ鑑定マイスター”と認定された。チーズ製造の情熱により“Associazione Famiglie Rurali”と共に、“Accademia Internazionale dell'Arte Casearia”を創設。多くの人々にチーズへの情熱を伝えている。


初日は「ビギナーコース」。
乳についての基本的な講義を行いながら、乳からチーズ作りを実演。固まるまでや水分が切れるまで待つ時間が長いチーズ作りを、一日かけてじっくり見せてくれました。

会場には防水シートが敷かれ、チーズ製造用の作業台に大きな桶、型が置かれている。右はロレンツォ・スクリミッツィ社長。


はじめに乳の殺菌から。
八王子にある磯沼牧場から届いた新鮮な生乳を72℃まで加熱殺菌します。その後冷却し、42℃になったら乳酸菌を投入し乳酸菌が全体に働くまで20分ほど待ちます。
カルピジャーニの機械は、加熱から冷却までをプログラムできるのはもちろん、ホースで乳の移動ができるので、チーズ作りに大事なレンネット(凝乳酵素が)を入れて混ぜる作業をスムーズに行うことができます。

加熱殺菌された牛乳に乳酸菌を添加する。

ホースをつけて乳酸菌が働いてきた牛乳を桶に移動させる。

乳酸菌を入れた60Lの牛乳に水と混ぜて溶けやすくしたレンネットを注ぎ、手でよく混ぜます。その後凝固するまで15分〜25分置きます。

液体レンネットを計量する。

レンネットを均一に乳に混ぜるコツを目の前で見せてくれた。


待っている間はカルロ氏からの座学。
「味覚の特徴」は、3つから成るといいます。
一次の味は乳の質。いわば酪農家の味です。餌の内容によって色、香り、味に違いが出ます。放牧されているかどうかにもよりますし、動物の類によっても味や脂肪分、たんぱく質の量が違います。牛で例えれば、ホルスタイン種とブラウンイタリアン、水牛では性質が違うということ。南イタリアの水牛モツァレラチーズが特別とされるのは、チーズ好きなら知るところ。カルロ氏の話しでは水牛は最近北部でも飼育されているとのこと。それだけチーズにとっては魅力的な牛なのでしょう。
乳の質は搾乳方法や保管方法、運送方法によっても違いがでるそうです。悪い影響を与える菌の繁殖は避けなければなりません。

二次の味はチーズ製造の技術から生まれます。乳の殺菌方法や乳酸菌、凝乳酵素やカビ酵母菌の選択などによって違いが出ます。また手作業によるものか、マシーンで行うかによっても違うでしょう。どんなチーズを作るのか、選択とプロセス、テクノロジーが影響するわけですね。

三次の味はエイジングと熟成からくるものです。塩の入れ方、温度、湿度、時間によって作られていく味です。時間だけが作ることができる旨味、複雑な風味。人は気持ちを込めて見守るしかありません。


さて、乳が固まったか(カードができているか)チェックです。
カルロ氏は、そっと人差し指を入れ、ゆっくり動かしてカードの出来具合を確かめます。ゆるい杏仁豆腐のような感触か、思う固さになったらカードを切っていきます。
カードナイフを縦横斜めに入れ、クルミ大になるまで丁寧にカット。カードの大きさは作るチーズのタイプによってイタリアでは8段階ほどの呼び方があります。大きいものから桃、杏、クルミ、ヘーゼルナッツ、トウモロコシの粒、お米の粒、小麦の粒、キビの粒まで、全てが農作物にたとえているところがイタリアらしいというか面白い。

カードが適当な固さに出来ているかを指でチェック。

カードナイフを入れていく。

カードの大きさをわかりやすく農産物の大きさで表現するイタリア。他の国ではどう表現するのだろうか。


カード切りは何故行うかというと水分であるホエー(乳清)を抜くため。だから小さく切れば切るほど水分が抜けやすくなります。小麦やキビの粒までカットされるのは長期熟成させるハード系のチーズということになりますね。

今回作るカチョッタはソフトタイプなのでクルミ大の大きさに。だいたい同じ大きさにカットできたらホエーを少し抜き取ってから、80℃のお湯を適量加えて混ぜ、温度を42℃まで上げます。この作業もカードから水分をさらに出すため。温度が高い方がより水分が出やすくなるのだそうです。


温度計で確認しながらお湯を足してさらに水分を出す。


ホエーを切る道具はナイフの他にスピーノ、リーラと呼ばれる形状のものがあり、作るカードの大きさによって使い分けているようです。

再びホエーを適量取り除いて型に入れていきます。レンネットを入れてから概ね1時間でここまでの作業を終わるのがひとつの目安だとか。作業台に並べられたザルのような筒型に入れたカードから勢いよくホエーが流れ出します。チーズ用の作業台はお風呂のようにわずかな傾斜があって、ホエーは自然に排水口に集まります。その下にはバケツが置かれ、流れ出たホエーが溜まっていく仕組み。何度かバケツを取り換えなければならないほど、ホエーがでることにびっくりです。チーズになる固形分って、本当に乳の量の数分の一でしかないのですね。


カードを型に入れる。めいっぱい入れてOK。

傾斜でホエーがバケツに流れてたまる仕組み。

型の中身を一度ひっくり返す。

しかし流れ出たホエーも無駄にはしません。お菓子にも使われるチーズ、リコッタはこのホエーを再利用して仕込むのです。ちなみにriが再び、cottaが調理という意味。わかりやすいですね。

50Lのホエーを機械に入れ70℃まで加熱したら8Lの牛乳と塩を投入。すると不思議、上部がもろもろした状態に固まってきます。それを型ですくって水を切ればリコッタのできあがり。リコッタはレンネットの作用で固まるのではなく、ホエーの酸度で固まるのだそうです。


ホエーも時間の経過とともに色が変化する。乳酸菌が働き透明になっていく(左から右へ)。

仕込んだリコッタチーズを型入れする。


ホエーの再利用は他にもヨーグルトを加えてヨーグルトドリンクにもできるそうです。日本では家畜の餌にしたりしますよね。


水切りがすすむまでテイスティングのレクチャーです。お皿に並んだ2種類のイタリア産チーズを食べる前に手で折ってテクスチャーを感じ、香りを嗅いでから口に入れ味わいます。鼻から抜ける香りを確認します。良いチーズは後味が大事だそうですよ。ワインのテイスティングにも似ていますね。

左の白いものはカプラ・ウブリアカート・アル・トラミネ。山羊乳製で熟成時にトラミネぶどうで香り付けしている。樹の匂い、乳酸菌の酸味、シャリシャリした食感(チロシンという熟成による旨味成分)、ぶどうの香りの余韻。右はピア―ヴェ・ヴェッキオ・オーロ。牛乳製で9カ月熟成。ナッツや木や野菜のような香り。

手で折ってまずはそのものの香りをかいでみる。


再びチーズ作りの続きです。型入れしたカードの水分がだいぶ抜けてきました。ここで塩を表面にふりかけます。後で違いをみるために、ひとつだけ塩をしないでおきました。30分後にひっくり返した面にも塩をします。

表面に海塩を振る。

終了の頃にはホエーが抜けて型の半分くらいになった。


最後に今日作りたてのチーズをテイスティングです。
カチョッタチーズの塩あり、塩なし、それにリコッタチーズの3種類。塩なしは噛むときゅっきゅっと音のするテクスチャーで酸味があります。この酸味は乳酸菌が乳糖を分解して出た酸とのこと。塩をしたものは水分がより抜けて、より弾力がありました。カルロ氏曰く、1週間もするとこの弾力はなめらかになるそうです。リコッタチーズはふかふかで甘みがあります。生クリームを10%入れるとクリーミーなリコッタになるそうです。そうでなくても出来立ては格別。ジャムやフルーツと合わせるだけでちょっとしたデザートです。

右から時計まわりにリコッタチーズ、塩入り、塩なし。短時間でも見た目と味に違いが出る。


ペーパータオルで水分を拭き、網にのせ、毎日ひっくり返しながら冷蔵庫で熟成させます。表面をお湯で浸したペーパータオルで拭いたり、1週間後に40〜50℃に熱したお酒に20秒つけたりと、作りたいチーズを目指した熟成方法は色々。そうです、先に聞いた三次の味はこうした作業からも生まれるのだから。

こうした一連の作業は、すべてテクニカルシートに記載していきます。何時に、どのくらいの量、何度で、どんな種類の乳酸菌、レンネットを入れ、どんな大きさにカードを切ったか、塩つけ等、毎回記録していくことで管理もでき、後からどうしてこの味になったのか振り返ることができます。
また、講義では原価計算の方法も教えていただきました。日本とは原乳価格等が違うと思いますが、ポイントは同じでは。

型から出したらペーパータオルで水分をふき取り、熟成へ。

作業をひとつやるごとにテクニカルシートに書き込む。

この日作ったカチョッタのテクニカルシート。


受講者はひとつずつ、この日カルロ氏が作ったカチョッタを持ち帰り、各自の冷蔵庫で熟成させてみるというお楽しみ宿題が出ました。

「チーズ作りはまじめな日本人には向いているのでは。」とカルロ氏。自家製チーズの販売をする牧場も増加し、クオリティも上がってきている現在。消費量、輸入量を考えればもっと裾野が広がる可能性があるはずです。チーズ作りを身近に感じた、奥の深さに触れた一日目でした。

次回は体験コースをレポートします。



カルピジャーニ・ジャパン株式会社
 https://www.carpigiani.com/jp

ジェラートLoVers  by Carpigiani Gelato University
 https://www.facebook.com/CarpigianiGelatoLovers/




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