取材・文 佐々木 千恵美  


ビギナーコースに始まり、2日間の体験コースという計3日間に及ぶ充実した内容のカルピジャーニ・ジャパンのチーズ製造講習会。前回の体験コース1日目のレポートに続き、今回は体験コース2日目の様子をお伝えします。

2日目のセミナーは質疑応答から始まりました。

「モツァレラとカマンベールは違う作り方と思っていたのですが…。」

それに対して講師のカルロ・ピッコリ氏は答えます。

「チーズ作りにレシピはありません。ミルクは何を使うのか、どうやってミルクを移動させたのか、保管方法は? どんな加熱殺菌か、鍋の大きさの違い、どんなカードの切り方か、選択によっていろいろなチーズができるのです。小さい変更が小さい変化につながるのです。レシピというよりもむしろ結果によってシステムを見なおす‘システムチーズ’という考えはあります。」

「今日もチーズ作りをお見せしますが、みなさんには各レシピを調整するスキルをお伝えしたい。」

さあ、2日目も頭をフル回転にして、カルロ氏のチーズ作りを吸収しましょう。

チーズ作りにレシピはないと繰り返すカルロ氏。


1種類目はフィオレリーノ。小さい花を意味するこのチーズはカマンベールのような白カビで覆われたソフトタイプのチーズ。いつも通り牛乳を加熱殺菌したら冷却して乳酸菌を入れ、20分置いたらレンネットを加え混ぜます。フィオレリーノに使うパウダーレンネットには、予め白カビができる成分が含まれているそうです。後から白カビ菌を吹き付けるのは見たことがありますが、白カビ菌入りレンネットがあるとは! この世界でもテクノロジーの進歩はめざましいのですね。

この後カードが固まったらカットして、3つだけ型入れをし、残りは温度を上げてさらに水分を出し、型に入れます。温度を上げずに作ると柔らかいものができるそうです。カルロ氏が先に行っていた、レシピを調整するスキルとはこういったことなのでしょう。

型入れしたばかりの柔らかいカードをひっくり返す。お手本を見せるカルロ氏。

何個かやるうちにコツがつかめてくる。


次に前日に仕込んだカチョッタとセミハードチーズの全面に塩をまぶします。この時ペーハーが適切かどうか、ゴム状かどうかを見て確認します。
加塩は直接振る他に、18%の塩水にしばらくつける方法もあり、チーズの大きさ、柔らかさによって漬け込む時間を設定するそうです。

表面全体に手で塩をまぶす。
手で触ってみて適切な状態かをチェック。

それからバケツに入ったロビオラチーズのカードを1日目同様に、ガーゼを敷いた長方形の型に大きく掬って塩をし、水を切ります。

続いて見せてくれたのがロビオラチーズの成型。ロビオラチーズがどんなものか、あまりイメージできなかったのですが、作業を見ていくうちにああ、あれだとわかりました。小型でハーブやスパイスが塗してあるおつまみ的なフレッシュチーズです。

前日に水切りしておいたロビオラのカードを手に取り丸めて成形。

それだけではありません。中に蜂蜜を入れてみたり、トリュフやナッツで風味づけしたり、ハート形にしてみたり…etc. チーズケーキにも使える応用範囲の広いチーズなのです。

「芸術的なプレゼンテーションでショーケースが華やかになるし、簡単に作れて利益率が高いのもロビオラチーズの良いところ。」と、画像を用いながら解説するカルロ氏。

早速受講者たちも型入れの体験です。カルロ氏がイタリアから持ってきた型に詰めたり、手のひらで丸めたりしてロビオラの感触を体感しました。

ハートや筒状など、いろいろな型に詰めてから外すことも、ポピーシードやハーブなどを塗したり混ぜ込んだりすることもできる。


ポピーシード、唐辛子を入れたりするのも美味しい。この段階ではホエーが出た後なので、フルーツを入れることも可能。
ヘラで練るとフロマージュブランのようにふわふわソフトで酸味も穏やかになります。

クリームチーズのようにパンに塗っても、ケーキやデザートの素材としても生かせそう。受講されたみなさんの牧場やお店でも提案できるといいですね。

練ると滑らかなテクスチャーに。



3種類目はヨーグルト。チーズ作りとの違いは加熱温度。牛乳をより高温の90℃まで加熱します。15分保温の後、43℃まで冷却してからスターター(ヨーグルト菌)を加え混ぜて待ちます。
私は低温殺菌乳が好きなのですが、ヨーグルト作りには向かないと言われるのは、たんぱく質の変性が足りないため乳酸発酵で固まりにくいそうです。チーズは逆に高温殺菌乳だとカードが出来ないのだから、微生物やたんぱく質の働きというのは不思議です。

ヨーグルトは乳すべてが固まる。濃厚な味にするためにあえて水切りすることも。


カルロ氏は、ヨーグルトのテクスチャーを変化させる方法も教えてくれました。ホイッパーでかき混ぜるとコシがなくなり、とろとろでクリーミーな酸味も穏やかなヨーグルトになりました。また水切りを行うことで(ギリシャヨーグルトのような)濃縮ヨーグルトとなり、水切り時間、度合いによって、フルーツソースとデザートに。塩を加えて濃縮させれば食事系にアレンジができます。
アボカドと混ぜてディップに。ハーブ&スパイスやナッツとおつまみに。クリームチーズのように洋菓子に使うこともできる、とても便利な素材となります。また香りが弱いのでジェラートのベースとしても使えるし、イタリアでは最近ヨーグルトベースにチョコレートを入れたジェラートが人気だそう。さっぱりしておいしそうです。
水切りをしなければ乳が100%そのままヨーグルトになるので、コスト的にも魅力ですね。

ホイッパーでかき混ぜればクリーミーな口当たりのヨーグルトになる。

それぞれのヨーグルトを味見。違いを実感する。


コストの話しがでたところで、数字の勉強です。ボードにチーズの種類による原価計算を書きだしました。

100Lのミルクで作るとして、ミルクの原価を仮に20,000円、スターターとレンネットが3000円、人件費が2000円とすると、25000円がかかります。
乳の利用率が、ヨーグルト100%で、1kg当たり250円。80%濃縮ヨーグルトにすると320円。ロビオラは30%で833円と、ハード系になるほど原価はあがっていきます。熟成期間もかかるので、管理も考えるとハード系チーズの値段が高いのもわかりますね。


2日目のイタリアチーズテイスティングは4種類。2日前のビギナーコースで作ったカチョッタ、牛乳製でカベルネソービニヨンワインのぶどう皮をつけて熟成させたウブリアーコ、2ヶ月熟成させたタレッジョ、1年熟成させた後に蜜ろうで覆ったハード系のサンピエトロ。カチョッタは本来なら1週間熟成させてから食べるチーズですが、この時点では乳酸菌がまだ働いていて酸味がありました。ウブリアーコは香しく、甘みと後味にピリっと辛みも感じられました。タレッジョは強い香りながらプルプルしたテクスチャーがユニーク。サンピエトロは長期熟成による旨味成分がシャリシャリ、バターのような香りと甘み、コクが感じられました。

上から時計回りにカチョッタ、ウブリアーコ、タレッジョ、サンピエトロ。

手前左がサンピエトロ。蜜ろう使用を表すミツバチのイラスト入りパッケージ。



4種類目のチーズはパスタロッタ。アジアーゴのような細かい穴ができるチーズです。
こちらも加熱殺菌した牛乳に乳酸菌を入れてしばらく置いてレンネットを入れカードを作りカットしていきます。しかしカードが思うように固まらず溶けだしてホエーが濁ってしまいました。実はマシーンのプログラムを間違えて3℃高く設定してしまったため、テクスチャーを作るカルシウムがダメージを受け、状態が変わってしまったのです。たった3℃の違いなのに、乳はとても繊細です。いい状態でのパスタロッタ作りは難しくなりましたが、間違ってしまうとどうなるかを知ることができました。

型に入れてホエーを切り、台に広げて塩をふり、再びカードをカットしてから布をした型に詰めます。Rotta=壊れる、割れるという名前は二度のカード切りによって穴の開いた脆いチーズができるからでしょうか?
イタリアではこの穴のできるのを利用して、青かび入りのチーズを作ることもあるそうです。


 一度型に入れ水切りしたパスタロッタのカードを台に広げてさらにカット。
 重ねるなどしてもろもろに。
 再び布を敷いた型に詰めて閉じる。



続いてモツァレラ製造の理論。2通りの方法があり、そのプロセスの違いを比較しながら見ていきました。
1つは乳酸菌のスターターとレンネットにより凝固させるやり方で、所要3時間。もうひとつは乳にクエン酸を添加してレンネットを加えて凝固させ、トータル60分ほどで出来るスピーディーな方法。前者の3分の1の時間なのはありがたい。ただしこの方法では、モツァレラの中にラクトース(乳糖)が残り、酸味もないとのこと。乳糖不耐症の方には不向きかもしれません。
モツァレラをのばし成形するときのカードのペーハーは大体5.1が良いとされていますが、ペーハーがこれより高ければ作業難度は容易だけれど、テクスチャーはそのまま食べるには固く感じます。でも日持ちは長めになるし、ピッツア用にすればいいわけです。逆にペーハーが5.1より低めになると、やわらかくなり、成形も難しくなります。そのまま食べるにはいいですが日持ちも短くなります。また、のばす作業をする湯の適正温度も変わってきます。

モツァレラを湯の中で練ってのばして状態をみる。


様々なケースの数字を書きながら解説する一方で、カルロ氏は言います。

「チーズは数学ではできない。環境によって様々な要因があるから。」

講習会開始時と同じ言葉です。あらゆる段階で異なる条件が考えられるから。だからこそ、オリジナルのチーズが作れる可能性だってあるわけですね。


お昼前に型入れしてひっくり返したフィオレリーノは午後4時頃にはだいぶ水分が抜け、半分くらいの高さになっていた。見た目では違いは判らないが手前3つが加温せずに型入れしたもの。

フィオレリーノをひとつ味見。フレッシュでミルキー。まだ白カビの味はしない。


カルロ氏のチーズ作りを見て、体験して、そのことを受講者たちは感じとっていたと思います。カルロ氏もまた日本でチーズ作りを教えたいと、手ごたえを感じたようです。 近いうちに、彼らの牧場、レストラン、パティスリー…それぞれの個性あふれるチーズが誕生することを期待せずにはいられません。
貴重な3日間をありがとうございました。



カルピジャーニ・ジャパン株式会社
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