取材・文 佐々木 千恵美  


昨年で4年目となるジル・マルシャル氏の来日講習会が2019年9月12日、ドーバー洋酒貿易、サンエイト貿易との共同主催で開催されました。

今回もまた募集開始後1週間ほどで満席に。その後増席するも最後はお断りする方もいたということで、内容の充実度、人気のほどがうかがえます。

「本日はみなさんに楽しんでいただける一日にしたいなと思っています。デモンストレーションをしますが、みなさんと意見交換できたらいいなと思っています。」

登壇したジル氏から受講者に向けての熱い挨拶でスタートです。

ジル・マルシャル氏
GILLES MARCHAL
   プロフィール

1999年〜8年間にわたりフランスのホテル最高級格付け「パラス」の称号を誇る「ホテル・ル・ブリストル・パリ」でシェフパティエを務める。
2007年「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」のクリエイティブ・ディレクターに就任。
2014年 パリのモンマルトルに自身のパティスリーをオープンし、世界中のガストロノミー・スイーツファンが足しげく通う人気パティスリーとなる。


「私が日本に初めて来たのが30年前。その時はオテル・ド・クリヨンに務めていて、帝国ホテルとコラボレーションのために来日し、1週間ほど滞在しました。
それからもう50〜60回と来日は数えきれないほど。日本の文化、食材など学ぶことが多く大好きです。最近は日本の食材もパリで手に入るので、日本の食材を使ったりもしています。フランスにも日本にも素晴らしい生産者がいて、それを使うのが私たちの仕事だと思っています。
ですから今回はなるべく日本にあるものは日本のものを使おうと思います。チョコレートやアルコール類だけはそうはいきませんが、小麦粉、バター、生クリーム、果物などは日本のものを使います。実は今回ミラベルを使うのですが、日本でも生産されるようになったと聞きます。これからは日本産のミラベルが使えるかもしれませんね。」
「みなさんプロなので、もうレシピとか作り方はご存知でしょう。ですから学んでいただきたいのは、私の経験やフィロソフィーだと思っています。」

いきなりジル氏の哲学トークがはじまりました。

「マドレーヌというのはシンプルだからこそ毎日焼くべきものと思います。最近は他でも私を見習ってくれたのか、毎日焼くようにしていると聞きます。
どんどん新しいブティックがオープンして、ひとつひとつのお店にはお客様が減ってしまうけれど、なるべくその日に焼いてその日に楽しんでいただく、そういったクオリティは大切にし、経営をしていただきたいと思います。」

「オーナーの方は経営の面、人材の面で苦労されていると思います。私は1店舗しかないので外のビジネス、例えばホテルとのコラボレーションなどを展開していますがそういうことも大切です。」

「今回のデモにはドーバーさんのお酒、カオカのチョコレート等、協賛企業のものを使わせていただきます。最近はアルコールを敬遠するパティシエもいますし、グルテンフリーとか、バターを少なくする傾向もあります。
もしアルコールを使うならクオリティの高いものをちょっとだけ使うか、フランベなどでアルコールを飛ばして、お菓子の中にきちんと入れた上で作っていただけるとうれしいです。
一番大切なのは自分のお菓子とはこういうものだという個性を大切にすること。私も今までやってきたものの中にグルテンフリーとか要望を入れ個性を大事にしています。」

デモを始める前に講習会のコンセプト、自身の哲学を学んでほしいと語る。


披露してくれたレシピはアントルメ、アシェットデセール、プティガトー、タルトレット、ガトー・ド・ヴォヤージュの5品。
4年目となった今回もクラシックをベースに現代風なタッチを加え、丁寧な作業をされる姿は変わらず、基本的な材料でジル氏らしい美味しさのスタイルを表現されていました。

使用されるお酒類とカオカのチョコレートが並ぶ。



1品目はアントルメ。
カオカ(KAOKA)社のオーガニックチョコレートを使ったムースとナッツ類のクルスティアン、ビスキュイ、キャラメル等を組み立て、グラサージュで艶よく仕上げた一品です。いつもチョコレートはブレンドしてオリジナリティを出すというジル氏。力強いカカオ感と酸味のサントメ75%と香り高いリオアリバ70%をブレンドしたムースは、ナッツのザクザク感やキャラメルの風味と絶妙なバランスに仕上がっていました。

「アントルメ ENTREMET」
周囲にはピーカンナッツのキャラメリゼ、トップには白と黒のデコールショコラ、金箔を置いた、シックでエレガントなデコレーション。「デコレーションは材料にしているもののイメージで必要最低限に。それに時間をとられては勿体ない。」とのこと。


土台のビスキュイアマンドに小麦粉ではなく米粉を使用したり、クルスティアン・ペカンにポレンタ粉を使うなど、後から気づいたのですがグルテンフリーを意識したレシピではないかと思いました。少しだけ入れたパユテクレープダンテルが小麦グルテン入りかもしれませんが、レシピに小麦粉の文字はなく、冒頭に触れていたアレルギーや健康意識の高いパリのお客さまの要望をジル氏なりに考え生みだしたケーキなのでしょうか。さりげなく、みんなが美味しく食べられるケーキが買えるのはうれしいことです。 ジル氏は米粉の代わりに小麦粉を使ってもOKと言っていました。

シリコン型は個性を出せる道具のひとつ。手前のクルスティアン・ペカンは手でパラパラと入れた。その方が美味しく感じるそう。



2品目はアシェットデセール。
フランスでは子供の頃から親しまれるお米のミルク粥、リオレを洋梨と組み合わせた秋らしい一皿です。リオレはアングレーズソースよりしっかりしたプルプル状態のクレームブリュレを混ぜ、バニラ、オレンジとグランマルニエ・コルドンルージュで香り付けされていました。これだけでも美味しいのですが、オードヴィを加えた洋梨のソルベ、トンカ豆で甘く香り付けたドラペ(ひだをつけたクリーム)、洋梨のキャラメリゼやキャラメル等、お皿の中で組み立てられた姿が美しく、口に運ぶごとに香りの多重的広がり変化がすばらしい。またお米の粒の存在感、食感が印象的なデセールでした。

「アシェットデセール ASSIETTE DESSERT」
洋梨はキャラメリゼの他、フレッシュを薄くスライスしたものも重ね、動きのある盛り付けに。エディブルフラワーと金箔が彩りを添える。


日本の素材であるお米をフランスの伝統菓子で表現してくれたこと、リキュールやトンカ豆による香りの余韻の活かし方にも刺激を受けました。

「組み立てるだけなのでサロン・ド・テでも提供できる。」と提案。


3品目はプティガトー「サクレクール」。
ラ・メゾン・デュ・ショコラ時代、ホワイトチョコレートは甘いだけなので使わないでいたけれど、モンマルトルにお店を開くようになったら、ホワイトチョコレートのお菓子はないのかと聞かれ、フランボワーズの酸味と甘みのバランスを楽しむこのケーキを作ったそうです。

プティガトー「サクレクール SACRÉ COEUR」
ビスキュイピスターシュに塗したピスターシュのグリーンがいいアクセント。


カオカのアンカ35%を使ったムースショコラブランはバランスを考え、チョコレートに含まれる糖分のみで仕立て、フランボワーズにはライムの酸味と香りをプラスしセンターに入れ、緑が鮮やかなピスタチオのビスキュイを土台にシリコン型で美しく仕上げられたプティガトーの姿はまるでサクレクール寺院のよう。
トップのライチが華やかな香りを演出。爽やかなフルーツの酸味とミルキーなショコラブラン、ビスキュイピスターシュのコクと甘みが印象に残る一品でした。

シリコン型にムースショコラブランを絞り込む。「ショコラブランは甘いので酸味のバランスが大事。そして油脂分が多いので温度に注意すること。」



4品目はプティガトー「タルトレット・エスプレッソ」。
色々な要素を入れた、コーヒーが苦手な人でもおいしく食べられるというタルトレット。タルト生地にも挽いたコーヒー豆を混ぜ、クルミ入りクレームダマンドを焼き込んだ上に、ビスキュイジョコンド、カオカのミルクチョコレート、ボナオ37%がベースのクレームオカフェを重ね、周囲をアマンドエフィレキャラメリゼで囲んだ立体感のあるプティガトー。コーヒーとクルミのクラシックな組み合わせも、チョコレートとコニャックの風味付けにより様々な味が広がります。

プティガトー「タルトレット・エスプレッソ TARTLETTE EXPRESSO」
毎年タルトレットは生菓子をのせて高さを出すスタイル。これもジル氏の個性でしょうか。

クレームオカフェをタルトの上にのせ組み立てる。「土台のパートシュクレは1週間分くらいまとめて作っておくと効率的。」



5品目はガトー・ド・ヴォヤージュ「ガトーロラン」。
ロランとはジル氏の故郷ロレーヌ地方のことで、特産品ミラベルのリキュールを生地に混ぜて焼き、さらに焼き上がりにレモン汁とミラベルリキュールをかけてグラサージュで覆った地方菓子。1週間日持ちするように仕上げました。前回まではパウンド型の焼き菓子でしたがこれは丸形。シンプルですがトップにあしらったドライミラベルと金箔が中身を物語っていてすてき。
卵黄多めの配合で濃厚な生地ですが、重すぎずリキュールの香り高く酸味が爽やかでした。

ガトー・ド・ヴォヤージュ「ガトーロラン GATEAU LORRAIN」
グラサージュにもアルザスミラベルのオードヴィを加え、シロップ漬けを乾燥焼きしたドライミラベルを片側に散らし地方菓子をスタイリッシュに。

試食したガトーロランの断面。気泡は細かくしっとり。

冷めたらグラサージュがけをする。手前にあるのがミラベルのシロップ漬け。「おばあちゃんはこのお菓子を作るのにミラベルのリキュールをどばっとかけていましたが、お酒の量は多すぎず少なすぎずに。」


素材の組み合わせ、それらを引き上げる香りやテクスチャーの出し方、自分の個性を芯にしながらも時世のニーズを組み入れ、洗練された形に仕上げていくジル氏の世界観に触れられた一日でした。


デモを終えて、再びジル氏から経験談をふまえたお話しがありました。


「モンマルトルに自分のお店をオープンした当時は、やっていけると思いましたが、やっぱり自分の中で問題点が積み重なり、それでも5年間やってこられました。みなさんも問題を持っているかもしれませんが、ぜひ自分の個性を持ってほしい。それで50%やっていけるくらいのものにしていただきたい。たとえば私は毎日焼くマドレーヌをスペシャリテとしているけれど、それがすごく大切なことだと思います。」

仕上げた作品を前に、最後にもう一度伝えたいことを語るジル氏。エルメスなど有名ブランドとのコラボもすすめている。高くても続くものだから大事だという。


ジル氏の毎日出来立てのマドレーヌはひとつ2ユーロ。最初は高いと言われたけれど、食べたら納得され、今は平日で300個、週末は800〜900個売っているそうです。そこからメゾン・ド・トリュフとのコラボレーションへ。トリュフ入りのマドレーヌを300個ほど毎日収めており、他の企業からの依頼も増えているといいます。個性は外のビジネスへとつながる。きちんとお店の仕事をして、それをうまく活かしていくのが大切だと唱えました。ちなみにトリュフ入りマドレーヌは1個6ユーロ。聞いた数字を計算するだけで相当なものだとわかります。クリーションももちろん大切ですが、経営のためにも、外のビジネスもうまくやっていくのが大切だと付け加えられました。

この2月には家族で日本を旅行するとのこと。日本での刺激をパリに持ち帰り、再び日本で紹介してくださる日が楽しみです。 今回も素晴らしい一日をありがとうございました。


デモンストレーション後の記念撮影。ジルさん、スタッフのみなさん、お疲れ様でした。ありがとうございました。



サンエイト貿易株式会社
 http://www.sun-eight.com/

ドーバー洋酒貿易株式会社
 http://www.dover.co.jp/x

Pâtisserie Gilles Marchal(パティスリー ジル マルシャル)
 http://gillesmarchal.com




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