取材・文 佐々木 千恵美  


昨年大好評だったジル・マルシャル氏の来日講習会が10月3日、代々木上原にあるドーバー洋酒貿易にて開催されました。グランマルニエ酒の取り扱い開始ということもあり、今回はサンエイト貿易との共同主催。聞けば募集開始直後に席は埋まり、数日後にはキャンセル待ちも出来ないくらいの申込数だったそう。その人気ぶりは会場に入った瞬間にわかりました。臨時の折り畳み椅子席が後ろにも両サイドにも設置され、パティシエ、パティシエールの活気であふれていたのです。

ジル・マルシャル氏
GILLES MARCHAL 

1999年〜8年間にわたりフランスのホテル最高級格付け「パラス」の称号を誇る「ホテル・ル・ブリストル・パリ」でシェフパティエを務める。
2007年 「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」のクリエイティブ・ディレクターに就任。
2014年 パリのモンマルトルに自身のパティスリーをオープンし、世界中のガストロノミー・スイーツファンが足しげく通う人気パティスリーとなる。


壇上に立ったジル氏から、デモを始める前に挨拶がありました。

「まずはみなさんの熱心さに感心します。そして講習会というのは一人でできるものではありません。協力してくれるスタッフに感謝します。
30年前に初来日してから、私はほぼ毎年日本に来ています。ラ・メゾン・デュ・ショコラ在籍中には、年3〜4回は来ていました。日本の文化や哲学に興味があり、日本の良いものを学ぶためでもあります。ただ教えに来ているだけではないのです。だからみなさん、今日はどんどん質問をしてください。みなさんと自分の持っているものを分かち合いましょう。
私の哲学はシンプルで美味しいもの、美しいものを作ることです。でも情報のコピーはしません。自分のインスピレーションでオリジナルを作りたい。パラスでは150人のスタッフを仕切ってきましたが、自分が店のオーナーになった今では経営も考えなければならなくなりました。でも喜びを感じていますし、日々の仕事の喜びを分かち合いたいと思っています。
今、パリではたくさんのパティスリーができています。別の場所で作って販売するお店も多いです。でも自分が考えているお店というのは、ラボが一緒で、いい香りが漂ってくる、毎日作りたてを提供することです。」

ジル氏の哲学、仕事に対する姿勢に朝から身が引き締まります。この一日が実り多いものになるのは間違いないと思いました。

デモンストレーション前に今回のスタッフを紹介。


今回披露してくれたレシピは6つ。生菓子2作品、タルト1作品、焼き菓子2作品、デセール1作品の構成。その多くは日本人が何を望んでいるかを聞いて選んだ作品だそうです。


それでは順番に紹介していきましょう。

1品目はクリスマスを意識し、日本人の大好きなマロンをメイン素材に使ったビュッシュマロン、クレームショコラ ドゥルセ、ノワゼットとアマンドのダコワーズ〜 Bûche marron, crème chocolat dulcey, dacquoise noisette et amande

「ヴァローナからドゥルセが出た時、見た目の美しさが気に入りました。主役のマロンとドゥルセのキャラメル風味を損なうような味を加えないで組み立てて。」とジル氏。飾りのパーツまで含めて、メイン以外の香りの素材はディロン・トレヴューラムと生地のノワゼットやアーモンドくらい。無駄をそぎ取ったシンプルな美しさと味わいのイメージはベージュ色の冬。存在感のあるノワゼット生地のコクとドゥルセのミルキーさがマロンの味わいをやさしくひきたてていました。

Bûche marron, crème chocolat dulcey, dacquoise noisette et amande
ドゥルセで樅ノ木などのデコールを時間があるときに自家製しておけば、クリスマス用の装飾小物をわざわざ買う必要もなくオリジナリティも出せる。食べられるデコールは食べ手も歓迎だ。

日本のカステラ大好き、なのにフランスでは今忘れられているのがビスキュイ生地と語るジル氏。このダコワーズは風味と食感をしっかり感じられるように厚めに焼くのがポイント。

ムースサバイヨンマロンは、修業時代に習ったレシピをそのまま使っている。ゴム手袋をしてやさしく混ぜ合わせる。ビュッシュは年に一度しか作らないから、スタッフにわかりやすいように型に絞るグラム数を決め指示している。

試食に供されたビュッシュ。2枚のうち上のダクワーズ上部にはクレームドゥルセ、その周りにはムースサバイヨンマロン。グラサージュドゥルセをかけシュトロイゼルカカオ、小田巻で絞ったヴェルミセルマロンをデコールと味のアクセントに。


「12月23日は3時で製造の仕事を終了し、4時に販売スタッフが箱詰めを始め、24日は売り切れるまでです。」
ビュッシュをいただきながら、クリスマスのパリのお店の裏側を想像したのでした。


2品目はオペラ〜 Opéra
今ではクラシックのひとつですが、オペラが世に出た1960〜70年当時はとてもセンセーショナルなケーキでした。フォレノワールのような背の高いケーキばかり並んでいたところに、高さ2,5pの四角く表面がフラットなレイヤーケーキが登場したのですから。
ジル氏は誕生から50年ほど経ったオペラを、自分のタッチで現代風にデザインしていました。「クラシックなお菓子は最近忘れられているけれど、お客さんの食べたい要望はある。だから再構築ではなく、あくまでクラシックを今に合った方法、味わいで作りたい。」と、スクエアだった形を、買ってすぐに箱からとり出しても食べやすいよう長方形に変え(スナッキングの需要が多くなったため)、厚かったグラサージュを見た目は変えず薄めにしたのです。口当たりの軽い薄いグラサーシュをかけるためにしたひと工夫はひまわりオイル。伸びが良くなり、1〜1.5mmの薄さに仕上がり、表面もつややか。カカオパウダーを振り、金箔をデコールすれば、どこから見てもオペラです。

Opéra
細長い形は、ナイフで切らなくても端からフォークを入れられ食べやすい。最近はお店から出たらすぐに食べる人が多いというニーズにこたえたデザインでもある。

お店では今年、「オペレッタ」というネーミングのオペラの姉妹菓子が登場。オペラ同様細長い形で、ビスキュイジョコンドにライムのプンシュ、クレームムスリーヌバニラ、パートダマンドフランボワーズが層になっているそうだ。

ポンシュカフェをビスキュイジョコンドに打つ。感覚では指で押してにじみ出る位だが、お店では上段下段でポンシュの重量を数値化しスタッフに指示しているそうだ。


3品目はタルト ブルダルー〜 Tarte bourdaloue
タルトはフランス伝統菓子のひとつ。本来は季節の果物を詰めるのですが、タルト ブルダルーの洋梨だけは、生だと硬さや熟度にバラつきがあるので缶詰を使っているとジル氏。サンマメの缶詰ポワールは、はちみつとオレンジ果皮、バニラでポシェしてから使用します。ポシェに使うバニラは使用済みのさやなのですが、ここからバニラの価格高騰の話題に。

「2010年に1キロ80〜100ユーロだったブルボンバニラが、2017年の今、650ユーロに。実に6〜8倍以上の値上がりです。もうミルフィーユバニーユは作らない、キャラメル風味にすると言う有名パティシエもいるけれど、そういう訳にもいきません。ガトー値上げの説明もしなければならないし、さやを使うもの、さやの代わりにトンカ豆やバニラエキストラクトを使う品を決めなければなりません。」

バニラの急激な価格高騰には様々な原因理由があるのでしょう。けれどそれをただ受け入れるのではなく、代わりとなるベストなアイデアを考えていくことが大事。そのヒントをジル氏はところどころで教えてくれました。

「再構築と言われる新しい角度から見た伝統菓子が流行しているけれど、それは好きではない。あくまで伝統的なものに現代的要素を加えたオリジナリティが私のスタイル。」というジル氏のタルト ブルダルーは、トップにクレームムースリーヌピスターシュを絞り、ピスターシュクリスタリゼをトッピング。

Tarte bourdaloue

試食用のTarte bourdaloue 断面はこんな感じ。洋梨の上にたっぷりのクレームムースリーヌピスターシュは迫力がある。

フォンサージュしてから24時間冷凍して焼けば生地の落ちるのを防げるとジル氏。面倒なタルト生地は最近ではメーカー出来合い品を使うお店も多いのだとか。


4品目はケーク マーブレ〜 Cake marbré
パウンド型で焼いた、1週間くらい日持ちのするいわゆるガトー・ド・ヴォアイヤージュ。
「フランスでは今、日本が作っているいろんな形のケークの影響をものすごく受けています。細身のケーク型はみんな欲しがっていますよ。ビジュアルもとてもきれいですよね。でも私は昔ながらの大きな型で焼いた中がしっとりのケークが好き。グラサージュもパータグラッセもかけません。」ときっぱり。

そんなジル氏のケークは王道でありながら作り方はとても合理的。溶かしたバターで卵黄や粉類を泡立てしないよう油脂で包み込むように混ぜ、ベーキングパウダーで膨張させるやり方です。大きく焼いただけに中身部分も大きく、クレームドゥーブルの効果でしっとり熟成し、カカオ生地に加えたヴァローナ・ドロップショコラブラックとマロンロワイヤルのオレンジキューブが、味のアクセントになっていました。何枚でも繰り返し食べたくなる美味しさです。お店では年間を通じたシトロンの他、クリスマスシーズンにはパンデピスも作られるそうです。

Cake marbré

カット面の美しいマーブルは、白生地とカカオ生地の絞り袋に入れた2種類の生地を交互に絞ってできたもの。


5品目はノワイエ〜 Noyer
ノワイエとはクルミの木という意味と、溺れさせるという意味があります。これはグラサージュにドボンとくぐらせるからでしょうか。フィナンシェのようなしっとり食感のノワイエは冷蔵庫で4、5日保存できる手のひらサイズの丸形の焼き菓子。

「マドレーヌは必ず金属型で焼きますが、これは表面をカリカリにさせたくないからシリコン型を使って焼きます。」
 型も望む仕上がりによって使い分ける。これはシリコン型が登場したからこそ生まれた美味しさなのですね。
マルコナ種のパートダマンドベースに、グランマルニエで風味付け、オレンジ、マロンコンフィ、ヘーゼルナッツを具とトップに飾ったノワイエは、小さくても存在感の大きいドゥミセックでした。

Noyer
艶があって白っぽい表面は、グラッサージュしてからオーブンで一瞬乾燥焼きさせるとできる。

シリコン型に半分生地を絞り、ナッツ類を入れてからまた生地を絞る。


6品目はサバイヨンショコラノワール、クラッカン・ノワゼット、キャラメルトンカ、クレームグラッセグランマルニエ、ネクター・エキゾチック〜 Sabayon chocolat noir, craquant noisette, caramel tonka, crème glacée grand marnier et nectar exotique

このデセールはホテルブリストル時代のひと品。今でもメニューにオンリストされているというのだから根強い人気が伺えます。ジル氏のお嬢さんが一番好きなスイーツもムースショコラ。伝統的なフランスのデザート、ムースショコラには色々な作り方がありますが、ジル氏のそれはサバイヨンで仕立て。一品目のビュッシュマロンのセンターにしたムースサバイヨンマロンと違い、ゼラチンは使わず、チョコレートの保形性を活かしたムースはレストランデザートならでは。器によっても印象が変わります。中に隠れた1p角カットのダコワーズアマンド、ノワゼットキャラメリゼのサクサクした音と、上がけのなめらかなトンカ風味のキャラメルが加わり、ひと口ごとに楽しませてくれます。
また、別添えのネクターエキゾチックをかけたり、クレームグラッセグランマルニエを交互に味わえば、美味しさのハーモニーはさらに複雑に。
昨年もそうでしたが、ジル氏のデセールは、食べる順番や組み合わせを食べ手の自由にゆだね、味の変化を楽しめるような仕掛けをされます。まるで食べながらコミュニケーションをするようです。

Sabayon chocolat noir, craquant noisette, caramel tonka, crème glacée grand marnier et nectar exotique
グアナラを使った濃厚なサバイヨンとグランマルニエ香るグラス、クロップス社のアルフォンソマンゴーピューレ、ココナッツピューレ、パッションフルーツピューレにライム果汁、ライチ、オレンジ果汁などをブレンドした南国風味のネクター。同じ中身でも器選びで異なる表現ができるという3つの例。


これでデモンストレーションは終了…というタイミングでスタッフ側からサプライズが。10月生まれのジル氏のアニバーサリーを祝って誕生日ケーキの贈呈が行われました。日本のショートケーキが大好きというジル氏ために、フルーツたっぷりな彩りのアントルメが、ハイアット リージェンシー 東京の佐藤料理長から手渡され、会場からも祝福の拍手が。この日、大切なものをいただいたのは私たちと思っていたのに再び胸が熱くなりました。講習会は一人でできるものではないと、リスペクトしあう最初の言葉通りですね。





クラシックを大事にしながら、今の時代にあった甘さやスタイルに仕立てたジル氏の作品は、食べ手の気持ちに寄り添いながら、彼のタッチを吹き込んだ生き生きとしたものでした。
またオーナーシェフとして、スタッフの働き方を考慮したレシピや道具使いなどのお話しは、大変興味深いものでした。
来年もぜひ、日本の文化に触れにいらしていただきたい。そしてジル氏の持っているものとシェアできればうれしいです。素晴らしい一日をありがとうございました。

終了後にスタッフを労う。今回もよい刺激を受けました。

デモンストレーションの作品たち。



サンエイト貿易株式会社
 http://www.sun-eight.com/

ドーバー洋酒貿易株式会社
 http://www.dover.co.jp/

Pâtisserie Gilles Marchal(パティスリー ジル マルシャル)
 http://gillesmarchal.com




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