インタビュー:佐々木 千恵美  


フランス人はおしゃべり好き。それはジル・マルシャル氏にも当てはまること。先日のサンエイト貿易主催の講習会(→講習会の様子はこちらから)でも、手を動かしながら技術的なプロセスの説明に加えて、お店のこと、素材のこと、幼少期の思い出菓子のことなどを盛り込んで話してくれました。それがとても面白く、想像力は膨らむ一方。どんなお店かを思い描けるほどだったのです。ジル氏が語る数々の話題の中からは、お菓子そのものだけでなく、お菓子の幸せ感を売るお店にしたい。そんなコンセプトが見えてきました。
パラスと呼ばれるフランスの最高級ホテル「ホテル・ル・ブリストル・パリ」、「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」にいた頃には遠かったジル氏のイメージが、ぐっと親しみあるものに感じられたのです。


そこで講習会後のインタビューでは、ジル氏のお店作りのことを中心に伺ってみました。お話を伺った時の感想も含め、ご紹介します。



佐々木(以降S):まずはお店のエンブレムにもなっているマドレーヌに対する思いを教えてください。

ジル氏:  私の故郷はロレーヌ。マドレーヌの生まれた場所です。そしておばあちゃんの焼いたマドレーヌを食べて育ちました。だから焼きたてのマドレーヌの美味しさを誰よりも知っているし、そうでなければと思っています。お店で一日に何度も焼いているのはそのため。ちゃんと‘おへそ’も出しています。

S:  ロレーヌの地で、おばあちゃんのお菓子で育ったのですね。そういえば、シャルロット・オ・マロン・エ・オランジュ・コンフィットをシャルロット型に入れたのも、おばあちゃんとの思い出からでしたね。自身のアイデンティティを盛り込んだストーリー性のあるガトーを教えていただき、大変刺激を受けました。

マドレーヌをエンブレムにデザインしたパティスリー ジル マルシャルのショップカード。


S:  膨張剤はベーキングパウダー(BP)ですね? 今回の講習会では焼き物が特に面白かったですが、重曹を使ったお菓子は作りますか?

ジル氏:  いいえ、全てBPです。パンデピスには重曹を使う時代もありましたが、今はBPです。



S:  最近ではフランスでもお菓子にアルコールを使うのを避ける傾向がありますが、アルコール使用についてどのようにお考えですか?

ジル氏:  イスラムのお客様に向けた大きな企業はすべてノンアルコールで作っていますが、フランスの伝統では保存のため、風味のために多少使います。ラム酒ならサン・ジェームスのヴューラム、アンバー、ホワイト両方をお菓子によって使い分けています。

S:  日本でもハラル食が注目される昨今、イスラムのお客さんはフランスではもっと大きな存在ですからね。



S:  日本の素材は何かお使いですか?

ジル氏:  日本の素材では、ユズはもう10年ほど前から使っているし山椒も。それから赤紫蘇。これのソルベを作ったら好評でした。それからレモングラスをケーキに使います。フランスのパティスリーではまだ珍しいハーブなんですよ。今や日本の素材はフランス菓子にも普通に使われるようになってきました。それは日本も同じだと思います。今回日本で入った和食屋さんで、トマトソースが使われていてびっくりしました。伝統の中にも新しいものを取り入れていくという姿勢に共通点を感じ興奮しました。10年前にはありえなかったことです。

S:  フランス人はやっぱり香りのたつものを好んで使うようですね(レモングラスは日本のものではないけれど)。赤紫蘇って、日本では梅干しと一緒に漬けるかジュースを取るくらい。身近な素材に改めて気づかされました。



S:  どんなお客様がお店を訪れるのですか?

ジル氏:  モンマルトルの周辺には食べることが好きな地元の富裕層が結構住んでいるんです。それと昔はマドレーヌみたいに家庭で作るお菓子は、パティスリーで買う人はいなかったけれど、今はごく普通にお客さんが買ってくれます。メディアの影響で地元ではない、遠く離れたところから訪ねてくるお客さんもいます。

S:  日本からのファンも多いでしょうね。パリに行ったらぜひ、伺ってみたいです。



S:  お話を伺っていると、とてもモンマルトル地区の雰囲気に合ったお店のように思えるのですが、場所は最初からモンマルトルを狙って決めたのですか?

ジル氏:  いいえ、たまたまです。20〜30件の物件を見てまわって本能で決めました。でも次に出すならエリアや場所は狙い撃ちしますよ。もっとも僕のお店は6区や7区のようなスノッブな場所は似つかわしくないでしょう!?

S:  6区はサンジェルマン・デ・プレやオデオン周辺、ピエール・エルメやサダハル・アオキ、ジェラール・ミュロなど、名だたるパティスリーが構える青山・表参道のような地区。7区はフランスの政治・行政機関が集中し、オルセー美術館、エッフェル塔のある高級住宅地。お菓子屋ではラ・パティスリー・デ・レーヴ、モリ・ヨシダがあります。イメージは港区、千代田区あたり。モンマルトルを例えるとすれば…博物館、美術館、芸大もあれば、浅草もある台東区かな!?



S:  作りたて、ライブ感に強いこだわりが見えて、こちらの頭の中までいい香りに満たされてきました。パリのお店に行ってみたくなりました。でも今のフランスでは労働時間の規制が厳しく、それを現実にこなすのは大変なのでは?

ジル氏:  やる気の問題ですね。はっきり言ってうちの仕事はきついです。前職を辞め、自店の開店準備をはじめてからこの3年、海外にも行かずひたすら店のことに集中してきました。自分の理想とする店作りのためにです。そうやってきたおかげで、今年はビスケット専門店「Compagnie Générale de Biscuiterie」、ビストロ「Le Bistrot de la Galette」をオープンさせることができました。どちらもパティスリーの本店から歩いて5分圏内。パリの菓子屋では珍しく厨房と店が同じ場所にあって、焼きたての甘い香りが通りにも漂うので、誘われて入ってくる人も多いのですよ。




ビスケットを焼くのは朝4時から。イメージはおばあちゃんの愛情あふれる作りたて。甘い香りとともにモンマルトルの夜は明けていく。 ジル氏へのインタビューからは、「パティスリー ジル マルシャル」の厨房の、こんな幸せな光景が目に浮かぶような気がしてきました。


講習会でお疲れのところ、インタビューにも軽快に答えていただきました。




Pâtisserie Gilles Marchal(パティスリー ジル マルシャル)
 http://gillesmarchal.com




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