Text by Chiemi Sasaki  


先日、ちょっと懐かしいお菓子をいただく機会に恵まれました。1968年、六本木にオープンし、惜しまれつつも2010年にお店の幕を一度降ろしたルコントのお菓子を、かつて同店のシェフを務めていた島田進氏(現在はパティシエ・シマ、オーナーシェフ)に、ラトリエ・ド・シマにて特別に再現していただいたのです。

パティシエ・シマ、島田進オーナーシェフ。(写真:糸井寿史氏提供)


ルコントは、フランス菓子の伝統と神髄を日本に伝えた故アンドレ・ルコント氏のお店。観光目的の渡航が自由化されてから4年目、日本にまだ本格的なフランス菓子店がなかった昭和40年代に、“Tout a la francaise.”( 万事、フランス流に)をモットーに、現地さながらの素材を惜しみなく使い、作られたフランス菓子は、日本人の目と舌に衝撃を与えたのでした。

「今日は50年前のお菓子を作ったのですが、召し上がりますか?」

会がスタートする前、マダムがサロンにいらした常連さんに、店頭には並ばないからと、この日の特注再現ケーキをすすめていました。

店頭には並ばない…。そう、私が高校生の頃(1980年代)、初めて食べてフランス菓子の洗礼を受けた衝撃のケーキ〜ショコラティーヌ、コアントロートリュフ、ポム・ド・テールの3種は、ルコントを代表するチョコレート系のプティガトー。ところが、3つともいつの間にか青山ルコントのショーケースから消えていました。一体いつ頃から? もう食べられないとなると残念でたまりません。特にコアントロートリュフは、チョコレートコーティングされたメレンゲをコンッとナイフで割れば、コアントローリキュールがたっぷりきいたクリームが香りを放ちうっとり。まさに夢の世界が飛び出すガトーだったのです。

あの黒い魔法のトリュフ、もう一度食べたい。感動を分ち合いたい。何年もそう思っていたところ、70、80年代のお菓子を愛する糸井寿史氏との出会いが、私の長年の願いを実現へと導いてくれました。

島田進シェフは、かつてこの3つのガトーをルコントで作っていました。レシピ本を世に出さなかったムッシュ・ルコントのレシピを、忠実に再現できる数少ないパティシエです。

席に着いたところで、3種のお菓子が運ばれてきました。

奥から時計回りにショコラティーヌ、ポム・ド・テール、コアントロートリュフ。(写真:糸井寿史氏提供)


20数年ぶりに目の前に現れたプティガトーたち。しばし放心状態で眺め、過去の記憶と照らし合わせ、嬉しさがこみあげてきました。


まずはコアントロートリュフをいただかなければ!
別のお皿にとり、昔と同じようにナイフでコンッ。薄くコーティングされたチョコレートのメレンゲ球が割れ、メレンゲと馴染んだ白くゆるいコアントロークリームのオレンジ香が弾け広がりました。フレンチメレンゲの軽くて脆い食感にキレのあるリキュール入りクリーム、思いっきりビターなチョコレート。味覚のトライアングルが、口の中できれいに奏でられます。サプライズは当時のまま!

コアントロートリュフは、生クリームに粉糖を加えて8分立てにし、コアントローを加えたクリームをフレンチメレンゲの中に詰めてビターチョコレートでコーティングしたお菓子。


「何だよ、これ、すごいよ。このメレンゲ、うちでも何か形にしたいよ!」

驚きの享受者は私だけではありません。同席したレストラン「シェ・ナカ」岡崎シェフの興奮ぶりったらもう、全員が舞い上がるほどでした。

握り拳よりも一回り小さく、低温でじっくり焼いた軽い口当たりのフレンチメレンゲ。

2つを合わせてクリームを入れるため、底にナイフを使って窪みを作る。この作業はクリームを挟むマカロンにも似ている。



お次はショコラティーヌ。
小判型をしたこのプティガトーは、80年代のルコント青山店では、ショーケースに常に横3列ものスペースをとる、お店のスペシャリテ的存在でした。チョコレートケーキというのは、いつの時代も人を虜にするお菓子の王様。古くはザッハトルテから、時代のすべてが詰まっていると思うのです。ショコラティーヌの構成は、上下にビスキュイ・ダマンド・ショコラ、間にアングレーズベースのチョコレートムース、ラムレーズン、周囲とトップをバタークリームで薄く覆い、チョコレートのコポーで飾ったものです。

ショコラティーヌは小判型に抜いたカカオ生地にラム酒をたっぷりきかせたムースとバタークリーム、チョコレートコポーなどで構成される大人のケーキ。

ラム酒とレーズンとチョコレート。この組み合わせは、懐かしくそして永遠の定番。ルコントのショコラティーヌは、フォークで刺したときに生地からにじみ出るラム酒シロップとラムレーズンのインパクトが半端ではなかったのです。ところが再現版はさほどにじまず、むしろ生地の風味が主張します。もちろんおいしいのだけれど、何故だろうと島田シェフに尋ねたところ、昔のカカオ生地は小麦粉ベースだったけれど、今はアーモンド粉も入れているからだとのこと。なるほど、だから生地にコクを感じたわけです。アルコールを使わない傾向の今、それにとって代わる味の奥行きを、他の素材で表現するようになっていった。食べながらそんなことを考えてみました。


3つ目はポム・ド・テール。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、これは余った生地類を砂糖やバター、リキュールなどと混ぜてまるめ、マジパンで覆ってじゃがいもに見立てたユーモラスな再生菓子。今回は、ショコラティーヌで使った生地と材料で仕上げました。いい材料と作りたてのフィリングで仕込んだポム・ド・テールは、しっとりコクがあって再生菓子と呼ぶには勿体ないほど。

マジパンとココアパウダーでじゃがいもに見立てたポム・ド・テール。中はクラムにした生地やバター、リキュールなどを混ぜ馴染ませたもの。

そういえば、こういった再生菓子も最近のケーキ店ではほぼみかけません。余った生地は一体どうしているのでしょうか? 再び島田シェフに投げかけてみました。

「今は、生地の半端がでないような仕込みだからね。例えばムースなら、シリコン型で小さくひとつずつ焼いた生地を逆さ仕込みにするでしょう」

大きく焼いて、スライスして、型で抜いてといった作業はほとんどなくなったそうです。無駄や手間が省けるだけでなく、衛生面でも優れているから当然ですね。(他で聞いた話しではトレーサビリティの問題もあり、異なる日付けの製造品を混ぜたりすると、売りものにするのは難しくなってきているとか)

ひとつひとつ丁寧に説明してくださいました。


最後にどうしても伺いたかった、これらのお菓子が消えていった理由は…。

「まずはアルコール使用のお菓子離れ」

冷凍、冷蔵技術の発達で、アルコールの保存力を借りなくても、十分品質が保てるようになりました。ライフスタイルの変化もあり、味覚も重厚なものより軽やかなものが好まれるようになってきました。

「バタークリームで薄くコーティングして、中の風味が飛ばないようにしている」というショコラティーヌ。今風なら油脂分の少ないグラサージュでコーティングとなるのでしょうか。

コアントロートリュフのチョコレートがけも、ポム・ド・テールのマジパンもそれぞれ香りを封じ込める役割にもなっているのですね。これはお菓子の構成で大事なこと。改めて考えられているなと、感心しました。

また、コアントロートリュフは「すぐに食べないと持たないから」という理由で消えたそう。コーティングされていてもメレンゲが水分を吸ってしまい、良い状態が長続きしないと判断されたようです。
それならば、レストランの皿盛りデザートには活かせそうですよね。メレンゲ菓子は今でも作られるお店があるほどですから!

食べ終わって、お話しを伺って、懐かしさと同時に気付かされることがたくさんありました。お菓子の移り変わりには、味覚の嗜好だけでなく、道具や環境、社会の変化が深く関わっていること。ただ、感動を与える法則、ポイントは今でも変わらないのでは。過去のお菓子は無形、絵画や彫刻のように美術館で本物体験をすることはできません。だからこそ、ひと昔前の逸品を食べる経験は貴重。若い職人さんにも、こういった機会を設けられるといいのですが。

最後に材料について。今回チョコレートは、小山進シェフが、糸井氏の意向を汲んで提供してくれたCACAO HUNTERS ES KOYAMA ESPECIAL 2014の3種類をメインに使いました。現代風のBean to bar チョコレートによって、クラシックが蘇った。そんな日でもありました。

パティシエ エス コヤマ 小山進シェフ。(写真:糸井寿史氏提供)

今回使用したCACAO HUNTERS ES KOYAMA ESPECIAL 2014の3種類。(写真:糸井寿史氏提供)



島田シェフ、糸井さん、感動をありがとうございました。


パティシエ・シマ
 http://www.patissiershima.co.jp/index.html





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