パン作りの技術を競い合う世界的なパンのコンテスト、「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー」。その個人戦とも言うべき大会、「マスター・ド・ラ・ブーランジュリー」が、今年から開催されることになりました。
精鋭が集う大舞台に立ち、たった一人で世界に立ち向かうこととなったのは、日本代表として選ばれた「ドンク」西川正見さん。そんな彼を応援すべく開催された講習会に、パナデリアも参加してきました!
(2010.2) 



今回の講習会は、日本代表の「ドンク」西川正見さんが、3月の大会本番を前に、実際に大会で作るパンを披露してくれるという内容。なんと一足先に、コンテストで作る8アイテム中3品の講習をしてくださるほか、さらに「ブロートハイム」明石克彦さんの講習もあるということで、会場となる日本パン技術研究所には、大勢のパン職人の方々が詰め掛けていました。


若手パン職人のホープ「ドンク」西川正見さん(左)と、
パン好きの憧れ「ブロートハイム」明石克彦さん(右)



さて、今回代表になった西川さんですが、2008年のユーロパン内で開催された「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー」ではチームリーダーとして活躍した実力者。世界大会は2回目となるだけに、感じるところもあるようです。
「2008年の大会の際は、デザインありきと考えて、派手さを出そうと考えていました。でも、パンというものは、本来、余計な手を加えない方がおいしいと思うんです。そこで、今回はデザインやオリジナリティを出しつつも、シンプルにまとめることにしました」
とはいえ、コンテストの課題はどれも砂糖やバターなどを使わないパンなので、味の特徴を出すのにかなり苦労するのだそう。しかも、味や食感の決め手となる小麦粉は直前まで発表されないというから、その大変さが伺えます。そして、もうひとつ大変なのが作る量の多さ。


「“バゲット”、“バゲットヴァリエ”、“即興のパン”など、決められた8種類のパンを8時間以内に作るのですが、例えば“バゲットヴァリエ”だったら40本、“プチ・パン”だったら150個位・・・と、とにかく時間の割に作る量が多いのがこの大会の特徴。今日は本番のシミュレーションだと思って、“バゲット”、“パン ド カンパーニュ オ ルヴァン”、“パン オ セレアル”の3種類を作っていきたいと思います」
8時間に8種類というのも驚きですが、そんな数を1人きりでこなすとは!コンテストには、パンの技量だけでなく、人間離れしたスピード、そして、強靭な精神力が必要になりそうです。

西川さんがコンテストで作る予定のパン、全8種類。パン・ド・ミや自国のパンもテーマに含まれているそうです

マスター・ド・ラ・ブーランジュリー
ってなに?

<ユーロパン>
フランスで2年に一度開催される、ヨーロッパ最大級のパン・菓子の見本市。広い会場内には、ショップや機材、材料などのブースがずらりと並ぶ。その会場内で開催されるのが、パン職人のコンテスト「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー」、「マスター・ド・ラ・ブーランジュリー」。

<クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー、
マスター・ド・ラ・ブーランジュリー>

クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリーとは、1992年にスタートしたベーカリーのワールドカップ。世界12カ国の代表3人による選手団が、“バゲット”“ヴィエノワズリー”“飾りパン”など、4つのテーマの元、規定の品目を8時間以内に仕上げる。
そして、そこから枝分かれした個人戦となるのが、マスター・ド・ラ・ブーランジュリー。8時間以内に1人で8つのテーマのパンを作り上げ、その技術・スピード・芸術性を競い合う。2010年の今年が初めての開催となり、開催日は3月6日から3月10日まで。最終日に受賞者が発表される。

まずは、西川さんの“バゲット”生地の仕込みからスタートです。
「今日は、シャントゥール(日東富士製粉)というフランス産の小麦粉を使います。灰分0.45%、タンパク質9%と、タンパク質が低いため弱いですが、フランスでのいいシミュレーションになると思います」
小麦粉、水、モルトを合わせ、20分ほどオートリーズ※を取ったら、ミキシング開始。




「バゲットは一番奥が深くて緊張するアイテム」と西川さん

<オートリーズ製法>
フランスパン生地を仕込む方法のひとつ。最初に、粉、水、モルトのみで数分間生地をこね、その後10〜30分ほど寝かせてからイースト、ビタミンC、塩などを投入し、捏ね上げるという方法(最初にイーストを加える場合もある)。生地に無理な力が加わらないため、伸びの良い生地が出来る。

「皆さん、せっかくなので前に見に来てくださいね!」
という西川さんの声に、参加者の皆さんも続々とミキサーの前に集まります。中には、きっと明日の西川さんもいるのでしょう。その目は真剣そのもの!


頭上のモニターに映像が映りますが、生地の状態は、実際に見たり、触れたりしないとわかりにくいもの。皆さん、続々と前に集まってきます


捏ねあがった生地は、ツヤがあり非常になめらかな状態。
「ここで、ホンの少し高速をかけます」
このつながった生地に、十数秒、高速ミキシングをかけるのが西川流。こうすると、ほんの少し生地がゆるみ扱いやすい状態に。さらに、失敗が許されないコンテストでの保険の意味もあるようです。


ツルツルとなめらかで、黄味を帯びた生地。
ペタッとした触り心地です



「分割は、丸めるのではなく、押えて止めるイメージで。こういう分割や丸めといった作業は、普段、意外と雑になりがちですが、それではダメ。今日はこういうパンにしたいから、こういう丸めをして、成形はこうしよう、そういうふうに逆算して生地を作っていくことが大切。この部分は、自分でもかなり神経質にこだわるようにしています」
と西川さん。
実際に、生地を締めるように丸めたものと、押えるようにそっと丸めたものとを並べてみると、生地の張りが違います。


「大会では手早い成形が必須。でも、おいしさのためにも、さわり過ぎないことが重要です」
と、成形も驚くほどスピーディ。あっという間に、終ってしまい手元が良くわからないほど。
「大きい気泡だけを抜き、貯えた細かいガスは残す、というイメージ。皆さんも、いっしょにどうぞ。あ、成形は1回で決めてくださいね!」
タン、タン、タン。とリズミカルに成形をしていく西川さん。スピードがありながらも、手つきはあくまでソフト、さすがです。


見ていると簡単そうなバゲットの成形。その手の
動きひとつひとつに見えない技が隠されています



さらに、“パン ド カンパーニュ オ ルヴァン”、“パン オ セレアル”を仕込んでいきます。
「“パン ド カンパーニュ”には、少しだけローストした玄米粉を加えます。これは、生地に香ばしさを加えるため」


玄米ローストパウダー。非常にきめ細かく、
おせんべいを思わせる香ばしさがあります



玄米粉とは、日本人ならではの発想!ところが、“パン オ セレアル”の場合は、その逆で、欧米人的な感覚が必要なようです。


“パン ド カンパーニュ”はちょっと変わった三角の成形。上に、シャンピニンのような薄い生地を乗せて焼き上げます。生地同士がくっつかないよう、オリーブオイルを塗るなど細かい技が光ります

「“パン オ セレアル”に黒ゴマは使いません。実は、前回ヨーロッパに行った際、向こうには黒ゴマを使ったパンがないことに気付いたんです。黒ゴマはかなり味が濃いので、馴染みのない方にはおいしくないと感じる可能性もあると考え、今回はあえて黒ゴマを抜いたシリアルのブレンドにしました」
ちなみに、使うのは白ゴマ、アマニ、ひまわりの種の3種類。味覚も食文化も違う場所での戦いは、やはり一筋縄ではいかないようです。


シリアルは、ロースト後、水と合わせて冷蔵。
しっとりと水分を吸った状態です


焼成の際にも一工夫。手作りのステンシルの上から粉をふるい、模様をつけます

そして、若手のホープ西川さんを力強く支えるもう1人の講師、明石さんが教えてくださるのは、“クロアソン”、“パン ド セイグル”、“パン オ ヴァン”の3種類。
「今日作る“パン ド セイグル”に使うルヴァン種は、カルヴェル先生の本からとったもので、自分でも好きな種のひとつ。実は、レイモン・カルヴェル先生の本というのは、今までずっと飾ってあるだけだったんです。ところが、読み直してみると、今になってわかることもとても多く、本当にすごいことが書かれた本なんだと、改めて驚きました」
例えば、今回作る“パン ド セイグル”はフランスのパン。本来、ドイツとフランスでは、パンの基本的な発想が違うものだけれど、ことライ麦パンに関しては作り方の考え方が同じなのだとか。


カルヴェル氏の配合で作ったルヴァン種。どんな種にしたいかで変わるため、常に決まった1人が扱うようにしているのだそう


ということで、今回はカルヴェル氏の配合を現代風にアレンジ。
「カゴに入れて焼成するので、生地はやわらかめに仕上げます」
低速で7分ほどミキシングした生地は、透明感があり非常にやわらか。ライ麦が35.4%入っているせいか、伸びはあまりなく、粘土のような質感です。
「サワー種(ドイツ)と違い、ルヴァン種の場合は(温度を)やや低めにあげます。今日は24.9℃ですね」
ミキシングで痛んだ生地を回復させるため、バンジュウにとったら、布をかけて休ませます。


透き通ったなんともみずみずしい生地!


そして、分割、丸め。800gに分割した生地を、トントンと、台の上にそっと押し転がすように、両手を使って丸めていきます。
よく見ていると、明石さんの手つきは驚くほどソフトで丁寧。巧みなその手の動きを見ていると、まるでパン生地が生きもののように見えてしまうほど。“丸めが大切”と話していた、先ほどの西川さんの言葉が甦ります。


簡単に見えますが、さすがはベテランの技術。
一朝一夕にはできません



「成形は、形を整えるのみ。それから、なまこ型のカゴに入れる場合は、はじの方を少し押し広げるようにするといいですよ。こうすると、カット売りの際、はじを選んだ人がかわいそうじゃないでしょう?」
“はじはちょっと量が少なくて損だな”と思った経験、皆さんも一度位はあるのではないでしょうか。長くお店を続けてきたからこそのアドバイスが、ぐっと心に響きます。


角の部分が広がれば、それだけ長方形に近づくというわけ


焼成前のクープ入れ。ぺティナイフを使って、垂直にぐっと深く切り込みを入れるのがドイツスタイル


そんな、明石さんならではの経験談は、お店で人気という“パン オ ヴァン”にも。
「店を出る際に試食をつまんだ人が、わざわざ戻ってきて『今のパンなんですか?』と聞くくらい、人気のパン。赤ワインをたっぷり使うので、ボジョレ解禁日に合わせて販売するのもいいし、酒屋さんなんかに提案してもいいと思います」
と、なんともおいしそう!ところが実は、最初から大人気という訳ではなかったのだそうです。


ほんのり赤い生地とサラミが食欲をそそる“パン オ ヴァン”


「元々、リュスティックに成形していたんですが、150g 400円という値段がどうしても高く感じられるのか、あまり売れ行きが良くありませんでした。それで、少し引っ張ってツイストさせたら、途端によく出るようになったんです」
なるほど!同じ生地量でも、形ひとつで印象がそんなに変わるとは。味だけではない、見せ方のコツも実際のお店には必要不可欠なことがわかります。

「生地に使う赤ワインは、結構いいものを使っています。1本4000円くらいのボジョレで、色や風味がいい。パンに使う場合、赤ワインに含まれるタンニンの多さで生地の色が変わってくるので、それも選ぶ基準にするといいと思います」
ちなみに、ワインはアルコール分を飛ばしてから使用。ワインだからといって、特に製法や配合を変えてはいないそうです。


赤ワインが約70%も入った生地。
ツヤのある、なめらかな質感です



漬け込み用のワインも入れると約90%と、かなり水分量の多い生地。赤ワインのみでミキシングした生地に、パシナージュの要領で少しずつ水を加えて、生地を完成させます。

「これも、おいしいんだよ。食べてみる?」
と差し出してくれたのは、サラミを赤ワインに一晩つけておいたもの。適度にワインを吸って、しっとり。風味もぐっと増しています。


赤ワインを吸ってほんのり色付いたサラミ。
これだけでも、充分おいしい!



そして、もう1品のクロアソンに関しては、ある想いがあるのだとか。
「ある時ふと、クロアソンの生地を前日仕込むのは、自分の都合じゃないか、と気付いたんです。それで、当日仕込んだクロアソンを焼いてみると、まったく同じ配合なのに、味、内層、見た目、すべてが違った。特に、焼いた時の香りの良さには驚きました」
“自分の都合ではなく、パン生地の都合に合わせる”
前日に成形・冷凍し翌日焼くという、長年のスタイルに大胆にメスを入れた明石さん。朝一番に生地の仕込みを始めれば、10時にはたまらなく芳しい香りのクロアソンが焼き上がる。当然、売れ行きも格段に良くなったのだそうです。


やっぱり焼立てがおいしい!そう実感させてくれるクロアソン


「自分の都合でやっていることを見直すと、もっともっとパンが輝く。このクロアソンで感じたことを、今回、皆さんにも伝えられればと思っています」
と明石さん。その飽くなき探究心には、頭が下がるばかりです。




西川正見さん

バゲット
カリッ、サクッと軽く歯応えのいいクラストが特徴的。フランス・シャンパーニュ地方産小麦"シャントゥール"の特徴か、やや黄味を帯びた生地は甘みも強め。塩気も適度で、心地よい旨みが広がります。



パン ド カンパーニュ オ ルヴァン
シャンピニオンの変形版とも言うべき、三角の成形が斬新。上と下で生地の締めかたを変え、さらに、上生地の端には筆でオリーブオイルを塗り、はがれやすいように配慮。コンテストでは、残念ながら時間の問題で違う成形をする予定だそうですが、時間さえあれば、ぜひ世界の舞台で披露して欲しい素晴らしいデザインです。



パン オ セレアル
しっかりと酸味のある生地は、シリアルの香ばしさがプラスされて風味豊か。特にアマニの風味が利いています。クーロンヌ型にステンシルで模様を描いたデザインが素敵です!





明石克彦さん

パン ド セイグル
適度な厚みのあるクラストはカリッと歯切れ良く、中のクラムはもっちり、しっとりとした食感。最初、酸味を強く感じますが、すぐに落ち着き、甘みと旨みがじんわりと広がってきます。丸みのある、包み込むようなおいしさ。



パン オ ヴァン
サクッと軽いクラストに、しっとりみずみずしいクラム。適度な空気感もあって、ソフトな食感です。中にはコクのあるサラミがゴロゴロと顔をのぞかせ、ボリューム感も充分。ワインやチーズと合わせていただきたい、ちょっと贅沢な味わいです。






それでは最後に、西川さんから大会への意気込みを語っていただきましょう。
「ギリギリの状態ですが、まだ残り2,3週間あるので、皆さんの期待に応えられるようがんばります!」


パン職人の期待を背負って。西川さん、頑張ってください!!


いよいよ、フランス・パリで3月6日からスタートする「マスター・ド・ラ・ブーランジュリー」。
気になるその結果発表は3月10日です。
西川さんの努力が実を結ぶよう、パナデリアも応援したいと思います!








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