Text by Chiemi Sasaki  


今年で5年目を迎える日本での「味覚の一週間」®。小学校における「味覚の授業」®から、大人も含めた一般に向けての活動「味覚のアトリエ」も幅広くなってきました。

東京・千駄ヶ谷にある服部栄養専門学校では、「味覚のアトリエ」として、次代を担う若者たちのために、‘「味覚の一週間」世界の巨匠との出会い’と題し、国内外の有名料理人などによるシンポジウムやワークショップを毎年開催。午前と午後の二部構成で、味覚について考える一日となっています。

今回は5周年を記念して、第一部は特別研究「味覚の授業」の効果検証の発表&シンポジウムが組まれました。プレゼンターは早渕 仁美教授(公立大学法人福岡女子大学大学院 人間環境科学研究科)。早渕教授の研究目的は「味覚の授業」(味覚教育)の影響と効果。果たして児童たちに、五感を使って味わうことの大切さがどのくらい、どのように影響を与えているのか、「味覚の授業」実施の前後、あるいは受講有無別に、味の識別能力や表現力、食意識や食嗜好を調べ、その効果を数値やアンケートをとっていったのです。

スクリーンにて調査方法を説明

早渕 仁美教授


研究対象は地元福岡の小学校2校。1校は2012年以降毎年「味覚の授業」を実施しているK校、そしてもう1校は、今まで実施したことがないS校の児童です。
どんな方法で行われたのか、両校の児童に行った単味認識力調査(5基本味と水、8溶液の識別)を、会場の参加者全員が実際体験してみることになりました。机に置かれた8個の透明プラカップには、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」の希釈液が1つずつと水が3つ、ランダムに配置されていて、それぞれを舌で確認しながら当てていくというもの。この識別は大人でも難しいというのだからドキドキです。直感を信じて解答用紙にチェックを入れました。数分後、スクリーンに映し出された番号と答え合わせ。とりあえず全問正解! 一安心です。

小学校で行った単味認識力調査のスタイル

今回はシンポジウム聴講者全員が小学校で行ったのと同じ方法でトライ

数分後、正解が映し出された。正解率はどのくらいだったのでしょうか?


この味当てクイズを、K校とS校での結果比較や味覚の授業前後の比較などで見たところ、味覚の授業を受ける前の両校4年生ではあまり差が出なかったものの、授業後には格段に正解率が上がったそうです。このことから、味覚に対する能力レベルは変わらないけれど、味に対する意識はアップしたといえそうです。また、「味覚の授業」を受けた感想は、‘嗅覚など五感を使って食べるようになった。’ ‘嫌いな食べ物が減った。’といった感覚の変化に加え、‘家族と一緒に食べるようになった。’ ‘食事中の会話が増えた。’ ‘お手伝いが楽しくなった。’など生活行動の変化が興味深い。この結果から「味覚の授業」活動は、子供たちの食への関心を高め、食行動にも良い影響を与えたと言えそうです。

「効果を見てますますやる気になりました」とは、料理研究家で「味覚の授業」の講師もされている藤野 真紀子さん。食が人を育てる、そうとわかれば張り合いが出ますね。

「わが校でも栄養士コースには味覚テストを取り入れています。しかし年々正解率が下がってきています。何故なのか理由を考えてみました。それは化学合成品の添加物が多種使われる加工食品を多く摂るようになったからではないでしょうか。それによって味蕾が傷つき、酸味と苦味を識別しづらくなったのでは? 実に34〜35%がこの二つを間違えています」と、服部 幸應さん(学校法人服部学園 服部栄養専門学校 理事長・校長)は、食習慣における味覚への影響を取り上げ、食への関心と意識の重要性を訴えました。苦味と酸味は毒や腐敗を認識する人間の本能でもあり、経験によって美味しさを感じる味覚でもあります。そのセンサーが鈍ってしまっては大変! 服部先生のお話しは尽きなかったのですが、そろそろ時間…ということで、ランチタイムとなりました。

両小学校の6年生を対象にした「味覚の授業」受講有無別比較では、明らかに意識や識別能力が向上した

毎年「味覚の授業」講師もされている藤野 真紀子さん(右)と早渕 仁美教授

会場となった服部栄養専門学校 理事長・校長服部 幸應氏は、社会性の観点からも味覚教育の重要性を唱える


バランスの考えられた美味しい仕出し弁当を頂いた後、第二部ワークショップが行われました。受講したのはフランス料理。エリック・トロション氏(M.O.F ピルエット アドバイザリー シェフ)によるデモンストレーション(試食付き)です。

「時代や社会が変化すればフランス料理も変化する。今日のフランス料理は、より軽いものを求められています。地球環境のことを考え、お肉中心の料理から、野菜に多くの感心を持つようになりました。お砂糖の使用量も減る傾向です。流行とかではなく、そういう方向に向かっているのです」

トロション氏はこう語り、2つのメニューを用意してくれました。一皿目がシューフルール(カリフラワー)のタブレ、二皿目がチョコレートのデザートです。

デモンストレーターはM.O.F 料理人のエリック・トロション氏

彩を考え、色付きのカリフラワーとブロッコリーを合わせて使う


まずはシューフルールのタブレ。野菜がテーマの一皿は、見た目にも楽しめるように色違いのカリフラワーを細かく切りタブレ(クスクス)に見立てたサラダに仕上げました。生のカリフラワーは食感も香りも良く、クスクスっぽさが出るのは想像がつきました。というのは最近同じ手法でライス代わりにするメニューを食べたばかりだったからです。しかしトロション氏のメニューでは4色。それに生だけでなく、ムースにして食感のコントラストを出し、レモンやハーブ、スパイスで香りと軽やかさ、全体の味のバランスを考え仕上げられていました。


カリフラワーの花の部分をクスクスに見たて、細かすぎないようにカット

ピュレのままでは舌にざらつきが残るので、ゼラチンを加えサイフォンに入れてムースに




色とりどりの花菜クスクスと、火入れをしてピュレにしたもの



すべての花菜クスクスにレモンの塩漬けやオリーブオイルなどで味を付けていく


「各段階で味をチェックします。フランスでは最近の若い料理人は味見をしないけれど、それではいけない。シンプルな料理ほどバランスを保つことが大事。そのためにはスパイス&ハーブの知識が求められます」

そうして出来たタブレは色彩鮮やかで食欲をかきたてます。レモンだけでなく、オキザリスからもえた酸味。エスプレット唐辛子やアサツキ、白コショウの刺激、プロヴァンス産オリーブオイルの甘みなど、味わいも五感を刺激し立体的。


数種のハーブもトップに散らして、お花畑のような一皿。初めて出されたら何を想像するでしょう


もう一品はチョコレートのデザート。ビターチョコレートをビスキュイ、ガナッシュ、アイスクリーム、チュイルと変化に富んだ手法で組み立てていきます。また、香りと色のアクセントとしてスイートクローバーをクリームに抽出したものをクネルにしてのせました。一方向になりがちなチョコレートの味わいに動きを与えるハーブ使い。スイートクローバーはクマリンという桜餅のような甘い香りを持つハーブ。それがカカオと合わさったり、時間差で現れたりするのが面白い。食感質感の違いはもちろん、あらゆる面で考えられた品ということがわかりました。

「レシピは誰に帰属するものでもありません。食べた人に伝わっていくもの、進化するものです。そして自分のものにつけ加えていくものです。そのためにはレシピの中のロジックを理解することが重要。今は本やメディアにきれいな料理写真が載っているけれど、そこから味を知ることはできないのです」


チョコレートデザートの盛り付けも立体的に、動きを出すように

チョコレートを様々な形で表現しまとめた一品。スィートクローバー(ハーブ)の甘い香りはカカオの力強さを和らげる妖精のようなエッセンス


全ては五感で実食経験することから始まる。出来上がった料理の味に感動したのはもちろん、トロション氏のひとつひとつの言葉に頷きっぱなしのワークショップ。これから料理人を目指す人だけでなく、食べ手にも訴えかける素晴らしい内容でした。


「味覚の一週間」の公式サイト
 http://www.legout.jp/



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