取材・文 佐々木 千恵美  


岡山県と日本イタリア料理協会(会長:落合務/ラ・ベットラ・ダ・オチアイ)がタッグを組み、岡山イタリア料理講習会が、昨年に続き2月末に開催されました。
会場は都内港区麻布台にある厨房機器メーカー株式会社エフ・エム・アイのテストキッチン。準備に勤しむトップシェフ達の様子を見ながら席に着くと、周囲は真剣な眼差しで受講するプロの料理人たちがずらり。スタート前から密度の濃い講習会になることを感じさせられました。



オープンキッチンで試食用の料理を仕込むシェフ達。

「晴れの国」と呼ばれる岡山県は温暖な気候に恵まれた食材の宝庫。特産といえばマスカット・オブ・アレキサンドリアや白桃など、フルーツのイメージが強い岡山ですが、実は多種多様な野菜の宝庫でもあります。では何故さほど知られていないかというと、それぞれの生産規模が大きいわけではなく、その多様な風土にあった作物をそれぞれに作っているのでシェアでは目立たないためです。風土にあった農産物、ということは品質も高く、土着品種はもちろん、土地の可能性を活かした新品種の研究開発も盛ん。そんな、まだあまり知られていないけれど自慢できる岡山食材を広く紹介したいと、首都圏のレストランが取り入れるためのヒントになればとの思いがきっかけで始まったのです。

今回の講師は日本イタリア料理協会員でイタリア料理界の巨匠、「アクアパッツア」の日良実シェフをはじめ、秋田和則シェフ(カシータ)、新妻直也シェフ(トラットリア アズーリ)、阿部洋平シェフ(ホテルインターコンチネンタル東京ベイ イタリアンダイニング ジリオン)、寺田真紀夫シェフ(リストランテ・テラダ)。テーマは岡山の逸品〜冬野菜編〜。


「アクアパッツア」日良実シェフ

「カシータ」秋田和則シェフ

「トラットリア アズーリ」新妻直也シェフ

「ホテルインターコンチネンタル東京ベイ イタリアンダイニング ジリオン」阿部洋平シェフ

「リストランテ・テラダ」寺田真紀夫シェフ


5名は昨年11月下旬、テーマ食材を知るため、岡山の産地を訪れ、畑など生産現場を見学し、生産者たちとの交流を行いました。それから3か月、岡山県の食材の魅力を最大限に活かした「岡山イタリア料理」メニューが考案されたのです。


岡山県の農産物産地を示す地図を参照しながら素材の説明が行われた。


それでは順に紹介していきましょう。

まずは日シェフから、今回のテーマである冬野菜についての解説を聞きながら、「岡山の冬野菜アンティパストとスープ」の試食です。

デモではなく今回は旅の報告を。岡山の旅で出会った生産者と食材のお話をされる日シェフ。


「水が本当に豊かな地で、土の良さにぴったりの野菜を栽培している。」と日シェフ。例えば千両なすは最もポピュラーな品種なのに、岡山のものはアクが少なくてきめ細かく甘いので、生で美味しく食べられると、エキストラヴァージンオリーヴオイルと塩、パルメザンチーズ、ミントだけで合えたサラダを提案。水なす以外に生で食べて美味しいなすがあるなんて驚きです。岡山の人も生で食べることはしなかったそうです。日シェフは、生産者の作る料理を味わい、交流ができたことが一番楽しいと語ってくれました。そういった経験も、食材の活かし方につながるのでしょうね。「あまり手を加えずなるべくシンプルに素材を楽しむ料理に仕上げた」というアンティパストとスープは、家庭でも真似できそうなものばかり。すぐにでも作りたくなるレシピでした。


日シェフのアンティパスト4品とスープ。牛窓甘藍のシーザーサラダ風(奥)と千両なすのサラダ。フレッシュで甘みが強い牛窓甘藍は、パンやスイーツにも使えそう。
リーキのスープ


摘みたてマッシュルームのスープ。

明治ごんぼうのイタリア風きんぴら。はちみつとバルサミコ酢でさっぱりといただける。



続いて秋田シェフによる「『リーキ』のピュレで和えた牡蠣と黄にらのタリオリーニ 『牛窓甘藍(うしまどかんらん)』とカラスミのアクセント」。


リーキと牛窓甘藍を活かす調理法について語る秋田和則シェフ。


リーキ(ポロネギ)はフランス料理に使う西洋の太くて甘い長ネギ。輸入物が主流でしたが、ここ数年で質の良い国産品が出回るようになりました。その中でも岡山県矢掛町は日本で唯一まとまった量を出荷する生産地。白い部分が長くて太い品種を選抜し栽培。柔らかな肉質と甘みで、学校給食にも導入されているのだとか。
 牛窓甘藍は、名前からして古くからある野菜を想像していたのですが、実は6年ほど前から登場したキャベツの新ブランド。瀬戸内海に面した牛窓地区の日照と温暖さの恩恵を受け育った牛窓甘藍は、甘みが強くジューシーで加熱しても旨味が強く、食感が良いことが特徴です。実際そのまま食べてみると、甘さが口いっぱいに広がりました。

巻きがぎっしりしたリーキは輸入品に負けない味わい。
牛窓甘藍は甘みが強く食感が良い。


ゆっくり火を通し甘味をひきだしたリーキは味の骨格を。牛窓甘藍は、炒めてシャキシャキとした食感と、揚げてからピュレにしたなめらかな2つの食感で表現したという秋田シェフ。自家製のタリオリーニに岡山の海の幸、牡蠣と黄にらも使い、春らしい淡い色調に仕上げ、野菜と牡蠣の甘みと旨味が絡み合った早春のパスタが出来上がりました。カラスミやガルムといった熟成された香味が、野菜の味を引き立てていたのも印象的です。

『リーキ』のピュレで和えた牡蠣と黄にらのタリオリーニ 『牛窓甘藍』とカラスミのアクセント。牛窓甘藍のピュレの盛り付けは大きさを変えるとモダンな感じになる。


3人目は新妻シェフ。「千両なすと鯵のカルパッチョ 千両なすのバーニャカウダソースで」のデモンストレーション。

新妻直也シェフ。千両なすのバーニャカウダソースをミキサーで仕上げる。

「イタリアのなすのように密度が濃い。しかもアクが少ない。」日シェフもそうですが、新妻シェフも岡山の千両なすには驚いていました。普通日本のなすは揚げると小さくなってしまうけれど、このなすは小さくならないそう。イタリアと日本のいいとこどりとでもいいましょうか。
 そこで、果肉のやわらかさとなめらかさ、なすそのものの風味を活かせるカルパッチョにしました。丸ごと揚げて皮を剥いた千両なすに合わせるのは鯵としょうが。そこに千両なすのバーニャカウダソースをトッピング。さっぱりした後味と滑らかさがいくらでも食べられそうな、癖になる一品でした。

岡山の千両なすは密度が濃くアクが少ない。




千両なすと鯵のカルパッチョ 千両なすのバーニャカウダソースで。ヒスイ色の茄子に芽ねぎ、花ほじそといった和素材のトッピングも美しい。


4人目の阿部シェフは、「マッシュルームのクロスタを纏ったさわら 牛窓甘藍のピュレと共に」を披露。
昨年の講習会でも紹介された岡山ミツクラ農林のマッシュルームは、たい肥から自社製造にこだわり、水分をぎりぎりまで抑えて旨みを凝縮、一粒一粒手摘みして、高品質なマッシュルームを安定供給しているそう。土(ピートモス)付きで会場に運ばれたマッシュルームは鮮度抜群でとにかく鼻に抜ける香りが素晴らしい。
このマッシュルームで阿部シェフはデュクセルとソースを作り、さわらのソテーに合わせました。4時間ほどかけて水分を飛ばし、そぼろ状になったデュクセルに、アーモンドプードルと松の実、それにゆべしを風味付けに加えのばし、さわらの皮にみたてたクロスタは、キノコとゆずの香りが交差し何ともいえない後味。ストウブ鍋で蒸し煮してから作った牛窓甘藍のピュレがこれまたサプライズ。ほんのり加えたシェリービネガーでキレ味もよく、食感は軽いけれど、味が濃くしっかりとしていて後をひく美味しさ。
秋田シェフもキャベツをピュレにして使っていましたが、この牛窓甘藍にはぴったりの調理法なのでしょうね。

ミツクラ農林のマッシュルーム。白とブラウンを生産。大体2〜3週間で出荷される。

マッシュルームのクロスタを纏ったさわら 牛窓甘藍のピュレと共に。隠し味のゆべしがきいていた。濃厚なデュクセルに柚子香が爽やか。


最後は寺田シェフによる「明治ごんぼうのグラタン」の紹介です。
明治ごんぼう(赤土ごぼう)とは一体どんな野菜なの? 聞いたことがないのも無理はなく、岡山県西部、井原市芳井町の明治地区で栽培されたごぼうを、方言を用いて明治ごんぼうというそうです。特徴は太くて肉質がきめ細かく濃厚な風味。一般的には砂地で栽培されるごぼうですが、明治地区は粘土質の赤土。そのためごぼうはじっくり時間をかけて育ちます。収穫の重労働や連作できないため生産量も減少している現状ですが、この味を後世に伝える取り組みも始動しているそうです。

明治ごんぼう(赤土ごぼう)。にんじんのような皮の色と太さ。

そんな希少な明治ごんぼうを主役にした料理を考案したのが、岡山の地で地元食材の料理に腕を振るう寺田シェフ。寺田シェフは、明治ごんぼうをカットした時の白さにヒントを得て、岡山の白い食材をテーマにグラタンを作ろうと考えました。明治ごんぼうの他に集めた白い岡山食材はマッシュルーム、シロ貝、明治サトイモ、蒜山ジャージー牛乳、蒜山ジャージーバター。具材の食感や風味が楽しめるように、それぞれの切り方にも気を配り、ホワイトソースのこく出しに明治サトイモを茹でて裏ごししたものを使うなど細部に工夫がされていました。白い食材の詰まった熱々のお皿からは、食材の違いを少しずつ感じながらもオーケストラの演奏を聴くような調和のとれた味わいを堪能。地元岡山の料理人ならではの気持ちが伝わる一品でした。

寺田真紀夫シェフ。同じく明治地区で栽培される明治サトイモを茹でて裏ごし、蒜山ジャージー牛乳でのばしてソースに使う。明治サトイモの食感と風味が味わえるソースに。

明治ごんぼうのグラタン。野菜の風味を引き立てるためトッピングのチーズもパルメジャーノではなく、淡白なグラナパダーノ。


何気ない野菜にも品種や土地によって味わいの個性があることを、今回たくさん知ることができました。生産者から料理人へ。そして食べ手、家庭へと、日本の農産物への関心が高まり、その魅力と可能性がこれからもっと広がることを願います。岡山食材の魅力をたくさん伝えていただいた生産者さま、シェフのみなさま、ごちそうさまでした。

講習会終了後の集合撮影。シェフのみなさま、お疲れ様でした。




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