Text by Chiemi Sasaki  


2016年1月、東京で開催されたサロン・デュ・ショコラも幕を閉じました。3、4年前から耳にするようになった「Bean to Bar(ビーントゥーバ―)」というカテゴリーも、この催しではすっかり市民権を得た様子。アメリカ西海岸発の'カカオ豆の状態で仕入れ、自分でロースト、粉砕、練り上げてチョコレートにするBean to Bar'のスタイルは、フランスや日本、そのほかの国でも、豆や道具の流通、製造方法の共有などによって徐々に増えてきました。
中でも「PACARI」社は、自らを「From Tree to Bar」と名乗るエクアドルのブランド。カカオ豆そのものの生産地である自国で一貫して加工することで香り高い高品質なチョコレート作りが可能となり、産業が生まれる、農家を含めて国民が豊かな生活をできるようにとのポリシーから、サンティアゴ・ペラルタ氏と妻のカーラさんが2002年に立ち上げた家族経営のチョコレートメーカーなのです。

PACARIのチョコレート、アートなイラストの内袋入り


今回サロン・デュ・ショコラへの出店にあたり、PACARIのサンティアゴ・ペラルタ氏が来日。滞在中エクアドル大使館内会議室にて、テイスティングセミナーが開催されました。

地球の反対側、南米エクアドルの首都キトから、飛行機でおよそ26時間、一日以上かけて日本にやってきたサンティアゴさん。背が高く彫の深いラテンな顔立ちが印象的です。まずはPACARIがどういった活動をしているのかを映像で紹介。「PACARI」とは先住のケチュア族の言葉で「自然」を示すそう。

「最初は20軒の農家とともにスタートしました。全て人の手で仕事をしています。今では約3500軒の農家と直接取引し、オーガニックやバイオダイナミックの認証を取得しています。2012年以降100以上のインターナショナルチョコレートアワードを受賞し、40か国以上で販売されています」

PACARIの代表サンティアゴ・ペラルタ氏


赤道が通るエクアドルの地図には縦に3つ、大西洋側の海岸地域、標高5000m以上の中央山脈、内陸のアマゾン地域に分けられ、高温多湿から乾燥地域まで各地で特徴的なカカオが採れるそうです。エクアドルで産するカカオ豆は主にアリバ・ナショナルという品種。舌にのせてから様々な香りが現れる香り高いフレーバービーンズです。PACARIでは、エクアドルの中でも特徴の異なる産地別にチョコレートを作っており、それらをいくつかテイスティングしました。

エクアドルは縦に3つのゾーンに分けられる。北はコロンビア、南と東はペルーに接する


1:エスメラルダ60%

エクアドルの北部、コロンビアに近く雨の多い海岸地域〜エスメラルダ産カカオ。断面の色は紫がかっていてフローラルな香り。ヴァニラの香り。舌にのせるとビターなアタックとクリーミーな甘さ、バナナ、ナッツ、次第にフルーティーな酸味が広がり、口どけはまろやか。このように複雑なニュアンスを持つものをコンプレーホナショナルと呼ぶそう。

2:マナビ65%

エクアドル西部で日照量はエスメラルダの3倍、乾いた地域で採れたカカオ豆からは、エスメラルダほど香りは強くなく、ヴァニラも香らない。しかしひとたび口にするとジャスミンティーや緑茶のような香りで、あるフランス人からは‘花のエキスを注入したのでは!?’と言われたほど。ビター感もエスメラルダより柔らかくお茶のような渋み。酸味も穏やか。

3:ピウラケマソン70%

ペルー北西部のエクアドルに近いピウラケマソンという地区の中が白っぽい希少なホワイトカカオを使っている。その生産量はわずか年間10トン。2012年にインターナショナルチョコレートアワードで金賞に輝いたことで、PACARIの名を世に広めただけでなく、ホワイトカカオという存在を世界に知らしめるきっかけとなった。国境こそ越えた産地だが、元はエクアドルのカカオ品種コンプレーホナショナルに属すらしい。植物にとっては地続きで好む地へ広がったのかもしれません。
とにかく封をあけた瞬間に飛び出す発酵の香りに圧倒されます。舌にのせれば白い世界。驚くほどクリーミーでキャラメルのようなテクスチャー。その中から柑橘系の酸味が伸び、余韻はしっとり。


「発酵はまるでアートのよう。」とサンティアゴさん


ここでゲストの小山進シェフ(「パティシエ エス コヤマ」代表)が登場。これからPACARIのチョコレートで新作を創られる予定の小山シェフからは、PACARIのチョコレートとの出会い、味わいなどについて語っていただきました。

「PACARIとサンティアゴさんとはパリのサロン・デュ・ショコラで出会いました。その後何度もやり取りしています。PACARIのチョコレートは僕が食べると印象は毎回変わるし、サンティアゴさんの言う表現は一度食べただけでは理解できない複雑な味覚を持っています。でも何度も食べていくうちに見えてきます。僕はマナビを食べて、抹茶のショコラを作ろうと閃いたのです。みなさんもどうか何度か食べて感じてください」。

パティシエ エス コヤマの小山進シェフ



そして後半のテイスティングに入りました。

4:モントゥビア70%

2014年のインターナショナルチョコレートアワードで金賞受賞。しかし生産量が少なく、とても限られたチョコレートで、1〜3までのチョコレートとは全く違う品種です。ナッツのクリスピーな風味とカカオの力強いビター感から、レモニーな酸味とミントのような清涼感も出てきました。サンティアゴさんは、このニュアンスを男性的なカカオ業界で、たくましく働く女性の力強さにインスパイアされて、このチョコレートの名前をエクアドル沿岸の原住民モントゥビオの女性形を表すモントゥビアと名付けたそう。日本とカカオの国では、女性的と感じるニュアンスが随分違うものだなと思っていたのですが、謂れを聞いて納得です。カカオ農園で働く女性をイメージしたパッケージも美しい。


5:ラクンビア70%

エクアドルとコロンビアのカカオをブレンド。2014年のインターナショナルチョコレートアワードで銀賞受賞。ハンドキャリーのプライベートコレクションというサンティアゴさんのコメントでは、南米アンデスでしか採れないナッツの味から、うっすらとフルーツの酸味と甘みが広がるとのこと。そのナッツがどんなものかわかりませんが、後味に少しスパイスのようなニュアンスもありました。



チョコレートのテイスティングが一通り終わったところで、サンティアゴさんと小山シェフへのインタビューが行われました。

Q:チョコレートの仕事をはじめるきっかけは?

サンティアゴさん(以下S):小さい頃からチョコレートは好きでしたが、直接の動機は社会にも環境にも良い仕事がしたいと思ったときに、カカオ農家との出会いがあったことです。質の良いチョコレートを作ることで彼らを助けたいと思いました。

小山シェフ(以下K):京都で生まれ育った私は、子供の頃からチョコレートを食べながら京番茶を飲んでいました。ショコラ専門店をオープンした際に、京番茶のボンボンを作ったのがはじまりです。そこから数年してパリのサロン・デュ・ショコラのコンクールに出さないかと主催者のシルヴィー・ドゥース氏にお声がけいただきました。現在では規定はありませんが、2013年までは、必ずノワール、オレ、プラリネ、自由作品を提出することになっていました。しかし、何もフレーバーを加えないノワールは差別化が難しい。だから根本のカカオから探ることを始めたのです。

農家応援のための質の良いカカオ作りとノワールのチョコレート研究が接点に


Q:二人の出会いは?

S:パリのサロン・デュ・ショコラで小山シェフの作品は未来だと思いました。アーティスティックで味わいがあり情熱を感じました。それまでPACARIでは製菓用(クーヴェルチュール)は作っていなかったのですが、小山シェフの作品に心を動かされてしまったのです。それにフランスのボンボンショコラは何故同じような味なのか疑問に思っていたところでした。

K:サンティアゴさんと出会う前は、味噌のショコラを作ろうと決めたら、味噌に合うクーヴェルチュールが何かを探すという手順でした。まず素材(フレーバー)ありきだったのです。ところが彼と出会ってからは逆です。彼のチョコレートで何を表現しようかと考えるようになったのです。そして2015年の作品であるコーヒーから、それが実現しました。カカオありき、カカオの香りから連想する素材を合わせるやり方に変化していったのです。だから「ボク用にクーヴェルチュールを作ってください!」とお願いしています。

パリのサロン・デュ・ショコラで出会って以来、お互いに何度もやり取りをしているそう


Q:今後「Tree to Bar」はどのように進んでいくでしょうか?

S:農家を助けたい。世界最高級のカカオを栽培しているにも関わらず、彼らは貧しく、不平等を感じます。だから今後も評価を持続して頂けるよう農家を応援して、適切な価格で買わせてもらえるようにして行きたい。

K:自分が取り組んでいるカカオの勉強の発表の場としても、チョコレートブックを毎年作っていきます。(エス コヤマが発行している「SUSUMU KOYAMA'S CHOCOLOGY」という冊子は読み応えあり、単なるチョコレートカタログではないのです!)

小山シェフの「SUSUMU KOYAMA'S CHOCOLOGY 2016」から


そろそろ時間…という頃に、スペシャルサプライズ登場〜PACARIのカカオで作った2種類のアイスクリームが食べられるというのです。配られたカップの蓋を開けてみると、ひとつはいわゆるチョコレートの色ですが、もうひとつは白。まさかホワイトカカオがこうなるわけではないですよね!? その白い方を一口含んでびっくり。むせかえるようなカカオ豆の香りが立ち込め、鼻腔へと抜けていきます。カカオのジャングルに彷徨ったかのような胸の鼓動。会場の参加者は目を丸くし「すごい。何これ?」と、隣同士顔を見合わせていました。正体はカカオ豆の中の油脂分〜カカオバターを使ったカカオアイスだったのです。新鮮なカカオバターはカカオそのもの。エキストラヴァージンオリーブオイルと同じく、ふくよかで複雑な香りを持っているのです。

PACARIのカカオを使ったアイスクリーム2種類。両者とも驚くほど口いっぱいにカカオが香る


PACARIの持続可能な農業への取り組みはカカオ豆だけでなく、チョコレートに変化をプラスしてくれるフルーツ、ハーブ、塩、はたまたカカオを発酵させる木箱にまで及んでいます。それまでなんとなく自分たち用に採取していたものが商品になる、そして産業になり豊かになる。目をつぶって「Tree to Bar」という言葉を唱えると、そこには木を育て採集する人々の逞しさ、笑顔が見えてきます。地球の反対側で働く彼らと、この美味しさを共有できる幸せ。「Tree to Bar」、そしてBarから先へ、今後も回り続けていってほしい。お二人の活動を応援したいと思います。

日本未発売のものも含めたラインナップ。塩やほおずき、バラなどエクアドルの農産物



PACARI(パカリ)の公式サイト
 http://www.pacarichocolate.com/en/



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