フルーツの風味をギュッと閉じ込めた、ジュレやムース。
ひんやり冷たく、口どけのいいスイーツに欠かせないのが凝固剤のチカラ・・・というのはご存知ですよね?
実は昨年、凝固剤の“ペクチン”に、すごい新製品が登場したのだとか。なんでも画期的な特長があるそうです。
新しい素材は利便性や表現力が高い反面、使い勝手がわからず扱いにくいという問題もありますよね。そこで開催されたのが、素材への造詣が深い本間淳氏による講習会。
スイーツの新しい可能性を感じる、魅惑のペクチンワールドを体験してきました!

本間 淳氏
1970年福岡生まれ。
銀座「ぶどうの木」、「ホテル西洋 銀座」での修業後、渡仏。フランス「オ・ファン・パレ」、ベルギー「ル・サントーレ」のシェフを務め帰国。「シェ・シーマ」のシェフパティシエを経て、「ラ・レーヌ」「パティシエ ジュンホンマ」のシェフになる。



梅雨が一休みし、爽やかな夏日となった6月21日。代々木上原「ドーバー洋酒貿易」の講習会場で、本間淳氏による講習会が行われました。
テーマは、最新の凝固剤を使ったスイーツ。これからの季節に大活躍するアイテムということで、実力派、本間シェフの技術や使い方を学ぼうと、パティシエや業界関係者など大勢の参加者が集まりました。



ところで、ジュレやムースなどを作ろうとしたとき、一般的に使われるのは、ゼラチン・寒天・アガーといった凝固剤ですよね。同じ凝固剤の仲間といっても、ペクチンが登場するのはジャム作りの時だけ、という方も多いと思います。いったい、ペクチンでどんなデザートができるのでしょうか?

「こんにちは。今日使う凝固剤はペクチンですが、元々自分ではゼラチンの喉越しが好きだったので、それをペクチンに置き換えることができるかというのが課題でした。かなり試行錯誤しましたが、いいものが出来たと思います」
現在は、「ラ・レーヌ」、「パティシエ ジュンホンマ」、2店舗のシェフを務める本間淳氏。忙しい中、愛弟子の女性スタッフ2人を連れて、今回の講習に当ってくれました。


本間淳シェフ

さっそく、講習に・・・と行きたいところですが、その前にペクチンについておさらいしておきましょう。




〈 ペクチン 〉

原料:果実、野菜(リンゴの絞りかすや、柑橘類の皮など)
溶解温度:90〜100℃
ゲル化温度:常温で固まる

リンゴなどフルーツの皮に元々ある成分で、水を加えて加熱すると流れ出す性質を持つ。そして、大量の糖と酸と結びつくことにより網目構造を形成する。原料により、アップル系とシトラス系の2種類に分けられ、さらに加工工程によりHMペクチンとLMペクチンの2種類が作られる。

○ HMペクチン・・・高い糖度と酸度によりゲル化する。
○ LMペクチン・・・カルシウムに反応してゲル化する。

(参照:PANADERIA会報誌 Vol.25 )




では、さっそく本間シェフに作っていただきましょう。
「それでは、マンゴーのババロワを作ります。ババロワといってもムースに近い食感で、作り方が本当に簡単。ムースは素材や手間も多いし、冷やして安定させるまでに時間もかかりますが、これは手軽にある程度の水準のものを作れるのが魅力です。仕込んですぐに提供できるので、お店でも重宝すると思いますよ。僕にとってもこれは新しい発見で、今年の夏は店でも使おうと思っているんです」
実は、このババロワのヒントになっているのは、あの“フルーチェ”。子供の頃に好きだったあの食感を、大人なった自分が食べておいしいと思えるものにしたいと、考えたそうです。

「〈クリスタルリボン〉というペクチンを使いますが、これは常温で解けるので加熱が不要です」
え、常温で?!ペクチンの溶解温度は90〜100℃のはずですが・・・。

実は、この〈クリスタルリボン〉は、加熱不要、常温で使えるというのが画期的な新商品。今講習会を主催したユニテックフーズの技術によって開発された、世界にも類を見ない新商品なのだそうです。
ちなみに、ユニテックフーズは、これまで約40年に渡り20種類以上のペクチンを取り扱ってきたという、ペクチンにかけては右に出るもののないエキスパート。実際のパッケージに名前が出ることはない裏方的役割だったためほとんど知られていませんが、実は誰もがお世話になっている会社なのです。


ユニテックフーズでは、ペクチン以外にもダイエットドリンクなどに使用される“超低脂肪ココアパウダー”や“日本酒粕パウダー”などまで幅広く取り扱っています



「簡単とはいっても、守らなくてはいけないポイントがあります」
守るべきポイントは、砂糖とペクチンをあらかじめ混ぜ合わせておくこと。こうやって分散させておかないと、ダマになることがあるのだそうです。よく混ぜたペクチン+砂糖に水を加えて、バーミックスをスイッチオン!
「ほら、もう固まりはじめているでしょう?」
ボウルの中を見ると、すでにトロッと固まり始めているようす。マンゴ−ピュレを常温のまま加えて撹拌し、牛乳を加えてバーミックスで一気に乳化。すると、ふんわりなめらかな状態になりました。
「これで完成。グラスに絞りいれ、後で上にゼリーとフルーツを流します」
え?これでおしまい??体感では、ものの2,3分というほどの短さで完了してしまいました。 「簡単なのも魅力ですが、ピュレを加熱しないので、風味がフレッシュなまま、というのが最大の魅力ですね」
短時間でできてしまうので、ストックが不要なのも嬉しいところ。作り立てのフレッシュなおいしさが味わえるのは、食べ手にとって一番の魅力かもしれません。



「今回は、マンゴー、洋梨、いちごのレシピを用意しました。色々と試してみましたが、フランボワーズとカシスはゲル化が弱くなるので、砂糖を増やした方がいいと思います」
配合をみると、マンゴーの砂糖が25gなのに対し、洋梨とイチゴは40gと多め。出来上がってみれば簡単ですが、理想のゲル化状態を見極めるために、砂糖やペクチンの量をグラム単位で変え、何パターンも試作をしたという本間シェフ。最新の凝固剤だけに、その裏には数え切れない試行錯誤があったようです。




さて次は、“生ジャム ポンムヴェール”。生ジャムとは、初耳ですが・・・。
「このジャムには火を使いません。加熱しないので、色がとてもきれいに出るし、味もそのまま残るのがいいですね」
使用するペクチンは、常温で解け、カルシウムと反応して固まる〈ミルキーリボン〉です。まずは、ペクチンと砂糖を混ぜ合わせ、水を入れてバーミックスで撹拌。さらにポンムヴェールのピュレを加えて撹拌します。最後にレモンジュースを入れたら、あっという間に完成です。
「これで完成です。簡単でしょう?」
フレッシュなフルーツの味を、そのまま封じ込めたジャム。トロミのあるジュースのようなものでしょうか?これは確かに画期的です!パンに乗せるのはもちろんですが、アイスクリームや焼菓子のソースとして添えてもおいしそうですね。

今回は、ムースのなかに忍ばせるパーツとして使うので、フレキシパンに流し入れて冷凍庫へ。適度なトロミがついているので、デポジッターを使えるのも大きなポイントです。ちなみに、このペクチンは冷凍耐性があり、まったく離水しないそうです。




「最近のコンフィチュールの流行は、糖分を減らしペクチンを加えたタイプが多いですね。この生ジャムも、ポンムピューレ 200gに対して砂糖20gしか入りません。でも、個人的にはしっかりお砂糖を使ったコンフィチュールが好きなんですよね。確か、フランスではコンフィチュールの糖度は60〜70度と決まっているんじゃないかな?フランスでの修業時代、バゲットを1本買って、フルーツとお砂糖が同量くらいの甘〜いコンフィチュールをたっぷり挟んで食べるのが好きでした」
と本間シェフ。フレッシュなおいしさと、加熱と糖度が生み出すおいしさ。どちらも捨てがたいですが、今回のようにムースの中身として使うには、フレッシュな方が合いそうですね。

ペクチンとは関係ありませんが、ちょっと面白かったのはこのヨーグルトムース用の型。プラスティック素材で作られた使い捨てタイプで、カチカチに冷凍したあと、ペリペリと殻をむくようにして型をはずします。どぎついブルーなのは、異物混入を防ぐためでしょうか? 便利なような、ちょっともったいないような、なんだか気になる存在でした



続いては、 “ミントとフルーツ風味のナパージュ”。フルーツや焼菓子の表面に塗ってツヤだしをするナパージュですが、これも手作りできてしまうんですね。
「ベルギーにいた頃は店で自家製ナパージュを作っていましたが、最近はそういうところが減ってきているみたいですね。これは即席ナパージュで手軽にできるので、作り方だけでも知っておいてください」

ベルギーではブリュッセルの「ル・サントーレ」で2年間シェフを務めた本間シェフ。当時の経験がいきています!

ここで使うのも、最初のババロワで使った常温で使えるペクチン<クリスタルリボン>です。
「このナパージュは、お砂糖が水に対して20%しか入りません。たとえば60%くらい入る場合だったら、糖分で固まるペクチン(HM)でも良いと思いますが、そうするとミントやフルーツの香りがわかりにくくなってしまう。そのため、ここではカルシウムと反応するLMを使っています。カルシウムはフルーツの皮などにも含まれていて、それにも反応するんですよ」

作り方はとっても簡単!手鍋に水、レモンの皮、オレンジの皮、バニラ棒、ミントの葉を加えて沸騰させてこし、そこに砂糖+ペクチンを混ぜておいたものを入れるだけ。最後にレモンジュースを加えれば完成です。
これまで、“ナパージュは製菓材料店で買うもの”、と信じて疑いませんでしたが、こんなに簡単に、しかもおいしいものができるなら、ぜひ試してみたいと思いました。

講習会では2種類のナパージュを教えていただきました。これは糖度の高いナパージュ。この後、青リンゴのピュレを加えてムースの仕上げに使いました


講習会では、このほかにアレルギー対応ジェノワーズショコラ、パート・ド・フリュイ、フロランタンなども登場。その中でも面白かったのは、フロランタンへの利用。ペクチンを入れた生地はだらっと広がらず、焼き上げた後もずっとサクサク感が持続するのだそうです。

生地の間にイチゴをサンドし、生クリームを飾ってショートケーキスタイルに。これなら、アレルギーのお子さんも喜んでくれそうですね!



ひと通りデモンストレーションを終えたところで、お待ちかねの試食タイム。技術講習会とはいえ、おいしさは目と舌でしっかり味わっていただきたいと、パナデリアもお手伝いさせていただきました。

試食はポンムヴェールのムース、マンゴーのババロワとイチゴのジュレ、パート・ド・フリュイ5種、アレルギー対応のジェノワーズショコラ、フロランタン。ポンムヴェールのグリーンが本当にキレイでした





アレルギー対応ジェノワーズショコラ


本間シェフのお店にも多いという、アレルギーの方向けの生地を、ショートケーキスタイルに。
「ジェノワーズはどうしても卵がないと難しい。今まで色々試しましたが、どうしてもやわらかさを出すことができないんです」という本間シェフがトライしたのは米粉パンを膨らませるために開発された<ユニガムBR>。小麦粉や小麦グルテン、卵などが不使用ながら、しっとり感とやわらかさのある生地になっています。
パート・ド・フリュイ(洋梨・フランボワーズ・パッション・カシス・青リンゴ)

パート・ド・フリュイのために作られた、ちょっと専門的なペクチン<イエローリボン>を使用。口に入れて感じるのは、ほどけるような、やわらかくみずみずしい食感。よくある、ブリッと固くしまったものとは別ものです。パード・ド・フリュイ作りでは、最後にレモン汁を入れた途端にゲル化が始まるため手早い作業が要求されますが、このペクチンは緩やかに固まるのもポイント。これなら、簡単にパート・ド・フリュイが作れそうです。
フロランタン

円形に焼き、片面にチョコレートをかけて仕上げたフロランタン。サクサクと歯切れよく、軽い食感です。
本間シェフいわく、「昨日作ったあと2時間ほど放置してから袋詰めしたのですが、まったく湿気ずサクサクとしたままです。梅雨時期にこれは重宝しますよね」とのこと。作業性にも優れているそうです。
生ジャム ポンムヴェール(青リンゴ)

青リンゴの爽やかなグリーンがなんとも涼しげな一品。青リンゴのピュレを加えた自家製ナパージュをかけて仕上げています。ナパージュの下は、ヨーグルトムースの中に青リンゴの生ジャムをしのばせたもの。青リンゴのフレッシュ感が際立っていて、清々しいおいしさです。
食欲のない夏場でも、こんなに涼しげで爽やかなケーキならいいですね。


マンゴーのババロワといちごのジュレ
洋梨のババロワとグレープフルーツのジュレ
いちごのババロワとパッションフルーツのジュレ


「色は3色くらいあった方がいい」という持論を持つ、本間シェフ。グラスの下にババロワを絞り、その上にフルーツとジュレを重ねています。
スプーンを入れるごとに、ジュレのプルッとした口当たりとフルーツのみずみずしさ、そして、とろりとなめらかなババロワが次々と現れ、なんとも楽しい食感。並んでいる姿も美しく、まさにこれからの季節にぴったりの一品です。


< 使用したペクチン >
名称 溶解温度 特長
クリスタルリボン 常温 透明性に優れ、離水も少ない
ミルキーリボン 常温 牛乳やフルーツなどに含まれるカルシウムに反応してゲル化
イエローリボン 加熱 パート・ド・フリュイ用のペクチン。ゲル化が穏やかなので、作業性が良く安定した仕上がりに
ユニガム - 小麦グルテンを添加せず、米粉パンを膨らませることができる


ペクチン=ジャムにとどまらない、秘めたる可能性を感じた今回の講習会。
冷蔵・冷凍の技術や、物流システム・・・など、様々なものが進化している現代。
フレッシュなおいしさを封じ込めることのできるペクチンは、今後色々な場面に登場することでしょう。
皆さんも、ぜひ注目していてください!



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