Text by Chiemi Sasaki  


「Nous n'heritons pas de la terre de nos parents, elle nous est prêtée par nos enfants.」

わたしたちにとってかけがえのないこの大地は親たちの世代から受け継いだものではなくこどもたちの世代から借り受けているのです。


東京・自由が丘、学園通りの新しいビルの1階にこの夏、パリの人気パン屋がヴィエノワズリー専門店「RITUEL par Christophe Vasseur」をオープンした。

入って右側、真っ白い、曲線を描いた壁面のフランス語メッセージは、このお店を手掛けたパン職人・Christophe Vasseur(クリストフ・ヴァスール)氏によるものだ。


ヴァスール氏のメッセージが描かれた壁の自由が丘店の厨房。大きなガラス越しに製造工程が見学できる。


パン屋なのに一瞬パン以外のことを考えさせられるが、パンは生きるために欠かせないもの。それを作るための材料は大地からの恵み、子供たちにつなぐためにも環境に配慮し、大事に育てていかなければならない。そんな思いをヴァスール氏は自身の作るパンに込めたのだろう。

ヴァスール氏がオーナーを務める「デュ・パン・エ・デジデ(Du Pain et Des Idées)」は、パリで数々の称賛を浴びるブーランジェリー。日本からもたくさんの職人が修業を懇願する名店だ。パリの店名が'パンと理念、人生観'とでも訳すとすれば、東京の「リチュエル(RITUEL)」は'習慣、儀式'を意味する。何やらヴァスール氏は哲学者のようだ。

店名についてヴァスール氏はこう語る。
例えば毎日立ち寄るお気に入りのカフェであったり、月に1〜2度通うワインバーであったり…そんなふうに自分のなかで知らずに'習慣'として刻まれている行為のひとつひとつは、実は日常の中で非日常を味わうための大切な'儀式'でもある。「RITUEL」を訪れるひとたちにも、日常からほんの一瞬でも解き放たれるような特別な時間を味わってもらいたいと。難しいようで身近な儀式! プレオープンで初めてお会いしたご本人はとても気さくで、周囲の緊張をほぐしていった。


気さくにポーズをとるクリストフ・ヴァスール氏。

環境への配慮から、包材にプラスチックは使わない。ドリンク販売も同じ理由で瓶入り国産ジュースのみと徹底している。

有機的な曲線を描くようにデザインされた店内は、お店の代表メニューであるエスカルゴをイメージしたもの。

エスカルゴとは、国産有機小麦 ハルキラリや黒富士農場の放牧卵などの有機厳選食材を使用したクロワッサン生地にカスタードクリームやナッツ、フルーツなどの具をのせぐるぐる巻きこみ焼いたフランスでは最もポピュラーなヴィエノワズリー。ネーミングは見た目がエスカルゴ(かたつむり)だから。自分が解きほぐしたいお気に入りのエスカルゴを指さしながら選べる対面式だから、なおさらじっくり見てしまう。大きさもパリサイズ、女性の掌からはみ出る!

RITUELのエスカルゴはパリのお店の定番に加え、季節ごとの日本限定版も登場する。これは、秋冬シーズン限定のカフェ・ノワゼット。


30歳を過ぎてからブーランジェを志し、製パンの基礎を学んだ後、自身が理想とする20世紀初頭の伝統的なパン屋の味を再現すべく独学で製パン技術を研究、復刻。限りなく手作業、長時間発酵、石床式オーブンで焼く「デュ・パン・エ・デジデ(Du Pain et Des Idées)」の方法は「RITUEL」でもそのまま実践されている。参考までに、今やフランスでも‘手作業’でこなすパン屋は全体の15%ほどしかないそうだ。
かつお節を削って出汁をとった味噌汁、かまどで炊くご飯、炭火で焼く魚。現代の日常では縁遠くなったこれらが格別な味であることは日本人であればおわかりだろう。

パン・オレからブリオッシュ・フィユテまで〜クロワッサンの歴史がアールの壁面に展示されている自由が丘店。およそ100年前にブリオッシュとフィユテのあいの子として誕生。ルーツをたどれば昨今流行りのハイブリッド型と同じ!?


目指すのは美味しいこと、健康的であることと顧客、環境への配慮。有機農法と地産地消へのこだわりはそのための自然な選択。日本進出にあたり、できる限りローカルで最高品質な有機素材を使うこと、旬との出会いを大事にすることを掲げている。パリのヴィエノワズリー店上陸だからといって全てフランスのものを持ってくることはない。北海道産の有機小麦ハルキラリ、山梨・黒富士農場の放牧卵、千葉・大地牧場の有機牛乳など、パリ店でも愛用するA.O.C.パンプリーバターを除き、日本の素材メインでとびっきりのヴィエノワズリーが完成した。

昔ながらに30時間以上かけて熟成、仕込まれた生地を石床式オーブンで焼きあげ生まれるクロワッサン、エスカルゴのクラストの歯ごたえ、キャラメライズされた旨みと香りは震えるほど感動的。日々忙しさで忘れかけていたスイッチに灯が灯った。

生地に使用する材料は可能な限りオーガニックを使用。北海道産有機小麦はるきらり。

こだわりの素材たち。バターだけは同じクオリティーのものがまだ日本で見つからず、パリ店と同じ風味豊かなA.O.C.パンプリ―に。

フィリングにも限りなくローカルで旬な素材を選び、店頭で生産者を紹介している。ショソン・ア・ラ・ポム・フレッシュの自然農法栽培した無農薬りんごは青森県で三代続く「竹嶋有機農園」から届く。

RITUELで腕を振るう老川氏。オープンにあたり日本産の小麦粉を数種類持ってパリに行き、近いものが出来るまで試作を重ねたそうだ。


自由が丘店オープンからしばらくして訪れた10月のある日、店頭に新商品が並んでいた。旬のりんごを皮ごと半割りにし、パイで包み焼いたパリの「Du Pain et Des Idées」名物、ショソン・ア・ラ・ポム・フレッシュが販売スタートしていたのだ。パリ店でも、美味しいりんごの出回る時期にしか焼かないのは何故か、食べてみて初めてわかった。今日一般的な、コンポートではなく生を使うフィリングにはお砂糖を一切使用しない。りんごが持つ甘味が熱を加えることで流れ出し、パイ生地はキャラメリゼされ、得も言われぬ旨味へ変わる。蒸し焼き状態のりんごの放つ香りと瑞々しさに思わず笑顔がこぼれた。使っている自然農法栽培した無農薬りんごは青森県藤崎町「竹嶋有機農園」のもの。「RITUEL」では、秋冬限定でその時期のベストな銘柄を包んで登場とのこと。違う品種を食べていくのが楽しみだ。

そして11月下旬、「RITUEL」フラッグシップショップとなる青山店オープンに際し、再び来日したヴァスール氏はまたも素敵なレシピを残していった。それが「タルト・ア・ラ・マンダリン」〜和歌山・無茶々園の有機温州みかんを皮ごとスライスしてアーモンドクリームを軽く絞ったパイ生地にどっさり(みかん2個分位)のせて焼き上げたもの。冬に鮮やかなみかん色は見ているだけで元気の素。香りに食指がのびる。みかんがそのまま焼きこんでタルトになるなんて思いもよらなかったし、何より柔らかくてジューシーで心洗われる美味しさ。輸入オレンジなど使わなくても、ほら、日本にはみかんがあるじゃないの! フランス人のヴァスール氏に、逆に気づかされた一品だ。

11月にオープンした青山店


フィユテ生地を使った季節限定ショソン・ア・ラ・ポム。

実際使っているりんごとショソンの断面。皮ごと半割り、砂糖を使わずに生まれる幸せの甘味は食べた人しかわからない。

タルト・ア・ラ・マンダリンと、無茶々園のみかん。

みかんは皮ごと焼くと独特の香りがはじける。ほんのり感じる皮の苦味がアクセントに。


季節限定のお菓子は他にも。クリスマスシーズンにはマカロンの原型と言われるマカロン・バスクや、年明け1月2日から末までは、パリで一番おいしい!と称された、あの「ガレット・デ・ロワ」がお目見えするとのこと。これはもう予約必須だ。


フィユタージュ生地を手作業で成形していく。

クロワッサンの成型カッター。ころころ転がして使うのだろうか。

石床式オーブンで焼きあがったクロワッサン。


感動的な味は、言葉で伝えるより食べるのが一番。2店舗に増えたことで価格も少しお手頃になった感のある「RITUEL par Christophe Vasseur」のヴィエノワズリーで、日常から解き放たれた特別な時間を過ごしてはいかが。平日は朝8時からオープンしているので、いつもよりちょっと気持ちを入れたい朝食に、おやつに立ち寄ってみたい。


ショウウインドウを飾るマカロンタワーはマカロンの原型となったバスク地方のマカロンでシックに。


RITUEL par Christophe Vasseur

自由が丘店
〒152-0035東京都目黒区自由が丘2-9-17 1F
東急東横線/東急大井町線 自由が丘駅 徒歩4分
Tel: 03-5731-8041

青山店
〒107-0061 東京都港区北青山3-6-23 1F
表参道B2出口から徒歩0分
Tel: 03-5778-9569

「RITUEL par Christophe Vasseur」サイト
 http://www.rituel.jp/

「DU PAIN ET DES IDEES」パリのサイト
 http://www.dupainetdesidees.com/jp/index.php




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