取材・文 下園 昌江  


製菓業界ではおなじみの「ルーツ貿易」。ヨーロッパの良質なナッツやドライフルーツ、チョコレートなどを中心に扱う会社です。
自社で扱っている素材を使ったお菓子の提案としてプロのパティシエ対象に「焼き菓子勉強会」が年に数回開催されています。(焼き菓子以外のお菓子も紹介しています)

記念すべき130回目の講師を務めたのは村山太一シェフ。埼玉県浦和市のパティスリーアカシエやベルギーのパティスリーYasushi Sasakiなどで修業し、2010年埼玉県川口市にパティスリー「シャンドワゾー」をオープン。以来多くの専門誌やテレビでも紹介され注目を浴びています。

村山太一シェフ


今回の講習会で紹介されたお菓子は全部で7種類。
生菓子3種類、焼き菓子2種類、ショコラ1種類、コンフィズリー1種類というなんとも多岐にわたって贅沢なメニュー。それらのお菓子を村山シェフならではの製法や考え方なども交えてご紹介していきます。

オペラ アントルメ オペラ プティ・ガトー


まずはフランスの伝統的なお菓子「オペラ」。アーモンド、チョコレート、コーヒーの3つの味で構成されるお菓子です。それら3つの素材のどれかが突出することなく全てがバランスよく調和してることが村山シェフの理想的なオペラだそう。
オペラの製法として特徴的なのはビスキュイ・ジョコンドにたっぷりのコーヒーシロップを打つこと。ただむやみにシロップを打つだけではべちゃべちゃな生地になってしまうため工夫が必要です。

村山シェフは、ビスキュイ・ジョコンドを仕込む際に、最初から粉を加え、あえてグルテンを出します。そうすることでしっかりとした骨格ができ多くの水分を吸うことができます。また柔らかくしなやかで弾力のある生地ができます。

コーヒーシロップに使用したのは最近ルーツ貿易で扱い始めたとばかりというイタリア・アグリモンタナ社製「ILLY コーヒーエクストラクト」。最近ジェラートの国際大会でイタリアチームが使ったという商品です。従来のコーヒーエキスやエッセンスと比較すると、酸味が少なく、コーヒーそのものの風味や味がストレートに嫌みなく表現されています。

試食用のオペラ


生地にサンドしたのはクレーム・オ・ブール(バタークリーム)。インドネシア産マンデリンのコーヒー豆を牛乳でアンフュゼし、アングレーズソースを炊いたものをバターと合わせています。アングレーズソースとバターを混ぜる際には、バターが溶けてしまわないように温度を調整することも大切です。

また、同様に生地にサンドするガナッシュは、あまり個性が突出しすぎないチョコレートを使用した方が全体のバランスが取れるということで今回使用したのはドイツのリューベッカ社のチョコレート。穏やかで親しみやすい味のチョコレートです。

ガナッシュというと、必ず耳にするのが「乳化」。ただ乳化にも程度があり、村山シェフとしてはオペラのガナッシュは乳化しすぎない方がいい、とのこと。
もちろん乳化はさせますが、乳化しすぎるとつながりが強い分口の中で溶けるスピードが遅くなってしまいます。そのため、今回は乳化しているけれど口どけの良い状態のガナッシュを作りました。

完成したオペラは、アーモンドやチョコレートのコクや強いインパクトがありますが、みずみずしいコーヒーシロップの風味と相まって、すっと食べられる軽やかさがありました。



シシリアン

そして、夏らしい一品が「シシリアン」。イタリアのシチリア島をイメージしたお菓子ということで、レモンとアーモンドが主役のお菓子です。
ビスキュイ・ジョコンドにクレーム・シトロン(レモンのクリーム)とブランマンジェをサンドしています。

ビスキュイ・ジョコンドはオペラ同様、吸水性のある生地を目指しています。
クレーム・シトロンはレモンの酸味をしっかり出すために、レモン果汁ではなくもっと味が強いレモンピューレとレモンコンサントレを使用。

そしてブランマンジェは、いわゆるふるふるの柔らかいブランマンジェとは異なりやや濃厚で固めの生地にしています。一般的なブランマンジェは牛乳にアーモンドを入れて抽出しますが、今回はアーモンドミルクピューレとルーツ貿易のアーモンド生ピュアペーストを使用しています。このペーストはまさにアーモンドをペースト状にしたもので、まるで練りごまのようにねっとりとした質感。アーモンドのコクと甘みが凝縮しています。

シロップもレモンをきかせているので、酸っぱいかな?と思いましたがツンとした酸味はなく、爽やかな味わいでした。
レモンの爽やかな酸味とほのかな苦味、そしてアーモンドのビターな風味と旨味を感じさせるお菓子です。


デリカテス・ド・スーボワ アントルメ デリカテス・ド・スーボワ プティ・ガトー

アーモンドを使用したお菓子が続きましたが、今度はヘーゼルナッツをたっぷり使用した秋らしいお菓子「デリカテス・ド・スーボワ」の登場です。
ダックワーズ・ノワゼットとパンドジェンヌ・ノワゼットの2種類の生地を使用し、クレーム・オ・ブール・カシスとクレーム・オ・ブール・ノワゼットをサンドし、表面にたっぷりのノワゼットを敷き詰めたお菓子です。

ぱっと見ただけでは構成されている生地4枚は同じ生地に見えますが、実は2種類の生地で構成されています。試作当初はパンドジェンヌ・ノワゼットのみで作ったところ、それでは重すぎたため、半分をより軽い食感のダックワーズ・ノワゼットに変えたというこだわりよう。

サンドしているクレーム・オ・ブール・ノワゼットはヘーゼルナッツ・マジパンとプラリネノワゼットをバターと合わせた風味豊かでコクのある味。

生地とクリームがノワゼット尽くしなところに、ただ1層のみながら存在感を放っているのがクレーム・オ・ブール・カシス。カシスのパティシエールをベースにバターと合わせています。カシスの深みある酸味とほのかなえぐみがアクセントになり、お菓子全体をメリハリある華やかな印象に仕上げています。
ヘーゼルナッツとカシスがお互いの良さを引き出しているような非常にバランスのとれたお菓子で、秋が深まったころにいただきたいお菓子だと思いました。



焼き菓子2種 左)エコセ 右)パンドジェンヌ

アーモンドやヘーゼルナッツを使用した生菓子が続きましたが、ナッツは焼き菓子でも活躍します。お店でも販売されているアーモンドをたっぷり使った焼き菓子2種が紹介されました。

エコセ

フランスのアルザス地方で定番のアーモンドの焼き菓子「エコセ」です。村山シェフにとって、エコセこそがアーモンドのおいしさを一番感じられる焼き菓子だそうです。
その通り、エコセはすべてのパーツにアーモンドを使用している非常にアーモンド率の高い焼き菓子なのです。
内側のクレームダマンド生地、外側のダックワーズ生地にもたっぷりのアーモンドプードルを使用し、表面にはアーモンドアッシェを使用しています。
まず型にバターを塗り、アーモンドアッシェを付けます。
そこにダックワーズ・ショコラを絞り、一度冷凍庫で固めます。冷凍するのは、この後加えるクレームダマンドでダックワーズ生地がつぶされないようにするための工夫。
焼きあがった生地はしっとりアーモンドの油分を感じるリッチな味わい。ただその油分ゆえ重くなりすぎないようにクレームダマンドはしっかり気泡を入れて重すぎないように仕込みます。
今回の講習会ではお店のオーブンとは異なるためにややダックワーズ生地が沈んでしまいましたが、通常はコンベクションオーブンで、最初高温でダックワーズ生地をぐっと浮かせてからその後温度を落として全体をしっかり焼くそうです。そういったオーブンによる違いなども興味深いですね。


パンドジェンヌ

シンプルながら焼き菓子のおいしさをしみじみ感じるのが「パンドジェンヌ」。
このお菓子もアーモンドの美味しさが出来上がりを左右する焼き菓子ですね。
ベースになるのはマジパンローマッセ。パティシエにはお馴染みのリューベッカ社製のものを使用しています。
しっとり濃厚なアーモンドの旨味を表現するのにマジパンローマッセはよく使われる素材です。ただ、これだけでは全体が重くなってしまうということで一部をアーモンドプードルに変えて軽さも出しているのが村山シェフならでは。
焼きあがったパンドジェンヌは、ふんわり軽さもありつつしっとりした食感でコクもあります。アーモンドの旨味がストレートに伝わる味で、これは何度食べても飽きない美味しさだと感じました。それも良質なアーモンドの素材があってこそですね。


ボンボンショコラ・キャラメルプラリネ

村山シェフといえばベルギーで修業したこともあるため、ショコラもお得意。
今回はキャラメルとヘーゼルナッツを使った型抜きのボンボンショコラを紹介。
まずはフランスブルターニュ地方のゲランド塩を使用した柔らかいキャラメルをショコラオレと合わせて、キャラメル風味のガナッシュを作ります。


自家製プラリネノワゼットを作る

それに合わせるのはノワゼットクリスティアン。プラリネノワゼットにショコラオレとヘーゼルナッツの刻みを合わせた食感の楽しい生地です。
プラリネノワゼットは自家製を使用。村山シェフは既製品のプラリネも使用することがありますが、その時のお菓子によって使い分けているそうです。
まずはヘーゼルナッツをキャラメリゼし、ぺースト状にします。

自家製のプラリネノワゼット

完成したプラリネノワゼットはやや明るめの茶色。試食しましたが、とても香ばしくヘーゼルナッツの風味がしっかりと出ていました。今まで何度が自家製のプラリネを味わったことがありますが、実は既製品の方が美味しいと感じており餅は餅屋と思っていました。しかし、これは素直に美味しいと感じました。キャラメルの具合やナッツのロースト具合、そしてナッツ自体の素材の力があるのだろうと思います。

このプラリネはショコラオレと小さく刻んだヘーゼルナッツなどと合わせて、ノワゼットクルスティアンという生地にします。

型にチョコレートを流す ショコラの断面

型にテンパリングしたチョコレートを流し室温で固め、ノワゼットクリスティアン、キャラメルサレのガナッシュを流して、固めたのちに最後チョコレートを流して蓋をします。
型にチョコレートを流して蓋をするまで流れるような作業に、シェフが培ってきた経験と技術を感じました。

キャラメルの濃厚な味にほのかな塩味、そしてヘーゼルナッツの香ばしさがチョコレートと合わさって、それぞれの美味しさが調和しています。ヘーゼルナッツのカリッとした食感も楽しめ、これはヨーロッパの方も日本人も共通して好きな味だと思いました。


キャラメルブールサレ・オ・ザマンド

最後に登場したのはコンフィズリーの「キャラメルブールサレ・オ・ザマンド」。
塩味がきいたやや柔らかめのキャラメルにローストアーモンドを入れたナッティなキャラメルです。
シンプルなお菓子ですが、ここでも、村山シェフらしい工夫が。
キャラメルを煮詰める過程で、一度ハンドブレンダーをかけます。そうすることで生クリームや牛乳などの乳製品に含まれるたんぱく質が、キャラメルとよく混ざり合いなめらかな食感になるのだそう。
116度まで煮詰めたらローストしたアーモンドを加え、型に流します。
ある程度の保型性はありながら、口に含むとねっとりと溶けていく程よい煮詰め具合です。アーモンドは小さすぎないサイズなので、存在感があり香ばしい風味とコリッとした食感を楽しめます。


完成したお菓子と一緒に

元々、しっかりした味わいがお好きという村山シェフなので、今回のナッツやチョコレートを多用したお菓子はピッタリのテーマでした!ナッツ本来の素材のおいしさをストレートに出したお菓子や、チョコレートと他の素材の合わせ方や扱い方を詳しく紹介して下さり、参加したパティシエの皆さんも大変勉強になった様子。

今回使用したナッツ類はルーツ貿易が扱うイタリアのアフロンティ社のもの。
シチリア島で収穫された、アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオを使用しています。 それもあって、どれも風味豊かでコクがありました。

ここ数年ナッツ類の高騰で、パティスリーとしてもなかなか厳しい時代だとは思いますが、こうやって品質の良いナッツを使用したお菓子を実際食べると、その素材が持つパワーや美味しさを感じられたのではないでしょうか?



ルーツ貿易
 http://www.e-roots.co.jp/index.html

シャンドワゾー
 http://www.chant-doiseau.com/





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