世界中のショコラが一堂に会するサロン・ド・ショコラ。その中でも今回一番目を引いたのは、日本初登場となるラデュレのブースだろう。
夢見るような淡いグリーンに、ロココ調の金の型押し模様。パリに本店を構えるラデュレは、上流階級の気品と女性らしい美しさを併せ持つ老舗パティスリーとして知られる。お菓子好きでなくとも、マカロン発祥のこの店の味を求めて訪れた経験があるのではないだろうか。







今回、そのラデュレと日本のサロン・ド・ショコラとの橋渡し役を果たした、著書「ショコラが大好き」で知られるショコラ研究家小椋三嘉さんにお話を伺った。
ラデュレから来日している広報担当のサフィア・ベンダリさん同様、上から下まで黒一色に身を包み、フランス語を巧みに操る小椋さん。センス良く、しっかりと自分を持つフランス女性、そんなエスプリが彼女からも伝わってくる。
「1987年にパリを訪れた時に、初めて連れていってもらったサロン・ド・テがラデュレだったんです。アーモンドクロワッサンをいただいて『なんておいしいものだろう!』と感動しました」

仕事の関係でパリに暮らすことになった小椋さんをおいしい驚きで出迎えたラデュレは、現在パリに4店舗を構える。元々は1862年にパン屋としてスタートしたが、なんと1871年に火事で焼失。その当時、カフェは男性の場所というイメージが強く、女性が集まる場所がなかったことから、創業者の妻が今のようなサロン・ド・テを開いたのだという。1993年にホルダーグループの傘下に入ってからは、ラデュレの魅力をもっと多くの人へという思いの下、世界を視野に入れた更なる事業の拡大が進められている。





「ラデュレは空間の魅力が大きいですね。日常と異質な空間なんです。何でもそうですが、雰囲気やプレゼンテーションはとても重要ですよね。例えば、嫌いな人と一緒に食べたら美味しく感じないこともあるし、味覚は環境に左右されるものだと思います。逆に、美味しいものを食べると、嫌なことも忘れてもいいな、と思えたりして」
ラデュレの3本柱は"洗練"、"高品質"、"女性"。歴史を見ても明らかなように、ラデュレは常に女性を強く意識している。上流や王侯をイメージさせる店舗の内装やディスプレイ、そしてコレクターも多いというパッケージと、とにかくファッション性の高さが伺える。ラクロワ、クロエなど、そうそうたるパリの一流デザイナーとのコラボレーションでは、パッケージだけでなくテーマや味の面でも協力して作品を作り上げていくそうだ。おいしさに欠かすことのできない包装や雰囲気に力を入れる、こんな一面もラデュレの特長といえるだろう。

そのラデュレが日本初の販売にあたり、相談を持ちかけたのが親善大使にも任命されている小椋三嘉さんだった。
「コラボレーションにあたっては商品の選択はもちろん、箱もこのために特別なものを作りました。月に1度はパリへ足を運び、シェフのフィリップ・アンドリューやサフィアと相談しながら、どれにするかを決めていったのですが、なかなか意見が折り合わなくて。みんな主張を曲げないので、大変なやり合いになったこともありました」




あっという間に完売になった
ショコラ・オ・マカロン

箱の色ひとつをとっても、小椋さんの気に入っていたラベンダーとラデュレを象徴する色であるラデュレ・グリーンとで意見が別れたという。歴史とプライドを背負った名店だけに、そのコラボレーションとなると一筋縄では行かなかったようだ。
「今回紹介しているのは、すべて私の気に入っているものなんです。ですから、ショコラだけでなくバラの香りのコンフィチュールやキャラメルの香りのキャンドルなども販売しているんですよ。最初は喜んでコラボレーションを引き受けたものの、最後にはすごいプレッシャーで。結果的に、自分の選んだものがこんなに皆さんに喜んでもらえて嬉しいです」

ラデュレのブースでは、サロン・ド・ショコラ開催翌日に品切れが出たものもあるほど。伊勢丹側の想像をはるかに上回る大成功を収めた。


その小椋さんとショコラの関係はいつからスタートしたのだろう。
「ショコラを本当に好きになったのは、パリに住み始めてからですね。向こうでは、温かい飲物を頼むと一緒に小さなキャレ(※小さい板チョコ)が付いてくることが多いんです。それで美味しいなぁ、と思ったのが入門でしょうか。フランスではショコラを食べる機会がとても多く、例えばパーティでは必ずといっていいほど、あちこちにたくさんのボンボンショコラが置いてあるんです。街のあちこちにもショコラティエがあり、これがおいしい、あれがおいしいと食べるうち、どんどん味覚が肥えていきました」
フランスの生活の一部としてのショコラに、小椋さんは惹かれていったのだろう。
小椋さんといえば、日本人でただ1人の「ショコラクラブ」の会員としても有名だ。150名に限定された会員にはショコラを愛する各界の著名人も多く、入会を待ちわびて長いウェイティングリストができているという。


黒が素敵な小椋さんとサフィアさん

貴重なお2人のサイン入りの箱!

「ショコラクラブではデギュスタシオン(試食)がメイン。味蕾を鍛えるという感覚で、たくさん食べて楽しむ食道楽の会とは違います。私が楽しみなのは、今回はどんなものが選ばれたのかということですね。まだ発売前のものが食べられたり、どんなセレクトなのかとても興味があります。それを試食し、味の評価をするのですが、日本人だと『作った本人を目の前にして、さすがにそこまでは・・・』と思うようなことも会では平気で言うんですよ。かわいそうになるときもあるくらいです。議論が過熱すると周りが見えなくなってしまうんでしょうね」


元々議論が好きなフランス人が愛するショコラを語るのだから、おそらく日本人の想像を超えたシビアでエキサイティングな空間なのだろう。ちなみに、ショコラクラブには支部などは一切ないそうだ。

 それでは、日本のショコラティエについてはどんな風に感じているのだろう。
「フランスと日本では特に差は感じません。フランスのショコラティエより優れている人はたくさんいると思いますよ。とにかくがんばっているところが多いと感じます」
嬉しい言葉が返ってきた。


「文化や環境の違いもありますが、ショコラティエに一番重要なのはセンスだと思います。そして、食べ手をリードするような気持ちで自分の感覚を大切にすること。フランスでもいえることですが、そうしないと勘やセンスがつぶれてしまうと思うんです」
まだショコラ文化の浅い日本では、作り手と食べ手にギャップが生じることもあるのだろう。そのジレンマに苦しむショコラティエの姿が容易に想像できた。
「これからもっとショコラを盛り上げる機運が高まるのが理想ですね。例えば、サロン・ド・ショコラに合わせて、都内全部のデパートでショコラのイベントを催すとか。その期間だけは近くの商店街の店でもショコラが売ってたりなんていう風になったら良いですよね。とにかく、今だけでなくショコラを楽しむ動きが長く続いてほしいと思っています」

小椋さんが書くエッセイなどを通してショコラの魅力にはまった人も少なくないだろう。味はもちろんだが、ショコラには洗練が良く似合う。ショコラの魅力を伝える旗手として、素敵な女性、小椋さんのますますの活躍が期待される。(2005.1)